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1章 お爺ちゃんとVR

028.お爺ちゃんと初めてのバトル

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 翌日。忙しそうにスケジュールの打ち合わせをこなしていく娘夫婦をそれぞれの時間に見送り、私と孫はマイペースにゲーム世界へとログインする。

 娘達はあくまで自分たちのクランのために動いているが、その忙しさに弱音を吐くこともせずに物事を淡々とこなしていた。
 いつもだったら不平不満をぐちぐちと漏らしていたあの由香里がな。
 彼女のゲームにかける熱意をようやく理解した。
 本当はリアルを大切にしてほしいところだけど、その旦那さんと共に共同運営しているからこその気合いの入れようとも取れる。
 私の時代では家庭内でこういったコミュニケーションの取り合いはできなかったが、今はできるのかもしれないな。

 何か手伝うことはないかと尋ねても「大丈夫だからお父さんは普段通り遊んでて」と返されてしまう。
 ここ数日のやり取りで、私の行動に対する理解が深まったのか、あれこれ指示は出さず、お互いに最善を尽くそうということになった。

 待ち合わせの予定より少し早めのログイン。
 フレンドのユーノ君は時間より少し遅れてログインするようだ。
 その間に今日の目的を詰めていく。
 目的はあくまでも木登りだけど、外での行動範囲とモンスターと遭遇した際の対処法を教えてもらっていた。

 問題はフィールドに点在するモンスターとの戦闘。
 パーティを組んで戦闘した場合、戦力にならない相手もターゲットに捕捉される可能性が出てくる。これは当然だな。
 私の時代のゲームでさえ、接敵したら戦闘画面に映るのが多かった。
 だから孫は私に戦えないスキル構成に呆れたのだ。
 このゲームが危険でぬるくない設定であるからこその心配。
 私が知らなかったとはいえ、彼女には悪いことをしてしまったな。

 それから少ししてユーノ君がやってきた。
 マリンは小さく手を振って、私は軽く会釈して迎える。


「ごめんなさい、少し遅れてしまいました。アキカゼさん、お久しぶりです。お噂はかねがね」


 少し含みのある声かけ。
 警戒されているのか、少し距離があるように思えた。
 べったり私にくっついてくるマリンとはまた対象的な行動に少し困惑する。
 いや、これが普通な距離間だ。
 マリンは家族だからこの距離を保ててる。
 けれど友達の祖父とどう接していいかわからない心の葛藤が彼女の中にあるのだろうね。
 マリンには信頼を置いているが、私に対してはまだ距離があるのはそういうことだろう。別にこの距離を無理に縮めようとする必要はない。
 彼女には彼女の人生がある。
 私のワガママに付き合わせてしまってすまないという気持ちが湧き上がった。


「こちらこそ今日はよろしくね。ユーノ君。マリン共々世話になります」

「うんうん、ってお爺ちゃん!?」


 私の言葉の相槌を打つマリンだったが、途中で自分が悪く言われていることに気づいたのか、声を裏返した。
 困惑するマリンを中心に笑いが起こる。私とユーノ君だ。


「ふふ、失礼。こっちのマリンは有能だったね」

「いいよ、お爺ちゃんだもん。それにこれから凄いってところをたっぷり見せちゃうんだからね!」


 マリンは腰から二振りのナイフを抜き放ち、曲芸の如く手元でくるくる回して構えをとった。
 どうもこれらはサポート系のスキル効果らしく、一定の行動を行うことによって戦闘中に補正がつくのだとか。
 街中でも発動できるスキルだが、効果は出ずにSPの消費も発生しないんだって。
 だから自分の武器を披露するときのポーズとしてよくつかわれるらしい。ユーノ君の場合は足元に魔法陣が浮き出たり、小脇に抱えた魔導書が胸の高さに浮き上がってパラパラとページがめくられるモーションを披露してくれた。

 見る人が見ればそれだけでなんのサポートスキル持ちかわかるらしいよ。私が見てもさっぱりだったので、凄い凄いと拍手を送った。


「でも勢いをつけすぎて転ばないようにね?」

「もー、私そんなに子供じゃないもん!」
 
「大丈夫ですよアキカゼさん。マリンちゃんはこのゲームでは結構有名人なんですよ?」

「それは初耳だ。家ではそういう話を聞かせてくれないからね」


 他愛もない話題を交えて目的の場所へと歩み始める。
 ゆっくりと、リラックスして。
 顔なじみの門番の兵士さんに軽く頭を下げて、今まで出たことのないファストリアの外へと出た。

 一歩外に出た瞬間、風が吹いた。
 草と土の香りにほのかに塩分を混ぜて顔全体を覆う風だ。
 片手で払うようにしながらそれぞれ対応する。


「ここが外のフィールドか。思っていたより、普通だな」


 やや足元が凸凹とした草原。足元が踏み固められた通路がまっすぐと次の目的地へと続いている。
 舗装されているとはお世辞にも言えないが、少し道を外せば腰近くまで伸びた草が視界を塞いでしまう。
 こんなところで敵に出くわせばたまったものではないと容易に知れる。
 

「そういうお約束は外してこないんだよ。でもモンスターはちょっと異質かなー?」

「ふーん」


 彼女くらいの年頃の子供がやっているのでもっとファンシーなモンスターが出ると思っていたが違うのか。
 それでも彼女達がハマる理由がどこかにあるのかもしれない。
 聞けば、クラスメイトのAWO参加率は結構高い方だという。

 今回の目的地であり中継地点には第二の街セカンドルナ。
 そこでギルド登録を済ませると、次にログインした時にその場所から始められるらしい。そのための登録を今からしに行く。

 そして一度開拓してしまえば、ワープゲートによって街から街への移動が可能になることを教えてくれた。
 しかしその際に少なくない金額を支払うことになるとも。
 ファストリアが草原の中にある街ならば、セカンドルナは切り立った山脈の盆地の中にあるそうだ。
 行くだけでそれなりの時間もかかるし、木登りの上位スキルが獲得できるという保証もない。
 なのでホーム設定した方が手間が掛からなくていいとされていた。


「お爺ちゃん、戦闘入るよ」

「分かった」


 マリンからの声かけに緊張で体を硬らせる。
 異質なモンスターがどんなものか。少し怖く思いながら身構えた。
 風景が一瞬凍りつき、そしてガラスがハンマーで打ち砕かれるようにして場面が切り替わる。

 視界が暗転し、再び元の世界に戻ったと思えば目の前には異形の物体が存在していた。
 まるで今まで存在しなかった存在が無理矢理自分の前に現れたような、そんな気配を纏わせて。

 目の前にはどす黒い、丸っこい生命体。数は3体。
 その場で溶け出すように広がるもの、その場で跳ね出すものがいる。
 戦闘開始の合図もなく、マリンが小さく息を吐いて走り出す。


「シッ──」


 武器に手をかけず、走り出したマリンは対象の目前で急ブレーキをかけてその場に砂埃を撒き散らした。
 目眩しの効果でもあるのか、それだけを起こして後方へ飛び去る。
 続けてユーノ君が動く。
 一度見せてもらった本のページが捲れる動作からの、魔法陣の展開。
 数秒のキャストタイムを終え、対象のいる地点が大爆発を起こした。
 何が何やらわからない。
 昔のゲームのように技名の表記が出てくるわけでもないし、操る側が技名を宣言するでもないので目の前で起こされた現象に対してただありきたりな感想だけを述べるだけ。

 目の前にはリザルト画面が現れて、パーティメンバーにそれぞれポイントが割り振られていた。

 私は勿論0。何もしていないからね。
 マリンが10でユーノ君が90。
 合計して100ポイントを何かの行動に応じて振り分けるようだ。

 このゲームにはレベルもステータスもない。
 だから得られたポイントがなんのポイントかわからない。
 
 ただ分かったことがあるとすれば一つだけ。
 孫とそのお友達は、このフィールドのモンスターを脅威ともなんとも思ってないという事実だけだった。


「ナイスユーノ、今日も魔法のキレが冴えてるねー」

「ん」


 ユーノ君の挙げた手を、マリンがパチンと叩く。
 戦闘でも相性バッチリなのは凄いな。いや、だからこそなのだろう。


「凄いねマリン、それにユーノ君も。何が起きたか全然わからなかったよ」

「いいえ、もっと大規模ですよ。ここでは今程度の攻撃でもオーバーキルになってしまうんです。でもマリンちゃんたらお爺ちゃんに見せるんだーって聞かなくて、それで……」

「なるほど、つまりうちのマリンがユーノさんを無理矢理付き合わせたと?」

「そういう感じですね」


 なるほどね。良いところを見せたくて本来しなくて良い動きをさせてしまっていたのか。イベント前でモンスター達が活発になっていると聞いて気ばかり焦っていたが、思い起こせばここは最序盤の街。
 少し前を歩いている孫と、その前を歩いている娘夫婦という認識しかなかったが、その差はもっと大きく離れているようだった。


「マリン、お爺ちゃんに良いところを見せたいという気持ちもわかるよ」

「うん」

「でもそれに友達を巻き込んではダメだよ? ユーノ君は優しいからお前に付き合ってくれるけどね、それが原因でここぞという時に力を出せなかったら本末転倒だろう?」

「う、うん。そうだね。ごめん、お爺ちゃん。ユーノ、そういうことだから、昨日連絡したことは忘れていいから」


 私に問われてすぐに態度を改めるマリン。
 旗色が悪くなるとすぐに掌を返すのは昔からだ。
 でも素直に謝れるのは高評価だよ。ポンポンと頭を撫でてやると、幸せそうな顔をした。相変わらず単純な子だ。


「マリンちゃんがそういうなら良いけど、アキカゼさん、そこまで心配してくれなくても、序盤のモンスターに遅れを取る私たちでは……」


 ないですよ? そう言いかけた言葉を被せる。


「そう思いたい気持ちもわかるよ。けどね、今はイベント中だ。私の発見したイベントが動き出している。ファストリア防衛戦。君も私のブログを閲覧したなら知り得ているはずだよ?」


 ユーノ君は天を見上げ、ああ、あれという感じに思い出して頷く。


「それでも、杞憂ですよ」

「うん、でもこれは娘から聞いた話なんだけどね」

「……はい?」

「防衛戦で強化されたモンスターは、通常個体と違って弱点が変わるそうだ。確か、異様に固くなり、有効打に耐性を持つとか。そんな話を聞いたことはないかい?」

「……いえ」


 知らないか。そう言えば娘は1カ月以上も前のことだと言っていた。
 もしかしたら彼女達が始める前に起こったイベントなのかもしれないな。それか序盤の街には届いていない類のものかな


「イベント期間中のモンスターは、通常武器での攻撃が効かなくなり、特攻武器でしか倒せなくなると聞いた」

「そんなものが今、水面下で動いてると?」


 私は無言でうなずいた。


「それでも娘達はなんとかすると言ってくれて、私達はこうして自由な時間をいただいている。守ってもらっているだけの私に言われたくないだろうけど、もしもの時もある。余力は残してもらえないかな?」

「そういう事でしたら、こちらも是非はありません。それと情報ありがとうございます。そういう情報って、一般プレイヤーには流れてこないもので」

「だね。クランのトップぐらいしか把握してないよ。うちのお母さんはそういった情報も扱ってるってお父さん言ってた」

「なるほどね」


 彼女達が知らないのも納得がいった。
 きっとイベントに参加してないプレイヤーには情報を公開しないつもりなのだろう。でもそれって不公平じゃないか?
 そこらへん何か考えがあるのだろうか?
 私には想像もできないが、あの二人ならなんとかしてくれるだろう。


「お爺ちゃん!」

「ん?」


 マリンが大きな岩の上に乗っかり、私に向かって胸を張った。


「普通に戦っても私強いから、安心しててね?」

「うん、頼りにしてるよ」

「うん!」


 太陽に負けないくらいの眩い笑顔を伴って、マリンはダッと駆け出した。
 それを追うように、私とユーノ君も走り出す。
 元気なのはいいことだ。
 
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