ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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129話 招かれた窮地(side轟美玲)

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「本日はよくぞお越しいただきました。どうぞ、皆様にはごゆるりと余暇を楽しんでいただきたく……」

 適当に相槌を打ち、拍手を交わす。

 今日あたしは単独でミッションをこなしていた。

 それと言うのも日本国の代表者から直々の労い。
 母国から散々悪質な嫌がらせを受けてきたあたしは突っぱねても良かったのだが、

「ごめんなさい、ミレイ。流石に大統領からのお呼ばれをキャンセルできそうもないわ」

「悪いなミレイ。俺も母国のパーティにお呼ばれしちまった」

 生憎と同席してくれそうな心強い友人は別の要件で欠席。


 あたしは心ここに在らずで内閣総理大臣主催、国内探索者慰労会のパーティ会場を彷徨った。

 船上パーティなんて珍しくもないけど、陸地から離れてやる理由をついつい探してしまう。

 ここには国内で活躍する選りすぐりの探索者が集められてる。もし船外に叩き出されても生き残れる猛者しかいないのだ。

 余計なことを考えながら、船内を練り歩いていると……

「俺、こんなところにお呼ばれされて大丈夫かな? 場違いじゃない?」

「オレの方が死ぬほど恥ずかしい思いをしてるわ!」

 お上りさん的会話が耳に飛び込んでくる。
 昔、自分にもあんな時代があったな。
 その時は壁の花に徹して誰とも喋らないようにしていたのを思い出す。

 思い出に浸りながら、その一行の行方を目で追っていたら不意に目が合った。

「あれ? ミィちゃん?」

 もしかして洋一さん?
 洋一さんもこのパーティにお呼ばれされていたの?

 確かに日本で活躍した日本人探索者ではあるけど、こう言う集まりは欠席するものだと思ってたから……でも会えて嬉しいわ。

「洋一さん! 洋一さんもお呼ばれされてたんですね」

「オレもいるぜー?」

「まさか洋一さんもお呼ばれしていただなんて思いもしませんでした」

「だからオレもいるって。無視すんなよー」

 さっきから横でちょろちょろしてる女性が一人。
 洋一さんのお連れ?
 いや、まさかそんなはずは。

「ヨッちゃん。きっと普段着とあまりにかけ離れてる格好だからミィちゃんは気づかないんだと思う」

「ああ!」

 その女性は納得したように両手をポンと叩いて理解する。
 待って、今この女性のことを『ヨッちゃん』と、そう言わなかった?

「あの、もしかしてそちらの方は……」

 どう考えても女性用のドレスを身に纏い、派手さは抑えながらも貴金属であしらわれた相手は……

「オレ? 元ダンジョンセンター職員の藤本要だけど?」

「おと……男性ではなかったの?」

「F生まれの女が、一番最初に受ける弊害ってなんだと思う?」

「……あまり思い出したくないけど、そう言うことなら理解できるわ」

「なになに、どう言うこと?」

 洋一さん一人だけが理解が追いつかずに首を傾げる。

 ええ、そうよね。
 考えもつかないでしょう。

 低ステータスで生まれると性被害の格好の的になると。

 この人がどんな理由でそれを免れてきたのかを理解しながら、しかしなぜ今になって女性らしく振る舞っているのかを納得する。

 それは総合ステが上がったからだ。

 あたしにも覚えがある。
 ステータスが低い時は全員が敵とばかり周囲に壁を作って生きてきた。

「そりゃお前、オレが魅力的ってことよ」

「俺からしたらヨッちゃんはヨッちゃんだけどなー」

 今も昔も変わらないと言う。
 特に相手が女性だからと鼻の下を伸ばさないのは洋一さんの美点ではあるけど、いまだにあたしからも一歩引かれてるのは少しだけ寂しくもある。

 そんな彼の真横に入り込める魅力をまだあたしは持ち合わせていないのだ。
 だからその場所に居座る〝彼女〟は羨ましくもあり、妬ましくもあるわけで……

「そりゃオレの中身は変わらんけどさ。こう言う女装カッコもたまにはいいかなって思い始めたわけだよ」

「女装て。一応そっちが本来の装いだろ? それはそれとして着る前はあんなに嫌がってたのになー、変わればかわるもんだ」

「まさかドレスコードがあるとは思わないじゃんよー」

 男はタキシードを、女はドレスを。
 それがこのパーティの規定だった。
 それで性別を確認する意味も込めてだ。

 低ステ上がりは結構性別を誤認されることが多い。
 あたしもまたそのうちの一人だったので気持ちは痛いほどわかる。
 女性らしい格好なんて縁がなかったので、当時は結構気恥ずかしい思いをしたものだ。

「あなたが女性だったことは驚いたけれど」

「まぁ、別にオレが女だったってことはポンちゃんも知ってたけどな。それでも平静でいられるからオレは飲み友達を続けられてるってわけよ」

「この人、色気より食い気で30年生きてきてるから」

「Fなんていつ食い扶持失うかわからないじゃんよ。オレの信条は食える時に食う! だったかんな」

「ふふ」

 仲睦まじいような、それでいてただの腐れ縁のような関係を未だに続けているのが判明して、少しだけおかしくなって苦笑する。

「ミィちゃん?」

「ごめんなさい、あまりにも仲がよさそうに見えて、これはあたしの入り込む隙はないかなと思ってしまったのよ」

「あちゃー、そう取っちゃう? オレ的にはポンちゃんはあんたにお似合いだと思うんだけどな」

「急に手のひら返してどうしたのよ。何か狙いでもあるの?」

「俺も初めて聞くんだけど?」

 洋一さんも初めてらしい。
 え、ずっといっしょに暮らしててそんなことってあるの?

「いや、オレって見た通りガサツじゃん? そりゃポンちゃんみたいな相手が一緒にいれば暮らしていく上ではラクだし楽しいよ? でもさー、そこに男女の関係は一切ないのよ。単純にオレが女好きだって言うのもある。男装しすぎた影響か、いまだにオレはなんの生産性も持てない女なのよ。でもそれにポンちゃんを巻き込むのは違うと思ってて。そこで、あんただ」

 藤本要の指がビシィとあたしに突き刺さる。

「あんたはポンちゃんにオレ以上の好意を持っている。その上で食うのに困らないお金持ち。なんならポンちゃんはあんたのお願いで探索者ランクを上げた。オレが言ってもなぁなぁで先延ばしにしてたポンちゃんがだ。これで気がないとか言ったら嘘だぜ?」

「あ!」

 確かにそうだ。
 普通に無理なお願いであるとリンダやマイクでさえ思っていた。

 あたしだけが洋一さんの信じていた。
 その信頼を勝ち取ったのは他ならぬ洋一さんで。

 つまりこれは相思相愛ってこと?

 このエメラルドも石の由来も知らずに送ったと言われた時はショックだったけど、それでもなんとも思ってない相手には送らないはずだわ!

 じゃあ私は諦めなくてもいいのね?

「つーことで、ポンちゃんをこれからもよろしくな? オレはたまーに飲みに誘うけど。それだけは勘弁してくれ」

「それくらいなら妥協するわ。あたしも仕事が立て込む時くらいあるもの。その時のお世話を頼める?」

「合点でさぁ、姉貴」

「もう、なんなのよそれ。あなたの方が年上じゃない」

「いやぁ、長い物には巻かれろの性根が染み付いちゃってて」

「総合ステータス上ではあまり変わらないじゃないの」

「それでも、ポンちゃんを任せるのに偉そうにはできないじゃん?」

「そうね。今日ここであなたの思いを知れて良かったわ。これからも仲良くしましょう、藤本要」

「そこは気軽にヨッちゃんと呼んでくれよ」

「柄じゃないわ」

 不思議と悪い気分ではない。
 年上の妹ができた気持ちで一緒に行動する。

「しかし、日本中の探索者が集められたにしては……俺の知り合いが少ないように思うな」

 洋一さんが不思議そうな顔で周囲を見回す。

「それは仕方がないのでは? 今回の招待メールには今後の日本を担う探索者の慰労会とされてます。なので自ずと若いメンバーが集められたのでは?」

「そう考えると、俺の知り合い年上しかいないや」

「普通は同年代と付き合うものなんですけどね」

「うちらはそういう機会とは縁遠かったしなー」

 30歳までFで暮らしてきた人間はそういない。
 その多くはあたしみたいに探索者になって命を落とすか、または奴隷のような生活苦から自殺に走るか。

 ある意味で生活が一切保証されてないのも相まって、命が軽い。
 むしろそこまで生き抜くまでのコミュニケーション能力を買うべきだろう。

 洋一さんは料理の腕で。
 要さんは人柄の良さで。

 それぞれ生き延びた。

 あたしはそれを選ばずに、一発逆転を信じて探索者の道に進んだ。

 それが間違いだとは思わないけど、あの時洋一さんと出会えてなければ他のこと同じような運命を辿っていてもおかしくなかっただろうな。
 
 そんな考えを巡らせていると、別方向から声がかかる。

「あの、轟美玲さんですよね? お会いできて光栄です」

 振り返った先には、見知らぬ男性陣。
 どいつもこいつも下衆な下心丸出しで、先ほどまでの穏やかな気持ちがどこかへと消え去ってしまったわ。

「どなたかしら? あたしあまり物覚えは良くないの」

 余計な手間をかけさせるな、そう目で諭すと洋一さんが申し訳なさそうに間に入ってきた。

「すまないね。彼女は見ての通り口下手で」

「あ? おっさん誰だよ」

「おい、よせ。この人は──」

 洋一さんの素性を知って誰かが止めに入るも、ナンパを止められて男は激昂して殴りかかる。

「残念だね。それとここはパーティ会場だ。暴れるのは船外でしてくれないか?」

 洋一さんの瞳が七色に輝く。
 そしてその場に立ちすくむ男性探索者。

「やめろって! この人はあの北海道の英雄だぞ!」

「なっ!」

「失礼、ここは俺たちには相応しくない場所のようだ。美玲さん、別の部屋にいこう」

「え、はい」

 普通にミィちゃんと呼んでくれないのか?
 その時はそう思ったが、周囲に気を配ったのだと理解してからはずっと胸がドキドキとする。

「この場はオレが持っとくから、二人で楽しんで来な」

 そう言って、男性陣を攫うように要さんがその場にとどまる。
 少しだけ悪い顔をしてるのは気のせいかしら?

 でも今はその好意が有り難かった。
 今はもう少し、洋一さんの胸の中でのひと時を堪能していたかったから。
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