ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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100話 ホームへの帰還

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 ダイちゃんを新潟に置いて行こうとしたら、「実家にはいつでも帰れる。それよか俺はまだ一人前になってないんだぜ? これからもよろしくな! 師匠!」と言われてそのまま武蔵野支部まで連れてくことが決定した。

 途中宇都宮支部のJDSによってあれこれ説明。
 今後の北海道でのバス運行は不要だと説明した。

「あら、支部長の白石とは北海道で会いませんでしたか?」

「え、白石さんも北海道入りしてたんですか?」

 確かにコメントでの受け答えはした。
 けど本人が北海道入りしてるなんた話は初耳だ。

「はい。配信も追いかけててコメントも残してるようですがお気づきになられませんでしたか?」

 アーカイブは全部ヨッちゃんに任せてある。

 俺は機械には疎いから、設定とかよくわからないんだ。
 いまだにDフォンも使いこなせていないしな。

「ほぼ垂れ流しで戦闘してましたから。配信も途切れ途切れで、コメントの勢いも早かったですし」

「端末の方にも何度も連絡を入れたけど、既読がつかなかったそうですし」

「それは俺が扱いをまだ完全に理解してないだけですねー。便利なのはそうなんでしょうけど」

「ふふふ。本宝治さんには過ぎた代物でしたか」

「俺は直接顔を突き合わせてお話しする方が性に合ってるみたいです」

「わかりました。白石にはこちらから連絡を入れておきます。また繰り返しお電話しますので、いつでも出れるようにしておいてください」

「もう、そんな頻繁に出かけることもないでしょうし、それでお願いします」

「そういえば既にSランクになられたとか」

「運が良かったんです」

「それを引き寄せるのもまた実力のうちでしょう。それが足りずに実力があっても上にいけない方をたくさん知ってます」

 白石さんは運がなかったそうだ。

 だから仲間を置いて一人だけSに上がってやっていけなくなって引退。
 以降は育成に熱を上げてるらしい。

 そう考えると、いまだに現役を張り続けられてる探索者はその運すら味方にしてきた人たちなんだろうな。

 その中にはミィちゃんもいる。

 人々が羨望の眼差しで見る集団に仲間入りしたことを、俺だけが実感できずにいる。

「よ、難しい話は終わったか?」

「先に始めてたぜー」

 JDSの支部前で勝手に酒盛りしてる不審者二人組は、残念なことに顔見知りだった。

「こんな場所で匂いが出る焼き鳥するとか正気か?」

「バッカ、匂いは遥か上空にお届けするからいいんだよ。ヨッちゃん様々だな」

「まぁね、オレもなんだかんだSランクだかんね?」

 有頂天である。
 俺と同様にその能力を活かしてモンスターの撃退、そして復興支援の功績でもってSランクに昇格したそうだ。

 魔法による力技で成し得た成功なので手放しで喜んでいいものやら。
 本人は喜んでるし、俺がいちいち何か言うこともあるまい。

 普段から俺と一緒に調理器具の延長とかしてたもんだから、そこら辺のマジックキャスターより魔力操作の練度が段違い。

 中には海の上を魔法の足場を作って車で爆走した時のシーンも採用されてAに留めておくにはあまりにも規格外すぎると言う点からSランク認定されたと言う噂もあるくらいだ。

 なんにせよ、めでたい限りである。
 俺一人だけだと寂しいしな。

「すぐ武蔵野に向けて出発する予定だったのに」

「別に今日中に戻る予定とかないだろ? もっと気楽に行こうや」

「それもそうだな」

 支部長がちょうど留守なのもあって、職員を呼びかけて軽く焼き鳥パーティを開催する。

 肉は安物だが、下拵えは存分に手をかけたので一味違う逸品に仕上がった。
 まだ昼前なのもあり、腹を空かせた配達員が顔を出す。

 JDSは運送会社の顔もあるので、労働者の方が多い印象だ。
 経理などの事務員はごく僅かって感じだな。

 その日は夕方まで食べて飲んで騒いで、結局武蔵野に帰る頃にはすっかり夜の帷が降りていた。

 俺たちは騒ぎ疲れてダイちゃんの運転する車に揺られる。

 JDSの腕章を見せれば乗り物は乗り放題だが、連絡と説明が手間だ。

 中途半端に名前が売れたのもあり、のんびりとした時間を求めるなら、自家用車での移動はありがたかった。

 そうしてたどり着いた先で、卯保津さんは困ったような、呆れたような顔で出迎えてくれた。

「お前ら、肩書きだけ立派になっても中身は全く変わってないじゃないか」

 失望したぞ、と言いつつもどこか安堵したような卯保津さん。

 Sランクに上がると、尊大な態度になる人もいる一方で、俺たちみたいに何も変わらない人もいるが、稀だという。

 しかしそれも最初だけ、下のランクに舐められないように次第に尊大に振る舞うようになるんだって。

 自分がそうなる姿を全く想像できないのは俺だけじゃないはずだ。

 だがそうなった人物は一人だけ覚えがあった。
 それが轟美玲。ミィちゃんだ。

 昔の彼女はそれなりにツンケンしてたが、それは手ひどく裏切り続けられた反動のようなものだ。軽い人間不信に陥っていた結果。

 しかし今の彼女にはそれが見られない。

 傲岸不遜、生まれ持って特別な存在であることを期待されて、できたハリボテのイメージの上に立っているように見えた。

 きっと心を許せる相手が少ないからだろう。
 そう思っていたのだが、チームメイトのマイクさんやリンダさんはプライベートでも付き合いのある友人だと聞かされて意外だった。

 俺の中では仕事の付き合いで一緒にしてるだけだと思っていたからだ。
 そうか、あのミィちゃんがね。

 そう思うと感慨深いものがある。
 俺なんかが心配するほど彼女は弱くなかったと言うわけだ。

 なんせ日本が誇るスーパーヒーローだものな。
 そこはヒロインじゃないのかって?

 彼女は迫り来る敵を一網打尽にする殲滅力が売りの探索者だからね。
 そういったヒロイックな伝説は残ってないんだ。

 多分本人はそこまで考えてないと思うけど

 そこら辺の情報は彼女からDフォンで受け取っている。

 最近では自分のことよりも、彼らとの馴れ初めを話すことが多くなったように思う。

 単純にミィちゃんの近況を話すと、彼らが付随するくらいに一緒にいると言うことを主張するようだった。

「そもそも、俺たちから料理と乾杯を取ったら何も残らないですからね。逆にこれでいいんです。尊大に振る舞うのは、他の人たちに任せますよ」

「確かにそれがお前たちらしいか。それで、轟美玲にはもう連絡をよこしたのか?」

「もちろん。自分のことのように喜んでくれてましたよ」

「そりゃ良かったなぁ、念願叶ったりか?」

「彼女の信頼をようやく勝ち取った気分ですね」

「あのお願いはかぐや姫もびっくりな無理難題だったからな」

 御伽話にそのような逸話があるのだという。

 俺は学がないので詳しく知らなかったが、クララちゃんが言うには結婚相手に一生を賭けても達成し得ない要求を果たし、無事クリアしたものと結婚をすると言う超我儘お姫様がいたらしい。

 実は月からやってきたお姫様だったとかで、結局月に帰ってしまうんだとか。

 卯保津さんはそのわがままお姫様とミィちゃんを重ねて物をいったのだそうだ。

 言い得て妙だが、彼女はそこまで意地悪じゃないぞ?
 確かにちょっと他人とは異なる感性を持ってはいるが。

 今回俺に課せられたミッション『出張屋台を実現するには最低でも探索者ランクSは必要』はそれと同様の無理難題だったらしく、誰もが俺がそれを達成するのに最低5年は要するだろうと高を括っていた。

 しかし約束を交わした年内に達成するだなんて夢にも思わず、それに大金を賭けをしていた人たちは大損したと言う話題を耳にする。

 卯保津さんは信じてくれてたが、年内は無理だろう派だったらしい。

 ひでぇ。
 そこは嘘でも年内到達にかけてくれと言いたい。

 いや、人のランク進退で賭けをするのはやめていただきたい限りだが。

 しかしSへの道はそれだけ厳しいと聞かされて俺も頷くしかなかった。

 改めて聞かされる選定基準は、さすがに年内でこなせる範囲にないくらいの苦行。

 ・通算ダンジョン踏破100!
 ・Aランク序列10位以内!
 ・上記二つをクリアした上でAAAAAからSランクモンスターの納品!
 ・地域医療への貢献!
 ・各地域支部長からの推薦(50人以上)!

 ある意味では北海道のダンジョン災害は、それを全てひっくるめてお釣りが来るほどの規模であったと判断されたらしい。

 運が良かったのやら、悪かったのやら。

「それくらいの無理難題を勝ち取ったんだ。誇ってもいいぜ、英雄」

「その呼び名、やめてくださいよ。いつも通りポンちゃんでいいですって」

「あいにくと世間様は放っておかないぜ? 時代の節目に現れる英雄の気質。北海道のダンジョン災害を一人の犠牲者すら出さずに終結させた大英雄と新聞の一面に刷られてたぜ? 俺も鼻が高いよ」

「そうやってSランクの地位にあやかろうとするからミィちゃんに逃げられるんですよ?」

「そこなんだよなぁ」

 卯保津さんもそこが悩みどころだと言わんばかりに呻いた。

「民衆はその人となりを見ずに肩書きばかりに注目する傾向にある」

「なんか、ミィちゃんがああなった気持ちがわかる気がします」

「お前はそうなってくれるなよ?」

「それは周囲の態度次第じゃないですかね?」

「じゃああんまり騒ぐなって伝えとくわ」

「お願いします」

 一通り探索者としてのお話はおしまい。
 以降は今後の活動の要点をまとめ上げる。

「洋一さん洋一さん」

「どうしたクララちゃん」

「ジャーン! これ見てください。新しく加工できた素材なんですけど、なんだと思います?」

 卯保津さんとのお話が終われば、今度はダンジョンセンターの職員とのお話が待っている。

 と、いっても相手はクララちゃんだけど。

 差し出されたのは魚卵の詰められた小瓶。
 どこかしら真っ黒でねっとりしているそれは……

「実はこれ、キャビアなんです!」

「キャビアって確か?」

「チョウザメの卵として有名ですね。それを塩漬けしたものがこちらで、珍味として人気があります」

「問題はなんの素材で出来上がったかだよね?」

「はい。なんだと思います?」

 クララちゃんはニマニマしつつも答えを教えてくれそうにない。
 これは俺が試されてるのだろう。

「ヒントちょうだい。流石にわからない。海にいるモンスター?」

「居ると言えば居ます。でも魚じゃないです」

 魚じゃない!?
 いや、惑わされるな俺。

 今までだってなんでこれからそんなものが取れるんだってものばかりだったじゃないか。
 これは彼女なりのヒントだ。そこから逆算して……

「それは過去に俺が関わったか好物のどれか?」

「はい」

 なるほど。確かにそれなら該当するのはいくつか絞られる。

 流石にダンジョンセンターに流通してる全てのモンスターから抜擢されたら分かりようがないもんな。

「それは海藻の一種ですか?」

「どちらかといえば動物ですね。生態としてはそこから動かず、じっと機を伺ってる感じです」

「あ!」

 それだけのヒントで一つに絞られた。

 俺が多く加工して、ダンジョンセンターに送りつけた加工肉はそう多くない。その中で不動のものといえば……

「イソギンチャクだね?」

「ヒントが多すぎましたかね?」

「いや、多分ヒントあってもあれとこれは結びつかないよ」

「ですよねー、私もどこで混入したのかパニックになりましたもん」

 いつも通り一括りで加工していた時にこれが混ざったような口ぶりだ。

 本来なら、これらの変換先は煮詰めたスープの元となるコンソメに置き換わるのだそうだ。

 ソーセージで入ってきたものをさらに加工すると思いついたのは、スキルの使用回数を持て余してきたある日のこと俺が配信中に加工に加工を重ねてるのに着想を得てやってみたらできたのだという。

 これこそが普段の彼女の努力の賜物だろう。
 真似しようと思ってできるものじゃない。

「このコンソメ化でも大発見だったんですが、今回のここキャビアは、全くのランダム要素で出てきたんですよね」

「え、じゃあ既定路線には乗せられないんじゃ?」

「はい。ランダムに頼るものを売れません。ですから今後こういったものができた場合は洋一さんにお渡ししようと卯保津さんとお話しして決定しました」

「俺にとってはありがたいけど、いいの?」

「洋一さんなら、100の褒め言葉よりたった一つの珍味で釣れると」

「完全に見抜かれてら」

 普段適当なのに、こう言うところで強かなんだよな、卯保津さん。
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