ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

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99話 Sランク探索者・本宝治洋一

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 攻略期間よりも長い復興作業を乗り越えると、改めてお礼がしたいと北海道の各支部長が集まって俺のところへやってきた。

 別に、お礼とかいいのに。

 復興作業そのものより、メインはエネルギー集めになりつつある。
 凝った料理に至っては完全に趣味だ。

 改めてお礼を言われると少し困る。

「まずは、今回君が来てくれなかったら、どれだけの大惨事になっていたかと思うと頭が痛い。北海道の全てとはいかないが、約6割はダンジョン側に持っていかれていたであろう」

「君の活躍は全ての道民が見ていたよ。皆が君を応援していた」

 そういえばあの垂れ流し配信の日から徐々に登録者数が増えてきてるんだよね。

 ここ最近復興で忙しく、飲み会配信はこれっぽっちもしてなかったんだけど。

 不思議だなぁ、って思ってたら原因はそれか。
 今回俺が救出した範囲の地域の人たちが登録してくれたのだ。

 なんか英雄みたいに扱われてるけど、ただの飲んだくれ二人組、いや、ダイちゃんを入れたら三人と二匹なんだよなぁ。

 普段の配信見たら絶対ここ最近登録したら離れそう。
 まぁ、それもダンチューバーの定めか。飽きが来たら人は離れていくものさ。

「そして本来なら我々が宴の準備を催すところだが」

「もうすでにそれに変わることを君にしてもらっているね」

「何から何まで世話になった。もはや我々ではこんなものでしか感謝の意を表せないが、受け取ってくれるかね?」

 なんだろう、と話を促せば。

 それはピカピカのライセンス。

 Sの文字がデカデカと輝く探索者ライセンスだった。
 そういえば俺はこれをもらいにここにきた気がする。

 途中からそれどころじゃなくなったんだよなぁ。
 よもやこんな大災害だとは思ってもみなかった。

 ジュリの扱ってるダンジョンの規模が大きすぎて、本人は端っこの方がボヤを起こした認識でしかないので『てへぺろ』で済まそうとしてくる。

 なんとも頭の痛い話であったが、その死傷者の数を上げていけば歴史に名を残す大災害クラス。

 そこで一番活躍した、または復興に貢献した俺やその他探索者がSランクへと昇格していた。

 俺だけじゃないと知って内心でホッとする。
 現地入りしていたAランク探索者は100名以上。

 思い当たるのはあの人やあの人、もしくは思いがけない人が記載されているのだろう。

「謹んでお受けします」

「よかった、君は料理以外は無欲と聞いていたからね。受け取ってもらえて安心してるよ」

「安心したらお腹が空いてきたわ」

「でしたら一品作りますよ。奇しくもここはキッチンですからね」

「あんまり昼間からお酒は飲めないんだが」

 一人の支部長はバーカウンターに並べられてるアルコールに目を向けながら、そんなことを呟く。
 
 本音では飲みたいのだろう。なんか妙に親近感が湧くな。

「無論、お酒だけがうちのラインナップではありません。合わせるドリンクにアルコールが多いだけですから」

「ついつい酒を注文したくなる味か」

「私は一般的な昼食を希望する」

「私も」

「ワイも」

「おいどんも」

 個性豊かな支部長達へ、俺流のおもてなしを施す。

 北海道の救世主として担ぎ上げられて以降、地域住民から当たり前のように野菜や果実、新鮮な魚介類をいただく機会が多くあった。

 そこに俺のアレンジを加えたものを提供する。

「へぇ、そいつはアワビかい?」

「はい。こいつは一旦乾燥させてから出汁を取るのが旨くする秘訣ですが、俺はそれじゃもったいないと思っています」

 活け〆してから熟成乾燥。
 そいつをミンサーでミンチにしてから、別に粗く刻んでおいた鮑と共にまとめ上げて小麦粉、卵、パン粉で包んで高温で揚げる。

 鮑をフライにするという暴挙に、当然現地民達は「もったいないことをする」という顔で俺の調理過程を見守った。

 だがそれは魚介だったらの話だ。俺のミンサーは魔力的な何かを肉に置き換えるスキル。

 そして鮑はとてもジューシーなスープになることが判明してる。

 それを揚げることで旨味のスープがフライの中に閉じ込める作戦だった。

 ザクザクの衣から現れるのはプリップリの鮑のボイル。
 そこにとろっとろの濃厚鮑スープが溢れ出し、配膳ミスを思わせるスープ皿を満たした。

 揚げ物に見せかけたスープの完成である。

「これは、スープだったのか?」

「はい。見た目からの想像を裏切る逸品です。肉汁、というより鮑本来の旨みを凝縮させた結果、随分と汁っぽくなることが判明しました。しかしそのためには衣が必要でした」

「そのための衣にフライを用いたというわけか。天ぷらでは薄すぎると?」

「他にも理由はございますが、まずは味わって見てください」

 俺に促されるがままに、一人の支部長がスープを口に運んだ。

 目を見開き、スープと俺の顔を何度も往復し、今度は味わうように目を閉じて堪能する。

 スープだけでも完成してるのだ。しかしここで衣が邪魔に感じるようになる。
 当然そこにもちょっとした仕掛けがされていた。

 プリップリの鮑は噛むたびに口の中を幸せにしてくれるが、そこに混ざるサクサクの食感。

 そう、衣は口が寂しくならないための食感を加える為のアクセント。
 鮑の旨みは繊細なものだ。

 しかしスープに投入されるクルトンのように味わいを邪魔しない鮑の旨みを纏った衣となれば話は変わる。

 スープなのに不思議とお腹も膨れる一品に早変わり。

 フライタイプにしたのは、持ち運びしやすくするためもあった。

 再加熱すればこの場で食べる時よりも味こそ落ちるが、またあの味を堪能できるとそこそこ人気のメニューである。

 鮑を持ち込んでくれた人には確定で渡すようにしたら、口コミで大勢がそれを飲んでみたいと集まってきた。もちろん鮑持参で。

 おかげで食材の消化に忙しない毎日を送っている。これがうれしい悲鳴というやつか。

「とても素晴らしいものを体験させてもらいました。本宝治様は料理の腕も一流なんですね」

「腕のいい師匠がいますから。俺の目標なんですよね」

 そういえば、と思い出しながら例の一品を差し出す。

「今更ですが、その師匠の手がけたお通しがあるんですけど食べていかれます?」

「よろしいのですか?」

「師匠も俺に負けず劣らずの料理一筋の職人なんで。その師匠の味は、まぁ食べてもらったらわかります」

 お通しからしてその別次元の味に、早くもアルコールを飲みたくなった数名が理由をつけて酒を飲もうとしている。

 本当に、魔性の一品だ。俺もここへ至れるだろうか?

「今日は祝いの席ですし、せっかくですから」

「ええ、そうです。これを単品で味わうなんて料理への冒涜です。ねぇ、本宝治さん?」

「いやぁ、ハハ。そこは自己責任でお願いします」

「カーッ、うめぇ! やっぱこのお通しには吟醸マンドラゴラがよく合う!」

 空気を読んでヨッちゃんが最適解を示した。
 いつの間に吟醸にグレードアップしたのやら。

 お米とか一切使ってないのに。

 しかしそれに相当する味というのは確かにある。
 富井さんは俺と同様にそこへ至るまでの法則を無視するスキルの持ち主だからな。

 熟成乾燥マンドラゴラ酒は俺の空ウツボの肝和えより、師匠の肝和えを選んだように思う。

 あの複雑な苦味と旨味のバランスは、今の俺には再現不可能な逸品だ。

 もっと頑張ろうと思えるものなので、提供回数は控えてるんだよな。

 今回は、新潟にも美味しいお店がありますよとの口コミも兼ねていた。

 ヨッちゃんに続いて吟醸マンドラゴラに群がる支部長達。
 中には止めに入った人たちまで巻き込まれて、大宴会へ傾れ込んだ。

「え、すごく飲みやすいですね、このお酒。繊細でほろ苦な味がこのお通しともよく合います」

「女性の方にも人気なんですが、大量生産はされてない幻の一品です。今日口に入れられたのはラッキーですよ」

「そうなんですか? もしかしてこっちのアワビフライスープも?」

「北海道では珍しくもないですけど、俺でしか調理できないので、俺がいる時だけですね」

「じゃあ今のうちにたっぷり味わっておかなきゃ!」

「焦らなくてもスープは逃げませんよー」

 美味しいものを目の前にした時、人は熱さを忘れて口に運ぼうとする。
 それは本能か、はたまた好物を他者に奪われまいとする独占欲か。

 どちらかはわからないが、俺にも経験がある。
 火傷しないでくださいねー、と応援することくらいしかできない。

 結局、北海道には二週間も滞在することになった。攻略は最初の3日間。

 函館~豊浦での一泊。札幌での激闘。あのダンジョン内は時間の流れが早すぎて、元の世界では2日経っていたと聞いてびっくりしたものだ。

 それでも2日しか経ってないのか、と安堵する。

 体感時間では数時間で終わらせたつもりだったのに、わからないものだなぁ。

 ちなみにオリンやジュリの管理者スペースでは一切の時間が止まるんだそうだ。

 だからカメラは映像を伝えられずに砂嵐になったのだろうと推測を立てている。

 そういえば俺、一切言葉喋ってなかったな。
 全部向こうが心のうちを読んで答えてくれてたから。

 ちなみに時間が止まるのは管理者側で任意に調整可能らしい。

 人間と契約する際には意思確認のために時間を本来の速さに調整もするが、ジュリみたいな引きこもりはそういう設定をしてこなかったので虚無空間に入り込んだ形だ。

 しかし、それも今日で終わる。俺たちは活力を取り戻した道民達に見送られながら故郷へと帰還した。

 懐かしき武蔵野市へ。

『ご主人様! オリンとゴロウの管理地へ権限を譲渡してもらい、任意でワープできるようにしましたわ!』

 撫でて撫でて、と頭を擦り付けてくる白猫を宥め、バスで思い出の地の風景を見送る。

 これこそが旅の醍醐味だ。

 距離的な意味で、再度来るのを再計画しながら、思いを馳せる。
 また来よう。そのために仕事を頑張ろう。

 そのための余韻を味わってる時のこれである。

 はいはい、それはまた今度な。

『えー、今すぐ使いましょうよ! ね? ね? あ! バスごとワープしちゃいます? 一瞬ですよ、一瞬! ギニャッ!?』

 やめなさい。
 尻尾をぎゅっと握って黙らせる。

 脳内の住人騒がしくて仕方ない。

 そう思うと、普段全く話しかけてこないオリンは俺のプライベートを守ってくれてたのかもな、と思った。

 肩に乗ったオリンが、やれやれとばかりに体表を揺らした。
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