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ダンジョン

不審な縦穴

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 カラン、と音がしてボールがカップに転がった。
 ガッツポーズを見せる私に、悪友である寺井欽治が表情を顰める。


「やりました! 私の勝ちです」

「こんなミニゲームでなにを勝ち誇ってるのやら。本格的なゴルフでなら僕は負けませんよ?」


 欽治さんのバッグはパター以外にも複数のクラブが揃っている。
 若かりし頃の賜物だろう、しかしそれを全力で振るうほどの腰はもう持ってないと言うのに、いつまでもしがみつくのだから昔取った杵柄を振いたくてたまらないのだ。


「そもそも、こちらでスポーツをする層は第一世代の私たちくらいですよ? 娘達はこぞってVR空間で過ごしてますし」

「整備する者が居ないから、自作したパターゴルフ場で我慢するしかないと?」

「そう言うことです。ゴルフの腕ならそれこそVRでいいじゃないですか」

「あっちは金に物を言わせる御仁が多いからダメです」


 今、私に対して同じことをしようとした人が何か言ってるよ?


「あなた、人のこと言えないでしょう。それよりも次のコースに行きますよ。頑張って砂場《バンカー》を用意したんですから! 早く回りましょう」

「パターゴルフで用意するコースじゃないでしょうに」

「平坦なコースだとつまらないと言うから用意したのに、我儘だなぁ」


 口を開けば愚痴ばかり。
 このパターゴルフだってこの人が言い出さなきゃ私が参加することもなかったと言うのにね。そのことに感謝することもない。
 人は善意に慣れていく生き物というけど、こうはならないように気をつけよう。

 その後二つのコースを回り、日が暮れた頃合いを見計らって帰り支度を進める。昔取った杵柄が功を奏して、その日のスコアは欽治さんが勝ち越していた。
 私は勝負事に熱を入れるタイプではないのだが、とにかくこの人にだけは負けたくないという思いだけはある。

 最終コースを回った時のことだ。
 一際大きな地響きが起きた。
 私は態勢を崩してその場で尻餅を打ち、順番待ちの欽治さんが震源地を探そうとおでこに手を当てて水平を覗いた。


「痛たた、腰が」

「いい歳して思い切り振りかぶるからですよ。それよりも震源地は随分と近い場所のようですよ?」

「見つかったんですか?」

「あの場所に穴ボコが空いてます。カップをあんな場所に設置はしてないでしょう?」


 バンカーでも池の近くでもない芝もない雑木林の中に、その穴ボコは存在を示すように口を開けていた。


「随分と深そうな穴ですね?」

「ボールを落としてみましょうか? 底がどれくらいの場所にあるかわかりますよ?」


 欽治さんがゴルフボールを穴に向けて落とした。
 風を切るようにヒュウ、と音は鳴ったが跳ね返る音は聞こえず落ち続けるばかりだった。


「なにも音が返ってきませんね?」

「随分と深そうだ。警察に連絡したって、リアルの事にはあまり関与したがらないだろうね」

「今はVRの管理で忙しそうですし」

「じゃあこの件は一旦持ち帰るとして」

「ええ、勝負は引き分けで」

「しれっと負けを認めないのはあなたらしいですが、いいでしょう。僕の器の広さに打ち震えるがいいです」

「はいはい」


 その日は何事もなく帰宅した。
 ニュースもなにも取り上げられず、翌日。


「笹井さん、大変です。一大事です!」


 早朝から直通のコール音が鳴り響き、私は顔を顰めてそれを受け取った。


「なんです朝っぱらから」

「いいから昨日のコースに来てください。あ、ゴルフバッグは持ってきてくださいね?」


 昨日の試合の続きだろうか?
 回らない頭で、午前6時の朝靄のかかる町内を渡り私は目的地へと辿り着いた。昨日打った腰はすっかり調子が良く、なんだったら体も軽い。
 重いゴルフバックを担いできたというのに、スキップできそうなほど肉体に力が漲っている気がした。


「随分とご機嫌ですね。いや、目敏いあなたのことだ。もう気づいたのでしょうね」

「そうやって、主語を語らない口ぶりは嫌われますよ?」

「おっと、気づいてないのならそれでOKです。じゃあ本題です、笹井さん。今日は随分と体調が良くありませんでした?」

「え? ええ」

「実はですね僕、AWOのログアウト後にも関わらず、寝ぼけてステータスを出しちゃったんですよね」

「ボケですか?」

「最初は自分もそんな年になったかとショックだったんですが、目の前にずっと浮かび続けてるんですよ」

「幻が?」

「そうです。幻だと思い続けていたステータス表記が、バグってるのか初期値に戻ってますが、確かに存在してたんです。ほら!」


 そう言ってポーズを取る欽治さん。
 ちなみに変なポーズを取ってるだけで何かが見えるわけでもない。
 やれやれ、まだ夢の中にいるな?
 仕方ない、私も付き合ってやるかとゲームで遊んでる感覚でステータス画面を呼び出すと、ライトブルーの画面が目の前にポップアップした。


「うわ! 本当に出た。なんなのこれ!」

「僕が言ったこと信じてなかったんですか?」

「そりゃ疑うでしょう。寝起きで聞かされたんですよ? それに私はゲームにログインしてません」

「僕だってしてませんよ。けどね、こうなった理由に思い当たる節がある」

「もしかして?」

「そう、昨日の穴ボコです。多分あれが原因だと思うんですよね」

「乗り込むんですか?」

「そのための武器の持参ですよ」


 そう言って、欽治さんはゴルフバックを持ち上げた。
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