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第4章 あいだに立つ
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呼吸の度に喉を焼くような、熱気が渦巻く室内。
その熱は肌を舐め、踊る火花が瞳を照らす。
「……はぁっ…はっ」
振り下ろされる金槌が作り出す音に、耳鳴りがする。額を滑る汗が見開いた目に入り沁みるが、それをぬぐう為の腕はない。
──カーン!カーン!カーン!
叩く。叩く。叩く。
叩き上げる、その鈍い塊が鋭い光を放つまで。
やがてずっと鳴り響いていた音が止むと、一心不乱に金槌を振り下ろし続けていた男が滝のように流れ出る汗で濡れた顔のまま、金槌を握り締めていた手とは別の手に掴んだものをそっと真上にかざす。
それは高窓から差し込んだ陽光を反射し、ぎらりと男の瞳孔の開いた瞳を映し出した。
「……違う…違う…っ!これじゃない…!!」
そしてまた、金槌の振り下ろされる音が響き出した。
♦︎
ぽかぽかの昼下がり。ラーハルトは保護施設を訪れてきていた村の冒険者ギルドの職員の相手をしていた。にこにこと笑顔で帰っていくギルド職員を見送り玄関の戸をくぐると、突如家の中からツバキの悲鳴が聞こえてきたので慌ててリビングへと駆け込む。
「ツバキ師匠っ!?なにが──っ」
「きゃ──!!天才天才天才っ!!!」
「─あった…んですか?」
何か非常事態が起こったのか、悪い予感に跳ねる心臓と共に駆け込んだリビングはいつもとなんら変わりなく。ラーハルトはぱちくりとまばたきを繰り返す。
「あっ、ラーハルトいいところに!ちょっと見てこれ!」
「…毛玉猫がどうかしたんですか?」
いつもの毛玉猫3匹に囲まれ、先ほどのラーハルトよりもにっこにこ笑顔のツバキが掃除用具のハタキを握り締めてそれを前へと突き出す。
「いいから見てて!…いくよ、毛玉達。せーのっ、オダンゴ!」
『みゃー!』
『みゃぁ~ん』
『みーみー!』
「オダ…え?」
アンコ、キナコ、ヨモギがツバキの謎の掛け声に合わせてひょいひょいひょいっ!とハタキに飛び掛かり、あるんだかないんだか分からないほど短い脚でハタキの柄部分に一列にしがみつく。
「天才!美味しそう…お団子そのものだよ…!」
「……えーと、それは…」
『はぁ…お団子っつってな、串に丸い形の食材を刺した菓子がツバキの故郷にはあるんだよ。毛玉猫が丸まって棒にくっついてる姿がそれに似てるんだと』
既に散々ツバキに毛玉猫達に仕込んだ一芸を見せられ続けたサザンカがやれやれと鼻を鳴らしてラーハルトへ説明してやる。
『なんか、毛玉達に訓練をしてたら芸を仕込み始めてな…。畑作り然り、囲い作り然り、ツバキはたまにわけの分からん情熱をみせることがあるんだ。適当に流してくれ』
「へ、へえ…そうなんだ」
ツバキの故郷のお菓子であるというオダンゴなるものを知らないラーハルトはどう反応するべきなのか分からず言葉に詰まるが、わざわざ見せてきたわりにはラーハルトの反応には興味なさそうに毛玉猫達を褒めているツバキを一瞥して、ラーハルトは気持ちげっそりとしたサザンカへ話を振る。
「ところで、今冒険者ギルドの職員がきて、うちと定期契約したいって話でさ。もしかしたら定期収入が手に入るかも」
『おお、そりゃ良い話じゃねえか。何するんだって?』
「うちの妖精兎から鱗粉を定期的に採取したいって。低ランク冒険者への依頼によくあるんだけど、中々必要な量が集まらないらしいよ」
『ほ~、いいんじゃねぇか。ま、ツバキには後で話そうぜ』
「そうだね…なんかまた別の芸仕込み始めてるし…」
何やら今度は布を良い感じに広げて「枝豆!」とコマンドを発しているツバキを置いて、ラーハルトとサザンカは庭へと出ていった。
♦︎
ぼうっと空を眺めながら、長い髪を後ろで無造作に一括りにした男が歩く。
空が青い。ゆっくりと白い雲は流れ、そよぐ風に道端の草がさわさわと揺れる。
男はそういった自然を愛でている、わけではなく。ただなんとなく視界に入ってくるものを見つめ、目的もなく歩いていた。
「……村外れまできてしまったな~」
しまった、うっかり。そんなことを1人口に出しつつ、しかし男は来た道を戻ることもなくなんとなく足を動かし続ける。
「…あ、やべ。左右で違う靴履いてる…」
ふと視線を空から地面へ落とせば、バラバラの靴を履いている自分の足。それを見ても「なんか歩きにくいと思ったぁ」と言うだけ言ってあははと笑いながらも歩き続ける。
「…」
歩く。歩き続ける。どこかへ行きたいわけでもなく、でも止まりたくはないから。何かに追われるように、かと思えば何も考えてないように。
そんな不思議な男の歩みを止めたのは、突然男の頭部を襲った衝撃だった。
──ガツン!
「いっ!!」
「……ぎゃ───!!!!!」
一風変わった造りの家と、真っ青な顔で駆け寄ってくる青年の姿が薄れゆく男の視界に映って、プツリと途切れた。
その熱は肌を舐め、踊る火花が瞳を照らす。
「……はぁっ…はっ」
振り下ろされる金槌が作り出す音に、耳鳴りがする。額を滑る汗が見開いた目に入り沁みるが、それをぬぐう為の腕はない。
──カーン!カーン!カーン!
叩く。叩く。叩く。
叩き上げる、その鈍い塊が鋭い光を放つまで。
やがてずっと鳴り響いていた音が止むと、一心不乱に金槌を振り下ろし続けていた男が滝のように流れ出る汗で濡れた顔のまま、金槌を握り締めていた手とは別の手に掴んだものをそっと真上にかざす。
それは高窓から差し込んだ陽光を反射し、ぎらりと男の瞳孔の開いた瞳を映し出した。
「……違う…違う…っ!これじゃない…!!」
そしてまた、金槌の振り下ろされる音が響き出した。
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ぽかぽかの昼下がり。ラーハルトは保護施設を訪れてきていた村の冒険者ギルドの職員の相手をしていた。にこにこと笑顔で帰っていくギルド職員を見送り玄関の戸をくぐると、突如家の中からツバキの悲鳴が聞こえてきたので慌ててリビングへと駆け込む。
「ツバキ師匠っ!?なにが──っ」
「きゃ──!!天才天才天才っ!!!」
「─あった…んですか?」
何か非常事態が起こったのか、悪い予感に跳ねる心臓と共に駆け込んだリビングはいつもとなんら変わりなく。ラーハルトはぱちくりとまばたきを繰り返す。
「あっ、ラーハルトいいところに!ちょっと見てこれ!」
「…毛玉猫がどうかしたんですか?」
いつもの毛玉猫3匹に囲まれ、先ほどのラーハルトよりもにっこにこ笑顔のツバキが掃除用具のハタキを握り締めてそれを前へと突き出す。
「いいから見てて!…いくよ、毛玉達。せーのっ、オダンゴ!」
『みゃー!』
『みゃぁ~ん』
『みーみー!』
「オダ…え?」
アンコ、キナコ、ヨモギがツバキの謎の掛け声に合わせてひょいひょいひょいっ!とハタキに飛び掛かり、あるんだかないんだか分からないほど短い脚でハタキの柄部分に一列にしがみつく。
「天才!美味しそう…お団子そのものだよ…!」
「……えーと、それは…」
『はぁ…お団子っつってな、串に丸い形の食材を刺した菓子がツバキの故郷にはあるんだよ。毛玉猫が丸まって棒にくっついてる姿がそれに似てるんだと』
既に散々ツバキに毛玉猫達に仕込んだ一芸を見せられ続けたサザンカがやれやれと鼻を鳴らしてラーハルトへ説明してやる。
『なんか、毛玉達に訓練をしてたら芸を仕込み始めてな…。畑作り然り、囲い作り然り、ツバキはたまにわけの分からん情熱をみせることがあるんだ。適当に流してくれ』
「へ、へえ…そうなんだ」
ツバキの故郷のお菓子であるというオダンゴなるものを知らないラーハルトはどう反応するべきなのか分からず言葉に詰まるが、わざわざ見せてきたわりにはラーハルトの反応には興味なさそうに毛玉猫達を褒めているツバキを一瞥して、ラーハルトは気持ちげっそりとしたサザンカへ話を振る。
「ところで、今冒険者ギルドの職員がきて、うちと定期契約したいって話でさ。もしかしたら定期収入が手に入るかも」
『おお、そりゃ良い話じゃねえか。何するんだって?』
「うちの妖精兎から鱗粉を定期的に採取したいって。低ランク冒険者への依頼によくあるんだけど、中々必要な量が集まらないらしいよ」
『ほ~、いいんじゃねぇか。ま、ツバキには後で話そうぜ』
「そうだね…なんかまた別の芸仕込み始めてるし…」
何やら今度は布を良い感じに広げて「枝豆!」とコマンドを発しているツバキを置いて、ラーハルトとサザンカは庭へと出ていった。
♦︎
ぼうっと空を眺めながら、長い髪を後ろで無造作に一括りにした男が歩く。
空が青い。ゆっくりと白い雲は流れ、そよぐ風に道端の草がさわさわと揺れる。
男はそういった自然を愛でている、わけではなく。ただなんとなく視界に入ってくるものを見つめ、目的もなく歩いていた。
「……村外れまできてしまったな~」
しまった、うっかり。そんなことを1人口に出しつつ、しかし男は来た道を戻ることもなくなんとなく足を動かし続ける。
「…あ、やべ。左右で違う靴履いてる…」
ふと視線を空から地面へ落とせば、バラバラの靴を履いている自分の足。それを見ても「なんか歩きにくいと思ったぁ」と言うだけ言ってあははと笑いながらも歩き続ける。
「…」
歩く。歩き続ける。どこかへ行きたいわけでもなく、でも止まりたくはないから。何かに追われるように、かと思えば何も考えてないように。
そんな不思議な男の歩みを止めたのは、突然男の頭部を襲った衝撃だった。
──ガツン!
「いっ!!」
「……ぎゃ───!!!!!」
一風変わった造りの家と、真っ青な顔で駆け寄ってくる青年の姿が薄れゆく男の視界に映って、プツリと途切れた。
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