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第4章 あいだに立つ
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それから数日後、炎馬の譲渡希望だという駆け出しの従魔術師の男性が保護施設を訪れた。
出迎えたツバキと軽く挨拶を交わし、ツバキの横を陣取っているサザンカに「フェフェフェ、フェンリル…!?」というお決まりのプチ騒動を起こしてから談笑を交え庭へと進む。
庭には、既にラーハルトが炎馬を連れて対面の準備を済ませていた。
「こんにちわ」
「あ、こんにちわ。先日はありがとうございました!体験コーナー楽しかったです」
「こちらこそありがとうございます!では、早速ですが改めて紹介しますね。雌の炎馬で、野生だったところを前の主人である従魔術師がテイムした個体になります」
『ブルルッ!』
「う、わぁ…!近くで見ると、また綺麗な魔物ですね…!」
ラーハルトに連れられ、近くまで寄ってきた炎馬の姿に男性は感嘆の声をあげる。
一般的に凶暴な性格で知られるユニコーンとは違い、大人しい性格である炎馬は初対面の人間相手でも興奮もせず鼻先をそっと寄せてくる。
よほど炎馬を気に入ったのだろう、興奮に頬を上気させた男性が炎馬に夢中になっている間に、男性と共に近くまで来ていたツバキに、ラーハルトはこそっと耳打ちをする。
「ツバキ師匠。言われた通りに炎馬に鞍と馬銜着けてきましたけど、一体どうするんですか?」
「どうするって、そりゃ馬に鞍着けたなら乗るに決まってるでしょ」
「え?今日ってテイム可能かどうか確かめに来たんですよね?」
「いいから、いいから。私に任せときなさい」
「はぁ…。?」
ラーハルトから炎馬の手綱を預かったツバキが男性へ声をかける。
「ところで、貴方は冒険者としてこれからやっていくんですよね?従魔術以外に扱える魔法はありますか?」
「あ、いいえ、自分は簡単な生活魔法くらいは出来るんですが、職業にするような攻撃魔法やらは従魔術以外からきしで…」
「何かスキル等はお持ちですか?」
「ええっと、冒険者として役立つようなスキルは…。なので、機動力もあって攻撃力もある炎馬を最初のパートナーにして、道中他の魔物をテイムしながら首都へ行って魔法使いのいるパーティを探そうと思っています」
男性の答えにふんふん、と頷いていたツバキが念を押すように確認をする。
「機動力を気にするってことはやはり炎馬に乗りたいとお考えですか?」
「はい。ちょっとお金が入り用で、なるべく急いで首都へ向かいたくて」
「なるほど…分かりました。じゃあ、ラーハルト!ちょっとこれ持って…そう、で、ここで構えてて」
「へ?これって…ただのホース、ですか?」
「うん、そう。蛇口の所にはサザンカいるからよろしく」
「はぁ?」
『おーう、こっちは任せろ!』
ハテナマークを浮かべたラーハルトの両手に畑仕事をする際に使用するホースを握らせたツバキが男性に向き直るとニッと笑う。
「よし。それじゃあ、貴方と炎馬の相性を確かめる前に、とりあえず乗ってみましょうか!」
「え!?テイムでもせず、いきなり…ですか!?」
ぎょっと目を剥く男性にツバキはその背をバシバシと叩きながらそこは大丈夫だと笑う。
「炎馬は大人しい性格のやつが多い。特にこいつはここで不特定多数の人間と会ってよく慣れているし、本気で駆け回るならまだしも、背に乗るくらいなら問題はないですよ」
「は、はぁ…」
「私も横について手綱を握ってますから。言うより実際にやってみた方が、理解も早いかと思いますので」
「理解、ですか?」
ツバキに背を押され、男性が炎馬の横に置かれた踏み台に片足をかける。
と、ツバキがボソリと呟く。
「簡単な回復魔法も使えますから」
「え?」
男性が鳴き声もあげず、静かに待つ炎馬の背に跨ったその瞬間、炎が燃え上がる。
「っうわああああ!?」
風にふわふわと靡いていた鬣、いや炎が火花をばちばちと爆ぜさせながら一気に燃え上がり背に跨がる男性の体を包む。
「ぎゃ───!?!?」
「ラーハルト!!!消火!!!」
「はいぃぃぃぃぃいいい!!!」
その光景を目の当たりにしたラーハルトは思わず絶叫をあげてツバキに言われるがままに炎馬の背から転がり落ち、地面に倒れる男性に水量マックスのホースの先を向ける。
そこにすかさずツバキが回復魔法をかける。炎もすっかり消え、衣服は多少焦げてしまったが火傷ひとつ負っていない男性がしかし突然の恐怖に歯をガチガチと鳴らしていると、ツバキが苦笑して告げる。
「炎馬はね、火絶対耐性持ちか、魔法防御習得者、もしくは高額の火耐性防具一式を揃えないと乗れないんですよ。なにせ鬣、あの通り燃えてますから」
「…」
「ちなみに、今着けてる馬具一式も専用の火耐性の付いているもので、お高いです」
「…」
呆然とツバキを凝視する男性に変わり、その一部始終を見ていたラーハルトが一拍遅れてつっこむ。
「いや、先に口で言ってくださいよ!!!!!」
♦︎
勿論、炎馬の譲渡の話はなくなり、言葉もなくツバキを異常者を見る目で去っていった男性の姿が完全に見えなくなってから、ラーハルトはツバキへ抗議の声をあげた。
「ちょっと!師匠!あれはないでしょうが!?」
「だってあの人絶対炎馬乗りたいって言ってたし…見たところ火耐性のある防具も着けてなかったから勿論火絶対耐性持ってると思って…」
「なるほど…」
珍しくしゅん、としているツバキの姿にわけも聞かず一方的に責めてしまった、とラーハルトが反省したかけた時、ん?と小さな疑問が湧く。
「ん?でも師匠、俺にホース持たせて待機させましたよね!?ってことは、あの人が火絶対耐性持ってないこと気づいてましたよね!?ねえ!?」
「ちっ。段々反抗的になってきたなこいつ」
「師匠!?」
ひとつため息をこぼすと、ツバキは面倒そうに無茶をした理由を説明し出す。
「庭に行くまでにちょっとあの人と話したんだけど、凄く従魔術師っていうのに理想を持ってた。どの魔物をテイムして、どんな冒険をするのかって」
「それは…良いことなんじゃないですか?」
「うん。それ自体を悪いとは言わないよ。誰にだって理想の自分はある。でも、あの人の場合は現在の現実をきちんと把握して受け入れているようには見えなかった。現に炎馬をテイムしたいっていうわりには火絶対耐性のことについても調べていなかったし。そういう人には貴方には無理です、出来ませんって言ったところで納得しないでしょ」
「っでも、あのやり方はいくらなんでも…!」
きついことを言うようだけど、とツバキはラーハルトの言葉を遮る。
「無理やりテイムして、それでやっぱり乗れないから要らないですってなった時に1番割を食うのは誰?私達が保護施設をやってるのって、そういうこを1匹でも出さない為じゃないの?」
「そっ!れは…そう、です……けど!師匠はもうちょっと人間相手にも優しくしてくれたっていいと…思うんです、けど」
きついことを言った自覚があるのか、ツバキは少し居心地が悪そうにラーハルトから目を逸らす。が、ツバキの言い分が厳しくも正しいことであると知っているラーハルトは少々重たくなってしまった空気を打ち壊すようにわざと茶化すように返事をする。言葉尻はすぼまってしまったが。
そんなラーハルトの気遣いに、ツバキも調子を合わせて返す。
「…ふん。あんた気づいてないみたいだけど、ちょっとした火耐性持ってるんだから愛しのジョゼフィーヌに乗ってくれば?」
「もう!愛称はいいです…って、えっ!?俺って火耐性持ってるんですか!?」
「じゃなきゃ炎馬にブラッシングなんて出来ないでしょ。まぁ、ちょっとお尻が焦げるくらいで済むよ」
「うわ~…知らなかった…。でも、それなら炎馬をテイムしている従魔術師が少ないのも納得ですね。炎馬自体、珍し過ぎて俺でも知らなかったです」
「まぁ、見た目からちょっと考えれば分かると思うけどね。前の主人が炎馬を手放したのも同じ理由だよ」
「あ~、なるほど…」
いつもの調子を取り戻した2人は鞍を着けっぱなしにしてしまっている炎馬の元へと戻る。
「にしても、次はその火絶対耐性とやらを持っているか、超お金持ちの従魔術師がやってきてくれるといいですね~」
「そうだね。もしくはもう、いっそ従魔術師以外とかね」
「ペットとしてですか?まぁ、乗らなければそれでもいいのかな…?」
「案外、従魔術師以外の職業で炎馬を必要とする人がいるかもよ」
ともかくこれで、もう暫くはジョゼフィーヌとの別れは先になりそうだとラーハルトは内心で喜んだ。
出迎えたツバキと軽く挨拶を交わし、ツバキの横を陣取っているサザンカに「フェフェフェ、フェンリル…!?」というお決まりのプチ騒動を起こしてから談笑を交え庭へと進む。
庭には、既にラーハルトが炎馬を連れて対面の準備を済ませていた。
「こんにちわ」
「あ、こんにちわ。先日はありがとうございました!体験コーナー楽しかったです」
「こちらこそありがとうございます!では、早速ですが改めて紹介しますね。雌の炎馬で、野生だったところを前の主人である従魔術師がテイムした個体になります」
『ブルルッ!』
「う、わぁ…!近くで見ると、また綺麗な魔物ですね…!」
ラーハルトに連れられ、近くまで寄ってきた炎馬の姿に男性は感嘆の声をあげる。
一般的に凶暴な性格で知られるユニコーンとは違い、大人しい性格である炎馬は初対面の人間相手でも興奮もせず鼻先をそっと寄せてくる。
よほど炎馬を気に入ったのだろう、興奮に頬を上気させた男性が炎馬に夢中になっている間に、男性と共に近くまで来ていたツバキに、ラーハルトはこそっと耳打ちをする。
「ツバキ師匠。言われた通りに炎馬に鞍と馬銜着けてきましたけど、一体どうするんですか?」
「どうするって、そりゃ馬に鞍着けたなら乗るに決まってるでしょ」
「え?今日ってテイム可能かどうか確かめに来たんですよね?」
「いいから、いいから。私に任せときなさい」
「はぁ…。?」
ラーハルトから炎馬の手綱を預かったツバキが男性へ声をかける。
「ところで、貴方は冒険者としてこれからやっていくんですよね?従魔術以外に扱える魔法はありますか?」
「あ、いいえ、自分は簡単な生活魔法くらいは出来るんですが、職業にするような攻撃魔法やらは従魔術以外からきしで…」
「何かスキル等はお持ちですか?」
「ええっと、冒険者として役立つようなスキルは…。なので、機動力もあって攻撃力もある炎馬を最初のパートナーにして、道中他の魔物をテイムしながら首都へ行って魔法使いのいるパーティを探そうと思っています」
男性の答えにふんふん、と頷いていたツバキが念を押すように確認をする。
「機動力を気にするってことはやはり炎馬に乗りたいとお考えですか?」
「はい。ちょっとお金が入り用で、なるべく急いで首都へ向かいたくて」
「なるほど…分かりました。じゃあ、ラーハルト!ちょっとこれ持って…そう、で、ここで構えてて」
「へ?これって…ただのホース、ですか?」
「うん、そう。蛇口の所にはサザンカいるからよろしく」
「はぁ?」
『おーう、こっちは任せろ!』
ハテナマークを浮かべたラーハルトの両手に畑仕事をする際に使用するホースを握らせたツバキが男性に向き直るとニッと笑う。
「よし。それじゃあ、貴方と炎馬の相性を確かめる前に、とりあえず乗ってみましょうか!」
「え!?テイムでもせず、いきなり…ですか!?」
ぎょっと目を剥く男性にツバキはその背をバシバシと叩きながらそこは大丈夫だと笑う。
「炎馬は大人しい性格のやつが多い。特にこいつはここで不特定多数の人間と会ってよく慣れているし、本気で駆け回るならまだしも、背に乗るくらいなら問題はないですよ」
「は、はぁ…」
「私も横について手綱を握ってますから。言うより実際にやってみた方が、理解も早いかと思いますので」
「理解、ですか?」
ツバキに背を押され、男性が炎馬の横に置かれた踏み台に片足をかける。
と、ツバキがボソリと呟く。
「簡単な回復魔法も使えますから」
「え?」
男性が鳴き声もあげず、静かに待つ炎馬の背に跨ったその瞬間、炎が燃え上がる。
「っうわああああ!?」
風にふわふわと靡いていた鬣、いや炎が火花をばちばちと爆ぜさせながら一気に燃え上がり背に跨がる男性の体を包む。
「ぎゃ───!?!?」
「ラーハルト!!!消火!!!」
「はいぃぃぃぃぃいいい!!!」
その光景を目の当たりにしたラーハルトは思わず絶叫をあげてツバキに言われるがままに炎馬の背から転がり落ち、地面に倒れる男性に水量マックスのホースの先を向ける。
そこにすかさずツバキが回復魔法をかける。炎もすっかり消え、衣服は多少焦げてしまったが火傷ひとつ負っていない男性がしかし突然の恐怖に歯をガチガチと鳴らしていると、ツバキが苦笑して告げる。
「炎馬はね、火絶対耐性持ちか、魔法防御習得者、もしくは高額の火耐性防具一式を揃えないと乗れないんですよ。なにせ鬣、あの通り燃えてますから」
「…」
「ちなみに、今着けてる馬具一式も専用の火耐性の付いているもので、お高いです」
「…」
呆然とツバキを凝視する男性に変わり、その一部始終を見ていたラーハルトが一拍遅れてつっこむ。
「いや、先に口で言ってくださいよ!!!!!」
♦︎
勿論、炎馬の譲渡の話はなくなり、言葉もなくツバキを異常者を見る目で去っていった男性の姿が完全に見えなくなってから、ラーハルトはツバキへ抗議の声をあげた。
「ちょっと!師匠!あれはないでしょうが!?」
「だってあの人絶対炎馬乗りたいって言ってたし…見たところ火耐性のある防具も着けてなかったから勿論火絶対耐性持ってると思って…」
「なるほど…」
珍しくしゅん、としているツバキの姿にわけも聞かず一方的に責めてしまった、とラーハルトが反省したかけた時、ん?と小さな疑問が湧く。
「ん?でも師匠、俺にホース持たせて待機させましたよね!?ってことは、あの人が火絶対耐性持ってないこと気づいてましたよね!?ねえ!?」
「ちっ。段々反抗的になってきたなこいつ」
「師匠!?」
ひとつため息をこぼすと、ツバキは面倒そうに無茶をした理由を説明し出す。
「庭に行くまでにちょっとあの人と話したんだけど、凄く従魔術師っていうのに理想を持ってた。どの魔物をテイムして、どんな冒険をするのかって」
「それは…良いことなんじゃないですか?」
「うん。それ自体を悪いとは言わないよ。誰にだって理想の自分はある。でも、あの人の場合は現在の現実をきちんと把握して受け入れているようには見えなかった。現に炎馬をテイムしたいっていうわりには火絶対耐性のことについても調べていなかったし。そういう人には貴方には無理です、出来ませんって言ったところで納得しないでしょ」
「っでも、あのやり方はいくらなんでも…!」
きついことを言うようだけど、とツバキはラーハルトの言葉を遮る。
「無理やりテイムして、それでやっぱり乗れないから要らないですってなった時に1番割を食うのは誰?私達が保護施設をやってるのって、そういうこを1匹でも出さない為じゃないの?」
「そっ!れは…そう、です……けど!師匠はもうちょっと人間相手にも優しくしてくれたっていいと…思うんです、けど」
きついことを言った自覚があるのか、ツバキは少し居心地が悪そうにラーハルトから目を逸らす。が、ツバキの言い分が厳しくも正しいことであると知っているラーハルトは少々重たくなってしまった空気を打ち壊すようにわざと茶化すように返事をする。言葉尻はすぼまってしまったが。
そんなラーハルトの気遣いに、ツバキも調子を合わせて返す。
「…ふん。あんた気づいてないみたいだけど、ちょっとした火耐性持ってるんだから愛しのジョゼフィーヌに乗ってくれば?」
「もう!愛称はいいです…って、えっ!?俺って火耐性持ってるんですか!?」
「じゃなきゃ炎馬にブラッシングなんて出来ないでしょ。まぁ、ちょっとお尻が焦げるくらいで済むよ」
「うわ~…知らなかった…。でも、それなら炎馬をテイムしている従魔術師が少ないのも納得ですね。炎馬自体、珍し過ぎて俺でも知らなかったです」
「まぁ、見た目からちょっと考えれば分かると思うけどね。前の主人が炎馬を手放したのも同じ理由だよ」
「あ~、なるほど…」
いつもの調子を取り戻した2人は鞍を着けっぱなしにしてしまっている炎馬の元へと戻る。
「にしても、次はその火絶対耐性とやらを持っているか、超お金持ちの従魔術師がやってきてくれるといいですね~」
「そうだね。もしくはもう、いっそ従魔術師以外とかね」
「ペットとしてですか?まぁ、乗らなければそれでもいいのかな…?」
「案外、従魔術師以外の職業で炎馬を必要とする人がいるかもよ」
ともかくこれで、もう暫くはジョゼフィーヌとの別れは先になりそうだとラーハルトは内心で喜んだ。
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