辺境に捨てられた花の公爵令息

金剛@キット

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100話 義母と2人 2

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 不意にリヒトは、ベッドで熟睡するシルトの寝顔を、憂いに満ちた瞳でながめ、ため息をついた。



「目が覚めたら、きっと本人はケロリとしているよ? こちらが心配するのがバカらしくなるぐらいにね」
 大きなため息の理由を察して、フォーゲルはリヒトを慰めた。

 神殿で朝まで祭祀を行い、その後ナーデルに襲われリヒトが死にかけたのは、昨日の昼のことだ。
 
 スマラクトの治癒魔法で傷1つ無い、綺麗な身体でリヒト自身は目覚めたが…
 シルトが腹部にケガしていることに、シルト以外の誰も気付かなったのだ。

 無事にリヒトが目覚め、治療が完了したのを見届けると、スマラクトは魔力切れを起こし、その場で気絶してしまった。

 他の治療師たちも魔力切れ寸前で、血を止める応急的な処置が精いっぱいで…
 結局シルトがまともにケガの治療を受けたのは、それから半日も過ぎた頃だった。

 それまで苦痛に何時間も耐えたシルトは… 夜になって、ようやく目覚めたスマラクトの治療を受けると、丸1日昏々と眠り続けているのだ。


「はい、落ち込み過ぎるのは良くない臣下だと、ノイ殿にも注意されたので、気を付けようとは思うのですが…」

 何度もフォーゲルに慰められるが、リヒトとしてはどうしても、しょんぼりと落ち込んでしまうのだ。

 ナーデルの凶行に最初に気付いたリヒトは、自分が何も出来ずにいたことが、情けなかった。

<自分だけならともかく、シルト様にまで大ケガをさせてしまった!!>



「大丈夫だよリヒト、シルトは頑丈だから! この子はいつもバカみたいに意地を張って、自分の強さと雄々しさを証明する為に、負傷しても治療は1番最後に受けることに、こだわっているんだよ… まぁ辺境伯になってからは、こんな大ケガしたことは無かったけどね」

 騎士になりたての頃のシルトは、毎回ケガが絶えなくて、フォーゲルはいつも肝を冷やしていた。

 辺境伯という責任ある立場に就き、シルトがあまり無茶をしなくなったのは…
 長男ゾネを亡くしたフォーゲルには、不幸中の幸いであった。
 
「この部屋に2人分の夕食を、用意するように言っておくよ、食事が来たらシルトを起こしてやりなさい、空腹で真夜中に目覚めることになったら、可哀そうだからね」
 やれやれとシルトの寝室を、去ろうとするフォーゲルを、リヒトは何かを思い出したように、呼び止めた。

「あ… あのフォーゲル様… いえ、お義母様!」

「んん?」
 フォーゲルが振り向くと、リヒトも椅子から立ち上がり…

「ナーデル様のことですが、先にお義母様の思うようにされて、全て終わってからシルト様には、私からお伝えしますから… そうすれば、シルト様もお気になさらないかと」 

 カルト伯爵家からも引き取りを拒まれたナーデルの遺体を、火葬にして名を記さずに、その灰をゾネの棺に入れてやりたいとフォーゲルは考えていた。

 本来ならば、辺境伯夫人であるリヒトが処理する仕事だが…
 ナーデルと仲の良かったフォーゲルの為に、敢えてリヒトは前辺境伯夫人のフォーゲルに任せることにした。

「私の父は、忙しい人なので… 実家の母は、父が文句を言いそうな問題が起こった時は、全部自分で終わらせてから事後承諾させるのです… 父も終わったことに文句を付けるような人ではありませんし、シルト様も面倒臭がりですから、同じかと…」

「ふふふ… なるほど、さすがプファオ公爵夫人は良妻賢母だね… ありがとう、そうさせてもらうよ、こんなことまで気を遣わせて悪いねリヒト」
 感謝の気持ちを込めて、フォーゲルはリヒトの腕を撫でた。


「いいえ… 亡くなった人に鞭を打つようなことを、してはいけませんから」

 罪深い人間に、罰を与えるよりも、慈悲を与え改心をうながせと…

 神官に近い考え方が、染みついているリヒトらしい意見だった。





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