辺境に捨てられた花の公爵令息

金剛@キット

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56話 城壁 シルトside

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 火を灯した城壁の上部、歩廊に立ち胸壁に手を置き、シルトは目をこらして魔窟まくつの森を、ジッ… と見つめた。

 小高い丘の上に築かれた、シュネー城塞から魔窟の森までは、ゆるい傾斜があり…
 城壁上部から魔窟の森の境界を、見下ろすことが出来るのだ。

 シルトと並んで歩廊に立つ、オーベンや騎士たちも不安そうに魔窟の森をながめた。


「私たちが王都へ行く前よりも、魔窟の森の境界が… また、こちら側に広がったな! 瘴気自体は少ないが、嫌な予感がする」

 雪が吹雪ふぶく深夜で視界は非常に悪く、肉眼で見ると言うよりも、シルトは魔力を使い瘴気を感知したという表現の方が正しいだろう。


「リヒト様から晩餐の席で聞いた話が本当なら、ちょうど時期も合いますし」

  オーベンやノイのようなシルトの側近たちは、神官長シュピーゲルに倣い、リヒトを自分たちと同等の臣下としてではなく…
 自分たちが敬う格上の存在として、晩餐会が終る頃には敬称をリヒト殿から改めて、"リヒト様" と呼ぶようになっていた。 


「ああ、国王陛下が病のせいで重要な祭祀に出られなくなり、リヒトと神官たちだけでとり行うようになっていたと言っていたが… 魔窟の森が広がり出した時期と重なるのは確かだな…」
 考え込むシルト。

「そう言えば… 魔獣が大量発生して、お父上とゾネ様が亡くなられた時も… シルト様の叔母上様であらせられるシュロス王妃殿下が亡くなり、喪に服した国王陛下が悲しみに沈み、祭祀をいくつも取り止めたのでは無かったでしょうか?」

 オーベンが口に出した疑問に、ハッ… と息を呑み、シルトは自分の顎を指でつかみ、記憶をたどる。

 シルトの母フォーゲルが弟であるシュロス王妃の悲報を聞き、急遽1人で王都へ行き…
 その間に父と兄ゾネが亡くなり、母がその知らせを王都で受け取り、急いで引き返して来た時には、かなりの日数が過ぎていて、2人の葬儀は終わり墓に埋葬した後だった。


「本来なら母ととり行う葬儀を、仕方なくナーデルと行ったのを覚えている… そうだ、あの時だ!」
<母上が不在で私以外、誰もなだめる者がいなくて、狂ったように泣き叫ぶナーデルの相手をしたから、よく覚えている>

 すでにナーデルへの愛情が冷めてしまっていたシルトにとって、苦痛以外の何ものでも無かった。

 大騒ぎするナーデルのせいで、シルトは葬儀中父と兄の遺体を前にしても、まともに悲しむことも出来なかったのだから。

『アナタが生きているのに、なぜゾネ様が死んでしまったの?! なぜゾネ様を助けなかったのですか?!』
 
<悲しみと落胆で、ナーデルが本性を出して、私に噛みついて来た… あれは絶対に本気だった>
 ついでに嫌な記憶がよみがえり、嘲笑し首を横に振るシルト。


「シルト様!! 群れらしきものがこちらに向かっています! …ずいぶん身体が大きな、あれは一体、何でしょうか?!」

 やたらと大きな魔獣が、速度は遅いが何体か近づいて来るが、瘴気に包まれた影しか感知出来ない。


「よし、出るぞ!!」



 歩廊を走り、シルトは城門へと下りる。






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