下ル下ル商店街

馬 並子

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エピローグ 『またのお越しを』

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一見、非道な苦痛を強いられているかのように見えるウサギの様子に、遠巻きにしていた見物客の一部が同情した様子で顔をしかめる。
だが、近づいて『バトラー』とのやりとりを聞けば、誰しもが杞憂だと知るのだ。

「それじゃあまるで私が苛めているみたいでしょう。すぐにひり出すのでは射精できないとお前が泣くから、わざわざ時間を割いて待ってやっているというのに」
「ご……めん、なさ……」
「ほら、顔を上げて。お客様にきちんと自分で説明なさい」
「う……あ……か、看板、きゅうけぇ、だから、しゃせぇ、させて、もらえ……あうぅ……うれし、です……うれし……あぁ、出る、出るぅっ……」

我慢ができなくなったのか、壁にしがみ付くような格好でぶるぶると震え、ウサギはそれきり黙ってしまう。
だが『バトラー』が一言
「顔は?」
と問えば、びくりと上半身を波打たせて顔を上げた。
開きっぱなしの口からは浅い呼吸と共に涎が垂れ、極まる寸前なのか、両の黒目がゆっくりと上に上がっていく。
「あひ……ひぃ……見ないで、出る、いく、いく、いく……むり、ごめ、なさ、も、むり……ゆるし、て……」

命令通りに野次馬に顔を晒したウサギは、掠れた小さな声で限界を訴えながら、震える手で『バトラー』に縋った。だが、その手は当然『バトラー』には届かず、空しく空を掻く。
「あと三十秒です。店の看板なのですから、礼儀正しくお客様に挨拶してからいきなさい」

無情な『バトラー』の言葉に、ウサギはまるで吐息のような小さな声で、「は……い……」と返事をした。
そして看板らしく、震える唇で精一杯笑みを形作る。頬をひくひくと痙攣させ、涙と涎を垂らしながらも、ウサギは与えられた職務を全うした。

「し、紳士のための遊技場『キッチュ』、皆様のご来店を、お、お待ちしております。……っいくいくいくいく、出るぅっ!あぁ!出るぅっ!」

野次馬たちは固唾を呑んで見守った。彼らの目も耳も、ウサギの痴態に釘付けだった。
だから、『バトラー』の表情の変化に気付いた者はいなかっただろう。いや、偶然見ていても、それが何を意味するのか誰もわからなかったに違いない。
何しろこの場には、片眼鏡越しに目尻をほんの少し下げたその表情が、『バトラー』の心からの笑みだと知る者はいないのだから。

「いい子だ。いきなさい」

瞬間、広場を甲高い叫声が満たした。それは恍惚の咆哮だった。
「あああぁぁぁぁぁーっ!!!!うあぁっ!ああぁっ!ああぁんっ!あぁんっ!出てるぅっ!やあぁっ!出てるぅぅーっ!」
目を見開き、あらん限りの声を上げ、ウサギは全身全霊で絶頂していた。壁の向こう側で、ゴルフボールと大量のローションを尻穴から噴き出し、誰にも省みてもらえない性器から、熟成された欲望の粘液を迸らせている。
上半身しか見えなくても、それは誰の目にも明らかだった。それほど、見事なイキ様だった。

「おぉ……これは……」と、思わずといった呟きが広場に漏れ広がる。男も女も息をのみ、無意識に腰をもじつかせ始めた。
「あぁんっ!あぁっ、いってるぅ、まだ出てるぅっ!」
ビンゴゲームの時がそうだったように、一度目の大噴出の後も、続けてボールをぼとぼととひり出しているのだろう。ゴルフボールは一つ一つが大きい分、肉壁を擦る衝撃も、出る度にくぱくぱと開閉するのも堪らないに違いない。
「きもち、きもちいぃ、あぁん、あー」
脳まで蕩けてしまったようなだらしない顔をして、ウサギがびくんびくんと体を跳ねさせる。

その様があまりにも幸せそうで、チュンはしゃがみこんで声をかけた。
「よっお兄さん、ゲームには負けちまったようだが、どうだ?まだギャンブルやりたいか?」
いまだに恍惚の波を揺蕩っているウサギは、チュンの顔を思い出せないらしい。ふにゃりと笑い、軽く首を傾げた。
「んー?んーん。もぉぎゃんぶりゅはいいよぉ。俺、働くの、だーい好きらからぁ」
その勤勉な言葉に、チュンはそうかそうかとニカッと笑う。
一人のどうしようもないギャンブル狂を更生させたのだ。この地下商店街では空は見えないが、まるで青空に放り出されたかのような清々しい気分だった。

その様をうんうんと感慨深げに見守っていた『バトラー』は、労働好きなウサギをもっと悦ばせてやろうと、野次馬へと高らかに声を上げる。
「これで、しばらくの間は何をやってもイキ続けます。イく度に痙攣しながら締め付けるウサギ穴、破格の五百円です。どうぞ遊技場『キッチュ』の一端をお楽しみください」

幾人もの男が、人目を気にする余裕もなく、ポケットや鞄を探る。
運よく一番初めに五百円玉を見つけた男が、はっきりと形を変えた股間を宥めるように握り締めながら、看板へと近づいてきた。
「ら、らめ、まだいってりゅ、いってりゅからぁっ」
ウサギは呂律の回らない口で抗議するが、その声には隠し切れない媚がある。客が五百円玉を投入すると、「あぁ、ありがとぉ、早く、早くぅっ」と舌を突き出しながら、壁の向こうに消えていった。

代わりに現れたのは、かろうじて窄まってはいるものの、呼吸と共にとろとろとローションを漏らす緩みきった下半身だ。
「どうぞ。この通り十分に濡れていますから」
『バトラー』が優雅に手の平で指し示す動きに操られるように、客がぎこちなくズボンと下着を下ろす。
そして、既に先走りを漏らし始めた性器を、吸い込まれるように嵌め込んでいった。

『得た刺激が快感として脳と体に刻み込まれ、その快感なしでは生きていけなくなる』媚薬入りローションで満たされた、アリジゴクの蜜穴へと。


自ら身を落とした人間からは、命以外は何でも奪い、その心も体も生活も全てを改変してしまう。
それが下ル下ル商店街のやり方なのだ。


《完》
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