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 明るい空色の瞳、真紅の長い髪。がっしりとした、鍛え上げられた戦士の体躯。

 鷹揚に馬上から頷きかけたり、手を上げて歓呼の声に応えているシグルド様は、華やかで美しくて威厳があって、本当に妖精王のようだ。

 それに、久しぶりに見る彼の顔は精悍に引き締まっていて。

 私が一緒だった時の戦など、彼にとっては前哨戦程度のものだったに違いない。あんな顔は見たことがない。つい最近まで陣頭指揮を執って戦闘行為に身を置いていた者独特の、緊張感に溢れた厳しい顔、大勝利を挙げた自信に裏打ちされた傲然とさえ言える態度。記憶にある、いつもわたしに向けられる優しい柔和な表情とはかけ離れたその姿はインパクト大で、私は悶絶した。
 
 あんなに優しい方なのに。ギャップ萌えである。

 「火竜の君、素敵……」

 とうとう、心中が駄々洩れになったらしい。とたんに、呟きひとつで一気に場の空気は瞬間冷凍状態となり、はっと顔を上げれば氷の魔王が私を見下ろしている。例によって例の如く、地獄耳で聞きつけたのだ。

 まずい、と思ったが遅かった。

 「リヴェア様、火竜の君とは何ですか」

 声まで冷え冷えとさせて、オルギールは言った。

 なんでもありません、と即答したが、当然追及の手は緩められることはない。

 「どなたが素敵だとおっしゃるのですか、リヴェア様」
 「俺のことか、リーヴァ」
 「いや、姫は今お前の顔を見てはいなかった」

 こうなってくるとあとの二人も当然騒ぎ出す。
 レオン様は俺様だし、ユリアスの指摘は極めて余計なものだった。 

 リーヴァが俺以外の男をあからさまに素敵と言うなど、とレオン様はたちまち不機嫌顔になる。
 それは言うだろう、オルギールも俺もいるのだから、と、ユリアス様、何気に容姿に自信をお持ちらしい。笑える。だから私が初対面から目をあわせようとしなかったことに必要以上に反応したのだな。

 ぷ、と吹き出すと、また、

 「リヴェア様」

 と冷たく呼ばれ、再び背筋に緊張が走る。

 さっき貴婦人の姿をして彼に会ったとき、言いたくないがあなたのせいで髪型を変えたとか、外衣(マント)を着ける予定はなかったとか色々詰ったのだけれど、総スルーの上、寝所での彼を彷彿とさせる極甘シロップの如き笑みを浮かべてお綺麗ですよリア、と言っていたのに。あれは別人だったのか。

 「オーディアル公のことですか」

 わかってるじゃないの!!
 
 思わず、きっ、と彼を睨む。
 目が合うと、魔王は禍々しい笑みを浮かべた。

 「彼についてどのように思っておられるか。あとでよくお聞かせ頂きましょうか……夜にでも」
 「え」

 夜にでも、って。
 
 淫らな囁き、的確に動く指。明け方まで啼かされた記憶が一気に蘇る。
 頬が火照る。記憶が直近過ぎて生々しくて素知らぬ顔ができない。

 黙って目を逸らすと、ぐいと腕を伸ばされ、腰を引き寄せられた。
 レオン様である。

 「何を言った、オルギール。リーヴァに公衆の面前でこんな顔をさせるな」
 「私は別に何も」

 嘘を吐け!
 
 と、私は心の中で叫ぶ。

 頭上では昼間から少々問題のある色めいた発言が飛び交っている。衛兵は離れて控えているとはいえ、骨の髄まで支配者で俺様な二人は声をひそめるという発想がないらしく、気が気ではない。
 まだ火照る頬を自分で撫でながら憮然としていると、一歩引いて立つユリアスと目があった。
 意地悪を言われるかも、と、今までのトラウマで少し身を固くしたのだけれど。

 「たいへんだな、姫」

 悪戯っぽく笑みを含んだ声で、きつい暗緑色の目元を和ませて、ユリアスは言った。
 
 びっくりして口ぽかんである。

 「レオンもオルギールも突き抜けてるからな。あれでシグルドも相当だし。……我々の相手はたいへんだろうな」

 我々?
 ……って、あなたもですか。

 「自分で言うのもなんだが、俺はまともなほうだと思うぞ」

 心の声が聞こえたのだろうか。ユリアスは正しく私の疑問に答えてくれた。
 一歩進んで距離を詰め、レオン様に腰を抱かれたままの私の手を取って、恭しいと言っていい仕草で彼の目の高さまで持ち上げる。

 「疲れたら俺のところへ来るがいい、姫。……休ませてやるから」

 私の手を引くのではなくて。高いところに捧げ持った私の手に、指に、ユリアスが顔を寄せてそっと唇を触れさせた。
 驚きのあまり目が真ん丸になってしまう。
 さらにさらに私の頬は火照ってしまったことだろう。
 
 レオン様とオルギールがレベルの低い舌戦を中止し、お前だけいいひとぶるなとか腹黒でいらっしゃるから油断はなりませんよとか言っている。

 衛兵はさすがに無表情を貫いているけれど(なんだかひどく口元を食いしばっているのが気になった)、我々の言葉は聞こえなくともいちゃついているとしか言いようのない雰囲気は群衆にはバレバレだ。

 気が付けば口笛とヤジが乱れ飛び、待機していた私達の眼前までようやく到達したシグルド様も微妙な顔つきをしている。彼の帰還を歓迎するために来ているのだ。これはよろしくない。

 丁重に、かつ毅然とレオン様の拘束から抜け出し、ユリアスにとられた手を引き戻し、氷の魔王からは注意深く一歩距離をとって立ち、居住まいを正すのと同時に。

 「──シグルド・オーディアル・ド・グラディウス公爵閣下、ご帰還!」

 ふれ係の美声が朗々と響き渡った。



**********



 その後のことはまるで典雅なタペストリに織られた一場面のようだった。
 のちのちまで、何度も脳内再生したくなるくらいだった。
 
 ……まあそれも、私が登場するまでは、だけれど。

 白馬からひらりと下りて、出迎えの私達に騎士の礼をとるシグルド様。
 筆頭公爵としてレオン様は礼を受け、しかし、彼らがあくまで同位置に立つのだと知らしめるつもりか、歩み寄って互いの拳を触れさせてから、肩を抱き合う二人。そこへ、ユリアスも加わって同じことを繰り返す。

 三人並んで立つと、出迎えを受けたシグルド様がよく響く声で皆の働きとアルバに残る公爵二人の助力により勝利を得て、海の民を支配下に置いたことを簡単に報告する。

 筆頭公爵たるレオン様が労をねぎらい、兵士達には恩賞を期待するように、かつ、支配地域が拡大することは喜ばしいが、気を緩めず団結して我らの栄華を極めてゆこうと言って話を終え、グラディウス万歳と歓呼の声とともに簡単な式典は終了。あら、私は立っているだけでよかったのね。でもまあいいわ、薔薇色の衣裳だしまさに「花を添える」ってやつよね、と思いきや。

 「姫君」

 まだ皆が居並ぶところで、シグルド様は私を呼んだ。

 終わりではなかったの?とシグルド様に目で尋ねると、公爵様は優しく---私の記憶にある、見慣れた顔で---微笑んだ。

 「リヴェア・エミール・ラ・トゥーラ姫より、シグルド・オーディアル・ド・グラディウス公爵閣下にお言葉を賜ります」

 ふれ係が言葉を添える。

 私が?

 目をぱちぱちとさせて左右を見渡すと、レオン様もユリアスもほんのわずか、戸惑った様子だ。
 戸惑う、というより、怪訝な、といったほうが正しいか。
 オルギールは静観の構えだ。

 ま、でも気にしない。もとより、綺麗に着飾った私をお披露目する予定でもあったのだ。
 何か喋ろとは言われていなかったのだけれどね。

 私はしずしずと歩み出て、習った通りの完璧なお辞儀をした。
 本来なら、高々と結い上げた髪、白い細いうなじ、という絵を妄想していたのだけれど、もう何も言うまい。
 群衆から、おお、とか、ほうっ、……とざわめき、ため息が聞こえるのが誇らしい。

 「このたびはご無事のご帰還、心よりお喜び申し上げます」

 私は猫を百匹くらい被ってお行儀よく言った。
 こういうきっちり、綺麗にキメることは好きだし、得意である。

 「また、ウルブスフェルを奪還、解放するのみならず、狡猾な海の民を平らげたとか。ご武勇のほど聞き及ぶにつけ、胸躍らせ、一日千秋の想いでお戻りをお待ちしておりました」
 
 ちょっと、リップサービスが過ぎたかもしれない。
 でも、こういう場に相応しい言葉、表現というのはあるのだ。

 ご婦人方はまた感嘆のため息を漏らしているようだし、自分の衣裳の裾を見ながらよしうまくいった私!と自分で自分をほめていると、

 「姫君……!」

 感極まった様子でシグルド様は私を抱え起こした。

 久々の至近距離の水色の瞳に一瞬見惚れたとたん。

 ──両手を取られてくちづけられた!不意打ちだ!

 「会いたかった、俺の妻……!!」
 
 つまですと!!??……そりゃ、内定してるらしいけれど、いきなり……!?

 悲鳴を上げなかった私は、綺麗なお辞儀ができた私より褒められるべきだろう。
 レオン様もユリアスも声を上げることこそなかったけれど、「なんだと?」と言わんばかりの表情だ。
 (ちなみに、オルギールの顔は怖すぎて正視できない)

 動揺を押し隠してシグルド様を見上げると、シグルド様はさらに追い打ちをかけた。

 「皆の者、よく聞け。これなる美姫、トゥーラ姫は、年の明けぬうち我ら三名の公爵の妻となる!」
 
 水色の瞳を煌めかせ、私の両手を握りしめたまま、シグルド様は高らかに宣言した。 

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