溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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 ……うわ、かっこいい。

 きつい、苦手、と思っていた公爵様のこんな表情はまさに不意打ちで、私は一瞬ときめいてしまった。

 もともと、あの上官だって、好きだからお付き合いすることにしたのだ。
 互いの不器用さと彼の勝手な誤解によってあんな目にあったから、黒髪・緑瞳に苦手意識が身についてしまっただけのことで、嫌っているわけではない。むしろ、他の公爵様方同様、ラムズフェ、もとい、ユリアス様はそれはそれは眉目秀麗な方なのだ。年齢は私と確か同い年。その先入観のせいもあるのかもしれないけれど、レオン様やシグルド様よりも若々しい感じがする。目つきはきついけれど、こんなふうに予想外な表情をされてしまうとインパクトは大きい。

 女子的どきどきに我ながら驚いて、私は気の利いた返事もできず黙ってしまったのだけれど、

 「元気そうで何よりだ」

 と、ユリアス様は穏やかに続けた。

 「見たところ、疲れもとれたようだな」
 「恐れ入ります、おかげ様にて」

 ようやく、私も無難な返答をした。
 そして、出兵の際の兵站の手配、私へのお気遣い、等々思い出したので、さらにきちんと頭を下げる。

 「出陣に際しての差配、本当に有難うございました。御礼に伺うべきところをこのような形となりまして、申し訳ございません」

 よく磨かれたユリアス様の漆黒の長靴を眺めながらそう言うと、

 「……おとなしすぎて気味が悪いぞ、姫」

 頭上から、苦笑とともに失礼な言葉が降ってきた。
 おもわず、下げていた頭をすぐに上げてしまう。

 失礼な、と、ちょっと思ったけれど、いけない。今は私は礼を述べているところだった。
 不機嫌面は無礼だろう。表情筋を素早く整える。

 せっかく顔を上げたので、今度はきちんと目を見てお礼を言うことにした。
 ユリアス様は、はらりと額に落ちかかる黒褐色の髪から覗く緑色の目を面白そうに光らせているけれど、いちいち反応してはダメだ。

 「宿のことや、私だけ特別なご配慮で毎晩のように湯を使えたことですとか。さらに、レオン様の‘お迎え’にあたって、議会でお口添え頂けたとか。……有難うございます」
 「礼には及ばん。俺の役割を果たしたまで」

 私の真面目な挨拶は、今度は受け取ってもらえたようだ。皮肉ることもなく、ユリアス様は真顔で首を振り、騎士の礼をとった私に楽にするよう促した。

 「それよりも、姫」

 ユリアス様はとてもさりげなく私の手をとって、練習場の隅の長椅子に私を誘導した。
 あまりにさりげない仕草だったので、拒否したり疑問に思う暇もないうちに、手を引かれ、ふらふらと歩んで、彼の隣に腰を下ろす。

 距離、近くないか?

 そう思ったのは、私の真隣に腰かけたユリアス様の体温を感じたからだ。
 そんなに小さな椅子ではないからもうすこしゆったりと腰かければいいと思うのだけれど、なぜかぴったりくっついて座っているのだ。特に、腰から下の密着度が、どうにも……。

 「みごとな体術だな。見たことのないものだが。まるで、舞踏のように美しい。そして鋭い」
 「……」
 「強い強いとは聞いていたが、姫は本当に強いんだな。今はひとりで練習していたが、あんたの練習相手は命がいくつあっても足りなさそうだ」
 「オルギールは大丈夫でした」

 思わず、彼の名を言ってしまった。
 ずっと傍にいてくれたオルギール。もちろん、武術、体術の訓練の時も。少林拳だの空手だの、色々やって見せたら、とても興味深げに見て、褒めてくれて。そして結局、何をどうしたってオルギールを倒すことなんてできなかったっけ。

 彼が言っていた、七日から十日、どころではない。ずっと会いに来てくれない。最後に会ってからもう十日は経過している。
 慣れてはきたものの、彼の名を口にすることによって今更ながら孤独感がこみ上げてきた。日中は、対等に、つまりタメ口で話ができるひとが誰一人いないのだと思い知らされて。私を崇拝する侍女さんたち。きっちり距離をとって護衛をしてくれる兵士達……。

 「あいつは論外だ」

 見上げたユリアス様は、鼻にしわを寄せて言った。
 意外と、表情ゆたかな方なのだなあ、と思う。

 「素手でも、武器をとっても、あいつにかなう奴など俺は知らん。……まあ、しいて言えばレオンくらいかな。長剣だけなら、だが」
 「レオン様が?」
 「ああ。長剣だけなら、数回に一回くらいはレオンならオルギールから一本とれる」
 「レオン様、凄い……」

 それは初耳!
 私は目を瞠った。だって、誰もそんなこと教えてくれなかったから。

 確かに、レオン様のからだはとてもしっかり鍛えられていて、あちこちに傷もあるし、戦士のからだつきだなあ、といつも思っていた。初めて会ったときも、とびかかろうとした私をレオン様は難なく抑え込んだのだった。

 レオン様の戦うところ、見てみたいな。
 実戦はイヤだ。何かあったらと思うと見ていられない。一緒に戦うならいいけれど。
 剣先を潰した、剣術試合なんてあったら見てみたい。
 思った通り、やっぱり強い方なんだ。
 純金色の髪をなびかせて長剣を振るうレオン様。なんて素敵……。

 「あんた、本当にわかりやすいな」

 あきれたようなユリアス様の声で、私は我に返った。
 妄想力を発動させて、トランス状態に陥っていたようだ。
 さりげなく口をぬぐってみたけれど、大丈夫。よだれ、垂らしてなくてよかった。

 内心の動揺を押し隠して取り澄ました顔を作り直したけれど、時すでに遅し。隣のユリアス様はくつくつと笑っている。

 「オルギールを思い出してるかと思えば、レオンの雄姿でも想像してただろう」
 「……」

 図星だから返答は省略だ。
 
 「あいつは強いぞ。剣技は俺たちの中で、どころか、精鋭の兵士達でも敵じゃない。レオンの練習相手が本当の意味で務まるのは、オルギールくらいだろうな」

 金色、銀色。太陽神と、氷の騎士。
 二人の戦う姿……いかん。美し過ぎてまた想像だけで意識が飛びそうだ。

 それにしても。
 ユリアス様の声には、純粋な賛嘆が感じられる。というより、賛嘆以外には全くない。
 他の二人の公爵様より年下であることを意識してカリカリしている印象だったけれど(オルギールの注釈もあったし)、そうとばかりも言えないようだ。
 
 三公爵は結束が強い、とても仲がいい、とも聞いていたけれど、こんなところでもそれを実感させられる。
 レオン様もそうだけれど、他の公爵を褒めたり評価することについて、言葉を惜しまない。
 切磋琢磨、ライバル視していたことだってあるだろうし、私の前でレベルの低い言い合いをしていたこともあったけれど、根本的な部分で、三人は互いに対する深い信頼と、尊敬の念があるようだ。

 こういうところも、グラディウス一族、つまり三公爵の強さなんだろうな。素敵だな。

 緩んだ口元からよだれが垂れないよう、あえてきっちり口元を引き締めてひとり頷いていると、あんたは面白いな、と、ユリアス様に言われて現実に立ち返る。

 ユリアス様は私と目があうと、また目元だけで微笑んで、そっと私の手を握った。
 
 ──そういえば、さっき取られた手はそのままなのだった。
 シグルド様みたいににぎにぎしないし、レオン様のように恋人つなぎしたりすぐに指にくちづけたりしない、ごくごく自然な動作だったから今まで気づかなかったのだ。

 ちょっと驚いて目を瞠ると、ユリアス様はすぐに私の手を離してくれた。
 私が必要以上に身構えたり、緊張したりしないように、ずいぶんと気遣って下さるようだ。
 足を崩し、みずからくつろいだ姿勢をとっている。

 「……姫の体術の見事さを見ていて言うのが遅れたが、用があって来たのだった」
 「そういえば」

 確かに、多忙を極める公爵様。こんなところにふらりと来ることができるご身分ではないはず。

 真面目な話かな?
 ならば、こんなふうに長椅子で腰かけて聞くべきではないだろう。

 すぐさま立ち上がった私を、ユリアス様は怪訝そうに見上げる。

 「いきなりどうした、姫」
 「ご用事ならきちんとお伺いしなくてはと思いまして」

 まだユリアス様との適正距離のとりかたがわからず、しゃちほこばって私は言った。
 ……いや、いけない。立ったままではユリアス様を見下ろしてお話することになってしまう。
 私の生まれた国では、居酒屋でも焼き肉屋でも、店員はお客様の傍で跪いていた。例えが卑近で申し訳ないけれど。
 お客様は神様、ではないが、目上のひと、それもまだまだ親しいわけではないひとには礼を尽くさなくてはならない。私を庇護するレオン様の体面に関わる。
 
 「姫、なんだそれは」
 
 すい、と私が跪くと、ユリアス様は唸るような声を上げた。
 きれいな形の眉を顰めている。

 あら、ご不快だったかな?

 「真面目なお話なら真面目な姿勢でお伺いするべきかと」
 「それで、なんでその恰好になる」
 「ラムズ、いえ、ユリアスさ、いいや、ユリアスは公爵様なのですから」

 二回も間違えたけれど見逃してほしい。努力は買ってもらいたい。
 
 「親しき中にも礼儀ありですわ、ユリアス」
 「あんたは、まったく」

 ユリアス様は大仰なため息をついてみせた。さっき、「ユリアス呼び」を強要されたときに私がしたことのお返しかもしれない。
 けれど、私に向けられた暗緑色の瞳に刺々しさはなく、結局は苦笑いを浮かべて、

 「面白過ぎる。レオンもルードもオルギールも、たぶん、あんたのこういうところが……」

 と、わけのわからないことをぶつぶつ呟いたあと。

 なんとユリアス様は、音もなくそれは優雅な身ごなしで、跪く私の隣に跪いてしまわれた。
 びっくり仰天の私の手をとり、引き締まった、けれどもとても柔らかな唇を押し当てる。

 「立たれよ、と言っても立たないのだろうな、姫は。……だから俺もこうして」

 私の反応を楽しむように、ちゅ、と、わざとくちづけの音をたてる。余裕の風情だ。
 なんですか、このひと。……私と同い年の若造だった(注:脳内評価)はずなのに……

 狼狽して視線をさまよわせると、私と、ユリアス様の護衛の兵士達が揃いも揃って口を開けているのが見えた。
 そりゃ、そうだろう。会話は聞こえない距離だと思うけれど、互いに跪きあってユリアス様は私の手をとって、奇妙な光景だ。

 急に人目が気になって、やっぱり立ちあがろうと思ったけれど、ユリアス様は私の手を離してはくれなかった。

 「跪いてお願いしたら来て頂けるかな、姫。夕食の誘いに来ただけなんだが」

 真面目な話でも何でもないんだが、あんたは面白すぎる。

 ユリアス様はそう続け、含み笑いとともに今度は私の指にくちづけを落とした。
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