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 肌が肌を打つ乾いた音、自分のからだが奏でる卑猥な水音。無自覚に自分の口から零れ落ちる、意味をなさない甘えた喘ぎ声。

 「ひう!……んんん!」

 一際深く、強く、奥の奥を突かれて私はのけぞった。
 そして、たった今までの激しさが嘘のように、レオン様はゆっくりとそれを引き抜く。
 さっきまで何度も放たれたものが、こぷりと私の中から溢れ、ぽたぽたと敷布を濡らした。今はまだ、果ててはいない。私も、レオン様も。
 
 「レオンさま。……」

 私はかすれ声で大好きなひとの名前を呼ぶ。
 もうずっと、喘ぐか彼の名前を呼ぶか、どちらかしかしていない。
 既に何度もイかされているのに、私のそこはまだ足りないと言わんばかりに、引き抜かれたそれをもっともっとと求めて、名残惜しそうにひくひくと震えている。

 なぜ、やめてしまうんだろう。
 
 私は四つん這いのまま、背後のレオン様を振り返った。

 背後から覆いかぶさるレオン様は、私の腰を抱いて引き寄せ、もう片手で私の胸を弄っている。
 胸全体を揉まれ、たまに、膨れた先端の果実を痛くない程度に捻られ、そのたびに大げさなほど体全体が跳ねてしまう。レオン様の波打つ長い金色の髪が、素肌を掠めるだけで、また声を上げてしまう。

 自分の肩越しに、レオン様と目があった。
 リーヴァ、と、蕩ける声音でレオン様は言って、首を伸ばして私にくちづけてくれた。

 互いの唇を舐め、音を立てて舌を絡めながら、

 「うなじの痕は、もう消えたかな?」

 と、艶っぽいテノールを響かせて言った。
 どこかしらに、微細な棘を感じる、けれども痺れるほどの甘い声。

 意地悪を言われて、悔しい。自分でつけたのではないし、自分では見えない、うなじの痕。
 けれど、レオン様の声をこんなにも近くで、こんな状態で聞くと、それだけでもまたからだが反応してしまう。

 私のわずかなからだの動きも、レオン様にはお見通しだ。低く笑って顔を上げると、顎を使って、私のうなじを覆い隠す髪をかき分ける。

 「……ようやく、消えたか」

 ざらりと、濡れた舌の感触。
 むき出しになったうなじを、舌で検分するかのように、余すところなくレオン様の舌が這いまわる。

 「きれいになった。……では、リヴェア」

 続きを。と言って、硬い、熱い剛直で一気に突き上げられた。
 待ち望んでいた以上の強烈な刺激を与えられ、そのひと突きだけで、私は昇りつめた。


 
 ──ここ何日か、レオン様に抱かれるたびに、必ずうなじのことを言われている。

 アルバへ帰還した日の夜はまだよかった。私は疲れて、レオン様は忙し過ぎて、からだを重ねないまま眠ったのだ。
 
 問題は、その翌朝だった。

 始めは問題なかった。つまり、レオン様も私も、慣れた寝台でぐっすり眠ってすっきりして、久しぶりだし会いたかったし、当然のように行為が始まったのだ。

 情熱的で優しくて、執拗で狡猾なレオン様の愛撫に、私は我を忘れてよがり啼いたのだけれど、寝台に胡坐をかいて座ったレオン様に貫かれたまま、背中から抱きかかえられたときに(つまり背面座位、というやつ)、うなじが露わになって指摘され、何のことかわからないと言ったらレオン様がキレたのだ。

 レオン様の巧みな愛撫と、繋がったまま体位を変えられたことで、涎を垂らして喘いでいた私を、レオン様はいきなり激しく責め立て始めた。

 ──痕は誰が着けたのか、誰にさせたのか、シグルドか、オルギールか、リリー隊長とやらか、その全部か、俺の知らない男か、云々。

 快感で朦朧としていたのに、突如として詰られ、暴走したレオン様は、それはもう怖かった。
 以前、可愛げのないことを言ってしまい、レオン様を怒らせてしまったときほどの暴走では無論ないけれど(あのあと、レオン様は「行為についてだけ」詫びてくれたのだ)、このときのレオン様は、真性どエスではないのかと思うほど、言葉で、視線で、指で、舌で、レオン様自身のもので、散々私を苛んだのである。

 思い当たることと言えば、宝石店でのアルフ、首飾りに反応したオルギールのことくらいだけれど、本能的に、私はアルフを庇った。つまり、アルフのことは言わないことにした。なぜなら、オルギールならレオン様に攻撃されても立ち迎えるけれど、アルフの立場で公爵様に睨まれたら物理的に抹消されてしまうような気がしたのだ。私に贈り物をし、お金まで貸した挙句、抹消されてしまってはかわいそう過ぎるではないか。

 結局、レオン様は昼前にご出勤、私はその日の夕方まで起き上がれないほどヤラレまくり、疲労困憊したにもかかわらず、また同じ日の夜も「無防備で警戒心がなさすぎる」とお仕置きを受けたのだった。ついでに、出陣して帰還までの間、シグルド様とオルギールに、何を言われてどんなことをされたのか、私はそれにどのような反応を返したのか、仔細に説明させられ「お仕置き割り増し」となったことは言うまでもない。
 

**********


 うなじの痕も消えて、ひとりで過ごす日中にもだいぶなれたある日のこと。

 その日、私の訓練メニューはカンフーの型のおさらいだった。
 あらゆる体術を修めた私だけれど、特に攻撃的な少林拳。
 細身で柔軟であれば奥義を極めることも可能なもので、私にぴったりだと思い、元の世界では特に励んだものだ。

 たったひとり、演武のように型のおさらいをこなし、仮想敵を相手にイメトレの如く戦い、ようやく一息つこうかという頃、控えめな拍手が聞こえてきた。

 音のする方へ目を向けると、緩いクセのある黒褐色の髪、濃緑色(いわばミリタリーグリーンだ)に金色の縫い取りのある軍服を纏った男が、悠然とこちらへ歩を進めてきた。

 ……ちょっと、意外な方のお出ましだ。

 「ラムズフェルド公」
 「ユリアスだ、姫」

 呆然と呟く私の言葉を拾って、公爵は──ユリアス様は、しっかりと訂正を入れた。
 訓練中の私を警護する兵士達の敬礼に、鷹揚に頷きを返しながらも、私に向ける眼光は鋭い。

 「出兵前に言ったはずだ。慣れろと言ったろう。……さあ、もう一度」
 「……ユリアス様」

 公爵様方は本当に押しが強い。オーディアル公、もとい、シグルド様も、しつこく名前呼びをさせたがっていた。
 そんなに親しくなったわけでもないラムズフェルド公の名前呼びは、少々照れくさいというか、居心地が悪いのだけれど、大人しく、しかしむっすりと言われた通りに名前を呼んだのに、またしても公爵様は、ダメだ、と一刀両断した。

 「なぜダメですの?」
 「さま、はいらん。ユリアスだ」
 「それは無理」

 ここへきて、ようやく私も反論した。
 なぜ呼び捨てをしなくてはならない。それに、私は礼を重んじる。目上で、お世話になっているひとに、それは正しくない。
 
 「公爵様に対して失礼ですから」
 「君が礼儀正しいのは結構なことだが」

 ふふん、と公爵は皮肉っぽく笑んで言った。
 暗緑色の瞳で私を見下ろしながら、

 「失礼と思うなら、俺の望む通りにしない方が失礼だ」

 と、ものすごく俺様発言をした。

 なんて憎たらしい、と思うのだけれど、反駁するのも面倒くさい。オルギールも含め、グラディウスの男性はとにかく押しが強い。優しいのかと思いきや、がんがん自分の意向を押し通す。

 私はため息をついた。ちょっと大げさなほど。わざと、聞こえるように。
 そして、仕方なしに彼のお望みどおりに、ユリアス、と小声で言った。

 公爵は、それでいい、と満足そうに頷くと、「あの上官」を彷彿とさせるきつい目元を、びっくりするほど優しく和らげて、久しいな、姫、と言った。
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