上 下
99 / 175
連載

8.-2

しおりを挟む
 肌が肌を打つ乾いた音、自分のからだが奏でる卑猥な水音。無自覚に自分の口から零れ落ちる、意味をなさない甘えた喘ぎ声。

 「ひう!……んんん!」

 一際深く、強く、奥の奥を突かれて私はのけぞった。
 そして、たった今までの激しさが嘘のように、レオン様はゆっくりとそれを引き抜く。
 さっきまで何度も放たれたものが、こぷりと私の中から溢れ、ぽたぽたと敷布を濡らした。今はまだ、果ててはいない。私も、レオン様も。
 
 「レオンさま。……」

 私はかすれ声で大好きなひとの名前を呼ぶ。
 もうずっと、喘ぐか彼の名前を呼ぶか、どちらかしかしていない。
 既に何度もイかされているのに、私のそこはまだ足りないと言わんばかりに、引き抜かれたそれをもっともっとと求めて、名残惜しそうにひくひくと震えている。

 なぜ、やめてしまうんだろう。
 
 私は四つん這いのまま、背後のレオン様を振り返った。

 背後から覆いかぶさるレオン様は、私の腰を抱いて引き寄せ、もう片手で私の胸を弄っている。
 胸全体を揉まれ、たまに、膨れた先端の果実を痛くない程度に捻られ、そのたびに大げさなほど体全体が跳ねてしまう。レオン様の波打つ長い金色の髪が、素肌を掠めるだけで、また声を上げてしまう。

 自分の肩越しに、レオン様と目があった。
 リーヴァ、と、蕩ける声音でレオン様は言って、首を伸ばして私にくちづけてくれた。

 互いの唇を舐め、音を立てて舌を絡めながら、

 「うなじの痕は、もう消えたかな?」

 と、艶っぽいテノールを響かせて言った。
 どこかしらに、微細な棘を感じる、けれども痺れるほどの甘い声。

 意地悪を言われて、悔しい。自分でつけたのではないし、自分では見えない、うなじの痕。
 けれど、レオン様の声をこんなにも近くで、こんな状態で聞くと、それだけでもまたからだが反応してしまう。

 私のわずかなからだの動きも、レオン様にはお見通しだ。低く笑って顔を上げると、顎を使って、私のうなじを覆い隠す髪をかき分ける。

 「……ようやく、消えたか」

 ざらりと、濡れた舌の感触。
 むき出しになったうなじを、舌で検分するかのように、余すところなくレオン様の舌が這いまわる。

 「きれいになった。……では、リヴェア」

 続きを。と言って、硬い、熱い剛直で一気に突き上げられた。
 待ち望んでいた以上の強烈な刺激を与えられ、そのひと突きだけで、私は昇りつめた。


 
 ──ここ何日か、レオン様に抱かれるたびに、必ずうなじのことを言われている。

 アルバへ帰還した日の夜はまだよかった。私は疲れて、レオン様は忙し過ぎて、からだを重ねないまま眠ったのだ。
 
 問題は、その翌朝だった。

 始めは問題なかった。つまり、レオン様も私も、慣れた寝台でぐっすり眠ってすっきりして、久しぶりだし会いたかったし、当然のように行為が始まったのだ。

 情熱的で優しくて、執拗で狡猾なレオン様の愛撫に、私は我を忘れてよがり啼いたのだけれど、寝台に胡坐をかいて座ったレオン様に貫かれたまま、背中から抱きかかえられたときに(つまり背面座位、というやつ)、うなじが露わになって指摘され、何のことかわからないと言ったらレオン様がキレたのだ。

 レオン様の巧みな愛撫と、繋がったまま体位を変えられたことで、涎を垂らして喘いでいた私を、レオン様はいきなり激しく責め立て始めた。

 ──痕は誰が着けたのか、誰にさせたのか、シグルドか、オルギールか、リリー隊長とやらか、その全部か、俺の知らない男か、云々。

 快感で朦朧としていたのに、突如として詰られ、暴走したレオン様は、それはもう怖かった。
 以前、可愛げのないことを言ってしまい、レオン様を怒らせてしまったときほどの暴走では無論ないけれど(あのあと、レオン様は「行為についてだけ」詫びてくれたのだ)、このときのレオン様は、真性どエスではないのかと思うほど、言葉で、視線で、指で、舌で、レオン様自身のもので、散々私を苛んだのである。

 思い当たることと言えば、宝石店でのアルフ、首飾りに反応したオルギールのことくらいだけれど、本能的に、私はアルフを庇った。つまり、アルフのことは言わないことにした。なぜなら、オルギールならレオン様に攻撃されても立ち迎えるけれど、アルフの立場で公爵様に睨まれたら物理的に抹消されてしまうような気がしたのだ。私に贈り物をし、お金まで貸した挙句、抹消されてしまってはかわいそう過ぎるではないか。

 結局、レオン様は昼前にご出勤、私はその日の夕方まで起き上がれないほどヤラレまくり、疲労困憊したにもかかわらず、また同じ日の夜も「無防備で警戒心がなさすぎる」とお仕置きを受けたのだった。ついでに、出陣して帰還までの間、シグルド様とオルギールに、何を言われてどんなことをされたのか、私はそれにどのような反応を返したのか、仔細に説明させられ「お仕置き割り増し」となったことは言うまでもない。
 

**********


 うなじの痕も消えて、ひとりで過ごす日中にもだいぶなれたある日のこと。

 その日、私の訓練メニューはカンフーの型のおさらいだった。
 あらゆる体術を修めた私だけれど、特に攻撃的な少林拳。
 細身で柔軟であれば奥義を極めることも可能なもので、私にぴったりだと思い、元の世界では特に励んだものだ。

 たったひとり、演武のように型のおさらいをこなし、仮想敵を相手にイメトレの如く戦い、ようやく一息つこうかという頃、控えめな拍手が聞こえてきた。

 音のする方へ目を向けると、緩いクセのある黒褐色の髪、濃緑色(いわばミリタリーグリーンだ)に金色の縫い取りのある軍服を纏った男が、悠然とこちらへ歩を進めてきた。

 ……ちょっと、意外な方のお出ましだ。

 「ラムズフェルド公」
 「ユリアスだ、姫」

 呆然と呟く私の言葉を拾って、公爵は──ユリアス様は、しっかりと訂正を入れた。
 訓練中の私を警護する兵士達の敬礼に、鷹揚に頷きを返しながらも、私に向ける眼光は鋭い。

 「出兵前に言ったはずだ。慣れろと言ったろう。……さあ、もう一度」
 「……ユリアス様」

 公爵様方は本当に押しが強い。オーディアル公、もとい、シグルド様も、しつこく名前呼びをさせたがっていた。
 そんなに親しくなったわけでもないラムズフェルド公の名前呼びは、少々照れくさいというか、居心地が悪いのだけれど、大人しく、しかしむっすりと言われた通りに名前を呼んだのに、またしても公爵様は、ダメだ、と一刀両断した。

 「なぜダメですの?」
 「さま、はいらん。ユリアスだ」
 「それは無理」

 ここへきて、ようやく私も反論した。
 なぜ呼び捨てをしなくてはならない。それに、私は礼を重んじる。目上で、お世話になっているひとに、それは正しくない。
 
 「公爵様に対して失礼ですから」
 「君が礼儀正しいのは結構なことだが」

 ふふん、と公爵は皮肉っぽく笑んで言った。
 暗緑色の瞳で私を見下ろしながら、

 「失礼と思うなら、俺の望む通りにしない方が失礼だ」

 と、ものすごく俺様発言をした。

 なんて憎たらしい、と思うのだけれど、反駁するのも面倒くさい。オルギールも含め、グラディウスの男性はとにかく押しが強い。優しいのかと思いきや、がんがん自分の意向を押し通す。

 私はため息をついた。ちょっと大げさなほど。わざと、聞こえるように。
 そして、仕方なしに彼のお望みどおりに、ユリアス、と小声で言った。

 公爵は、それでいい、と満足そうに頷くと、「あの上官」を彷彿とさせるきつい目元を、びっくりするほど優しく和らげて、久しいな、姫、と言った。
しおりを挟む
感想 146

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

ヤンデレ義父に執着されている娘の話

アオ
恋愛
美少女に転生した主人公が義父に執着、溺愛されつつ執着させていることに気が付かない話。 色々拗らせてます。 前世の2人という話はメリバ。 バッドエンド苦手な方は閲覧注意です。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。