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7.-29
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シュルグを焚き染められ、半死半生の状態で監禁された駐屯兵達のこと。そこでリヴェアと離れ離れになったこと。リヴェアが語った総督居室での戦い。抜け穴から連れ去られ、救出されるまで。
感情を露わにすることなく、オルギールが語る間中、食事を続ける者は公爵以下、誰一人としていなかった。
特に、何事もなかったことを頭で理解はしていても、リヴェアの身が本当に危なかったことがあらためて語られると(無論、オルギールは傭兵共による卑猥な発言の数々は割愛したが)、オーディアル公は唇を噛みしめ、アルフはあいつら全員殺してやる、と怒りのあまりかえって静かに聞こえる声で、繰り返した。「くっつけ隊」副長のウルマン少将と温厚なソロウ少将はそろって青ざめている。
「私がお側におりながら、准将閣下を危険な目にあわせた罪。これは帰還後、いかようにも処罰を受けましょう。ですが、公」
微妙な空気の中、オルギールの声だけが激することなく、穏やかですらあった。
公爵を見据える瞳も、静かなものである。
「奴らの処分は、私にお任せ頂きたく」
「・・・奴ら、とは、どこまで」
「傭兵だけで結構。・・・ギルド長、女、そして、まだ詳細はこれからの調査次第でしょうが、おそらくは主犯であり被害者でもある総督。彼らは公と、筆頭公爵のお裁きにお任せを致します。それ以外、船上で捕えた兵士は私に」
「・・・それは、構わんが」
静かだからこそうそ寒くなるほどの気迫を、あえていなすかのように、オーディアル公は軽くため息をつきながら、美しい赤い髪をかき上げ、果実水を一口飲み下ろした。
「どうするつもりかは、聞いておこうか」
「処刑を」
「どのように」
「無論、楽には死なせませんよ」
オルギールは口元を緩めた。
先ほどのような甘い笑みではない。戦場において、味方には「軍神」、敵からは「死神」と言われる、禍々しい笑み。
「・・・二人一組で殺し合いをさせましょうか。最後に勝ち残った者一名だけ、赦してやることにして」
「赦すのかよ」
思わず、といった様子で、アルフが口を挟んだ。
言葉遣いの無礼を咎める風もなく、オルギールはゆったりと頭を振る。
「赦す、といえば、奴らは必死で仲間同士剣を向け、殺しあうでしょう。それは醜く。・・・そして生き残った一人くらいは、楽に死なせてやってもいい。誰が「罪を全て赦す」と?・・・奴らは、万死に値する。残虐な、拷問の果てに死ななくて済む程度に「赦す」という意味ですよ。私が首を刎ねるか、城壁に吊るすかは最後に決めるとして」
「・・・・・・」
「てぬるいですか?」
「いや。・・・そんなことは」
律儀に、ウルマン少将が苦し気に相槌を打ち、公爵はじめ他の者は渋面を作ってそれぞれに飲み物を飲んだり、食べる気を無くしたパンを意味もなく千切ったりした。
アルフは、げっそりとした様子で、大佐殿は本当にイイ性格してんな、と呟く。
「殺し合いをさせれば、我らの手間も減り、手を下すのは奴らの仲間であり、殺し合いを待つ間たっぷりと奴らは死の恐怖を味わい、悪いことは一つもないと思ったのですが」
とんでもない話を、オルギールはどちらかと言えば楽し気に語った。
彼の中では、リヴェアが無事であったことは、「色々な意味で」しっかりと実感、体感できており、この場にいる誰よりも、その点については昇華できているからからであろうか。
彼の関心事は、専ら「奴らの処刑方法」だけであるらしい。
「即物的に苦しませた方がよろしければ、少しずつ皮膚を剥いで海水につける、これを繰り返してもよいのですよ。せっかく、海も近いことですしね」
オルギールは優美な手つきでよく熟れた花桃の果実の皮を剥いた。
みずみずしい果実はたっぷりと真っ赤な汁気を帯びて、まさに食べごろだったが、オルギールの恐ろしい話によって生々しさが際立ってしまい、せっかくの上等な果実を、オルギール以外誰も口にしようとはしない。
「・・・まあ、カルナック大佐に任せるが」
生真面目なオーディアル公が、場の空気を読んだか、とりなすように言った。
そして、水色の瞳をオルギールに向ける。
「グラディウスは、蛮族ではない。言うまでもないが、苛烈に過ぎる処分は、かえって姫の名誉にかかわる。賢明な大佐ならわかっていよう」
「心得ております、公」
ほどほどに、と釘を刺されたものの、しかし何もするなと言われたわけでもなく。
オルギールはたいそう恭しく礼を返し、それを目にした者達は、揃って、どこまで心得たことやら、と首を傾げつつ、食事を再開することにした。
「しかし、大佐殿」
陣昼食ではない、数日ぶりにまともな食事にありついたのち、食後のお茶を啜りつつ、ソロウ少将は言った。
「よくも、海側に船をまわすなど、思いつかれましたな」
「早馬のことですね」
ウルマン少将が後を引き取った。
甘党の彼は、お茶にたっぷりと砂糖を放り込み、香りを楽しみながらゆっくりとかき回している。
「公と共にまだ城壁外におりましたとき、早馬が来たのでしたね。で、矢文が放たれて」
「左様。・・・船を仕立て、ウル・モンティスを海側に沿って越えたあたりで海上にて待機せよと」
「程なくして城門は内側から開けられましたな。破城槌も数回、起動させた程度で」
「用兵の速さ、先読みの精度。・・・感服仕りました」
ソロウ少将もウルマン少将も屈託のない笑顔をオルギールに向けた。
オルギールは黙って軽く頭を下げる。
「・・・准将閣下のご判断で」
「それはまた!」
更に、感嘆の声を上げようとするのを柔らかく遮り、今度は公爵が興味津々、といった体で、
「それだ、オルギール。・・・どうやって、海上へつながる抜け道があることを知ったのだ?」
と身を乗り出すようにして尋ねた。
かなり和んできたらしく、大佐、という呼称を取っ払い、平時のように名呼びをしている。
「お前や姫の提案は必ず実行するつもりではいたが、陣中へのいきなりの矢文、驚いたぞ」
「お聞き入れ頂きまして有難うございました」
慇懃に、オルギールは応じた。
「公並びに各々方が迅速に応じて下さったからこそ、一味の捕縛が叶い、なにより准将閣下を無事にお救いすることができたというもの」
「本当に。・・・間に合ってよかった」
アルフと、公爵が、期せずして同時に呟いた。
「・・・で、なぜ、抜け道のことを?」
余程に、興味があるらしい。公爵は先をせかした。
それもそのはず、ウルブスフェル一帯は古来グラディウスの直轄領であり、代々の総督は例の総督府に居住していたにもかかわらず、あのように海上へ出られる抜け道の存在は、初耳だったのだ。
「その点につきましては。・・・リリー隊長」
「?・・・俺?」
急にふられて、アルフは思わず茶器を倒してしまった。
飲み終えて、おかわりをする前だったので、大事には至らなかったが。
「なんで俺が」
「あの少年から情報を得ろと提案したのはお前だ」
オルギールは茶器を押しやり、果実水に手を伸ばした。自分で淹れた方が何倍も美味であるため、茶は止めることにしたらしい。
美しい玻璃の杯には、木苺と柑橘の果汁を炭酸水で割ったものが注がれていて、彼にはこちらのほうがお気に召したようである。
天敵認定しているオルギールに水を向けられ、少し胡散臭そうな顔をしたアルフだったが、さほどの間を置くことなく、ぽんと手を叩いた。
「フィデルのことか!」
「・・・ずいぶん、お前に懐いていたではないか。お前が説明して差し上げろ」
「抜け道の可能性って言ったの、大佐殿かお姫様じゃなかったか?俺じゃない」
「どうでもいい。・・・罪の対価として情報を得ると、お前が言ったのだ。早くしろ」
オルギールはそれ以上の話は無用とばかりに、杯を傾けながらそっぽを向いた。
「・・・行軍中に、ウル・モンティスの裏手にあるトロ村出身の少年と遭遇しまして」
アルフは、少し姿勢を正して語り始めた。
もう倒したり音を立てたりしないよう、手近の食器を全て脇へ押しやる。
「少年はかの山を庭のように知っている、と申したので、頂上まで我らに同行させたのです。・・・その際、周辺の土地のことについて、気づいたこと、気がかりなこと、どんなことでもよいから、と何でも語らせてみたのですが、その中に、‘不審な洞窟’の話がありまして」
・・・トロ村はそびえ立つウル・モンティスの裏手。村の外れは、山の中腹あたりから連なって崖となり、そのまま屏風のように海へと続いている。
海へ下りる道があれば、貝や魚を取って商うか、少なくとも家族を飢えさせることもないのに、と、何かにつけ崖に腹ばいになって恨めしく海上を見ていると。
「時々、船が崖に向かって近づいていることに気づいたそうです」
アルフは続けた。
・・・見るともなしに見ていたが、そのうち、なにがしか物品のやり取りをしていることが分かった。空(から)で来た船が、そのうち何かを積んで沖へと去ってゆく。その逆もある。浜辺があるようなところではないのに?と見ていると、山、というか、崖の中腹に、大きな洞窟があって、満潮のときだけ、その洞窟は海面と同じ高さになり、船の往来が可能になることがわかった、と。
「・・・少年の話はここまででしたが、大佐殿も姫君もたいへん興味を持たれて。ただの海賊の仕業ならそれはそれ、もしかすると大きな話に発展するかもしれない。ちょうど、作戦は満月の晩。満潮でもあるので、手は尽くしておこう、と」
「それで、山を下りるなり我らに早馬を出し、船の手配を、となったわけか」
恐れ入った、という様子でひとのよさそうな顔を神妙に引き締めて、ソロウ少将は何度も頷いた。
「手柄だな、隊長」
両肘をつき、組んだ手に顎を載せて聞き入っていた公爵は、ニヤリと口元をほころばせた。
通常は生真面目で威厳ある公爵ではあるが、このような表情をすると、年相応の青年に見える。
アルフは、面食らったように赤い瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「俺がですか?」
「そうだろう。・・・トロ村の少年とやらの話を聞こう、と最初に言ったのはお前なのだろう?」
「まあ、そうですが」
「情報の価値を見分け、どう利用するかはオルギールや姫ならではの判断だ。が、そもそもそのようなぽっと出の少年の話を聞き、腹を割って話をさせた。それはお前の大きな手柄というべきだろう」
「はあ」
そんなに大したことかねえ、と、不敬にもアルフは呟いたが、その程度のことを気にする者はこの場にはいない。
ソロウ少将もウルマン少将も、そんな事情があったのですか!といたく感じ入り、隊長はお手柄ですな、と言い合っている。
それに、と、公爵は続けた。
「我らが到着するまで、たった一人で獅子奮迅の働き。それだけでも賞されてしかるべきだろう。お前は確か、からだじゅうに傷を負っていた筈だが、今更だが動いていてよいのか」
「痛みますが、大丈夫です、公爵閣下」
お気遣い、いたみ入ります、と、殊勝に頭を下げたアルフに、
「カルナック大佐は部下の功績を取り上げる男ではない。もう少し彼への態度はあらためることだな」
お優しいばかりの公爵ではない。しっかりとアルフへは最後にひとこと指導をし、逆にオルギールを持ち上げた後、公都へ帰還後の論功行賞、期待するがよい、と締めくくった。
思わぬ展開に、アルフはどんな顔をしていいのかわからないらしい。
少なくとも、礼を言うのは業腹だ、という複雑な面持ちで、彼はオルギールに紅い瞳を向け、当のオルギールはそっぽを向いたまま、この程度は功績と呼ぶほどのものではありませんので私には不要、と、さらりと言ってのけた。
感情を露わにすることなく、オルギールが語る間中、食事を続ける者は公爵以下、誰一人としていなかった。
特に、何事もなかったことを頭で理解はしていても、リヴェアの身が本当に危なかったことがあらためて語られると(無論、オルギールは傭兵共による卑猥な発言の数々は割愛したが)、オーディアル公は唇を噛みしめ、アルフはあいつら全員殺してやる、と怒りのあまりかえって静かに聞こえる声で、繰り返した。「くっつけ隊」副長のウルマン少将と温厚なソロウ少将はそろって青ざめている。
「私がお側におりながら、准将閣下を危険な目にあわせた罪。これは帰還後、いかようにも処罰を受けましょう。ですが、公」
微妙な空気の中、オルギールの声だけが激することなく、穏やかですらあった。
公爵を見据える瞳も、静かなものである。
「奴らの処分は、私にお任せ頂きたく」
「・・・奴ら、とは、どこまで」
「傭兵だけで結構。・・・ギルド長、女、そして、まだ詳細はこれからの調査次第でしょうが、おそらくは主犯であり被害者でもある総督。彼らは公と、筆頭公爵のお裁きにお任せを致します。それ以外、船上で捕えた兵士は私に」
「・・・それは、構わんが」
静かだからこそうそ寒くなるほどの気迫を、あえていなすかのように、オーディアル公は軽くため息をつきながら、美しい赤い髪をかき上げ、果実水を一口飲み下ろした。
「どうするつもりかは、聞いておこうか」
「処刑を」
「どのように」
「無論、楽には死なせませんよ」
オルギールは口元を緩めた。
先ほどのような甘い笑みではない。戦場において、味方には「軍神」、敵からは「死神」と言われる、禍々しい笑み。
「・・・二人一組で殺し合いをさせましょうか。最後に勝ち残った者一名だけ、赦してやることにして」
「赦すのかよ」
思わず、といった様子で、アルフが口を挟んだ。
言葉遣いの無礼を咎める風もなく、オルギールはゆったりと頭を振る。
「赦す、といえば、奴らは必死で仲間同士剣を向け、殺しあうでしょう。それは醜く。・・・そして生き残った一人くらいは、楽に死なせてやってもいい。誰が「罪を全て赦す」と?・・・奴らは、万死に値する。残虐な、拷問の果てに死ななくて済む程度に「赦す」という意味ですよ。私が首を刎ねるか、城壁に吊るすかは最後に決めるとして」
「・・・・・・」
「てぬるいですか?」
「いや。・・・そんなことは」
律儀に、ウルマン少将が苦し気に相槌を打ち、公爵はじめ他の者は渋面を作ってそれぞれに飲み物を飲んだり、食べる気を無くしたパンを意味もなく千切ったりした。
アルフは、げっそりとした様子で、大佐殿は本当にイイ性格してんな、と呟く。
「殺し合いをさせれば、我らの手間も減り、手を下すのは奴らの仲間であり、殺し合いを待つ間たっぷりと奴らは死の恐怖を味わい、悪いことは一つもないと思ったのですが」
とんでもない話を、オルギールはどちらかと言えば楽し気に語った。
彼の中では、リヴェアが無事であったことは、「色々な意味で」しっかりと実感、体感できており、この場にいる誰よりも、その点については昇華できているからからであろうか。
彼の関心事は、専ら「奴らの処刑方法」だけであるらしい。
「即物的に苦しませた方がよろしければ、少しずつ皮膚を剥いで海水につける、これを繰り返してもよいのですよ。せっかく、海も近いことですしね」
オルギールは優美な手つきでよく熟れた花桃の果実の皮を剥いた。
みずみずしい果実はたっぷりと真っ赤な汁気を帯びて、まさに食べごろだったが、オルギールの恐ろしい話によって生々しさが際立ってしまい、せっかくの上等な果実を、オルギール以外誰も口にしようとはしない。
「・・・まあ、カルナック大佐に任せるが」
生真面目なオーディアル公が、場の空気を読んだか、とりなすように言った。
そして、水色の瞳をオルギールに向ける。
「グラディウスは、蛮族ではない。言うまでもないが、苛烈に過ぎる処分は、かえって姫の名誉にかかわる。賢明な大佐ならわかっていよう」
「心得ております、公」
ほどほどに、と釘を刺されたものの、しかし何もするなと言われたわけでもなく。
オルギールはたいそう恭しく礼を返し、それを目にした者達は、揃って、どこまで心得たことやら、と首を傾げつつ、食事を再開することにした。
「しかし、大佐殿」
陣昼食ではない、数日ぶりにまともな食事にありついたのち、食後のお茶を啜りつつ、ソロウ少将は言った。
「よくも、海側に船をまわすなど、思いつかれましたな」
「早馬のことですね」
ウルマン少将が後を引き取った。
甘党の彼は、お茶にたっぷりと砂糖を放り込み、香りを楽しみながらゆっくりとかき回している。
「公と共にまだ城壁外におりましたとき、早馬が来たのでしたね。で、矢文が放たれて」
「左様。・・・船を仕立て、ウル・モンティスを海側に沿って越えたあたりで海上にて待機せよと」
「程なくして城門は内側から開けられましたな。破城槌も数回、起動させた程度で」
「用兵の速さ、先読みの精度。・・・感服仕りました」
ソロウ少将もウルマン少将も屈託のない笑顔をオルギールに向けた。
オルギールは黙って軽く頭を下げる。
「・・・准将閣下のご判断で」
「それはまた!」
更に、感嘆の声を上げようとするのを柔らかく遮り、今度は公爵が興味津々、といった体で、
「それだ、オルギール。・・・どうやって、海上へつながる抜け道があることを知ったのだ?」
と身を乗り出すようにして尋ねた。
かなり和んできたらしく、大佐、という呼称を取っ払い、平時のように名呼びをしている。
「お前や姫の提案は必ず実行するつもりではいたが、陣中へのいきなりの矢文、驚いたぞ」
「お聞き入れ頂きまして有難うございました」
慇懃に、オルギールは応じた。
「公並びに各々方が迅速に応じて下さったからこそ、一味の捕縛が叶い、なにより准将閣下を無事にお救いすることができたというもの」
「本当に。・・・間に合ってよかった」
アルフと、公爵が、期せずして同時に呟いた。
「・・・で、なぜ、抜け道のことを?」
余程に、興味があるらしい。公爵は先をせかした。
それもそのはず、ウルブスフェル一帯は古来グラディウスの直轄領であり、代々の総督は例の総督府に居住していたにもかかわらず、あのように海上へ出られる抜け道の存在は、初耳だったのだ。
「その点につきましては。・・・リリー隊長」
「?・・・俺?」
急にふられて、アルフは思わず茶器を倒してしまった。
飲み終えて、おかわりをする前だったので、大事には至らなかったが。
「なんで俺が」
「あの少年から情報を得ろと提案したのはお前だ」
オルギールは茶器を押しやり、果実水に手を伸ばした。自分で淹れた方が何倍も美味であるため、茶は止めることにしたらしい。
美しい玻璃の杯には、木苺と柑橘の果汁を炭酸水で割ったものが注がれていて、彼にはこちらのほうがお気に召したようである。
天敵認定しているオルギールに水を向けられ、少し胡散臭そうな顔をしたアルフだったが、さほどの間を置くことなく、ぽんと手を叩いた。
「フィデルのことか!」
「・・・ずいぶん、お前に懐いていたではないか。お前が説明して差し上げろ」
「抜け道の可能性って言ったの、大佐殿かお姫様じゃなかったか?俺じゃない」
「どうでもいい。・・・罪の対価として情報を得ると、お前が言ったのだ。早くしろ」
オルギールはそれ以上の話は無用とばかりに、杯を傾けながらそっぽを向いた。
「・・・行軍中に、ウル・モンティスの裏手にあるトロ村出身の少年と遭遇しまして」
アルフは、少し姿勢を正して語り始めた。
もう倒したり音を立てたりしないよう、手近の食器を全て脇へ押しやる。
「少年はかの山を庭のように知っている、と申したので、頂上まで我らに同行させたのです。・・・その際、周辺の土地のことについて、気づいたこと、気がかりなこと、どんなことでもよいから、と何でも語らせてみたのですが、その中に、‘不審な洞窟’の話がありまして」
・・・トロ村はそびえ立つウル・モンティスの裏手。村の外れは、山の中腹あたりから連なって崖となり、そのまま屏風のように海へと続いている。
海へ下りる道があれば、貝や魚を取って商うか、少なくとも家族を飢えさせることもないのに、と、何かにつけ崖に腹ばいになって恨めしく海上を見ていると。
「時々、船が崖に向かって近づいていることに気づいたそうです」
アルフは続けた。
・・・見るともなしに見ていたが、そのうち、なにがしか物品のやり取りをしていることが分かった。空(から)で来た船が、そのうち何かを積んで沖へと去ってゆく。その逆もある。浜辺があるようなところではないのに?と見ていると、山、というか、崖の中腹に、大きな洞窟があって、満潮のときだけ、その洞窟は海面と同じ高さになり、船の往来が可能になることがわかった、と。
「・・・少年の話はここまででしたが、大佐殿も姫君もたいへん興味を持たれて。ただの海賊の仕業ならそれはそれ、もしかすると大きな話に発展するかもしれない。ちょうど、作戦は満月の晩。満潮でもあるので、手は尽くしておこう、と」
「それで、山を下りるなり我らに早馬を出し、船の手配を、となったわけか」
恐れ入った、という様子でひとのよさそうな顔を神妙に引き締めて、ソロウ少将は何度も頷いた。
「手柄だな、隊長」
両肘をつき、組んだ手に顎を載せて聞き入っていた公爵は、ニヤリと口元をほころばせた。
通常は生真面目で威厳ある公爵ではあるが、このような表情をすると、年相応の青年に見える。
アルフは、面食らったように赤い瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「俺がですか?」
「そうだろう。・・・トロ村の少年とやらの話を聞こう、と最初に言ったのはお前なのだろう?」
「まあ、そうですが」
「情報の価値を見分け、どう利用するかはオルギールや姫ならではの判断だ。が、そもそもそのようなぽっと出の少年の話を聞き、腹を割って話をさせた。それはお前の大きな手柄というべきだろう」
「はあ」
そんなに大したことかねえ、と、不敬にもアルフは呟いたが、その程度のことを気にする者はこの場にはいない。
ソロウ少将もウルマン少将も、そんな事情があったのですか!といたく感じ入り、隊長はお手柄ですな、と言い合っている。
それに、と、公爵は続けた。
「我らが到着するまで、たった一人で獅子奮迅の働き。それだけでも賞されてしかるべきだろう。お前は確か、からだじゅうに傷を負っていた筈だが、今更だが動いていてよいのか」
「痛みますが、大丈夫です、公爵閣下」
お気遣い、いたみ入ります、と、殊勝に頭を下げたアルフに、
「カルナック大佐は部下の功績を取り上げる男ではない。もう少し彼への態度はあらためることだな」
お優しいばかりの公爵ではない。しっかりとアルフへは最後にひとこと指導をし、逆にオルギールを持ち上げた後、公都へ帰還後の論功行賞、期待するがよい、と締めくくった。
思わぬ展開に、アルフはどんな顔をしていいのかわからないらしい。
少なくとも、礼を言うのは業腹だ、という複雑な面持ちで、彼はオルギールに紅い瞳を向け、当のオルギールはそっぽを向いたまま、この程度は功績と呼ぶほどのものではありませんので私には不要、と、さらりと言ってのけた。
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