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ギルド長、キアーラという女。この二人は、公爵みずから尋問を行い、その後、公都・アルバへ護送。総督は、シュルグによる中毒と、ここ数日(と思われる)の拘束による衰弱が多少回復するのを待って、取り調べの後、こちらも護送。処遇は、総大将たるオーディアル公の見解、報告をもとに、筆頭公爵、エヴァンジェリスタ公が下す。
町中で投降させた傭兵達は、辺境の地での強制労働か、保釈金を払わせ自分自身の自由を買い取らせるかを選ばせる。
ウルブスフェルが日常を取り戻すべく、しばらくはオーディアル公が伴った文官数名を総督府におき、町の統治にあたらせること、落ち着くまでは一万の兵を駐留させておくこと。また、公都からの指示があるまで、海上封鎖は解かない。
今後の方針、公爵の指示を確認してから、遅い朝食会がようやくお開きとなったころには、時刻は昼をとっくに過ぎていた。
今夜の夕食は各自の隊にて済ませ、明日はまた朝食時にオーディアル公の本陣へ集合することになっている。ちなみに、三公爵のいずれもそろって朝型であるためか、グラディウスにおいて、重要な招集、会合は朝に行われることが多い。
******
グラディウスのお偉いさん方は、朝から働き者でご苦労なことだ。
アルフは昨晩からろくに眠っていない。
昼もとうにすぎ、ゆっくりと角度を落とし始めている太陽を眺めながら、彼はひとりごちた。
怖気づく、ということのないアルフだったが、さすがに長時間、上層部、それも三公爵の一人と話をすることは、多少の緊張を強いられていたらしい。散会後、気が緩んだのかあちこちの傷が痛み始め、顔をしかめつつ、それでも黙って歩を進めていると、
「──ついて来い、とは言っていないはずだが」
前を行くオルギールが、振り返ることなく言った。
「自分の傷でも舐めていてはどうだ」
「どうってことねえよ、大佐殿」
アルフは言い返した。
振り返りもしないのに、なぜわかるのか。忌々しい。
「それより、今から傭兵共のところへ行くんだろ?」
銀色の後頭部を睨みつけながら尋ねたが、応答はない。
黙って、優美とさえいえる歩みで、しかし、長い脚によってかなりの速度を保ったまま、海沿いの町はずれに向かっている。
「俺も行く」
否定も肯定もないのを諾ととらえ、アルフは言った。
「あいつらを始末するんだろ?俺にも手伝わせてほしい」
「不要だ」
今度は、即答が返ってきた。
「手伝い、などいらん」
「じゃあ、言い方変えるよ」
アルフは熱心に言って、急ぎ足でオルギールに追いつくと、無表情な紫の瞳を覗き込んだ。
頭半分、オルギールのほうが背が高いため、多少見上げることになる。業腹だが、仕方がない。
「無事だ、っつったって、お姫様、嫌な思いしたんだろう?
「……」
「報復、させてほしい。俺にも」
「……」
返答はない。拒否もない。初めて、多少興味深げな色が、オルギールの眼に浮かぶ。
それを見逃さず、アルフは食い下がった。
「お姫様は、強い。剣士として、サシの戦いでどうにかなったんなら、ここまで腹は立たない。もちろん、怪我がなくて何よりだが。俺は、あいつらが、お姫様のことを女として酷い目にあわせようとした、それが許せない。だから、俺は」
「理由など、どうでもいい」
アルフの熱弁を遮って、オルギールは感情を表さない声で言った。
口調とは裏腹に、美しい瞳を妖しく光らせる。
「雑兵どもが、あの方に触れただけでも万死に値する。……ついて来たければ、好きにしろ。ただし」
オルギールは言葉を切って、アルフの紅い瞳を真っすぐに見つめた。
凄みをきかせた、としか言いようのない迫力に、思わず身が竦むのを必死でこらえ、全身に力を込めてアルフもオルギールを見返す。
「正視できん光景になるぞ。覚悟しておけ」
「……余計な世話だ」
かろうじて、アルフは強気に言い返す。
オルギールはわずかに頷くと、またすぐに興味を失ったかのように目を逸らした。
海沿いとはいえ岩礁に面していて、船は寄せられず、町の喧騒からも離れた物寂しい一角に、目的の建物があった。
だだっ広い敷地の中に、石造りの建物を中心として、大きめの物置か、使用人部屋のような木造の建物がいくつか点在している。
もともとは没落した富裕商人の邸宅で、荒れ放題になっていたが、ギルド長が暗躍し始めたころから多少手入れされ、武器庫として使われていたものだ。今回の奇襲の際には、グラディウスの兵達によって、早々と陥落させられている。その際、武器は運び出され、代わりに、と言っては何だが、船上で最後に捕えられた傭兵達が、猿轡をかまされ、連携して万一の逃亡を防ぐため、建物の中に一人一人別にして留置されていた。
「──カルナック大佐」
オルギールとアルフ。この上なく目立つ二人が視界に入ると、建物を守る兵士達が一斉に礼をとった。
「務め、ご苦労」
オルギールは軽く首を傾けて、彼らの労をねぎらう。
「奴らは今、どのように?」
「ご指示のとおり、猿轡をかませて個別に押し込めております。・・・地下に」
「無駄口をたたく者はいなかったか?」
「助けてくれとか、雇われただけだとか申す者はおりましたが」
その場の責任者らしい。進み出た一人が、はきはきと答えた。
「取り立てて他には、何も。ろくに話す暇も与えず、縛り上げましたので」
「よくやった」
オルギールは満足そうに頷いた。
みじかい一言だが、めったにひとを褒める彼ではないだけに、居並ぶ兵士達は思わず顔を綻ばせる。
「光栄です、大佐殿」
嬉しさを隠そうともせず、息を弾ませ、ガチャン!と具足を鳴らして兵士はもう一度敬礼をした。
「奴らに、会われますか?」
「ああ」
「引き出して参りましょうか。それとも中へ?」
「中へ行こう。供はいらん」
「それは、……しかし、大佐殿、奴らごときに直々に会われるなど……」
彼らはざわめいた。確かに、雑兵に会うのにオルギールほどの立場の者が直に会いに行くなど。
「危ない、とでも?」
滑らかなテノールに、苦笑めいたものが混じる。
「いえ!滅相もございません!!」
兵士達の背が、ピン!と伸びた。
軍神、オルギール。同行しているのは、今回の奇襲部隊の隊長、アルフ・ド・リリー。
彼らに対して、一介の兵士達が「危ない」などとは、口が裂けても言えることではない。
「案ずるな。というよりも」
オルギールはすっと面を引き締めた。
「奴らの処分は、私に一任されている。私は奴らを、わざわざ公都へ護送するつもりはない。──この意味が、わかるか」
「!……承知、致しております!」
ざわめきかけた兵士達を、責任者がすぐに目で黙らせ、力強く頷く。
オルギールは捕虜を処刑すると言っている。たぶん、それも、今から。
間近に見るカルナック大佐の迫力は恐ろしいものがあるが、それは自分に対してのものではない。
それは捕虜共が受けるべきものであり、そして酸鼻を極めるような結果を迎えるのだろう。
「なんなりと、お命じ下さい、大佐殿。リリー隊長」
彼は声を励まして言った。
「あなた様方は、今回の戦の立役者。どのようなご命令であれ、従います」
グラディウスのために、と、小さく彼は言い、兵士達にもそれはすぐに伝播して、口々に、グラディウスのために、グラディウス、万歳、と小声で唱和した。
オルギールは、軽く手を上げてそれに応え、彼らを鎮めると、
「お前達の忠誠、よく公爵閣下へ伝えておこう。とりあえず、中へ入る。我ら以外、誰も通すな」
「はっ!!」
「行くぞ」
身を翻しながらの最後のひとことは、アルフに向けられたらしい。
ひとの上に立ち、ひとに命令することに慣れた者特有の挙措、声。
それらを、何とも言えぬ目で見つめていたアルフは、オルギールに遅れまいと足早に後を追った。
底冷えのする石造りの建物の中は格子戸が降ろされ、昼なお暗い。
元々は表玄関であったろうところから長い廊下が続いているが、眼に入るのは扉が開け放たれ、空っぽになった部屋ばかりだ。武器は、手近な一階の部屋を使って保管されていたらしい。
空の部屋に用はない。
二人は、捕虜が繋がれているという地下へと、迷いのない足取りで降りて行った。
広大な地下は、驚くべきことに、地下牢の様相を呈していた。商人の個人的な趣味であったのか、総督かギルド長の指示により作られたのか。恐らくは前者であろう。武器庫を解放した際に、この地下に囚人がいたとの報告は受けていない。
鉄格子を嵌めた小部屋がたくさん並んでいて、部屋によってはグロテスクで恐ろし気な拷問用具が転がっている。
「──お前だな」
くぐもった声を上げる傭兵の顔を一人一人確かめつつ歩を進め、オルギールは程なくして足を止めた。
横合いから、アルフも男を覗き込む。
一際大柄だが、これといって他に特徴はない。傭兵のうちの一人にすぎないように見える。
「こいつが、どうかしたのか?……いや、確かこの男」
一瞬、怪訝そうだった紅い瞳が、鋭く細められた。
「確か、お姫様の隣にいたな、船の上で」
オルギールは返事をしない。ガチャリ、と重々しい音を立てて、鉄格子の錠前を外すと、腰を屈めてその長身を滑り込ませた。
アルフも、それに続いて牢内へ入る。
四肢を後ろでひとまとめに拘束され、猿轡をかまされた男が、地べたに転がされたまま、血走った目で二人を見上げた。
オルギールは黙ったまま、男の四肢を縛る縄を解き、口にかませた縄を切り落とした。
足は自由にされたが、両手はさすがに拘束されたままだ。どのみち、全て解かれたとしても、今の今まで壊死寸前にまできつく縛られていて、到底使いものにはならなさそうであったが。
「------なんだよ、あんたら。言っとくが、俺ごとき何にも知らねえぜ」
依然として黙したままの二人をしばらくの間睨んでいたが、男はついに沈黙に耐えられなくなったのか、挑発するように言った。
「きれいな兄さんたちじゃねえか。俺がこんなんじゃなきゃ愉しませてやれるのに」
猿轡で唇の端を傷つけたらしい。ぺっと血の混じった唾を吐いて、尚も言う。
「グラディウスってとこは綺麗どころの集まりか?---そういえば」
男の血走った瞳に、愉悦の色が混じった。
ざりざり、と鈍い音をたてながら、ごつごつとした石の床の上でなんとか身を起こして、美貌の男二人に相対する。
「どうせなら、あんたらより准将サマにお会いしたかったぜ。---ここに、来てないのかよ?」
「誰が会わせるか」
思わず、アルフは吐き捨てた。
男はわざとらしく口笛を吹いてみせ──ようとして唇が乾きすぎて上手く吹けなかったので、思い切り口元を歪めた。
嘲笑うように。
「あんた、あの女に惚れてんのか?もうヤってんのか?」
「------んだと!?」
「いい女だよな。美味かったぜ。でけえ胸といいケツで、アソコの締まりもよくて……!!?」
男の声が途切れた。
アルフが容赦のない力で、男の顎を蹴り上げたのだ。
唇が切れ、折れた歯がいくつか飛んだが、再び足元に倒れた男は、血まみれの顔のまま毒を吐き続ける。
「ぶち込んでやったらいい声で啼いて。もしかしてまだヤらせてもらってないのか?」
「貴様、死ね!!」
「──隊長、のせられるな」
激高して剣を振りかぶったアルフを、オルギールの平坦な声が押しとどめた。
場にそぐわない、あまりに淡々とした声に、床に転がる男も思わず押し黙る。
とめるなよ!!と叫ぶアルフを、珍しく宥めるように手を差し伸べ、振り上げた剣を下ろさせる。
「のせられるな。この男、挑発してひと思いに殺させようという魂胆だ」
「挑発?」
「そうだ。あの方は、ご無事だ。私が、確かめた」
「どうやって!?」
「聞きたいのか?」
オルギールは、凄絶なまでに美しい流し目をアルフへ向けた。
同性でさえ眩暈のするような美貌に当てられて、アルフは思わず言葉を失って唇を噛みしめる。
急速に、頭が冷えてゆく。傭兵の言葉は嘘だと、驚くほどすぐに理解できた。が、安堵と入れ替わるように、不快な感情がせり上がってくる。
──嫉妬、という名の。
アルフは、のろのろと腕を下ろした。
「畜生。……んなもの、聞きたくねえよ」
「賢明だ」
オルギールはかるくいなして、床に転がる男に紫の瞳を向けた。
氷の騎士、との二つ名のとおり、視線だけで身も凍るほどの鬼気に、不遜な男も急に怯えたように血に染まった唇を何度も舐めた。
「楽に死なせるわけがないだろう?」
形のよい唇が、柔らかく言葉を紡ぐ。
もう、男は声も出ない。目を閉じたくても、それさえもできない。恐慌に支配されたからだは、みえない縄でもう一度拘束されたかのようだ。
「あのかたを、間近で見た。触れた。その上、薄汚い妄想で辱めた。……思い知るがいい」
「おい、大佐、殿……!!」
アルフの声と重なるようにして、牢内をつんざく絶叫が谺した。何度も、何度も。
恐怖と、激痛と、絶望に満ちたそれが止むころには、二人の足元には「かつてひとであったもの」が原型を留めぬ肉塊となり果てて転がっていた。
地下牢から出た二人を、先ほどの兵士が一礼と共に出迎えた。
返り血の一つも浴びず、涼し気と言ってもよいオルギールの姿だったが、従うアルフの顔は、心持ち青ざめているようだ。
地下牢で、何があったか、何をしたのか。
それを問うのは愚かなこと。
静かに頭を下げ、指示を待つ彼に、オルギールは、全員を牢から出し、木造の納屋に押し込めるようにと言った。そして、納屋に油をまき、火をつけろ、と。
十分に予測をしていた兵士は、顔色一つ変えなかった。
それどころか、他にご命令は、と尋ねる。
「汚物が転がっている。ご苦労だが、それも奴らと一緒に納屋に放り込んで焼いておいてくれ」
「かしこまりました」
ゆったりと歩み去る二人を、彼は敬礼と共に見送った。
「汚物」の回収は、自分と、気心の知れた数名でやらざるを得ないだろう。
二人が彼の視界から消えた後、命令を実行するべく、彼はみずから声をかけた兵士数名を伴い、陰惨な光景が待ち受けるであろう地下牢へと向かった。
町中で投降させた傭兵達は、辺境の地での強制労働か、保釈金を払わせ自分自身の自由を買い取らせるかを選ばせる。
ウルブスフェルが日常を取り戻すべく、しばらくはオーディアル公が伴った文官数名を総督府におき、町の統治にあたらせること、落ち着くまでは一万の兵を駐留させておくこと。また、公都からの指示があるまで、海上封鎖は解かない。
今後の方針、公爵の指示を確認してから、遅い朝食会がようやくお開きとなったころには、時刻は昼をとっくに過ぎていた。
今夜の夕食は各自の隊にて済ませ、明日はまた朝食時にオーディアル公の本陣へ集合することになっている。ちなみに、三公爵のいずれもそろって朝型であるためか、グラディウスにおいて、重要な招集、会合は朝に行われることが多い。
******
グラディウスのお偉いさん方は、朝から働き者でご苦労なことだ。
アルフは昨晩からろくに眠っていない。
昼もとうにすぎ、ゆっくりと角度を落とし始めている太陽を眺めながら、彼はひとりごちた。
怖気づく、ということのないアルフだったが、さすがに長時間、上層部、それも三公爵の一人と話をすることは、多少の緊張を強いられていたらしい。散会後、気が緩んだのかあちこちの傷が痛み始め、顔をしかめつつ、それでも黙って歩を進めていると、
「──ついて来い、とは言っていないはずだが」
前を行くオルギールが、振り返ることなく言った。
「自分の傷でも舐めていてはどうだ」
「どうってことねえよ、大佐殿」
アルフは言い返した。
振り返りもしないのに、なぜわかるのか。忌々しい。
「それより、今から傭兵共のところへ行くんだろ?」
銀色の後頭部を睨みつけながら尋ねたが、応答はない。
黙って、優美とさえいえる歩みで、しかし、長い脚によってかなりの速度を保ったまま、海沿いの町はずれに向かっている。
「俺も行く」
否定も肯定もないのを諾ととらえ、アルフは言った。
「あいつらを始末するんだろ?俺にも手伝わせてほしい」
「不要だ」
今度は、即答が返ってきた。
「手伝い、などいらん」
「じゃあ、言い方変えるよ」
アルフは熱心に言って、急ぎ足でオルギールに追いつくと、無表情な紫の瞳を覗き込んだ。
頭半分、オルギールのほうが背が高いため、多少見上げることになる。業腹だが、仕方がない。
「無事だ、っつったって、お姫様、嫌な思いしたんだろう?
「……」
「報復、させてほしい。俺にも」
「……」
返答はない。拒否もない。初めて、多少興味深げな色が、オルギールの眼に浮かぶ。
それを見逃さず、アルフは食い下がった。
「お姫様は、強い。剣士として、サシの戦いでどうにかなったんなら、ここまで腹は立たない。もちろん、怪我がなくて何よりだが。俺は、あいつらが、お姫様のことを女として酷い目にあわせようとした、それが許せない。だから、俺は」
「理由など、どうでもいい」
アルフの熱弁を遮って、オルギールは感情を表さない声で言った。
口調とは裏腹に、美しい瞳を妖しく光らせる。
「雑兵どもが、あの方に触れただけでも万死に値する。……ついて来たければ、好きにしろ。ただし」
オルギールは言葉を切って、アルフの紅い瞳を真っすぐに見つめた。
凄みをきかせた、としか言いようのない迫力に、思わず身が竦むのを必死でこらえ、全身に力を込めてアルフもオルギールを見返す。
「正視できん光景になるぞ。覚悟しておけ」
「……余計な世話だ」
かろうじて、アルフは強気に言い返す。
オルギールはわずかに頷くと、またすぐに興味を失ったかのように目を逸らした。
海沿いとはいえ岩礁に面していて、船は寄せられず、町の喧騒からも離れた物寂しい一角に、目的の建物があった。
だだっ広い敷地の中に、石造りの建物を中心として、大きめの物置か、使用人部屋のような木造の建物がいくつか点在している。
もともとは没落した富裕商人の邸宅で、荒れ放題になっていたが、ギルド長が暗躍し始めたころから多少手入れされ、武器庫として使われていたものだ。今回の奇襲の際には、グラディウスの兵達によって、早々と陥落させられている。その際、武器は運び出され、代わりに、と言っては何だが、船上で最後に捕えられた傭兵達が、猿轡をかまされ、連携して万一の逃亡を防ぐため、建物の中に一人一人別にして留置されていた。
「──カルナック大佐」
オルギールとアルフ。この上なく目立つ二人が視界に入ると、建物を守る兵士達が一斉に礼をとった。
「務め、ご苦労」
オルギールは軽く首を傾けて、彼らの労をねぎらう。
「奴らは今、どのように?」
「ご指示のとおり、猿轡をかませて個別に押し込めております。・・・地下に」
「無駄口をたたく者はいなかったか?」
「助けてくれとか、雇われただけだとか申す者はおりましたが」
その場の責任者らしい。進み出た一人が、はきはきと答えた。
「取り立てて他には、何も。ろくに話す暇も与えず、縛り上げましたので」
「よくやった」
オルギールは満足そうに頷いた。
みじかい一言だが、めったにひとを褒める彼ではないだけに、居並ぶ兵士達は思わず顔を綻ばせる。
「光栄です、大佐殿」
嬉しさを隠そうともせず、息を弾ませ、ガチャン!と具足を鳴らして兵士はもう一度敬礼をした。
「奴らに、会われますか?」
「ああ」
「引き出して参りましょうか。それとも中へ?」
「中へ行こう。供はいらん」
「それは、……しかし、大佐殿、奴らごときに直々に会われるなど……」
彼らはざわめいた。確かに、雑兵に会うのにオルギールほどの立場の者が直に会いに行くなど。
「危ない、とでも?」
滑らかなテノールに、苦笑めいたものが混じる。
「いえ!滅相もございません!!」
兵士達の背が、ピン!と伸びた。
軍神、オルギール。同行しているのは、今回の奇襲部隊の隊長、アルフ・ド・リリー。
彼らに対して、一介の兵士達が「危ない」などとは、口が裂けても言えることではない。
「案ずるな。というよりも」
オルギールはすっと面を引き締めた。
「奴らの処分は、私に一任されている。私は奴らを、わざわざ公都へ護送するつもりはない。──この意味が、わかるか」
「!……承知、致しております!」
ざわめきかけた兵士達を、責任者がすぐに目で黙らせ、力強く頷く。
オルギールは捕虜を処刑すると言っている。たぶん、それも、今から。
間近に見るカルナック大佐の迫力は恐ろしいものがあるが、それは自分に対してのものではない。
それは捕虜共が受けるべきものであり、そして酸鼻を極めるような結果を迎えるのだろう。
「なんなりと、お命じ下さい、大佐殿。リリー隊長」
彼は声を励まして言った。
「あなた様方は、今回の戦の立役者。どのようなご命令であれ、従います」
グラディウスのために、と、小さく彼は言い、兵士達にもそれはすぐに伝播して、口々に、グラディウスのために、グラディウス、万歳、と小声で唱和した。
オルギールは、軽く手を上げてそれに応え、彼らを鎮めると、
「お前達の忠誠、よく公爵閣下へ伝えておこう。とりあえず、中へ入る。我ら以外、誰も通すな」
「はっ!!」
「行くぞ」
身を翻しながらの最後のひとことは、アルフに向けられたらしい。
ひとの上に立ち、ひとに命令することに慣れた者特有の挙措、声。
それらを、何とも言えぬ目で見つめていたアルフは、オルギールに遅れまいと足早に後を追った。
底冷えのする石造りの建物の中は格子戸が降ろされ、昼なお暗い。
元々は表玄関であったろうところから長い廊下が続いているが、眼に入るのは扉が開け放たれ、空っぽになった部屋ばかりだ。武器は、手近な一階の部屋を使って保管されていたらしい。
空の部屋に用はない。
二人は、捕虜が繋がれているという地下へと、迷いのない足取りで降りて行った。
広大な地下は、驚くべきことに、地下牢の様相を呈していた。商人の個人的な趣味であったのか、総督かギルド長の指示により作られたのか。恐らくは前者であろう。武器庫を解放した際に、この地下に囚人がいたとの報告は受けていない。
鉄格子を嵌めた小部屋がたくさん並んでいて、部屋によってはグロテスクで恐ろし気な拷問用具が転がっている。
「──お前だな」
くぐもった声を上げる傭兵の顔を一人一人確かめつつ歩を進め、オルギールは程なくして足を止めた。
横合いから、アルフも男を覗き込む。
一際大柄だが、これといって他に特徴はない。傭兵のうちの一人にすぎないように見える。
「こいつが、どうかしたのか?……いや、確かこの男」
一瞬、怪訝そうだった紅い瞳が、鋭く細められた。
「確か、お姫様の隣にいたな、船の上で」
オルギールは返事をしない。ガチャリ、と重々しい音を立てて、鉄格子の錠前を外すと、腰を屈めてその長身を滑り込ませた。
アルフも、それに続いて牢内へ入る。
四肢を後ろでひとまとめに拘束され、猿轡をかまされた男が、地べたに転がされたまま、血走った目で二人を見上げた。
オルギールは黙ったまま、男の四肢を縛る縄を解き、口にかませた縄を切り落とした。
足は自由にされたが、両手はさすがに拘束されたままだ。どのみち、全て解かれたとしても、今の今まで壊死寸前にまできつく縛られていて、到底使いものにはならなさそうであったが。
「------なんだよ、あんたら。言っとくが、俺ごとき何にも知らねえぜ」
依然として黙したままの二人をしばらくの間睨んでいたが、男はついに沈黙に耐えられなくなったのか、挑発するように言った。
「きれいな兄さんたちじゃねえか。俺がこんなんじゃなきゃ愉しませてやれるのに」
猿轡で唇の端を傷つけたらしい。ぺっと血の混じった唾を吐いて、尚も言う。
「グラディウスってとこは綺麗どころの集まりか?---そういえば」
男の血走った瞳に、愉悦の色が混じった。
ざりざり、と鈍い音をたてながら、ごつごつとした石の床の上でなんとか身を起こして、美貌の男二人に相対する。
「どうせなら、あんたらより准将サマにお会いしたかったぜ。---ここに、来てないのかよ?」
「誰が会わせるか」
思わず、アルフは吐き捨てた。
男はわざとらしく口笛を吹いてみせ──ようとして唇が乾きすぎて上手く吹けなかったので、思い切り口元を歪めた。
嘲笑うように。
「あんた、あの女に惚れてんのか?もうヤってんのか?」
「------んだと!?」
「いい女だよな。美味かったぜ。でけえ胸といいケツで、アソコの締まりもよくて……!!?」
男の声が途切れた。
アルフが容赦のない力で、男の顎を蹴り上げたのだ。
唇が切れ、折れた歯がいくつか飛んだが、再び足元に倒れた男は、血まみれの顔のまま毒を吐き続ける。
「ぶち込んでやったらいい声で啼いて。もしかしてまだヤらせてもらってないのか?」
「貴様、死ね!!」
「──隊長、のせられるな」
激高して剣を振りかぶったアルフを、オルギールの平坦な声が押しとどめた。
場にそぐわない、あまりに淡々とした声に、床に転がる男も思わず押し黙る。
とめるなよ!!と叫ぶアルフを、珍しく宥めるように手を差し伸べ、振り上げた剣を下ろさせる。
「のせられるな。この男、挑発してひと思いに殺させようという魂胆だ」
「挑発?」
「そうだ。あの方は、ご無事だ。私が、確かめた」
「どうやって!?」
「聞きたいのか?」
オルギールは、凄絶なまでに美しい流し目をアルフへ向けた。
同性でさえ眩暈のするような美貌に当てられて、アルフは思わず言葉を失って唇を噛みしめる。
急速に、頭が冷えてゆく。傭兵の言葉は嘘だと、驚くほどすぐに理解できた。が、安堵と入れ替わるように、不快な感情がせり上がってくる。
──嫉妬、という名の。
アルフは、のろのろと腕を下ろした。
「畜生。……んなもの、聞きたくねえよ」
「賢明だ」
オルギールはかるくいなして、床に転がる男に紫の瞳を向けた。
氷の騎士、との二つ名のとおり、視線だけで身も凍るほどの鬼気に、不遜な男も急に怯えたように血に染まった唇を何度も舐めた。
「楽に死なせるわけがないだろう?」
形のよい唇が、柔らかく言葉を紡ぐ。
もう、男は声も出ない。目を閉じたくても、それさえもできない。恐慌に支配されたからだは、みえない縄でもう一度拘束されたかのようだ。
「あのかたを、間近で見た。触れた。その上、薄汚い妄想で辱めた。……思い知るがいい」
「おい、大佐、殿……!!」
アルフの声と重なるようにして、牢内をつんざく絶叫が谺した。何度も、何度も。
恐怖と、激痛と、絶望に満ちたそれが止むころには、二人の足元には「かつてひとであったもの」が原型を留めぬ肉塊となり果てて転がっていた。
地下牢から出た二人を、先ほどの兵士が一礼と共に出迎えた。
返り血の一つも浴びず、涼し気と言ってもよいオルギールの姿だったが、従うアルフの顔は、心持ち青ざめているようだ。
地下牢で、何があったか、何をしたのか。
それを問うのは愚かなこと。
静かに頭を下げ、指示を待つ彼に、オルギールは、全員を牢から出し、木造の納屋に押し込めるようにと言った。そして、納屋に油をまき、火をつけろ、と。
十分に予測をしていた兵士は、顔色一つ変えなかった。
それどころか、他にご命令は、と尋ねる。
「汚物が転がっている。ご苦労だが、それも奴らと一緒に納屋に放り込んで焼いておいてくれ」
「かしこまりました」
ゆったりと歩み去る二人を、彼は敬礼と共に見送った。
「汚物」の回収は、自分と、気心の知れた数名でやらざるを得ないだろう。
二人が彼の視界から消えた後、命令を実行するべく、彼はみずから声をかけた兵士数名を伴い、陰惨な光景が待ち受けるであろう地下牢へと向かった。
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