溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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5.-8

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 公爵の威厳とか自分の体面がとか恥ずかしいとかごねてはいたが、腰砕けになっていては実際問題として城の最上階にある居住域まで自分の足で歩くことはできず、結局、リヴェアは俺の手に抱かれて居住域へと戻った。

 すっかりおとなしくなって、諦めたように目を閉じているので、長い黒い睫毛が影を落としている。上気した頬、俺のくちづけで常よりもさらに赤く、ふっくりと腫れた唇を見下ろしていると、容易く欲情してしまう。まだ就寝には早すぎる刻限だが、寝所へ連れ込み、邪魔な軍服を剥ぎ取って彼女を貪りたくなる。

 そもそも、リヴェアがともすればこちらの気持ちを過小評価していることが問題だと思う。彼女は自分の価値も、自分に向けられる感情も、ろくに理解していない。本人が理解している気になっていることも問題だ。愚かで天然な女ならわかるが、聡明で鋭敏な彼女なだけに、なぜそこまで自己評価がいまひとつなのか、たびたび驚かされるし、イラつく。どれだけ甘やかしても俺に溺れることもなく、一歩引いて首をかしげていることがわかる。

 このところずっと、毎晩、相当激しく彼女を抱いているが、それさえもリヴェアは本質を理解していない。あいつは俺のことを淫乱だの絶倫だのと言うが(間違っているとは言わないが)、それは彼女を抱く理由の一端でしかない。気絶するほど激しく抱いても、あれほど甘く、淫靡に啼いて、与えられる快楽を享受しても、あいつは心のどこかが冷めている。もっと正確に言えば、俺の心が彼女から離れることを常に覚悟している、とでも言おうか。

 ……つまり、リヴェアは俺の気持ちをロクに理解していない。

 だから、自分でも呆れるほど激しく、濃密に、淫らに、彼女を抱き続ける。彼女のせいだ。何をどこまでしたら、彼女は俺の気持ちを理解するのだろう。理解させられるのだろう、と。

 
 
 抱かれたまま下馬してしばらくの間は、羞恥を押し隠すためにあえて目を閉じていたようだが、居室に到着する頃には、リヴェアはうとうとし始めていた。長身であるとはいえ、骨格は華奢な彼女が、荒くれた兵士達を指揮し、まとめ上げているのだから大したものだ。疲れているのだろう。

 そっと居室の寝椅子に彼女を下ろした。まだ宵の口、リヴェアも本格的に眠りたいわけではなかろう。だから寝台に寝かせるのはやめにして、侍女に肌掛けをもってこさせ、首元まですっぽりと包んでやる。

 ぼんやりと、リヴェアが薄目を開けた。
 美しい黒瞳だが、寝ぼけているのか、焦点があっていない。
 声を出さずに、れおんさま、と呟いたのがわかる。

 「少し、休むといい、リヴェア。……よく頑張ってくれているな」

 俺は彼女の頬に唇を寄せた。
 ふんわりと笑みを浮かべた彼女は、あどけない、と言ってもよいほど幼く、頼りなげに見える。

 「俺が戻るまでここに居てくれ」
 「……はい、れおん、さま……」

 律儀に返事をする彼女の頬を撫で、もう一度くちづけてから、俺は彼女の居室を後にした。



******



 自室に入ってから程なくして、衛兵がオルギールの訪れを告げた。

 「お待たせしましたか」
 「そんなことはない」

 俺が先にソファに座ると、オルギールもいつもの位置に慣れた様子で腰を下ろす。
 
 今日、俺が馬場へ視察に行くことは予定になかったが、彼のこの訪問は以前から決まっていたことだ。

 訓練の概況は報告を受けてはいるが、とにかくもう出陣は目の前まで迫っている。彼女を送り出すにあたり、できる限り詳細に現状を把握し、彼女の出陣を僅かな憂いもないように整えてやりたい。

 あれこれと報告と質問を重ねた後、彼女の「別動隊」を、もしものときには彼女の「親衛隊」として、彼女自身を守らせるよう命じてから、ようやくひと心地ついて、俺は運ばせた葡萄酒を口にした。

 軍備、軍略とは異なることだが、言っておきたいことがあった。

 「オルギール。今日のシグルドの様子、見ていただろう?」
 「はい」

 兵士達に訓練を施していただけのように見えるが、この男が何かに没頭して周りが見えないなどということは滅多にない。そう思って問うたのだが、やはり当然のように彼は頷いた。

 「ずいぶんと急激にご執心の様子ですね」
 「まあな」
 「リヴェア様が、シグルド様のお名前を呼ばれたとか」
 「お前、そこまで聞こえたのか!?」

 さすがに、あり得ない距離だと思うが。

 「逐一ではありませんが、切れ切れに」

 聞こえておりました、と、こともなげにオルギールは言った。
 リヴェアが常々、「このひと地獄耳」と言っているが、それを実感する瞬間だ。

 「先ほども、帰る道すがら、ずっとリヴェア様のことばかり仰せで。……レオン様が挑発なさいますから、なおさら闘志を燃やしておいでの様子」
 「ルードは一本気だからな。……ところで」

 俺が聞きたいのはそんなことではない。

 「さっき、ルードに何を耳打ちしていた?」

 俺は単刀直入に尋ねた。
 オルギールは葡萄酒を優雅に一口啜り、感情の読めない紫色の瞳をこちらに向ける。

 「気になられますか」
 「気になるから聞いている」
 「大したことではありませんよ。……なにやら、もめておられるご様子でしたので……出陣すれば当分の間、リヴェア様の傍にはオーディアル公がおられることになるのですから、今ぐらいは引いて差し上げてもよろしいのでは、とお伝えしたまでです」

 ──この男。腹立たしいことを顔色ひとつ変えずに言う。幼少の頃から、だが。

 「それで、ルードはなんと?」
 「すぐにでも姫君に愛を乞いたいが、それもそうだな、と」

 あの朴念仁。いずれはリヴェアの夫の一人として認めざるを得ないにしても、そこまで急激に入れあげなくてもよいものを。

 「オルギール、お前にしか頼めない。頼みたいことがある」
 「何なりと、レオン様」

 オルギールは銀杯を卓へ置くと、いずまいを正した。いつも冷たいまでに冷静かつ無表情な男だが、こちらの話し方、頼み方ひとつで彼の態度も驚くほど変化する。彼は誰に対しても「平坦」だが、決して「無礼」な男ではない。

 「行軍の間、少なくとも帰投の際には必ず、シグルドはリヴェアを口説くだろう。それはとめるわけにはゆかないだろうが、決して一線を越えさせるな。俺のいないところであいつを抱かせるのは絶対に許さない」

 狭量な男と言われようが、愚かな下世話な頼みと笑われようが構わない、と俺は自嘲気味に続けた。
 オルギールはあいかわらず何を考えているかわからない顔で沈黙を保っている。

 「あいつがそうやすやすとルードに身を任せるとは思わないが、それでも、だ。ルードの側近は、リヴェアとルードを近づけようと躍起になっているし、何より……あいつは、情に脆くて絆されやすい」
 「……」
 「お前もわかっているだろう。いずれは、ルードも、さらにおそらくユリアスも、リヴェアの夫となるだろうが、それは先のことだ。……今は」

 ──俺だけの、女。俺だけの、リヴェア・エミール、だ。

 一言ずつ、ゆっくりと、オルギールの瞳を見据えて俺は言った。
 俺以外の二人の公爵たちだけではない。絶世の美貌を誇るこの男にも、言っておきたかったことだ。

 「オルギール・ド・カルナックがあなたに捧げた剣にかけて。……リヴェア様は誰にも、たとえシグルド・オーディアル公にも触れさせません。無事に、レオン様のもとへお送り致しましょう」

 オルギールは立ち上がって、正式な騎士の礼をとった。腰を屈め、帯剣を外し、柄を俺に差し出す。疑うならば、これで刺し殺してほしい、という意味の、もっとも神聖な騎士の礼だ。

 作法通りにその剣を返しながら、俺は思わずにいられなかった。

 お前が、一番危険なんだがな、と。
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