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 グラディウス三公爵がそれぞれ居城を構える広大な城の敷地内には、当然のことながら、大小いくつかの馬場がある。

 そのうちの、もっとも奥まった馬場に、私はオルギールとともにいた。さらに、別動隊のために招集した兵士達、七十名ほども待機している。
 これから、顔合わせとともに兵士達の実力を確認し、問題なければそのまま訓練に入る予定なのだ。

 オーディアル公との初回の軍議の少し前から、急ピッチで馬場には訓練用のあるものを作ってもらっていた。

 だだっ広い馬場の最大の特徴は、ちょっとしたビル一棟分くらいの、ごつごつした山である。オーダーどおり、木の根、岩、砂利、等々を埋め込んで、大変リアルに作ってある。もともとこの馬場にあった山のように見えるほどだ。たいへんな力作である。別途、これを作った作業員さんたちを労うべきかもしれない。

 「リヴェア様、皆、揃いました」

 オルギールに声をかけられて、私は山を見上げるのをやめ、あらためて居並ぶ兵士達に目を向けた。
 
 特に、年齢制限などしていないし、一般兵、傭兵、武官を問わなかったから、装束も様々だ。皆、それぞれ自分の馬とともに来ていて、下乗して手綱を握っている。互いになじみのない面々だろうに、さすが馬術におぼえのある兵士、と条件を付けて集まってもらったためか、馬もよく訓練されているようだ。興奮して足踏みをしたり、無駄にいなないている馬は一頭もない。

 うん、いい感じ。

 私は楽にするように、と軽く手を振ってみせた。 

 「──皆も聞いていることと思うけれど、次回の出陣では私がエヴァンジェリスタ公軍をあずかり、かつ、特別に別動隊を頂くこととなった。リヴェア・エミール・ラ・トゥーラという。閣下より准将を拝命した。以後、よろしく頼みます」 

 私が騎士の礼をとると、皆も一斉に腰を屈め、型は同じ、けれどもっと恭しい礼を返してくれた。

 よく、訓練されてるなあ。かっこいいなあ。

 異世界万歳、とニマニマしそうになるのをこらえ、本日のお題を伝えることにする。

 「皆は馬術におぼえありとして集まってくれた。それを疑うものではないけれど、個々の練達度を確認しておきたい。今から四騎ずつ順番に、この馬場を二周してほしい。……裸馬で」

 ざわっ、と動揺が走るのがわかる。
 まあ、当然でしょうね。

 「戦場で裸馬に乗れとは言わないから安心してほしい。ただ、練達度を見るには裸馬の扱いを見せてもらうのが一番なので」

 「──リヴェア様、こちらに」

 オルギールが、私の馬を引いてきてくれた。

 出陣が決まる前から、「私の馬」として選ばせてもらった漆黒の牡馬だ。馬房へ行って気の合う馬を探したのだけれど、他の馬に比べ一頭だけちょっと離れたところにいて、すかしてる感がとても可愛らしかったのだ。私が、他の馬のたてがみや、鼻づらを撫でているのを、耳だけ向けて気にしているくせに、「俺は愛想なんか振りまけるかよ」って感じで佇んでいて。筋肉のつきも毛艶もそれは素晴らしくて、鼻づらに星型の白い模様があるのが、かえって精悍な黒一色にワンポイントの愛嬌が映えて、またそれが可愛い。

 乗せてね、と声をかけ、裸馬のまま乗らせてもらったけれど、走りもいいし、何より賢い。仔馬の時から私のものだったかのような既視感。そのくらい、ぴたりと相性が嵌った、私の馬。
 その場で、この子に決めた。
 
 名前はステラ。「星」っていう意味だ。女性名詞だけれど気にしない。きっとこの子も気にしない。

 私は、ステラの背を軽くたたいたあと、ひょい、と飛び乗って、皆に向き直った。当然、私も裸馬である。くらあぶみ、手綱もはずしておいた。

 軽くステラを足で挟んで、力のこめ方で、右、左と指示をする。私の足の筋肉の動きとステラの背の感覚だけでこちらの意図を汲み取ってもらうのだ。

 皆が私とステラを注視しているのが痛いほどわかる。

 私はパン!と一つ手を叩いた。

 「さあ、すぐに装具を全部はずして。四名ずつ、名前と現在の所属部隊を彼に申告したら、あちらの起点からどんどん始めて!」

 よく、会社員だと「指示待ち人間ではいけない」というらしいけれど。
 軍人は上官がどんどん指示しないと始まらない。混戦の最中であれば、個々の自主的な判断、というのは生死を分けるけれど、通常は自主的に動く軍人、など正しい姿ではない。今日、私が上官として初顔合わせであっても、どんどんこちらのペースで進めればよい。躊躇も遠慮もいらないのだ。

 兵士達に二言は必要ないようだった。すぐに装備をはずし、足元に置いてから、オルギールに近づいてゆく。自然と、四名ずつ整列してゆくのが感心である。

 オルギールは、手元の書類と申告する兵士達の顔をつきあわせているらしい。写真があればいいのに、と心から思ったが、この世界にないものはしかたないし、オルギールいわく、「この程度の人数、一回で顔と名前を覚えるのはわけもない」とのことなので、私は「最善を尽くす」程度に、正確にはオルギールという記憶媒体に頼ることにして、彼ら一人一人の身ごなし、声、顔を見守ることにした。



******



 「──次。アルフ・ド・リリー。所属なし。エヴァンジェリスタ公麾下、第一部隊、トリアード小隊長推薦」

 え?アルフ?
 ……その名前なら、憶えている。

 たった七十人、されど七十人。実際は百名招集していて、ある程度集まったのでこのくらいでもいいか、ちょっと少ないな、と思いつつ集まってもらったのだけれど、目の当たりにすればそれなりの規模だ。
 次々オルギールの前に進み出て名乗り、その後、延々と四騎ずつ馬場を駆ける様子を見ていたのだけれど、あと三組程度になったころのこと。

 名乗った男に目をやれば、服装こそ違えど(今日は実戦さながらに甲冑を着けている)、確かにあの賭け試合の時の黒髪さん、アルフ・ド・リリーがそこにいた。

 私より長い黒髪を首の後ろで結わえ、鹿毛かげの馬を連れて、紅玉のような瞳をこちらに向けている。
 きつい、切れ長の目。傷だらけの甲冑を着けている彼は、確かにワイルド系美形の極みだ。
 シモが緩い、と表現したら、オルギールのお叱りを受けたんだったな。

 「お久しぶりです、お姫様」

 彼は皮肉っぽく薄い唇を釣り上げてそう言った。
 周りの兵士達が、少しだけざわめく。

 たしかに、新参の司令官と面識がある兵士など一人もいないのが当然なのに、彼の不遜な物言いは奇異だし、不適切と言える。
 私は、准将、として名乗った。当然、私に従う兵士もそのつもりで相対するべきだ。
 腹は立たないけれど、こういうことは最初が肝心なので、彼をたしなめようとした矢先。

 「アルフ・ド・リリー。馬術の腕前を披露する前に放逐ほうちくされたいか」

 久々に聞く、オルギールの絶対零度の声が飛んだ。
 紫水晶の瞳は刺すように鋭い。はたから見ていても、怖くて後ずさりしてしまいそうだ。

 そんな彼を、アルフは怯む様子もなく黙って見返している。紅玉の瞳が赤色矮星のように爛々と光って、なんだか敵意剥きだしだ。

 「俺はお姫様にご挨拶したんですよ、カルナック大佐殿」
 「トゥーラ准将閣下、だ。そんなこともわからない下郎は准将の配下に相応しくない」

 戦争に行く前から味方同士でこんなに睨み合わなくてもいいのに。

 でも、オルギールの言うことは間違ってはいない。私は口を挟まずアルフの次の反応を待った。

 「……ご無礼を申し上げました。トゥーラ准将閣下。よろしくお願い申し上げます」

 ちらり、とこちらを見た後、至極まっとうな礼をとったので、私は頷いた。この件はもういい。それよりも、早く腕前が見たい。それに、周囲の兵士が興味津々で見守っている。何人かは、賭け試合のときに見かけた、彼の取り巻き連中もいるようだけれど、人目のあるところでグダグダ揉めたくない。

 「時がうつる。続けて」

 簡潔に言って、私は少し距離をとった。


 兵士達の顔と名前をすべて覚えたらしいオルギールは、最後の数組の早駆けを見ながら何やら手元の書類に書き込みつつ、自分も、ひらり、と連れていた馬に跨った。
 ちなみに、オルギールの馬は漆黒の馬だ。黒に銀をあしらった軍服を纏い、長めの銀髪をなびかせて黒馬に跨る彼は、拝みたくなるほど美しい。

 あまりに綺麗だから、「そういう目」で見る、オルギールの追っかけ兵士もいるのではないかと、違った視点で目を走らせたけれど、今回はそういう不埒者はいないようだ。
 私が一番不埒者か、とこっそり反省していると、オルギールが馬を寄せてきた。

 「リヴェア様、全員終わりましたが、何か気づかれたことは」

 「別に、何も。……というより、皆、上々だった。裸馬をこれだけ扱えれば、とりあえず全員別動隊にいてもらおうかな」

 本当に、さすがは車や電車のない、馬が主要な交通手段の世界の住人だった。
 そんな中でも、馬術におぼえがある、という兵士ばかりだから、思った以上だ。
 それぞれに多少の優劣はあれど、これならうまくいきそう。訓練は、まだ序の口だけれどね。

 「オルギールの考えは?」
 「問題はないと思いますが」

 オルギールはいつもの平坦な声で言った。
 でも、なんか引っかかってる?

 「……‘ますが’、って何?」
 「あの無礼者、このまま部隊に加えておいてよろしいのですか?」
 「ああ、アルフのこと?」

 思わず、気軽に返答したけれど、これはまずい。以前、たしかあの男のネタで急にオルギールは暴走したんだった。
 実際、無表情はいつものことながら、彼を取り巻く空気の温度が急降下したように感じる。

 「早駆けの姿勢、二周する時間、乗降の身ごなしをみても、一流だと思う」

 私は、つとめて事務的に、慎重に回答した。

 「無礼だったけれどすぐに詫びたし、私は部隊には必要だと判断したわ」
 「……わかりました」

 オルギールはそれ以上は何も言わなかった。早駆けを終えて待機する兵士達の前へ、ゆっくりと馬を進め、馬具を付け直すよう指示をする。

 皆が装着を終えた頃合いをみて、オルギールは兵士達をざっと見渡した。

 「──全員、准将閣下直属の隊に入ってもらうこととなった。だが」

 さっ、と彼は長い手を上げ、馬場にそびえ立つ山を指さして。

 「これを、駆け下る訓練を行う。場合により、お前達が落馬するのはやむを得ぬが、落馬により戦えないほどのケガを負った者、もしくは馬にけがをさせた者は、ただちに隊から外れてもらうゆえ、心せよ」

 これを、駆け下りる?この、斜面を、騎乗のまま?

 百戦錬磨の彼らと言えども初めてのことらしく、どよめきが広がった。なかなか、収まらない。山を見上げ、愛馬を撫で、隣の兵士と言葉を交わす。ありえない、と。

 「不可能ではない!」

 私は声を張った。
 私の声量は、母が私を産んだ際、男の子と取り違えられたほどのものだ。さらにその後、戦地で鍛えた私の声はよくとおる。

 とたんに、彼らは静まり返った。

 「私とカルナック大佐が手本をみせる。その後、お前達にもやってもらう。……必ずできるから、初日からケガをしないでもらいたい」

 私はにっこり笑って、オルギールを振り返った。
 黒と銀の軍神のような彼が、わずかに頷く。

 「行くよ、カルナック大佐!」

 ステラと私、そしてオルギールの腕の見せどころだ。 


 
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