溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

文字の大きさ
18 / 175
連載

間章

しおりを挟む
 最近、酒が不味い。というより、旨い酒を飲む心境ではないというべきか。

 今も、鼻声で近寄ってきた馴染みの女を追い払ったところだ。

 いつから、なんてわかっている。
 あの女──リヴェア・エミール、とかいう女に完敗を喫してからだ。

 負けたのはどうでもいい。いや、正直に言えばひどく腹立たしいし、驚いた。賭けた金も、あとからしっかりと徴収された。負けたから当然ではあるが。
 自分から賭け試合に乗り込むくらいだから腕に覚えがあるのだろう、程度には思っていたが、覚えがあるなんてものではなかった。

 恐ろしく、強い。そして、狡猾こうかつだった。

 どのように攻めても、守っても、次の手を読まれているようだった。
 何合か打ち合っても、渾身の力も受け流される。そもそも、ろくに打ち合わせてもらえなかったが。
 疲れを誘うしかないか、と思ったあたりで、微妙に足元が覚束なくなった。その隙をついたつもりだったのに。
 今思えばそれも、俺の動きを冷静に読んだ誘い水だったが、そのときの俺はまんまとひっかかって剣を飛ばされた。

 足払いをかけてから乗り上げてやったのは、いい手だったと思っている。俺は間違っていない。
 だが、彼女の肩を抑え込んだまではよかったが、手を自由にさせていたのと、何やら壮絶に色っぽい目で見上げられて一瞬我を忘れそうになった。あれが不味かった。早い話が、あんな場だというのに俺は欲情して、くちづけようとしたのだ。
 もちろん、すぐさま攻守逆転となって、あとは敗北感と、このところずっと味わった覚えのないくやしさが残っている。

 右を庇う……当然だ。

 俺の右目は、ゆっくりとゆっくりと──医師が表現するには、星の瞬きのようにわずかずつ、ということだが視力を失ってきている。
 まだまだ全く問題はないが、何年か何十年か?先には右目の視力は失われるだろうと言われている。
 だから、ほんのわずかだが、右の見え方が甘いのではないかと不安で庇ってしまう。当然のことだ。
 それに気づく奴は今までいなかった。俺は強いし、そんな目で見る奴はいないだろう。

 それを、あの女はわずかな手合わせで見抜いた。あとは踏み込みの距離?他にも何か言いたげだったが、あのいけ好かない銀色の男が連れ出してしまった。

 オルギール・ド・カルナック。戦場にあれば軍神として、政務を執らせれば希代の名執政として、名をはせる男。 星見の塔などの、学問にしか興味のない奴らまで、彼の才能を欲しがったという、万能の男。

 あの男が、どさくさ紛れに彼女を抱きしめようとした俺の手に、徽章を投げつけた。

 (調子に乗るな)

 と吐き捨てられたが、あの時の目の色は今でも夢に見る。
 侮蔑と憎悪。目力だけで、殺されるかと思うほどだ。巷の女どもが、宝石のようなきれいな目、と騒いでいるようだが、あのときの奴の目を見せてやりたい。あんな恐ろしい宝石があるものか。呪いの紫水晶だ。

 しかし、冷静になってみれば。

 才能、家柄、容姿。すべて恵まれつくしたあの男が、この程度の俺にあんな目を向けたということ。その意味を、考えるべきではないかと思いなおした。

 今は、俺は取るに足らない雑兵だ。
 武官から一般兵、傭兵扱いに、いうなれば格下げになったのは、女に足元をすくわれた感があるが、まあ構わない。ちょっと遊び過ぎたし、お家柄のよい武官どもが鬱陶しくなってきていたから。傭兵、結構。

 ゆっくりと悪くなってゆく右目。だが、そのへんの雑兵よりは、やはり俺はずっと強くて。

 何を、どうしていいかわからず、目的もなく毎日を過ごしていたところに、あの女が現れた。

 視力は、すぐには治らないけれど、クセは治る、と言っていた。じゃあ、右目を失明しても訓練次第で問題ないってことか?

 カルナック大佐。奴ほどの男が俺に向けた激しい目。女が、俺に関心を持ったのが気に喰わなかったのか?激しい目を向けられるほどの、人間か、俺は。

 今は、俺と奴の立ち位置は彼我の差がある。

 けれど、腕を磨きなおして、軍務を務めあげて行けば──貪欲に軍功をたててゆけば、奴に近づくことができるだろうか。
 天才を上回るのは不可能でも、あいつと肩を並べたい。そして。

 あの女、リヴェア・エミールの傍にいたい。

 熱した黒曜石のような瞳。俺よりも短いが、手入れされた艶やかな黒髪。見上げられたとき。見下ろされたとき。トドメは、俺の名を、媚のない、真っすぐな声で呼びかけられたとき。

 魅入られたのだろう。

 出会って二日後にはここまで気づいたので、今の俺は武官の鍛錬場へ積極的に顔を出し、正規の教官に指導を乞い、手練れと思われる者には、進んで手合わせを願いに行っている。初め、どういう風の吹き回しかと小馬鹿にするような表情だった武官たちも、真剣に指導してくれるようになったし、治安維持のために、たびたび兵士が城下、城外へ駆り出されるが、俺も、労を惜しまず進んでゆくようにしていたら、顔見知りになった武官の役付きが(大尉か中尉だったと思うが)、今度出兵があったら自分の隊に来ないかと言ってくれるまでになった。もちろん、否やはない。

 でも、酒が不味い。

 あの女のせいだ。リヴェア・エミール。正式には、「ラ・トゥーラ」と続くと、後で知った。

 辺境、トゥーラから来た、グラディウスの血を引く姫。エヴァンジェリスタ公が、人目もはばからず溺愛し、筆頭副官であるカルナック大佐を、姫の専属にしてまで身辺を守ろうとする姫。

 ふと気づけば、城内城外、あの女の話題を至る所で聞いた。
 同時に、今まで女の噂のなかったエヴァンジェリスタ公の噂も必ず聞こえてくる。出会って一週間は女の客間に通いつめ、その後は寝所に入れて、ずいぶんと執着していると。

 認めたくはないが、一目ぼれしたとたんに振られたようなものだ。

 だから、酒が不味い。めっきり健康的で、充実した毎日を送っていても、酒も、飯も不味い。面白くない。 

 そんな俺の毎日が、ある日、さらに劇的に変化を遂げる。

 ──ラ・トゥーラ准将が「剣技はもとより、特に馬術に覚えのある兵士を集めている」──

 そんな告知が、兵士達の詰所に知らされたからだ。

 あの女、准将!?とは思ったが、そんなことはどうでもいい。上つ方の思惑など、俺には関係ない。それよりも。
 思ったよりずっと早く、あの女に会える。それに、あの銀髪野郎に近づける。

 俺はすぐに顔見知りの武官に話を付けてもらうべく、詰所を飛び出した。
しおりを挟む
感想 146

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーレムです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。