魔力ゼロでも最強の媚薬使いになりました

あこや(亜胡夜カイ)

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わたし、頑張る。3

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 いつまでも立ちすくんでいるわけにはゆかない。

 深窓のご令嬢だが、思考回路はしっかり者のアメリアは、覚悟を決めた。
 深呼吸とともにひとつ頷き、無駄に大股で一歩を踏み出したが──

 ドン!
 
 ──小さくない衝撃。アメリアは見事に尻もちをついた。

 「わ!?」
 「!?……ンだよ、お前……っ」

 
 見上げた相手は胸元をさすっている。
 体格の違いか、ちょっとよろめいた程度だったらしい。

 「申し訳ありません!わたし、よそ見して。……あなた、お怪我は……?」

 アメリアは立ち上がりながら言った。

 お尻は痛いが今のは自分が悪い。初めての花街、そしてこれからこの身におこるであろうこと。想像して緊張しすぎて、周囲にまったく目を向けなかったから。

 頭を下げ、腰を落として丁重に、しかしこの上なく優雅に礼をとるアメリアを、相手は顰めかけた眉を開いて遠慮のない視線を向けた。

 不注意はどちらも同じこと。なのにこの女は自分のほうがふっとんで尻もちをついて、なのに真っ先に謝っている。
 
 優雅な挙措、細いうなじ、艶やかなよく手入れされた髪。身に着けているものは地味だがとても上質で品がいい。
 
 これは、なかなか。

 ──見下ろした先、かわいらしいつむじを眺めながら、男はかすかに笑みを浮かべた。
 あまり、たちのよくない笑みである。
 
 「……いいや、俺も気をつけるべきだった。頭を上げてくれよ」

 言いながらさりげなく半歩進めて距離をつめる。

 「あんたこそ痛かったろ?大丈夫か?」 
 
 いかにも親切そうに彼は言って、長身を屈めてアメリアの顔を下から覗きこんだ。
 
 男の鋭い瞳と、無防備なアメリアの視線が交錯する。

 (!……おぉっと、これはこれは)

 男はあからさまには表情を変えなかったが、口笛でも吹きたい気分になった。

 (なんとまあ。……とんでもなくお綺麗な)

 ちいさなカメオに彫り込まれたような麗しい顔立ち。
 
 白金色の髪と同じ色の濃い睫毛に縁どられた猫のような大きな目。
 鮮やかな碧色の瞳。
 ぷるんとした唇はサンゴ色でなんともなまめかしい。

 絶世の美女、というか美少女、というべきか。
 少女というには少し年齢がいっているようだが、そこだけ空気が澄んでいるようにさえ感じる清冽さは、まだ大人の女性とは言えない雰囲気だ。

 女には困ったことのない彼にとっても歴代断トツ一位と言える美貌の女性──アメリアと、彼はもう少し話をすることにした。

 「ところでお嬢さん」

 男は愛想よさげに声をかけた。

 「何ですの?」

 容姿同様、綺麗な澄んだアルトを響かせて、アメリアは律儀に返事をする。

 眼前の男が自分を観察していることくらいわかっている。
 まさかの魔力ゼロでめぼしい縁談もゼロとなったが、これでも自分の容姿は絶世の美少女だの美女だの国が亡ぶだの言われたほどのものなのだ。

 清冽な雰囲気のご令嬢、と男が評価する間に、アメリアのほうも男を観察し、存外シビアに「うさんくさい男」と判断した。

 だって花街だ。娼家の前だ。
 そろそろ日も落ちる。花街へ日用品だの食糧だの怪しげなアレコレだの納入する健全な業者が往来する時刻は終わっている。
 今ここにいるのは、目当ての娼妓が他の客にとられないうちに通い詰める客か、「王都クラナッハの花街」めがけてやってきて、早々到着してしまった田舎者のどちらかだ。

 で、田舎者、という感じのしない男ではある。

 無地のマントを羽織っているが、きっちりと着込むこともなく少し気崩した様子。長めの黒髪を、一見無造作に、しかしその実小憎らしいほど粋に黒い革紐で首の後ろで結わえている。小麦色に日焼けした肌は滑らかで、ほこりっぽさからは無縁だ。
 群青色の瞳は柔らかく細められてはいるが、抜け目のない光を帯びている。

 (この男、優し気な声だしてるけど娼家の客だわ。こんな宵の口からスキモノなんだから)

 控えめに言っても男は大した美男子だったが、アメリアは身も蓋もなく決定づけた。

 「お嬢さん、連れは?こんなところであんたみたいなのがうろついちゃいかんだろ?」
 
 スキモノ認定されているとも知らず、男は親切ごかしに──アメリアはまたたいへん非好意的に決めつけた──言った。 
 
 あながち間違ってはいなかったのだが。

 「……まあ、べつにそんなことはございませんわ」

 よけいなお世話と言いたかったが、アメリアは曖昧に応えた。
 
 「王都は治安もよいですし」
 「でも娼家の前だぜ?ここらは、あといくらもしないうちに酔っ払いと客引きと、贔屓のコに会いに来るお貴族様方でいっぱいになる」
 「存じてますわ」
 「へえ。じゃ、あんた迷子になったわけじゃないんだ」
 「ご心配なく」

 男は群青色の目を見開いた。
 
 そして、かたちの良い唇の端をちょっと持ち上げてうっすらと笑みを浮かべて、

 「……それともあんた、まさか‘売り’に来たのかよ?」
 
 と、小馬鹿にしたように言った。
 
 零落して身売りにきたとは到底思われない。これだけ品の良い、見るからに「良家のご令嬢」である。
 まさかそんなはずはないだろうと思って、ちょっとからかってみたつもりだったのだが。

 「そのとおりですわそれがどうかいたしまして?」
 「!?」

 息継ぎなしに堂々と言いきられ、今度こそ呆気に取られて言葉を失った。
 
 
 
 

 

 

 

 
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