溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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異世界バレンタイン!~御方様、チョコレート作りを思いつく~

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 行事イベントが欲しい、と思う。
 心から、思う。

 リヴェアはうんうんと力強く頷いた。相槌は求めていない。脳内発言であるから。

 周囲には誰もいない。
 天井裏に、‘影’が待機しているのだが、彼らはあくまで‘影’。人数のうちに入らない。だから部屋にいるのは珍しくリヴェアひとりだ。侍女も遠ざけている。

 異世界転移して一年足らず。貴人扱いにもとうに慣れてはいるが、それでも彼女はちょくちょく「一人にしておいて」と、信頼する侍女すらも遠ざける。無論、夫たちも含めて、なのだが、夫たちはもとより多忙であるし、彼女も多忙だから、気が向いた時間に人払いをすれば、案外簡単にひとりきりを満喫できる。

 自分で淹れた茶を飲み、厨房の力作である美味な焼き菓子を摘まみつつ、リヴェアは思い出したのだ。

 (世が世なら、もうすぐバレンタインじゃない?)

 と。

***

 リヴェアいわく、地味でいびつな少女時代を過ごしたためであろう、バレンタインデーもその対となるホワイトデーも長年彼女にはご縁がなかったが、それでも思い出の一つや二つは、ある。ほろ苦い、どころかものすごく苦い思い出が。

 大学へ入って初めてのバレンタイン(これがリヴェアの初バレンタインの記憶である。勉学と武道に没頭し過ぎて奥手の極みと言える)。「チョコ、あげてみたいな、好きかも」と思ったりしたというレベルだが、手作りを頑張り過ぎて「重い」と一刀両断されて撃沈、次の年は小意地の悪い女友達に眼の前でかっさらわれ、チョコを受け取って欲しいな、と思っていた男の隣にいた友人に渡されてしまって(そこで新たなロマンスが生まれることもなく、甘党ではなかったその男は‘皆で食べよう’とほざいた)、リヴェアのバレンタインにまつわる記憶はろくでもないものとなった。

 だがしかし。

 それから何年もたった。いろいろあった。 
 いろいろあり過ぎて、異世界転移までした。
 それどころか、結婚までした。今では夫が四人もいる。
 いびつでモテない(と、リヴェアはともすればいまだにそう思っている)はずの自分としては奇跡だと思う。
 変態じみたそれはそれはエロい夫たちだが、しかし美形で文武両道で広大な領土を持つ支配者で、全員そろいもそろってどろっどろに甘やかしてくれる。自分が「好き」「愛してる」というより先に、いや、言う暇もないほど夫たちのほうから雨あられと妻への愛の言葉が浴びせかけられる。
 そして、愛の言葉とともに彼らはもれなく行動でも気持ちを伝えてくるものだから、つらつら考えるとリヴェアが彼らに言葉を返すのは寝台の上でしかないかもしれない。
 モテる夫たちなのだ。幸い、四人全員、妻である自分にしか目もくれないが、愛される努力は怠るべきではない。言葉を惜しんではならない。だから。

 バレンタインに、私の気持ちを伝えよう!
 私も皆のことが大好き、って伝えよう!
 
 と、思いついたのである。
 
 いささか唐突かもしれないが、なんとなくずっと「この世界にももっと楽しい行事イベントがあればいいのに、と漠然と感じていたから、思いつき、とまでは言えないかもしれない。
 もともと、グラディウス一族は決まった宗教を持ってはおらず、自然、とか、地母神、的なものへの尊崇がある程度だ。宗教にかかわる行事がまず、ほとんどない。ほとんど、というのはわずかばかりはあるからだが、宗教と呼べるものではなく、もっと素朴なもの──それこそ、月照祭とか、収穫祭とか、夏至祭とか──がいいところ、あとは地方ごとに多少の独特な信仰があってその記念日があるくらい。何かもっとあってもいいのではないかと感じていたのだ。

 (何かしら記念日があったほうが経済も活発になるしね)

 この考え方は、リヴェアも為政者の一人としてふさわしいものだったかもしれないが、とにかくリヴェアは「気持ちを伝える日」が欲しい、なければ作ろう、と思い立ったのだった。

 それが、一週間ほど前のことである。

***

 もうちょっと前もって思いついていたら、周囲を巻き込んで城の一大行事イベントにしたのだが、まあそれは来年からでもよい。とりあえず自分がまずお試しで、と、リヴェアは素早く考えをまとめた。

 ちょいと珍しいお菓子を作ろう。そもそもカカオってこちらの世界にあるのだろうか。
 それに厨房の全面的な協力はもちろんのことだけれど、第一に。

 ──まず、‘影’を呼び出さなくてはならない。

 内緒、これは重要。
 愛する妻のすみずみまで、時間にすれば一分一秒も共有したがる夫たちに内緒ごとをするのは至難の業だが、何とか頑張りたい。サプライズは行事イベント成功にあたり重要なエッセンスである。そのためにはまず‘影’を抑えておかないと。

 天井裏へ指笛を鳴らし、張り付いていた中堅どころの‘影’に命じて、なんと‘影・一番’を直接、部屋へ呼び出した。

 実際に老境にさしかかっているのか老成しているだけなのか、年齢不詳でおまけに表情に乏しい彼は、グラディウス一族、というよりオルギールに個人的な忠誠を誓っている。
 実際にそのようなこと聞いたわけではないが、結婚に伴い‘影’の主だった者たちに引き合わされたリヴェアからすれば、お見通しである。だからその後、リヴェアはオルギールを出し抜きたいときはこの男を呼び出すことにしている(ただし、せっかく‘影’への根回しが成功しても、まずたいていはオルギールを出し抜くことはできたためしがないのだが、リヴェアはへこたれなかった)。

 やってきた男へ、リヴェアはバレンタインの意義と目的を解説し、協力を要請した。
 否、要請というより命令である。

 「内緒にしておいてほしいの。夫たちへ」
 「……」
 「内緒でお菓子を作ってあげるの。びっくりさせたいし、喜んでもらいたいの」
 「……恐れながら御方様。かたがたは御方様のお手作りであれば内緒ではなくともじゅうぶんお喜びかと」
 「わかってるわそんなこと。無粋な人ね」

 感情の読めぬ声で、しかしはっきりと‘一番’は異を唱えたが、自分の思い付きに舞い上がっているリヴェアはばっさりと切り捨てた。

 「いい?私が厨房へこもっても、こそこそしても素知らぬフリをすること。どうしてもと聞きほじられたら仕方ない。はっきり言っていいわ。私に口留めされている、って」
 「……」
 「よろしくね。びっくりも重要なの!盛り上がるでしょ」
 
 リヴェアはにこにこした。
 御方様からの贈り物。それもお手作りの。ご夫君たちが盛り上がり過ぎて御方様のお身体は大丈夫だろうか、そこはわかっておられるのかなと彼は考えたが、返事の代わりに恭しく首を垂れた。下種の勘繰りというものである。

 腕は立つ、情報室長としても有能。
 しかしなんとも無邪気な御方よ、と独り言ちつつ、ご機嫌なリヴェアに手まで振られながら男は壁の中へと姿を消した。

 さて、厨房へ行ってきますか。
 リヴェアはひょいと立ち上がった。

 ちなみに侍女たちは何の問題もない。
 彼女たちはリヴェアへ崇拝と言ってもよいほどの忠誠を捧げているから「お願いね」と一言いいさえすればそれでよかった。

 言うまでもないが、親衛隊も問題はない。
 リヴェア命のアルフ・ド・リリー隊長を呼び出し、「お願いね、アルフにもあげるから協力して」などと言ったものだから彼は明らかに有頂天になり、「なんだって協力致します」と請け合った。
 「お願いね」と言われた時点で何でもする気だったが、「あなたにもあげる」などと言われたら、彼はどんな無理難題でも聞いただろう。

 衣装室へ行き、今着ている上質のデイ・ドレスを脱いで、目立たない男装に着替える。派手ないでたちでものものしく慰問にゆくのではない。作業をしにゆくのだ。エプロンをしたまま歩くととてつもなく目立つだろうからそれは手に持った。

 厨房長は一人、副長は二名いるとわかっている。確か、厨房長はなかなかプライドの高い御仁だったはず。呼び立てるのも申し訳ないと、リヴェアはたいへんフットワーク軽く、アルフだけを連れて前触れなしにエヴァンジェリスタ城の厨房へと足を運んだ。
 場所と食材の提供を依頼し、レシピの相談をするのだ。

***

 御方様の突然の来訪に厨房はいったん大騒ぎとなりかけたが、人たらしのリヴェアが「私のわがままで少し協力を頼みたいことがある。どうか皆はそのまま作業を」と頭を下げ、気さくに笑いかけたためにたちまちその場は鎮静化した。気難し気な厨房長も、美食家で、常々目新しいメニューのヒントをくれる御方様には実はめっぽう弱い。まだ若い副長二人は言わずもがな。美貌の御方様をチラ見しては頬を赤くしている。

 「──ちょこれいと、と申す食品は存じ上げませんが」

 厨房長は唸りつつも、その表情は柔らかい。
 御方様のご期待には出来る限り沿いたいと思うし、また沿えるかもしれないと心当たりがある。

 「その食品に使えそうなものはございますぞ。とある植物の実でございますが、苦く、黒く、どろどろとしていて、確か現地の者は活力を生む飲料としているはずです」
 「それよ!」

 リヴェアは身を乗り出した。
 そのまんまショコラトルではないか!?チョコレートになる前段階の。

 「なんていう植物?」
 「テオブロム、と申しましたか」
 「ビンゴ!」

 テオブロム。微妙に語尾は異なるがカカオの実の学名は元いた世界ではテオブロマ。常々、こちらの世界の言葉は元の世界のラテン語に奇妙なほど似通っていると思っていたが、ほぼその通りのようだ。

 それカカオがあれば怖いものはない。
 あまい、なめらかなチョコレートを妄想してリヴェアはうっとりとし、副長二人はその姿を目にしてさらにうっとりとしたのだが。

 「──現地の者、って言ったわね?」

 リヴェアは我に返って厳しい声を発した。
 背筋を伸ばし、目を細める。とたんに、デレデレしていた副長二人もあわてて姿勢を正す。
 厨房長のみが、「表情豊かなかわいらしい方だな、御方様は」と厳めしい顔つきのまま考えている。

 「ここから遠いの?」
 「遠いですな」
 「……じゃあ、すぐには手に入らないのね」
 
 リヴェアはがっくりと肩を落とした。
 
 「もっとはやく思いつけばよかった……」
 「いや、御方様ご心配めさるな」

 厨房長はあせったように腰を浮かせて言った。
 うきうきとご機嫌だったリヴェアの落胆ぶりときたら、こちらまで胸がつぶれそうだ。
 背後に立つリリー隊長も気の毒そうに眉をひそめている。

 「薬効可能性ありとして、豆状にまでされたものがいくらかは保管されているはずですぞ」
 「ほんとう?……数粒じゃ、だめなのよ?」
 「もちろん、穀物袋分くらいはありましょう」
 
 珍しいものでしたゆえ、城に取り寄せられた時に拝見したことがあります、と厨房長は太鼓判を押した。

 「よかったですね、御方様」
 「どのようなものをお考えで?お手伝い致しますよ」
 「ありがと!ぜひお願いね。お菓子革命を起こしてみせるわ!」
 
 リヴェアはたちまち元気を取り戻し、鼻息荒く叫んだ。

 アルフの表情は微妙である。副長二人とも、馴れ馴れしくないか?
 あとでこいつらには節度をわきまえるよう釘を刺しておかねば。
 彼自身、リヴェアへの態度についてしばしばオルギールから指摘を受ける身だが、そんなことは棚に上げ、アルフは鋭い目で副長二名を睨みつけて、とりあえず二人の軽口を黙らせた。
 
 「じゃあ厨房長。早速そのテオブロム、出して頂ける?」
 「いや、御方様、少々問題が」

 いそいそと立ち上がり、なんなら今すぐにでも持参したエプロンを身に着けようとしたリヴェアを、厨房長は慌てて遮った。
 
 「問題って、なに」
 「──ここにはございませぬ。あれは、食料と見做されてはおりませぬゆえ」
 「……?」
 「薬効を目的に取り寄せられましたので。……薬剤開発の責任者の管理下にございます」
 「責任者、って……」
 
 自然と、声が低くなる。
 もうわかったような気がするが、念のため聞かねばならない。

 「薬剤、開発の。……誰?」
 「ヘデラ侯閣下にございます」
 
 ──万事休す。
 というより、やっぱり夫たちに内緒で作るのは無理なんだろうか?

 リヴェアはエプロンを握りしめたままため息を吐いた。
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