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異世界バレンタイン!~御方様、チョコレート作りを思いつく~ 2.

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 「──なあ、お姫様」

 厨房からの帰り道。
 とぼとぼと肩を落として歩く私に、アルフは遠慮がちに声をかけた。

 「なに、アルフ」

 一応、返事だけはしてみる。
 がっくりしているだけだ。別に無視をするつもりはない。
 テンションが上がって上がってガーンと下がって、なんだか疲れた。
  
 チョコレート作りを思いついた!
 ↓
 カカオの実(らしいもの)が異世界にもあった!
 ↓
 ……でもオルギールの管理下だった

 計画性なく、かつ子供のようにテンションが乱高下する自分が我ながらイヤになる。
 お部屋へ戻ってお茶でもしようかな、と小さくため息を吐くと、「なあ、リア」と、密やかに、もう一度アルフは私を呼んだ。

 瞬間的に、思考が冴える。いい方向に。
 
 ──「リヴェア」のはじめと最後をとって「リア」。ウルブスフェルで一緒に町歩きをしたとき、身元がばれないように「リアって呼んで」と私が言い、それからというもの私とアルフ、二人きりのときの呼び方になった。
 お姫様、よりももっと親しく、くだけた呼び方。
 楽しく雑談をするとき。誰にも聞かれる恐れのないとき。
 ごくごくわずかな機会に、彼は私を「リア」と呼ぶ。
 そう呼ばれるたびに、下手をすればただそれだけで、私は嬉しくなってしまう。
 心が浮き立つ。ほっこりする。
 恋人や、夫に呼ばれるのとは全く異なる。
 ──たぶん、対等な関係の名残。なつかしさ。
 アルフだって私に剣を捧げているし、部下だし、元の世界の傭兵仲間みたいに本当の対等ではないのかもしれないけれど、でも十分その残滓を感じることのできるざっくばらんな響き。
 
 単純な私はアルフの「リア」呼びだけで、元気百倍とまではいかないが、十倍くらいにはなって、にっこりした。

 「うん、アルフ、なあに?」

 うなだれていた私がにっこり顔で振り向くとは思っていなかったのだろう。
 アルフは「リア、それ、反則」と訳の分からないことを呟きつつ、「ちょっと思いついたんだが」と続けた。

 「リアは公爵夫人、身分からいったらヘデラ侯閣下より上だろ」
 「身分だけはね」

 私は強調した。
 確かに、三公爵の妻となった私は身分だけは公爵と同等だから、オルギールよりは上だ。
 けれどオルギールの輝かしい実績、実力。
 私がその上を行くなどと、到底思ってはいない。

 「ま、そう言いたくなるのもわかるけどさ、かといって誰もリアを侮ったりしないだろ」

 アルフは苦笑しつつ言った。
 
 「一度、その貯蔵庫へ行ってみるってのはどうだ?責任者ヘデラ侯不在は承知しているが、どうしても急ぎ確認したいものがある、夫の帰城を待てない、開けてもらえないか、って」
 「うーん」
 
 思わず、うなってしまった。
 ずいぶんアルフは楽観的だ。
 オルギールの指示、指導が徹底している部署なんて、私が何をどう頼んだって頼み事を聞いてくれるはずはなさそうな気がする。
 表だって侮られたことなど一度もないが、それは私がふだん軍関係者、または諜報員とメインに接しているからだ。この分野なら、私は実力で十分彼らの上に立つことができる。その自負がある。
 けれど、医学、薬学方面となればお手上げだ。
 サバイバル術の一環として、ある程度の薬草の知識はあるのだけれど、とてもとても医師でありかつ薬剤開発者でもあるオルギールに太刀打ちできるはずはないし、太刀打ちどころか、医師、薬師たちを従えることなんてできない。
 私は上下関係、命令系統というものはシビアに考えるべきと思っている。
 薬草、薬剤の素材貯蔵庫はさぞかし厳重に管理されていることだろう。そんなところへ、公爵夫人でござい、とばかりに威張って押しかけても。

 「丁重に追っ払われるような気がするの」
 「それはないな」

 気弱な私の発言を、アルフはあっさり否定した。

 「リアはさ、自分の立場と身分をわかってないと思う」
 「わかってるつもりだけれど」

 わかっているからこそ、その力の及ばない部分も理解できる。

 「あのオルギールの管理下にある組織に、公爵夫人がなんたらかんたら言ったって。公爵夫人?何それ美味しいの、って感じよ、きっと」
 「はっ、面白いな、それ」

 アルフはあははと声をあげて笑った。
 笑いながら、長い黒髪をさらりとゆらして、私を斜めに見下ろした。
 柔らかく細められた紅玉の目。優しい眼差し。
 鈍感な私にもわかる。気づかされる。まるで恋人に向けるような視線。

 「アルフはお気楽に言うけれどね。間違いないって」

 決して慣れることは無いだろうそれに気づかないフリをして、私はあえて素っ気なく言った。

 「いいや、間違ってるね、リア」

 優しい、からかうような響きを帯びたアルフの声だけれど、珍しく今日は引き下がろうとしない。

 「とりあえず行ってみよう、リア。俺は今を時めく公爵夫人を倉庫番ごときが追っ払うはずがないと断言できる」
 「私は、追っ払われると思う。もし私の管理下にあるところにナイショで通してくれ、なんて誰かに言われてほいほい通す部下が居たら、私は叱ると思う」
 「誰か、じゃないだろ。公爵夫人様だろ。とにかくリアはまじめ過ぎ」
 「あなたが楽観的過ぎなの」

 軽口を叩きあっている間に、私のわずかに前を先導する形で歩いていたアルフに、うまいこと誘導されていたらしい。
 居住域へ戻るのではなく、厨房からさほど遠くはない医局を通過し、もう一つ角を曲がったその先はもう目的地。素材貯蔵庫である。

 実用一点張りの鉄扉には巨大な閂がかけてあって、その大きさだけ見ても私を怯ませるには十分だというのに、なんとその扉一つに五人もの兵士がへばりついている。
 毒草はまた別のところに保管しているそうだが、調合次第で毒薬ともなりうる素材貯蔵庫はたいへん厳重に警備されていて、本来なら、頼もしいこと、と褒めて遣わすべきかもしれないが。

 「……すっごい物々しいのね」

 これは無理かもしれない、と弱気な小声で私は感想を述べた。
 先を行くアルフは気に留める様子はない。
 まあな、とだけ応じて、すたすたと全く歩調を緩めず扉に近づき、

 「とりあえず頼んでみようぜ。頑張れ、御方様」

 お気楽に言って肩越しに片目をつぶって見せる。
 私に美貌の夫たちがいなかったら、間違いなく一発でよろめくであろう破壊力抜群のウィンクだ。
 ご婦人、ご令嬢方は十人いたらほぼ十人、陥落するかもしれない。

 元タラシの本領発揮と言うべきそれに勇気づけられたわけではないけれど、さっきまで怯んでいた私もとりあえず「当たって砕けろ」という気になって、

 「皆、お役目ご苦労様」

 まずはたいそう朗らかに兵士達をねぎらいつつ、厳めしい兵士達に向けて、私はとっておきの笑みを浮かべてみせた。
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