溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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そしてそれは封印された。~姫将軍の熱血指導~2.

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 エヴァンジェリスタ城の一角、リヴェアが設計の陣頭指揮を執って作らせた体術専用の鍛錬場。
 「神事!」と称して、香木を炊いたり縄で結界を張ったり塩を盛ったり、リヴェアによる謎の儀式がおわったのが一週間前。
 だから、この鍛錬場でリヴェアお得意の体術指導が始まってから一週間経過した、その日の午後のこと。


******


 ──膨大な量の書類仕事に早朝からとりかかり、昼休憩を挟んであと少しで日没、という頃。
 エヴァンジェリスタ公・レオンは、ようやく先が見えた決裁書類の束を一つだけ残して、親衛隊のみを従え気分転換に出かけていた。

 気分転換イコール愛しいリヴェアの顔を見る。一択である。
 いつだって食べてしまいたいほど可愛い妻の雄姿を眺めて(ついでにかぐわしい匂いを嗅いでくちづけのひとつでもして)、あとひと踏ん張りしようと考えたのだ。
  
 ちょっと出てくる、とごく簡単に言って、レオンは執務室を後にした。
 二人の副官はとても複雑な顔でそれを見送っている。
 むろん、引き留めるような愚を犯すことはなく、丁重に頭を下げながら、だが。

 出て何をするか、など聞くだけ野暮というもの。溺愛するリヴェア様の顔を見たいのはわかる。主張の激しい四人もの夫が共有する「御方様おかたさま」。ちょっとでも時間ができれば御方様のご機嫌伺いをしたい気持ちは理解する。問題は顔を見に行ったあと、公爵閣下がしばしば勝手にその後の予定を変更してしまわれることにある。変更というか、早い話が、戻ってこない。おそらくは(御方様の言を借りれば、公爵様ったらいつも訳の分からない理由で盛り上がっていまうのよ)、寝室へ籠ってしまわれる。そして、「あとはお前たちやっておけ」とおざなりな伝言が届き、彼らの残業が決定するのだ。時間をかければ彼らだけでやれる仕事だけが残されていて、「閣下がおられないとできません」と泣きつくこともできない状況にしてあるのは、さすがは有能な公爵閣下と言うべきか。


 ──一方、ヘデラ城である。
 オルギール・ヘデラ・ド・カルナック侯爵はその日のデスクワークを無事に完了し、‘影’からの報告を受けていた。
 緊急でもなんでもない通常報告のみなので、‘影’一番ひとりが恭しく彼の主の前に跪いている。
 その報告も終盤にさしかかり、「なんでもよい、他にお前が気付いたことがあれば述べよ」と最後に声をかけられて、‘影’一番は一瞬首を傾げた後、

 「……そういえば御方様のことですが」

 ‘影’は淡々と切り出した。
 
 「妻がどうかしたか」
 
 いささか食い気味の、電光石火の応答である。

 「何かあったのか?懸念するようなことでも?」
 「いえ、そのような深刻なものではなく」

 矢継ぎ早に問われ、‘影’の筆頭である壮年の男の応じる声は心なしか柔らいだようだ。
 オルギールを幼少の頃から知る‘影’一番にとっては、眼前の主からこのような反応を引き出せる女性、「妻」と呼ぶ女性が現れるとは思っても見なかっただけに感無量であった。

 「近頃の御方様の親衛隊からの噂話でございますよ」
 「それが、どうしたのだ」
 
 早く言うがよい、と小声でオルギールは続けた。
 家族というものに縁の薄かった彼にとって、この‘影’一番は親に最も近い存在だったから、無表情な彼なりにこの男の前では感情を露わにする。
 まあ、十人いたらほぼほぼ十人、表情筋の動きなどはわからないレベルだが。

 「……エヴァンジェリスタ城内に、御方様の設計された鍛錬場ができましたそうで」
 「一週間前だったか」
 「御方様はたいそうお喜びになり、早速親衛隊員へじきじきに体術のご指導を開始なされたと」
 「聞いている」

 オルギールは短く相槌を打った。

 「それで?」
 「隊員一同、浮足立っているとのことですよ。御方様の神技に驚かされるのはもちろん、それはもうご指導されるそうで」
 「……」
 「直截に申せば。……男共にとっては体術だけではなく精神の鍛練ともなっておるそうですな。平静を保たんとするために」

 ‘影’はその役目上、主同様に喜怒哀楽をおもてに出さないが、それだけにその発言は「くだらない」と一刀両断できないインパクトがあった。

 オルギールは眉一筋動かさないが、紫の瞳を冴え冴えと光らせている。 

 妻の不思議な体術、神技と思われるほどの武術の数々は知っている。
 そして、妻はみずからが得手とするものを惜しげもなく教えよう、伝授しようとしていることも。
 面白くない、と常々思っていたが、「お前の束縛は異常だ」「嫌われるぞ」と三公爵から口々に言われ、不遜なオルギールにしては珍しく「仕事に関してだけはうるさく言うのはやめよう」と心がけていたのだが(リヴェアに言わせれば夫たちの束縛っぷりは全員似たり寄ったりである)、‘影’一番からの報告とあれば看過するわけにゆかない。

 そもそも、体術の訓練をしているとは聞かされていたが、そんな不届きな話になっているとは。

 「噂は、以上か」
 「ガストン・ニジェールと申す者が最もねっしんに御方様の教えを乞うているそうですよ」
 「わかった。もう下がってよい」

 ‘影’は深く一礼し、音もなく後ずさって壁の中に消えた。
 ほんのわずか、厳めしいその顔に笑みらしきものを浮かべながら。
 ガストンへの讒言ともとられかねない話であったが、彼の主は自身の目で確認せずに動くことなどないことを知っている。
 その証拠に、‘影’が消えるのとほぼ同時にオルギールは部屋を出ていった。
 目的地は、知れたことだ。
 
 
****** 


 城の内廊下に面した部分は総ガラス張り。訓練風景を外からも見学できるようになっている。
 中には明かり取りの天窓がある。武芸においては型のチェックも重要だ、と力説するリヴェアの意向を汲んで、壁面のそこかしこに鏡を巡らせてあって、(なんだかバレエ教室みたいになっちゃったかも)とリヴェアは内心考えつつも、おおむね満足している。
 床はささくれ一つないように磨き上げられた板張り。その下には幾重にも緩衝材を敷き詰めあって、通気性も衝撃吸収性にも優れ、なによりからだにもアタリが優しい。

 エヴァンジェリスタ公爵閣下が鍛錬場前の廊下に差し掛かったころ、ガラス張りで鍛錬場の中が見えるはずのそこには人だかり──もとい、リヴェアの護衛達がぎっしりと群がっていて、異様な雰囲気に包まれていた。

 おかしい。
 リヴェアの親衛隊は半数は鍛錬場内。半数は室外で警護。そして、警護組はガラス窓には背を向けているべきだ。見物客ではないのだから。
 なのになぜこんなにも押し合いへし合い、中を覗いている?

 レオンの眉間にぴしりと深い縦しわが寄った。

 おい、と声をかけようとしたその時、一瞬早く反応したリヴェアの親衛隊の一人が飛び上がって姿勢を正した。

 「……閣下!」
 
 とたんに、親衛隊たちはぼろぼろとガラス窓から剥がれ落ち、日頃の訓練の賜物か、見事な速さで整列して見せる。

 「──お疲れ様でございます、閣下」

 カツン、と踵を鳴らし、丁重に敬礼をしながら、親衛隊員を代表してベニートは言った。
 
 秀麗な眉をひそめて金色の瞳を向けるエヴァンジェリスタ公爵の迫力ときたら半端ない。
 親衛隊員の中でもことに冷静沈着と評される彼ではあるが、気圧されぬよう腹に力を入れてこのあとの展開に備えた。

 「勤め、ご苦労といいたいが」

 レオンは鍛錬場へ向けてかるく顎をしゃくって見せて、

 「どういうことだ」
 
 と、言った。

 「場外にて姫将軍の警護にあたっております」

 ベニートはいたって事務的に応じたが、エヴァンジェリスタ公は鼻で笑って、

 「本来は、だな。……というより、警護をそっちのけにして場内の見物をしていたようだが?」

 「はっ……」

 ベニート以下、隊員一同深く頭を垂れた。
 見られたのならしかたがない。というより、「見物していた」だけでこれだ。中の隊員たちはまずいのではないか。を見られたら。

 ──まったく、ご多忙な公爵様がなぜいきなり出没なさるのだ、と不敬にもベニートは毒づいたが、別に珍しいことではない、とすぐに思い出した。常日頃から、御方様の御夫君たちはスキマ時間ができるとは妻の顔を見に来るのだった。

 「……御方様の武術、ご指導は素晴らしく、目を奪われてしまい」
  
 本当のことである。よそ見をしていたことはあえて否定せず、ベニートは公爵の愛妻を持ち上げてみた。

 「外でこうして控える我らも早くご指導頂きたいものとついつい気が逸り……」
 「御託はよい。というよりそのようなこと今さら言うまでもない。あいつの武術が神がかり的なのはわかりきっている」
 
 レオンは平然と惚気つつ、ベニートの調子のよい台詞を受け流した。

 「それよりもそこをどけ。通せ」
 「はっ」

 ……多少、時間稼ぎをしてやりたかったがここまでか。

 ベニートの上司兼友人、アルフ・ド・リリー隊長に脳内で語りかけつつ、彼はゆっくりと顔を上げ、引き下がって丁重に公爵を通した。

 その背中を見送って、「しかし公爵閣下は間がいいというか悪いというか」と嘆息していると。

 「──ベニート」

 涼やかなテノールで名を呼ばれ、彼はもう一度ちいさく息を吐いて振り返った。
 やはり、「この方も間がいいというか悪いというか」とぼやきたくもなる。
 来るかなあ、今来るとまずいなあ、と言うときに出現するのだ。

 「ヘデラ侯閣下」
 「警備は、隊員の半数のようだな」

 丁重なベニートの礼に微かな頷きを返して、オルギールは言った。

 「……残る半数は、訓練中か」
 「仰せのとおりにございます」
 「リヴェア様がみずから指導を?」

 そらきた!とベニートは頭を下げつつ隣の隊員と目を見交わす。

 「御方様じきじきのご指導にて。大変恐れ多く、ありがたいものと一同感じ入っております」
 「ガストン・ニジェールは中か」
 
 オルギールの直球を受けて、ベニートは硬直した。当然、他の隊員たちも然り。

 もうそこまで知られてるのか!?
 ヤバいぜあいつ!

 「……は。本日は中に」

 正確には本日「は」ではない。本日「も」だ。
 ガストンは何を考えたのかリヴェアの教える体術をいたく気に入り、一日交替であるべき訓練と警備を「当分、訓練にまわしてくれ」と同僚に頼んで毎日のようにリヴェアに教えを乞うている。
 積極的に、それこそ「遠慮なく」リヴェアの指導を受けたがる彼に、リヴェアもそれは嬉しそうに真摯に向き合っているのだが。

 見ようによってはまずいんじゃないかな、と思う程度に接触が多い。
 トゥーラ姫教の信者、ともいうべきミゲル・トレド隊員が物申すほどに。
 (ちなみに若いミゲルの弾劾をガストンは笑って聞き流し、だったらお前もやってみろと言い放った)
 親衛隊隊長たるアルフも当然指摘した。
 (御方様の腹心である隊長殿が率先して指導を受けられるべきでは、逆に開き直った)

 そんなこんなで訓練が始まってわずか一週間だが、どうにも隊員たちは落ち着かない。
 訓練そのものは素晴らしく実用的だし、実践に役立つものばかり。そこは疑う余地はないので結局誰も無碍に中止を進言する者もなく続いている。

 そこへエヴァンジェリスタ公とヘデラ侯の登場である。
 何事もなく終わるとは思えない。
 ガストンは自業自得だが、ベニートの友人リリー隊長には必ずとばっちりが来る。誰に対しても公正なはずのヘデラ侯だが、隊長にだけは間違いなく風当たりが強い、と衆目の一致するところだ。何かしらの攻撃を受けるだろう。
 さらに、御方様。どれほど夫たちに注意をされても、無自覚・無防備で何やら問題を起こし、夫たちに嫉妬されて寝所の住人になられるのだ。

 「──引き続き、ここで警備にあたるように」

 ベニートの心配をよそに、オルギールは優雅な足取りで彼の側方を通過し、くだんの鍛錬場へと入っていった。
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