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お祭り騒ぎのその果てに 2.
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落ち着け、落ち着け。
ベニートは口を引き結び、脳内で呪文のように繰り返した。
女たちから声をかけられたのはほんの一瞬。
さほど遠くへ離れ離れになったわけではないはずだ。
そう念じてはみたものの、ごったがえす人々の中に彼女らしき人影はない。
目に付いた路地、いくつかに飛び込んでみたが姿はない。
(もしもはぐれたらね)
うきうきと街へ繰り出しながら、リヴェアが謳うように言った言葉を思い出す。
そうだ。
互いにはぐれたら困るから、合流地点を決めていたのだった。
(一の塔の前の広場、ね)
そう、一の塔。
リヴェアは確かにそう言った。
塔の都、とも呼ばれるアルバにはその名の通り大小の塔が立っているが、「一の塔」とは最も高く、古く、正確に時を刻む時計台を兼ねている美しい塔だ。
その前の広場は最も繁華な広場の一つであるから、広場に着いたところですぐにリヴェアを発見するのは至難の業かもしれない。
あのお方、もしや「うっかりはぐれる」こと前提だったのでは。
美しく可愛らしいのはさておき、リヴェアは腕っぷしに自信があるわけだし、街歩きへの執着ぶりからしてその可能性はありうるな、とベニートは先ほどよりは冷静さを取り戻した頭で考えた。
はぐれたところからさほどの距離はない。このまま行けば大通りをまっすぐ三区画行って左。次を右。一区画が広いとはいえ、あっという間に到着する。
もしかすると、豪胆なリヴェアははぐれたのを幸い、あちこちふらふら寄り道をする可能性があるかもしれない、と考えたが、だからといって自分も遊び惚ける気には当然のことなるはずはない。
急に血相を変えた彼にしつこく言い寄る女はもういない。
彼は小走りのまま、それでも左右に目を走らせて、消えた護衛対象を探しつつ、一の塔へと向かった。
******
さて、時間はわずかに遡り、リヴェアがハチミツ漬けの桃にうっとりしながら、三口目に取り掛かろうとした頃。
あら、ベニートったら逆ナンされてる。そこそこカッコいいからね。
釣りを受け取る彼の後ろ姿を眺めながら大口を開けてかぶりついたその瞬間、リヴェアは素早く頭を下げ、ひとびとの肩よりも低く身を屈めると、その体勢のまま最寄りの路地へ入った。
路地にもしゃれた店が立ち並んでいて、趣向を凝らした扉が解放されている。たまたまなのか、人気はない。リヴェアは瞬時にそのうちのひとつを選び、開いた扉と壁の隙間に身を寄せた。
紙皿に載せた食べかけの桃はまだ大切に持っている。よほどのことでなければ捨てる気にはならないし、今はそこまでの緊急性を感じない。
「……動くな」
一人だけ、路地へ紛れ込んできた男の背後に回り、いつの間にか構えた匕首を男の腰に突きつける。
一瞬、男はちいさく息をのんだがまったく無駄声を上げることはない。
なかなかの根性だなと考えながら、リヴェアはゆっくりと壁際へ誘導する。
傍から見れば、女が男に後ろからへばりつき、耳元で誘っているようにしか見えない。
よく見ると左手に桃を持ったままではあるので、珍妙な光景ではあるが。
「お前、なんの用?誰の指示?」
「……」
耳元で、端的にリヴェアは言った。
「ずっとつけてきたわよね、あと二人くらいと」
言いなさい、と有無を言わせぬ口調で続け、匕首の刃先を滑らせて男の着衣をわずかに裂いた。
冷たい刃先を素肌にあて、こちらの本気度をわからせるつもりで。
「お許しを、リヴェア様」
ややあって呻くように漏れた言葉は、意外にも許しを請うものだった。
当然、それだけで解放はしない。黙って刃先をもう一度動かし、先を促す。
「我らは……‘影’」
「何?」
「‘影’に属する者。……本日も、リヴェア様をお守りせんとて恐れながら離れて警護を」
リヴェアは柳眉を寄せた。
本当なら初めからお忍びではなかったことになる。
「証拠は?」
「……どうか、我の胸元を」
‘影’たちは全員、同じ意匠の首飾りを身に着けている。
グラディウスお抱えの細工師しか作れない凝ったもので、開けると持ち主の番号が刻まれている。
‘影’たちは役目上は名を持たず、すべて番号で呼ばれているのだ。
情報室長となってからそれらの説明を受け、実物も目にしていたから、リヴェアはちょっと迷ってやっぱり捨てられず左手の桃を男に持たせ、空いた手で男の言うまま首飾りを引きずり出した。
「‘しるし’もご覧になりますか?」
「……もう見たからいいわ」
極小の入れ墨が首筋に施されていて、首飾りの番号と一致させることになっている。
‘影’と聞いてすぐ、男の首筋を確認済だ。
「……お楽しみのところを申し訳ございません」
跪こうとした男を制止して、リヴェアはゆっくり歩いてその路地を抜けた。
「まったくもってその通りだけれど」
取り返した桃を咀嚼しながらリヴェアは大きく頷く。
ああ美味しかった、と空の紙皿を街角のごみ入れに投げ込む。
そして無表情にその様子を見守る男を一瞥し、
「尾行するなら上手くやりなさいよ。私、いつも言ってるでしょう?」
「面目次第もございません」
男はあくまでも低姿勢である。
リヴェアの尾行術、尾行をするのも撒くのも神がかり的なのは彼も知っていたが、これほどの祭りの雑踏の中でも感づかれていたとは、恐れ入りましたと言う他ないのだろう。
「それで?私の街歩き、どこからバレてたの?」
「……初めから」
男、‘影’の序列で言えば三十五番はあっさりと言った。
なにそれ感じ悪い、と声をあげるリヴェアに同情したわけではなかろうが、
「と申しますより、護衛対象のリヴェア様が城内から姿を消された。そのことによって逆説的に街へ出られたものと判断しまして」
「お城の敷地内へ息抜きに行った、とかそういう考えになぜならないの」
「ただいまは月照祭」
口を尖らせて不平を露わにするリヴェアに向けられた「三十五番」の瞳は穏やかなものだった。
「街歩きをなさりたいとかねてよりくりかえし仰せなのは仲間内で有名でございましたゆえ」
「だから祭りに行ったと?」
「……最も繁華な通りに配されておりました我らに、それらしき方が来られたら警護せよと」
「誰の命令で?」
「‘一番’でございます」
「オルギールじゃなくて?」
「本件はまだヘデラ侯には報告致しておりません」
「……なるほど」
リヴェアは胸をなでおろした。
まだ公爵様方やオルギールにこのことがばれていないなら、もうしばらく遊んでもいいのではないか、と思い直す。
ギルド長とキアーラの凄惨な公開処刑からというもの、フラーデク王国の間者と思しき者たちがすっかり鳴りを潜めたのだ。
油断してはならないが、以前ほど神経質になるほどの脅威ではない。いま、は。
そう聞かされている。情報室長としての自分が耳にする限り、現在の警戒レベルは少々下がっているらしい。
「ね、あなた」
「何なりと。姫君」
「離れてこのままついてきて。それならいいでしょう?」
だから城には報告するなと続けて口にした。
「あなたがたの立場もあるでしょうし、護衛ならまあ仕方がない。他の連中とも連絡をとって、私の目につかないようについてきて」
「……」
「たぶん、ベニートが肝を冷やしてるわ。私ははぐれたらここで、っていう合流地点へこのままゆくから」
「それはどちらで?」
「一の塔の広場よ」
あそこは一際ごったがえしているはずだ。会えるのだろうかと‘三十五番’が首を傾げたその一瞬の隙に、
「じゃね!よろしく!」
快活な一声とともに、リヴェアはすいとまた違う路地へと飛び込んでいった。
ついてきて、とは言ったものの、「ついてこられるならついてこい」という意味なのだろう。
男、‘三十五番’は無表情に見えるその口元に苦笑めいたものを浮かべ、仲間と合流するべく歩を進めた。
******
……確かにここは凄い。すさまじく混雑している。
リヴェアは顎を外した。
壮麗な一の塔の広場は広大で、四角い広場を囲むように、無数に見える屋台があって、中心には何かしらの舞台が設けられ、既に大勢の観客が人垣を作っている。
椅子席もあるらしいが、なんと席料を取られるのだそうで、それをぐるぐると囲むのがタダ見の立ち見客とのこと。
後ろの席だったら立ち見のほうが得じゃない?と思わず独り言つと、
「そうでもないのさ。席料を払ったヤツは特典付きでね」
馴れ馴れしい、けれど人当たりの良さのほうが若干勝った声をかけられ、リヴェアは振り向いた。
薄い金色の短髪。緩いクセのある前髪から覗く瞳は薄い水色。
背の高い、やせ型の男で、祭りの晴れ着らしいものを身に着けた優男だが、なんとなく違和感を感じる。
なんの違和感だろう、と内心首を傾げつつ、「特典?」と思わず聞き返した。
「そう、特典。……お嬢さん、アルバは初めて?」
男は白い歯を見せて笑いかけた。
快活な、と言ってもよいなかなか爽やかな、十人の女性がいたら八割がたはほわんとなりそうな笑顔だったが、何しろ極上の美形に目が慣れているリヴェアからするとさほどの感動を覚えるものではない。
「アルバ、は初めてでもないけれど。……でも、お祭りは初めてかな」
リヴェアは正直に言った。
この程度なら、本当のことを言っておいたほうが後に続く会話が楽になる。
ベニートとはぐれた今、お祭りのあれこれを解説してくれる人物はいても悪くはない。
違和感は気になるけれども。
ひっそりと警戒心を解かないまま、しかしもろもろ誤解をさせない程度の微笑みを浮かべて、リヴェアは男を見上げた。
視線を合わせる。
男はわずかに目を見開き、そして再び破顔する。へえ、とつぶやく声がした。
「すごい美人だな、お嬢さん。……驚いた。まさか一人で祭りに?連れは?」
「はぐれたの」
「それ、男?」
「そうよ」
「ちぇ、そりゃ残念」
舌打ちしてみせながらも、男は陽気に言って目を細める。
「ここらの治安はいいけど、あなたみたいなお嬢さんが一人なのはさすがにまずいよ。連れと会えるまで一緒にいようか?」
「ありがとう、でも」
その申し出自体は悪くはないと思う。
思うのだが、色々立場上考えると断るべきだろう。……でもでも案内人は欲しいし。
リヴェアの逡巡はそのまま曖昧な言葉に変換された。
「そのうち、会えると思うから」
「そりゃそうかもしれないけど。この雑踏じゃあキツイよ」
男は笑って肩をすくめた。
「べつにここを動きたくないんならそれでいいよ。ヘタに動くよりはぐれたときは片方がじっとしてたほうが見つけやすいだろ?」
「まあね」
「それとも、どこか店を見たいなら用心棒がわりにご一緒するけどさ。でも」
男は爽やかに言っておどけたように眉を上げる。
「あなたきっと断るよね?」
……わかった、とリヴェアは思った。
この男の醸す違和感。
優男で爽やか好青年風なのに、目が笑っていないのだ。こちらの動静を、よく見ている。
どこの手の者?それともただの気のせい?
私が何者か、わかって声をかけている?
えーそんなこと言われてもー、と、優柔不断なお嬢さんのふりをしながら、リヴェアは頭を高速回転させた。
と、そこへ、
「お嬢さん!そこの、三つ編みのお嬢さん!!」
雑踏を縫って男が一人現れ、リヴェアの前に立ちふさがった。
ベニートは口を引き結び、脳内で呪文のように繰り返した。
女たちから声をかけられたのはほんの一瞬。
さほど遠くへ離れ離れになったわけではないはずだ。
そう念じてはみたものの、ごったがえす人々の中に彼女らしき人影はない。
目に付いた路地、いくつかに飛び込んでみたが姿はない。
(もしもはぐれたらね)
うきうきと街へ繰り出しながら、リヴェアが謳うように言った言葉を思い出す。
そうだ。
互いにはぐれたら困るから、合流地点を決めていたのだった。
(一の塔の前の広場、ね)
そう、一の塔。
リヴェアは確かにそう言った。
塔の都、とも呼ばれるアルバにはその名の通り大小の塔が立っているが、「一の塔」とは最も高く、古く、正確に時を刻む時計台を兼ねている美しい塔だ。
その前の広場は最も繁華な広場の一つであるから、広場に着いたところですぐにリヴェアを発見するのは至難の業かもしれない。
あのお方、もしや「うっかりはぐれる」こと前提だったのでは。
美しく可愛らしいのはさておき、リヴェアは腕っぷしに自信があるわけだし、街歩きへの執着ぶりからしてその可能性はありうるな、とベニートは先ほどよりは冷静さを取り戻した頭で考えた。
はぐれたところからさほどの距離はない。このまま行けば大通りをまっすぐ三区画行って左。次を右。一区画が広いとはいえ、あっという間に到着する。
もしかすると、豪胆なリヴェアははぐれたのを幸い、あちこちふらふら寄り道をする可能性があるかもしれない、と考えたが、だからといって自分も遊び惚ける気には当然のことなるはずはない。
急に血相を変えた彼にしつこく言い寄る女はもういない。
彼は小走りのまま、それでも左右に目を走らせて、消えた護衛対象を探しつつ、一の塔へと向かった。
******
さて、時間はわずかに遡り、リヴェアがハチミツ漬けの桃にうっとりしながら、三口目に取り掛かろうとした頃。
あら、ベニートったら逆ナンされてる。そこそこカッコいいからね。
釣りを受け取る彼の後ろ姿を眺めながら大口を開けてかぶりついたその瞬間、リヴェアは素早く頭を下げ、ひとびとの肩よりも低く身を屈めると、その体勢のまま最寄りの路地へ入った。
路地にもしゃれた店が立ち並んでいて、趣向を凝らした扉が解放されている。たまたまなのか、人気はない。リヴェアは瞬時にそのうちのひとつを選び、開いた扉と壁の隙間に身を寄せた。
紙皿に載せた食べかけの桃はまだ大切に持っている。よほどのことでなければ捨てる気にはならないし、今はそこまでの緊急性を感じない。
「……動くな」
一人だけ、路地へ紛れ込んできた男の背後に回り、いつの間にか構えた匕首を男の腰に突きつける。
一瞬、男はちいさく息をのんだがまったく無駄声を上げることはない。
なかなかの根性だなと考えながら、リヴェアはゆっくりと壁際へ誘導する。
傍から見れば、女が男に後ろからへばりつき、耳元で誘っているようにしか見えない。
よく見ると左手に桃を持ったままではあるので、珍妙な光景ではあるが。
「お前、なんの用?誰の指示?」
「……」
耳元で、端的にリヴェアは言った。
「ずっとつけてきたわよね、あと二人くらいと」
言いなさい、と有無を言わせぬ口調で続け、匕首の刃先を滑らせて男の着衣をわずかに裂いた。
冷たい刃先を素肌にあて、こちらの本気度をわからせるつもりで。
「お許しを、リヴェア様」
ややあって呻くように漏れた言葉は、意外にも許しを請うものだった。
当然、それだけで解放はしない。黙って刃先をもう一度動かし、先を促す。
「我らは……‘影’」
「何?」
「‘影’に属する者。……本日も、リヴェア様をお守りせんとて恐れながら離れて警護を」
リヴェアは柳眉を寄せた。
本当なら初めからお忍びではなかったことになる。
「証拠は?」
「……どうか、我の胸元を」
‘影’たちは全員、同じ意匠の首飾りを身に着けている。
グラディウスお抱えの細工師しか作れない凝ったもので、開けると持ち主の番号が刻まれている。
‘影’たちは役目上は名を持たず、すべて番号で呼ばれているのだ。
情報室長となってからそれらの説明を受け、実物も目にしていたから、リヴェアはちょっと迷ってやっぱり捨てられず左手の桃を男に持たせ、空いた手で男の言うまま首飾りを引きずり出した。
「‘しるし’もご覧になりますか?」
「……もう見たからいいわ」
極小の入れ墨が首筋に施されていて、首飾りの番号と一致させることになっている。
‘影’と聞いてすぐ、男の首筋を確認済だ。
「……お楽しみのところを申し訳ございません」
跪こうとした男を制止して、リヴェアはゆっくり歩いてその路地を抜けた。
「まったくもってその通りだけれど」
取り返した桃を咀嚼しながらリヴェアは大きく頷く。
ああ美味しかった、と空の紙皿を街角のごみ入れに投げ込む。
そして無表情にその様子を見守る男を一瞥し、
「尾行するなら上手くやりなさいよ。私、いつも言ってるでしょう?」
「面目次第もございません」
男はあくまでも低姿勢である。
リヴェアの尾行術、尾行をするのも撒くのも神がかり的なのは彼も知っていたが、これほどの祭りの雑踏の中でも感づかれていたとは、恐れ入りましたと言う他ないのだろう。
「それで?私の街歩き、どこからバレてたの?」
「……初めから」
男、‘影’の序列で言えば三十五番はあっさりと言った。
なにそれ感じ悪い、と声をあげるリヴェアに同情したわけではなかろうが、
「と申しますより、護衛対象のリヴェア様が城内から姿を消された。そのことによって逆説的に街へ出られたものと判断しまして」
「お城の敷地内へ息抜きに行った、とかそういう考えになぜならないの」
「ただいまは月照祭」
口を尖らせて不平を露わにするリヴェアに向けられた「三十五番」の瞳は穏やかなものだった。
「街歩きをなさりたいとかねてよりくりかえし仰せなのは仲間内で有名でございましたゆえ」
「だから祭りに行ったと?」
「……最も繁華な通りに配されておりました我らに、それらしき方が来られたら警護せよと」
「誰の命令で?」
「‘一番’でございます」
「オルギールじゃなくて?」
「本件はまだヘデラ侯には報告致しておりません」
「……なるほど」
リヴェアは胸をなでおろした。
まだ公爵様方やオルギールにこのことがばれていないなら、もうしばらく遊んでもいいのではないか、と思い直す。
ギルド長とキアーラの凄惨な公開処刑からというもの、フラーデク王国の間者と思しき者たちがすっかり鳴りを潜めたのだ。
油断してはならないが、以前ほど神経質になるほどの脅威ではない。いま、は。
そう聞かされている。情報室長としての自分が耳にする限り、現在の警戒レベルは少々下がっているらしい。
「ね、あなた」
「何なりと。姫君」
「離れてこのままついてきて。それならいいでしょう?」
だから城には報告するなと続けて口にした。
「あなたがたの立場もあるでしょうし、護衛ならまあ仕方がない。他の連中とも連絡をとって、私の目につかないようについてきて」
「……」
「たぶん、ベニートが肝を冷やしてるわ。私ははぐれたらここで、っていう合流地点へこのままゆくから」
「それはどちらで?」
「一の塔の広場よ」
あそこは一際ごったがえしているはずだ。会えるのだろうかと‘三十五番’が首を傾げたその一瞬の隙に、
「じゃね!よろしく!」
快活な一声とともに、リヴェアはすいとまた違う路地へと飛び込んでいった。
ついてきて、とは言ったものの、「ついてこられるならついてこい」という意味なのだろう。
男、‘三十五番’は無表情に見えるその口元に苦笑めいたものを浮かべ、仲間と合流するべく歩を進めた。
******
……確かにここは凄い。すさまじく混雑している。
リヴェアは顎を外した。
壮麗な一の塔の広場は広大で、四角い広場を囲むように、無数に見える屋台があって、中心には何かしらの舞台が設けられ、既に大勢の観客が人垣を作っている。
椅子席もあるらしいが、なんと席料を取られるのだそうで、それをぐるぐると囲むのがタダ見の立ち見客とのこと。
後ろの席だったら立ち見のほうが得じゃない?と思わず独り言つと、
「そうでもないのさ。席料を払ったヤツは特典付きでね」
馴れ馴れしい、けれど人当たりの良さのほうが若干勝った声をかけられ、リヴェアは振り向いた。
薄い金色の短髪。緩いクセのある前髪から覗く瞳は薄い水色。
背の高い、やせ型の男で、祭りの晴れ着らしいものを身に着けた優男だが、なんとなく違和感を感じる。
なんの違和感だろう、と内心首を傾げつつ、「特典?」と思わず聞き返した。
「そう、特典。……お嬢さん、アルバは初めて?」
男は白い歯を見せて笑いかけた。
快活な、と言ってもよいなかなか爽やかな、十人の女性がいたら八割がたはほわんとなりそうな笑顔だったが、何しろ極上の美形に目が慣れているリヴェアからするとさほどの感動を覚えるものではない。
「アルバ、は初めてでもないけれど。……でも、お祭りは初めてかな」
リヴェアは正直に言った。
この程度なら、本当のことを言っておいたほうが後に続く会話が楽になる。
ベニートとはぐれた今、お祭りのあれこれを解説してくれる人物はいても悪くはない。
違和感は気になるけれども。
ひっそりと警戒心を解かないまま、しかしもろもろ誤解をさせない程度の微笑みを浮かべて、リヴェアは男を見上げた。
視線を合わせる。
男はわずかに目を見開き、そして再び破顔する。へえ、とつぶやく声がした。
「すごい美人だな、お嬢さん。……驚いた。まさか一人で祭りに?連れは?」
「はぐれたの」
「それ、男?」
「そうよ」
「ちぇ、そりゃ残念」
舌打ちしてみせながらも、男は陽気に言って目を細める。
「ここらの治安はいいけど、あなたみたいなお嬢さんが一人なのはさすがにまずいよ。連れと会えるまで一緒にいようか?」
「ありがとう、でも」
その申し出自体は悪くはないと思う。
思うのだが、色々立場上考えると断るべきだろう。……でもでも案内人は欲しいし。
リヴェアの逡巡はそのまま曖昧な言葉に変換された。
「そのうち、会えると思うから」
「そりゃそうかもしれないけど。この雑踏じゃあキツイよ」
男は笑って肩をすくめた。
「べつにここを動きたくないんならそれでいいよ。ヘタに動くよりはぐれたときは片方がじっとしてたほうが見つけやすいだろ?」
「まあね」
「それとも、どこか店を見たいなら用心棒がわりにご一緒するけどさ。でも」
男は爽やかに言っておどけたように眉を上げる。
「あなたきっと断るよね?」
……わかった、とリヴェアは思った。
この男の醸す違和感。
優男で爽やか好青年風なのに、目が笑っていないのだ。こちらの動静を、よく見ている。
どこの手の者?それともただの気のせい?
私が何者か、わかって声をかけている?
えーそんなこと言われてもー、と、優柔不断なお嬢さんのふりをしながら、リヴェアは頭を高速回転させた。
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