溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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お祭り騒ぎのその果てに 1.

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 「ね、お願い、一生のお願い」

 あと一押しだ、と彼女は考えた。
 あざとさ、はいつまでたっても上手に醸し出せない。だから自分にできるのはひたすらまっすぐ、真摯に、お願いをすることだけ。
 そう心に決めて、男の両肩に手をやって軽く揺さぶる。
 手を握ったりはしない。傭兵の頃、男たちに言うことを聞いてもらうためにちょくちょくそうした。
 色気をもって頼んでいるのではないし、男同士でもする仕草、のはずだ。
 リヴェアはどうやら握力が相当らしく、軽くつかんだつもりでも、しばしばつかまれた側の両肩には彼女の指の痕がついたらしい。それがなんかヤらしくてたまらんと密かに男たちが騒いでいたことを彼女は知らないまま、現在に至る。

 頭を下げても「そのようなおふるまい、おやめ下さい」と言われるのが関の山なので(一度やってみたらそう言われてしまった)、リヴェアはちょっとだけ自分より高いところにある彼の目を熱っぽく見つめた。
 とたんに、男の瞳が狼狽えるように空を彷徨う。「お願い、目をそらさないで」と言われ、実直に視線を戻し、リヴェアのうるんだ黒瞳にノックアウトされそうになって、必死になってまた失礼にならない程度に視線を外す。

 「……勘弁して下さいよ」

 日頃、淡々とした男の声は動揺のあまりかすれ気味にすら聞こえるほどだ。

 「なんで俺なんですか」

 苦し紛れの男の言葉。
 よし、そろそろ落ちたか、とリヴェアは内心ほくそ笑む。
 まだそれを悟られないようにと、慎重に真剣に、引き続き男の目を見つめた。顔を逸らそうとしても逸らした先に顔を持っていって、視線を追いかける。

 なんか無体を働く女、みたいな図になってきたがそんなことはどうでもいい。

 「お気持ちはわかりますよ。でも俺じゃなくてもいいでしょう?」
 「誰ならいいの?」
 「隊長なら大喜びですよ、きっと。それに公爵様方やヘデラ侯なら」
 「お忍びじゃなくなっちゃうでしょ!」

 のしかかり気味のまま、リヴェアは吠えた。
 荒くれ兵士たちをも従える彼女は声が大きい。男はびくりとからだを震わせる。
 それに気づいて、リヴェアはあわてて肩をすくめた。他の者たちに聞かれるのはまずい。

 「アルフはダメ。万一バレた時、親衛隊長自ら私のお忍びに手を貸してたら首が飛ぶわ」
 「……俺も親衛隊員なんですが」
 「ヒラだからまだいいのよ」

 男の必死の反撃は、かなり失礼なセリフによって一言のもとに切り捨てられた。
 地味に傷ついたが、多少なりともなおも反駁を試みる。

 「ガイはどうなんですか。エルナンは」
 「ガイは大男過ぎて目立つもの。エルナンには超べた惚れの彼女さんがいるでしょ」

 あなたひとりものだっていうじゃない、目立って困るほどいい男ってわけでもないし、誤解がなくていいわと続けられ、再び彼は少しだけ傷ついた。
 多忙過ぎて出会いがないんですよと言えたらどんなに楽かと思いながら。

 「ミゲルは?奴もひとりものですよ」
 「言っては何だけれどちょっと暑苦しいの」
 「……」
 
 彼は否定しなかった。
 リリー隊長の想いは知る人ぞ知る、という感じだが、ミゲル・トレド隊員のリヴェアへの心酔っぷりは既に有名な話である。リヴェアの踏んだ床まで拝むのではないかとからかわれるほどだ。
 
 「公爵様方もオルギールも当然ダメよ。顔が知られてるしお忙しいし」
 「俺も忙しいんですが」
 「あの方々ほどじゃないでしょ」
 「貴女様だってお忙しいでしょう」
 「どうでもいいでしょそんなこと」

 またねじ伏せられた。

 彼は大きくため息を吐く。わざとではなく、本当に臓腑も吐き出すのではないかと思われるほど深いため息を。

 リヴェアはようやく安心して手を放し、にっこりとした。
 目的達成、してやったり。言ってみればそんな表情なのだが、この溌溂とした輝く笑顔の前では、結局「諾」以外はなかったのだろうなと諦念とともに彼は美しい護衛対象に目を向ける。

 「……いつ出発するんですか」
 「今からよ!」
 「今から!?」

 そんな急に。
 
 「善は急げ、よ。あなた、すぐ目立たない平服に変えてきて。私はそこの控室で着替えるから」
 「善、って、リヴェア様」
 「じゃあね!着替え次第、第三馬房へ行ってて。わたしも行くから」
 「はあ……」
 「ありがとう、ベニート!」

 この期に及んで少々煮え切らない返答をする彼の背中を押すように、リヴェアは礼を言うなり軽く片手をあげて駆け去った。

 はあ、ともう一度小さく息を吐きつつも、約束した以上はすぐに仕度を整えなくてはならないな、と足早に隊員の控室へ向かいつつ彼は頭をフル回転させる。

 ここは屋外の鍛練場。通常は壁や天井裏にまでいると囁かれる、最強の護衛集団「影」もいない。リリー隊長は非番。そのわずかな隙をついて、否、この機会を狙って彼女は計画を立てたのだろう。
 
 ……こうなったら楽しませて差し上げよう、と彼は腹を括った。

 しかし、あのかたを決して危ない目に合わせるわけにはゆかない。

 何かあれば死んで詫びても足りないだろう。隊員としての地位も身分もそれなりに惜しいが、何より彼はリヴェアに心からの忠誠を誓っている。お忍びで街歩きをしたいならそれもよかろうと思う。自分でできることがあればして差し上げたいからお供もかまわない。しかし、その身に危険が差し迫ったら。

 ベニートは親衛隊員の制服を脱ぎ去りながら考えた。


 ******


 ちいさな広場ごとの大道芸。既存の店先にも、祭りの時だけ臨時の屋台を出して限定品を商ったり、飲食店は扉を開けっぱなしにして客たちを呼び込もうとする。店の外でも食事を楽しめるように席が設えられている。
 老若男女、各国の色々な風貌、服装の人々がひっきりなしに行き交う。もともと繁栄を極めるアルバだが、この「月照祭」にはさらに多くの人々が詰めかける。その中には当然、各国各地方の間者、下手をすればお尋ね者も含まれるわけだが、かえってこれほどまでに混雑した中では彼女も目立ちすぎることはないかもしれない。

 木は森に隠せというしな、と、ベニートは油断なく周囲に目を配る。

 隣のリヴェアは軽くその手を彼の腕に絡ませ、右に左に顔を向けて好奇心いっぱいにその目を輝かせている。朗らかに笑い、ひっきりなしにベニートへ感想を述べたり質問攻めにしたりする。
 
 辺境のトゥーラのご出身とはいえ、相当な世間知らずでいらっしゃるな。

 あまりにあらゆるものを珍しがるので、ベニートはそう考えた。
 彼はもちろん、リヴェアの出身の真実など知る由もない。

 しかし、このかたはまったく。……

 なんと可愛らしいのだろう、とベニートは請われるままハチミツ漬けの桃を買ってやりながら思った。

 ちなみに「買ってやる」というには語弊がある。軍資金だと言われ、ある程度の現金を預かっている。買い物はそれで賄うよう命じられた。断ろうとしたが、「頼んでついてきてもらってるのだから」と決して彼女は引き下がろうとしなかったのだ。

 無茶ぶりもするが、基本的には律儀で素直な彼女は本当に可愛らしい。

 ベニートは二十八歳。彼の目からみてリヴェアは二十歳そこそこだと踏んでいるから(彼女の出身民族は若く見られるという特性がある)、リヴェアの色々な表情を見るたび、美女なのは言うまでもないが可愛いな、といつも思っている。 

 そのリヴェアが、町娘のような恰好をして、艶やかな黒髪をゆるく一本の三つ編みにしているさまは、リヴェアに対して敬慕以上の感情を持ったことのないベニートですら衝撃を覚えた。

 きりりとした様子はどこにもなく、すれていない感じで、ひたすらに美しく可愛い。

 一歩下がって、手渡されたおやつにかぶりつく彼女を見ながら、公爵様方もヘデラ侯も、こういうところを溺愛して日夜彼女にかぶりついているのだろうと、ベニートは少々品のないことを想像した。

 「お兄さん!おひとり?」
 「あたしたち、アルバ見物初めてなんですけど!」

 突然、腕に手をかけられ(なれなれしいなと彼は感じた)、ベニートは声のする方へ顔を向けた。

 女性二人。二十代半ばといったところか。
 こぎれいに結い上げた金髪。差し伸べられた手は細く、白い。
 地味目に抑えてはあるが質のよい衣装に身を包み、それなりの家の女性だろうと素早く値踏みをする。
 娼婦でも間者でもない。自分の顔を知っていて声をかけたわけでもないようだと判断を下す。

 ベニートも、何しろ「お忍び」の彼女に付き合うのだから控えめに、地味に装っている。
 白シャツ、黒の革ズボン、黒の長靴。茶色の革の外衣。剣を吊るして完成。

 だが、クセのある茶色の短髪、茶色の瞳の彼は、派手さがないだけで整った容姿であり、何より別動隊から始まり、今ではリヴェアの親衛隊員の中核をなす彼は、やせ型でも鍛えた肢体、手足は長く、城内外の女性にかなり人気があるのだ。

 冷静で剣の腕もたつ彼は、女性から向けられる自分の評価もわかってはいたのだが、しかし。

 「お祭りに来てみたらあんまり賑やかで!」
 「お勧めの店とか、教えてもらえませんか?」
 「ご一緒しませんか?」
 「喉、渇きません?」

 逆ナンである。
 それを悪いとは思わないが、リヴェアのそばにいるのに平気で声をかけてくるその無神経さにベニートは内心腹を立てた。

 「悪いが俺は連れが」

 そっけなく言いかけて辺りを見渡して。

 「リ、……エイミー!?」

 リヴェア様、と言いそうになって、あわてて「エミール→エイミーと呼んでね、覚えやすいでしょ」と言われたことを思い出す。

 ……いない。
 唇をハチミツだらけにして、威勢よく大口を開けて果物をかじっていたリヴェアがいない。

 脳が冷える。肝が冷える。胃が見えない手で締め上げられる。
 いや、ちょっと見失っただけだ言い聞かせながらも、一瞬でも彼女から目を離した自分を呪いたくなる。

 ねえ待って、とか、お兄さんてば、と二人の女性が絡みつくのを振り払いつつ、彼は無言で駆けだした。
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