21 / 23
極彩色の現実が始まった。 1.
しおりを挟む
少なくとも五回は「下ろしてほしい」と懇願し、それ以上の回数「逃げません」と約束させられてから、貴奈はようやく自分の足で歩くことを許された。
とはいえ、歩いたのはおそらく百歩にも満たない。
腰を抱かれて宙吊りのまま高速エレベーターに連れ込まれ、降りてみればVIP専用地下出入口。
今西財団博物館の入るビルは、今西グループの所有するビルの一つとしてはけっして超高層ビルという規模ではないのだが、それでもこんな出入り口を有していたのかと貴奈は目を瞠った。
ようやく下ろしてもらって自らの足で立ったとはいえ、アレクシオスとがっちりと手を繋いで歩かされ、正面玄関の守衛よりもうやうやしい警備員に最敬礼されて歩くこと数メートル。
しゅうん、とスマートな音を立てて木製の自動ドアが開いた向こうには、黒塗りのリムジンが寄せられている。
流行のワンボックス型ではなく、貴奈が怖気づくほどがっちりとしたお高そうなセダン仕様のリムジンのそばには黒服の男が立っていて、アレクシオスと貴奈が近づくと丁重に頭を下げ、白手袋を嵌めた手でドアを開けてくれた。
足が竦む貴奈に「逃げないって約束したよな?」と囁き、ついでにこめかみにキスを落としたアレクシオスは、ご機嫌で貴奈とともに後部座席へ乗りこんで、運転手へひと言ふた言指示をする。
滑るように走り出したリムジンの後部座席では、鼻歌でも歌い出しそうなアレクシオスのなんと膝の上に、貴奈は魂の抜けた顔のまま座らされた。
***
車が地上に出て、貴奈が見慣れたビル群の谷間をゆったりと進む間中、アレクシオスは膝の上の貴奈を長い両腕でしっかりと抱きしめ、ようやくここまできた、と柄にもなく感慨に浸っていた。
職場から連れ出してきたから、「今はまだ」邪魔な着衣を身に着けたままなのはしかたがない。
貴奈の黒いスーツは機能的ではあるのだろう、しなやかで体によくなじんでいるが、いかんせん実用一辺倒で愛想もへったくれもない。
タイトスカートも膝が隠れる長さで、黒いパンプスとスカートの裾との間、つまり貴奈の足が見られる面積は極めて少ない。
白いシャツの襟開きもおとなしいもので、かろうじて第一ボタンを外しているだけだ。
しているかどうかも定かではない程度の薄化粧の貴奈は、下手をすると就職活動中の学生にすら見える地味さだったが、アレクシオスはスーツ越しに貴奈の体温を感じ、貴奈の重みを体感していると、「よく頑張った、俺」と自分で自分をほめてやりたくなってくる。
だがしかし。
彼は現実的な男であったので、貴奈を抱きしめたままさほど長いこと時間を無駄にはしなかった。
彼にははっきりさせなくてはならないことがある。
膝の上で、暴君を刺激しないようひっそりとおとなしく、けれど緊張を解かずに抱かれている貴奈の耳元に口を寄せると、「なあ、アナ」と静かな声で話しかけた。
「あ、アレク、さん」
貴奈は、衝撃の連続で目を開けたまま少々意識を飛ばしていたのだが、男の吐息と、懐かしい低い声を感じて飛び上がった。
体まで重ねた仲とはいえ、たった一晩のこと。半年ぶりに再会した男の膝の上に座らされていることを今さらながら実感して、あわてて滑り下りようとしたが、もちろん男がそれを許すはずはない。
男の腕にほとんど拘束されたまま眉尻を下げて男の顔を見上げると、再会直後の激情は鳴りを潜めて、天気の良い凪いだエーゲ海のような青い瞳で貴奈を凝視している。
なんてきれいなんだろう。アキレス様かユリの王子みたい、と魅入られたように押し黙っていると、
「アナ、なぜ、逃げた?」
アレクシオスは、感情を表さない声で尋ねた。
とはいえ、歩いたのはおそらく百歩にも満たない。
腰を抱かれて宙吊りのまま高速エレベーターに連れ込まれ、降りてみればVIP専用地下出入口。
今西財団博物館の入るビルは、今西グループの所有するビルの一つとしてはけっして超高層ビルという規模ではないのだが、それでもこんな出入り口を有していたのかと貴奈は目を瞠った。
ようやく下ろしてもらって自らの足で立ったとはいえ、アレクシオスとがっちりと手を繋いで歩かされ、正面玄関の守衛よりもうやうやしい警備員に最敬礼されて歩くこと数メートル。
しゅうん、とスマートな音を立てて木製の自動ドアが開いた向こうには、黒塗りのリムジンが寄せられている。
流行のワンボックス型ではなく、貴奈が怖気づくほどがっちりとしたお高そうなセダン仕様のリムジンのそばには黒服の男が立っていて、アレクシオスと貴奈が近づくと丁重に頭を下げ、白手袋を嵌めた手でドアを開けてくれた。
足が竦む貴奈に「逃げないって約束したよな?」と囁き、ついでにこめかみにキスを落としたアレクシオスは、ご機嫌で貴奈とともに後部座席へ乗りこんで、運転手へひと言ふた言指示をする。
滑るように走り出したリムジンの後部座席では、鼻歌でも歌い出しそうなアレクシオスのなんと膝の上に、貴奈は魂の抜けた顔のまま座らされた。
***
車が地上に出て、貴奈が見慣れたビル群の谷間をゆったりと進む間中、アレクシオスは膝の上の貴奈を長い両腕でしっかりと抱きしめ、ようやくここまできた、と柄にもなく感慨に浸っていた。
職場から連れ出してきたから、「今はまだ」邪魔な着衣を身に着けたままなのはしかたがない。
貴奈の黒いスーツは機能的ではあるのだろう、しなやかで体によくなじんでいるが、いかんせん実用一辺倒で愛想もへったくれもない。
タイトスカートも膝が隠れる長さで、黒いパンプスとスカートの裾との間、つまり貴奈の足が見られる面積は極めて少ない。
白いシャツの襟開きもおとなしいもので、かろうじて第一ボタンを外しているだけだ。
しているかどうかも定かではない程度の薄化粧の貴奈は、下手をすると就職活動中の学生にすら見える地味さだったが、アレクシオスはスーツ越しに貴奈の体温を感じ、貴奈の重みを体感していると、「よく頑張った、俺」と自分で自分をほめてやりたくなってくる。
だがしかし。
彼は現実的な男であったので、貴奈を抱きしめたままさほど長いこと時間を無駄にはしなかった。
彼にははっきりさせなくてはならないことがある。
膝の上で、暴君を刺激しないようひっそりとおとなしく、けれど緊張を解かずに抱かれている貴奈の耳元に口を寄せると、「なあ、アナ」と静かな声で話しかけた。
「あ、アレク、さん」
貴奈は、衝撃の連続で目を開けたまま少々意識を飛ばしていたのだが、男の吐息と、懐かしい低い声を感じて飛び上がった。
体まで重ねた仲とはいえ、たった一晩のこと。半年ぶりに再会した男の膝の上に座らされていることを今さらながら実感して、あわてて滑り下りようとしたが、もちろん男がそれを許すはずはない。
男の腕にほとんど拘束されたまま眉尻を下げて男の顔を見上げると、再会直後の激情は鳴りを潜めて、天気の良い凪いだエーゲ海のような青い瞳で貴奈を凝視している。
なんてきれいなんだろう。アキレス様かユリの王子みたい、と魅入られたように押し黙っていると、
「アナ、なぜ、逃げた?」
アレクシオスは、感情を表さない声で尋ねた。
19
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる