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第8章 反逆の狼煙

cys:193 レイとエミリオの約束

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「エミリオっ!」
「姉さん、俺……」

 レイを見上げるエミリオからは悔しさが溢れ、身体が小刻みに震えている。
 そんなエミリオを、レイはギュッと抱きしめた。

「いいのよエミリオ。ここに来てくれただけで充分よ。だから、貴方は戻りなさい」
「ううっ……姉さん……イヤだ。ボクも、ボクも一緒に行くんだっ!」
「ダメよエミリオ。ここから先は危険すぎるわ!」

 レイから溢れ出る愛しい想いが、エミリオの心に染み渡ってゆく。
 また、ロウ達もその光景を振り返り見つめる。
 一刻も猶予の無い場面だが、誰もレイを止めようとはしない。
 これが最後の機会かもしれないと、誰もが覚悟をしているから。

 そんな中、エミリオはレイの体を両手でグイッと突き離した。
 それに目を丸くするレイ。

「エミリオ……?」
「……るんだ」
「えっ?」
「守るんだ! ボクが姉さんの事を!!」
「くっ……エミリオっ!」

 レイはエミリオを叱りつけるようにキツく見据えているが、エミリオはその瞳を逸らさない。
 決して退かない決意が全身から溢れている。
 だが、当然レイはそれでも許さない。
 愛するエミリオを、途轍もなく危険な場所に行かせる訳にはいかないから。

「貴方の気持は嬉しいわ。でもね、ここからは私達でもどうなるか分からないの。だから、帰りなさい!」
「イヤだっ!」
「エミリオっ! いい加減にしなさい!」

 レイの怒声が広間に響いた。
 その数瞬の後、エミリオはゆっくり口を開く。

「約束したんだ。あの子と」
「えっ?」

 レイは思わずチラッと見た。
 エミリオの視線の先に倒れている、ルミの事を。

「貴方……」
「あの子は、ルミは……自分の命を投げ出してでもノーティスアイツの事を守ったんだ。だから、ボクも命を捨ててでも姉さんを守る!」

 エミリオから放たれた決死の叫び。
 それを、真正面から受けたレイの心が揺れる。
 昔からいつも自分の後を慕って着いてきた、可愛い弟であるエミリオ。
 そんなエミリオが逞しくなった姿に、心を打たれたのだ。
 あの時のように……!

───立派になったわね、エミリオ。でも……!

 レイはエミリオの両肩を掴むと、その場にスッとしゃがんで目線の高さを合わせた。
 そして、エミリオを真っすぐ見つめたまま告げる。

「エミリオ、貴方の気持は美しいわ。あの子もそう。だけど、だからこそ貴方には待っててほしいの。私が帰りたくなる気持ちを忘れない為にも……!」
「ね、姉さん……!」
「それはエミリオ、貴方にしか出来ないの」
「うっ……ううっ……」
「必ず帰るから。その時はちゃんと『おかえり』って言ってね。約束よ」

 そう言って立てた小指に、エミリオは涙をボロボロ零しながら自らの小指を絡めた。

「分かった……分かったよ姉さん!」
「ありがとう、エミリオ」

 レイはそう告げ、エミリオをギュッと抱きしめた。

「愛してるわ」
「姉さん……ボクも、ボクもだよ……絶対帰ってきてね!」
「当然でしょ♪ だからエミリオ、貴方も生き延びるのよ」

 レイはそう告げるとサッと立ち上がり、背中のマントをバサッとひるがえすと、颯爽とロウ達の元へ向かった。
 その背に、エミリオの気持をヒシヒシと感じながら。

「みんな、待たせてごめんなさい」
「ニャニャッ、気にするでない♪ むしろ立派だったぞ」
「そーだぜレイ、お前さんはやっぱいい女だぜ」
「エミリオさんも、きっとレイの気持を分かってくれたハズだよ」

 メティアがニコッと微笑むと、ロウが涼やかな瞳で告げてくる。

「弟さんと約束した以上、必ず帰らないとな」
「……当然でしょ。エミリオと……今戦ってくれてるノーティスあの人の為にも」

 そんなレイを見つめたままロウはコクンと頷くと、皆を引き連れ教皇の間へ駆け出していった。
 その背に、皆の想いと決意を背負いながら。
 そして、クリザリッドと戦っているノーティスとアネーシャに心で誓う。

───ノーティス、アネーシャ。キミ達の想いは、僕らが必ず遂げてみせるからな!

 ロウがその誓いと共に皆とその場を去ったのを、横目でチラッと見たクリザリッドは、嘲るように口角を上げた。

「クククッ……無駄な事を。いくらSランクの王宮魔道士達といえども、あの方々に敵うハズがないだろう」

 クリザリッドが言う事はもっともだった。
 いくらロウ達王宮魔道士が強くても、待ち構えているのはあの五大悪魔王だ。
 また、その前には教皇もいる。
 クリザリッドと同じ様に闇の力を持つ、教皇クルフォスが。

「ノーティス……お前は、その女を殺しただけでは飽きたらないのか」

 クリザリッドがその言葉で心を抉ろうとしてくるが、ノーティスは動じない。
 衝撃波に靡いている前髪の奥から、力強い眼差しでクリザリッドを見据えている。

「クリザリッド……俺は信じてる。想いによって限界を超えていく皆の力を!」
「フンッ……ほざけ! 想い……想いだと?! そんな物で人は変わらん!」
「それは、どうかな……」

 ノーティスがそう零した時、アネーシャが力を込め耐えながらも軽く微笑んだ。

「クリザリッド……それは、貴方が一番よく分かってるんじゃないの」
「なんだと?!」
「貴方はきっと……」

 聡明なアネーシャは、これまでの戦いと会話の中で見抜いていた。
 クリザリッドには、あまりにも悲しい過去がある事を。
 また、アネーシャがそれを感じ取った事に、クリザリッドの心が激しくざわめく。

「黙れ女! ならば、貴様達の想いごと消し去るのみ! オォォォォッ!!」

 クリザリッドの漆黒のオーラがより勢いを増し、激しくバババッ! と、立ち昇る。
 その姿を見て、ニヤッと笑みを浮かべたアネーシャ。

「あら……貴方自身で……証明してるじゃない。フフッ」
「フッ……そうだな、アネーシャ」
「貴様ら……許さんっ! 消え失せろ!!」

 その咆哮と共にクリザリッドのダークネス・ヴァロンディの威力が増大し、二人にググッと迫ってきた。

「くっ……! マズいな」
「うっ……! なんて力なの。このままじゃ……」

 歯を食いしばりながら声を漏らす二人に、クリザリッドのダークネス・ヴァロンディが眼の前まで迫る。

「闇に……染まれぃぃっ!!」
「くぅぅぅっ、マズい!」
「こ、こんな……!」

 が、その時だった。
 ノーティスとアネーシャの下から、見たことも無いピンクゴールド色のエネルギーが円形状に立ち昇り、それと同時に、二人の力が一気に増大したのだ。

「こ、これは……」
「体力も回復してるわ」

 そう声を零すと、後ろから二人を突き抜けるような声がクリザリッドに届く。
 まるで、闇を斬り裂く閃光のように。

「ノーティス様に、手出しはさせませんっ!」
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