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作戦実行ー2
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詳しい経緯は良く分らない。だが誠を引き取ったきっかけが父親による虐待でなかった点や、無職による住宅の確保が困難だった状況が要因となっていたからだろう。
施設側は父の環境に変化がないか調査した所、職を得ただけでなく、部屋を借りている事実を突き止めたという。つまり追い出す口実を探して見つけたようだ。
父は施設側と定期的に連絡を取っていたらしい。ホストの職に就いたことも伝えていたという。だが当初は不規則な労働時間を鑑みて、引き取って育てるのは無理だと言っていたそうだ。施設側も当初それを了承していた。
しかしいよいよ誠が手に余り出し、面倒を看られないと考えた施設は、部屋を借りて女性と同棲しているという情報まで掴んだ。そうした事実を盾に、子供の保護を解除すると通告したのである。
実際は決まった女性と同棲していた訳でなく、何人か連れ込んでいた程度だったらしい。そうした事情を説明しても、施設側は部屋を借りている事実を隠していた点を重く見て、取り合わなかったという。
結局誠は強制的に、父の元へと戻された。ここで理解のある人が学校や施設、または児童相談所側にいれば、子供を健全に育てられる環境でないと直ぐ分かったはずだ。
しかしこの頃、児童虐待に関する相談所への問い合わせが急増し、職員の手が回らない状態であったことも影響したのだろう。次から次へと起こる問題や保護児童の急増に、学校や施設も対応しきれなくなったに違いない。
そこで少しでも問題が無いと判断される案件は、出来るだけ手放したかったのだと想像できる。このような判断ミスは、大きな社会問題として取り扱われている現在でも無くなってはいない。
年に何十人と発生する児童の虐待死は、幾度となく救える機会がありながら起こっている。多忙またはもう一歩踏み出せなかったとの理由付けにより、多くの大人達から見逃されてきた結果だ。
誠の場合も下手をすれば、そうなっていたかもしれない。現に施設を追い出され引き取らざるを得なかった父は、問題児扱いする小学校の教師達による度重なる注意や説教に辟易していた。
その為誠は不登校児となり、一日中部屋に閉じ込められるようになったのだ。父は夜になると出かけ、朝方酒の匂いをぷんぷんさせながら帰宅する。時折女と一緒に戻り、行為を始めたりもした。
そのまま眠りにつき、起きてくるのはお昼を過ぎてからだ。部屋の間取りは一DKだったが、その間誠はクローゼットの中でじっとしていた。居場所はそこにしかなく、寝る時も起きてからもトイレや風呂に入る時以外はそこで暮らしていた。
よって父が連れて来た女達の多くは、誠の存在に気付かなかったようだ。中には父が眠っている時、トイレへ行こうとこっそり外へ出て来た所にばったり出くわした人もいた。
当然相手は驚き、どういうことかと父を問い詰めたが
「一時的に預かっている、姉貴の子だ」
と嘘をつき、誤魔化していた。その後女が帰ると必ず誠は殴られた。
「何度言ったら分かる。人を連れて来た時は出てくるなと言っただろ。その為に中でもできるよう、わざわざおまるを置いているんだ。どうしてもしたくなった時は、そこでしろ!」
確かにまたがって出来る小さな便器が、クローゼットの中に用意されていた。しかし誠はどうしてもそれを使うことに抵抗があり、なかなかできなかった。
使おうとしても便意が引っ込んでしまい、スッキリと出ないのが気持ち悪かったのだろう。また使った後の処理も自分でしなければならなかった事も、原因の一つだったかもしれない。
そんな生活が一年余り続いたところで、父が店を首になった。表向きの理由は年齢も三十になり、指名してくれる客が少なくなったからだという。
ただでさえ始めたのが二十七の時だ。ホストとしては若くない。その為次々と若いホストが入店してくると、客もそちらがいいと移り始めていたらしい。
指名客がいないと主な仕事はヘルプだ。指名されたホストに付いた客の手伝いだが、自分より若いホストの下に付く役目は屈辱的ともいえる。
それを割り切ってこその仕事なのだが、父は我慢できなかったのだろう。その為稼ぎ頭の若手や店から嫌われ始めた。それだけで済めば良かったが、彼は余計な真似をしてしまったのである。
それは同じく店側に虐げられていたベテランホストを味方に付け、若手達に喧嘩を吹っかけた事だ。しかも十数名の乱闘騒ぎになった為、警察が駆け付け父は首謀者として逮捕されてしまった。
父が留置されている間、誠は再び児童相談所に保護された。ただこれまでの経緯もあり、預け先の施設をどこにするか相当揉めたらしい。
そうして最終的に預けられたのが、山塚の街で表向きの顔として開設した託児所だった。そこには堅気の子供達も一部いたからだ。
しかし主に街の住民達の中で訳あって育てられる状況で無い子や、障害を持つ子等の面倒を看る目的でつくられた場所だったと、後に知らされた。
しばらくして、店や相手に示談金を払った為に罰金刑で済んだ父は解放された。幸い双方とも、大した傷を負った者がいなかったからだろう。
警察署を出た父は、その足で誠を連れて帰ろうとしたようだ。釈放時に刑事や児童相談所の職員達に言われ、いずれまた追い出されるはずだから、面倒な説教を受ける前にと施設を訪れたらしい。
そこで彼が無職の状態で前科もあり、これまでの経歴などを知った施設の職員が街にスカウトしたのである。対応したのが街の住民の一人で、徹の父や他の集団の頭領達に相談していたらしい。
理由としてはこのまま父親に渡しても、子供がまともに育つはずがないと危惧した点だろう。誠には発育の遅れからか若干の知的障害が見られ、虐待されたであろう傷も見つかっていた。
さらに根気強く父に語りかけ、これまでの生活状況を聞き出した職員は、このままだと間違いなく不幸な道を進むだろうと確信したらしい。そうした人間は、街の中にも大勢いたからこそ気付けたのだろう。
よって無職である父親に、こう声をかけたそうだ。
「お前、昔とび職をやっていたようだな。しかも罰金刑のみとはいえ前科持ちだ。これからまともな職に就こうと思っても、そう簡単にはいかないだろう。どうだ。俺達の仕事を手伝わないか。そうすれば、子供はこのまま施設で預かってやれる」
そうして入ったのが、ノビを主とする窃盗集団だった。高所など危険な場所でも動ける前職が買われたのだろう。もちろん堅気の仕事として建設現場を手伝う日雇い労働の役割を与えられ、住む場所も新たに紹介された。
こうして父はノビとしての修行に打ち込む傍ら、不定期に入る堅気の仕事もこなしながら街の住民となった。さらには施設にいた誠も集団の子として認められ、後の戦力になるようにと様々な訓練をさせられたのである。
知らぬ間に犯罪者集団に取り込まれた形となったが、それは不幸中の幸いだった。というのも施設における教育により、誠の奇行が成長するにつれて収まったからだ。
街にはこれまでにも、色々な環境に育った不幸な子供達が大勢いた。障害を持っていようが貧困にあえいでいようが、そうした児童を死なせず救う。そうした理念が、昔から脈々と引き継いでいたのがこの街だった。
よって数々のノウハウが蓄積されていたおかげで、誠の発達障害を改善させられたのだろう。元々は放置され学ぶ機会を奪われていた為に、知恵遅れとなっていただけだったらしい。
そこで時間をかけ、じっくりと一から教えていくにつれて誠は急激に成長を遂げたのだ。高校を卒業する頃には、ごく普通の学力を持つまでになったのである。
奇抜な行動も鳴りを潜めた。昔を知る人間が見ればあの問題児だった子供だとは思えない程、ごく普通どころか立派なイケメン男子と呼ばれるまでに育つことができたのだ。
父親譲りの端正な顔立ちと、訓練と実践で鍛え上げた細マッチョの体が女達を魅了した。街の女達はもちろん、堅気の娘達からも好かれ、ホストにならないかとスカウトされたこともある。
ただ父がそうだった頃の悪い思い出が残っていた為、その道に足を踏み入れる気は無かった。それでも抱く女に困りはしなかった。それ程多くの女性と関係を持ってきたのだ。
しかし父と同じ過ちをしてはならないと肝に銘じていたので、避妊だけは気を付けていた。さらに同じく父の血を継いだのかノビの才能も開花させ、若くして有能な戦力と見なされるほど集団の中では重宝された。
そのせいか表向きの仕事は、契約社員という不安定な郵便職員を割り当てられ、多くの裏の仕事を手伝うようになったのである。
だが時代はノビの仕事をやりにくくさせた。家庭用のセキュリティサービスや防犯カメラの発達などにより、数をこなして儲けることが困難になったのだ。
その為念入りな下見がより必要だった。しかし一度成功すれば大きな収穫を得られるケースもあったけれど、日々の生活が楽になる程の稼ぎは期待できなくなっていた。
そうした背景もあって、誠は表の仕事でも一生懸命お金を稼ぐ必要に迫られていた。だから和美や良子の誘惑に乗ったのである。もちろん同様な手を使い、関係を結んでいる女達が他にもいたことは、まだ彼女達にもばれていないはずだった。
和美に呼び出され、この計画を教えられた時は驚いた。それでも実行に加担したのは、誠にとっても悪い話でないと思ったからである。
樋口家に特段恨みはないが、良子の存在はかなり厄介だと感じていた。貯金をしてくれるなど、郵便局員のノルマに貢献してくれたのは有難い。
だがそれを利用し、関係を迫って来た行為には辟易していた。しかも所詮は徹名義の金であり、彼女は誠に好意を持って近づいたとはとても思えなかったからでもある。
おそらく和美との繋がりを知り、同じような手を使ったに違いない。徹の件もあるからか、良子は彼女に対して異常なまでの嫉妬心を持っている。だから和美の寵愛を受けている誠に、ちょっかいを出したに過ぎなかった。
しかし分かっていても、業績が上がる事には違いない。また一度預かった貯金を奪われては成績に響く。その為止むなくずるすると関係を続けていたが、一彦の誘拐に一役買わされてからは、早く手を切りたくて仕方がなかった。
実際に殺すとは聞いておらず、無理やり共犯者として巻き込まれただけでも腹を立てていた。それに恐ろしくもあった。街では連続殺人事件が起こっていた為、あの手口からすると犯人は、彼女かもしれないと本気で疑った程だ。
和美とも似たような関係を持っているが、彼女の場合は貯金を餌に無理やり迫られたわけではなかった。年の割に目鼻立ちがはっきりとして若々しく、女性特有の柔らかい適度な脂肪を身に纏っている彼女に、誠は魅かれていたのである。
実際抱いてみると、傷一つない真っ白な体が徐々に赤く染まっていく様子を見て、本気で夢中になった。二人の関係は、ノルマへの協力だけの結びつきでは決してない。
十五歳も年上だが、そんな年齢の差など感じさせない和美を少しずつ愛し始めていた。年上が好みだったのは母親の顔を知らず育ったからか、マザコンの影響があったのかもしれない。
だが彼女には家まで与えられている徹という男がおり、彼への好意も失われていないと羨んできた。だからこそ良子と関係を持つ度に、後ろめたい気持ちを感じてきたのだ。
その一方で和美とは違う、彼女の薄黒い肌と首筋にある火傷のような醜い傷跡を見せられ、嫌気が差していた。しかも彼女は和美への対抗心からか、何とか綺麗な顔にしようといつもアイプチなどで奇妙な化粧を施している。
その為時々垣間見せる表情がとても不自然で、内面から浮き出る醜さの片鱗を覗かせた時など、一気に興醒めすることが多々あった。
そんな時に春香が立てた企てを聞き、和美も賛同していると知り内心では喜んだ。徹と良子という邪魔者を一度に排除できれば、これほど得することはない。
その上自殺か事故死に見せかけるという計画から考えれば、殺人犯として捕まる可能性も低いと感じた点が背中を後押しした。さらに徹さえいなくなれば、和美と一緒になれるかもしれない。彼女もそれを望んでいるのだとすれば、こんな幸せな事はなかった。
加えてあの忌々しい良子から解放されるのである。徹名義の貯金については万が一相続人が解約したとしても、理由が契約者の死亡であれば成績には響かない。
誠にとってみれば、ローリスクハイリターンなプランの提案だった。それ故彼女達の策略に乗ったのである。
無事役割を終えた誠は、帰りもしっかり合鍵を使って扉を閉め、和美達が待つ家へと急いで向かった。その道中は興奮を抑えきれず、足取りはとても軽かった。
施設側は父の環境に変化がないか調査した所、職を得ただけでなく、部屋を借りている事実を突き止めたという。つまり追い出す口実を探して見つけたようだ。
父は施設側と定期的に連絡を取っていたらしい。ホストの職に就いたことも伝えていたという。だが当初は不規則な労働時間を鑑みて、引き取って育てるのは無理だと言っていたそうだ。施設側も当初それを了承していた。
しかしいよいよ誠が手に余り出し、面倒を看られないと考えた施設は、部屋を借りて女性と同棲しているという情報まで掴んだ。そうした事実を盾に、子供の保護を解除すると通告したのである。
実際は決まった女性と同棲していた訳でなく、何人か連れ込んでいた程度だったらしい。そうした事情を説明しても、施設側は部屋を借りている事実を隠していた点を重く見て、取り合わなかったという。
結局誠は強制的に、父の元へと戻された。ここで理解のある人が学校や施設、または児童相談所側にいれば、子供を健全に育てられる環境でないと直ぐ分かったはずだ。
しかしこの頃、児童虐待に関する相談所への問い合わせが急増し、職員の手が回らない状態であったことも影響したのだろう。次から次へと起こる問題や保護児童の急増に、学校や施設も対応しきれなくなったに違いない。
そこで少しでも問題が無いと判断される案件は、出来るだけ手放したかったのだと想像できる。このような判断ミスは、大きな社会問題として取り扱われている現在でも無くなってはいない。
年に何十人と発生する児童の虐待死は、幾度となく救える機会がありながら起こっている。多忙またはもう一歩踏み出せなかったとの理由付けにより、多くの大人達から見逃されてきた結果だ。
誠の場合も下手をすれば、そうなっていたかもしれない。現に施設を追い出され引き取らざるを得なかった父は、問題児扱いする小学校の教師達による度重なる注意や説教に辟易していた。
その為誠は不登校児となり、一日中部屋に閉じ込められるようになったのだ。父は夜になると出かけ、朝方酒の匂いをぷんぷんさせながら帰宅する。時折女と一緒に戻り、行為を始めたりもした。
そのまま眠りにつき、起きてくるのはお昼を過ぎてからだ。部屋の間取りは一DKだったが、その間誠はクローゼットの中でじっとしていた。居場所はそこにしかなく、寝る時も起きてからもトイレや風呂に入る時以外はそこで暮らしていた。
よって父が連れて来た女達の多くは、誠の存在に気付かなかったようだ。中には父が眠っている時、トイレへ行こうとこっそり外へ出て来た所にばったり出くわした人もいた。
当然相手は驚き、どういうことかと父を問い詰めたが
「一時的に預かっている、姉貴の子だ」
と嘘をつき、誤魔化していた。その後女が帰ると必ず誠は殴られた。
「何度言ったら分かる。人を連れて来た時は出てくるなと言っただろ。その為に中でもできるよう、わざわざおまるを置いているんだ。どうしてもしたくなった時は、そこでしろ!」
確かにまたがって出来る小さな便器が、クローゼットの中に用意されていた。しかし誠はどうしてもそれを使うことに抵抗があり、なかなかできなかった。
使おうとしても便意が引っ込んでしまい、スッキリと出ないのが気持ち悪かったのだろう。また使った後の処理も自分でしなければならなかった事も、原因の一つだったかもしれない。
そんな生活が一年余り続いたところで、父が店を首になった。表向きの理由は年齢も三十になり、指名してくれる客が少なくなったからだという。
ただでさえ始めたのが二十七の時だ。ホストとしては若くない。その為次々と若いホストが入店してくると、客もそちらがいいと移り始めていたらしい。
指名客がいないと主な仕事はヘルプだ。指名されたホストに付いた客の手伝いだが、自分より若いホストの下に付く役目は屈辱的ともいえる。
それを割り切ってこその仕事なのだが、父は我慢できなかったのだろう。その為稼ぎ頭の若手や店から嫌われ始めた。それだけで済めば良かったが、彼は余計な真似をしてしまったのである。
それは同じく店側に虐げられていたベテランホストを味方に付け、若手達に喧嘩を吹っかけた事だ。しかも十数名の乱闘騒ぎになった為、警察が駆け付け父は首謀者として逮捕されてしまった。
父が留置されている間、誠は再び児童相談所に保護された。ただこれまでの経緯もあり、預け先の施設をどこにするか相当揉めたらしい。
そうして最終的に預けられたのが、山塚の街で表向きの顔として開設した託児所だった。そこには堅気の子供達も一部いたからだ。
しかし主に街の住民達の中で訳あって育てられる状況で無い子や、障害を持つ子等の面倒を看る目的でつくられた場所だったと、後に知らされた。
しばらくして、店や相手に示談金を払った為に罰金刑で済んだ父は解放された。幸い双方とも、大した傷を負った者がいなかったからだろう。
警察署を出た父は、その足で誠を連れて帰ろうとしたようだ。釈放時に刑事や児童相談所の職員達に言われ、いずれまた追い出されるはずだから、面倒な説教を受ける前にと施設を訪れたらしい。
そこで彼が無職の状態で前科もあり、これまでの経歴などを知った施設の職員が街にスカウトしたのである。対応したのが街の住民の一人で、徹の父や他の集団の頭領達に相談していたらしい。
理由としてはこのまま父親に渡しても、子供がまともに育つはずがないと危惧した点だろう。誠には発育の遅れからか若干の知的障害が見られ、虐待されたであろう傷も見つかっていた。
さらに根気強く父に語りかけ、これまでの生活状況を聞き出した職員は、このままだと間違いなく不幸な道を進むだろうと確信したらしい。そうした人間は、街の中にも大勢いたからこそ気付けたのだろう。
よって無職である父親に、こう声をかけたそうだ。
「お前、昔とび職をやっていたようだな。しかも罰金刑のみとはいえ前科持ちだ。これからまともな職に就こうと思っても、そう簡単にはいかないだろう。どうだ。俺達の仕事を手伝わないか。そうすれば、子供はこのまま施設で預かってやれる」
そうして入ったのが、ノビを主とする窃盗集団だった。高所など危険な場所でも動ける前職が買われたのだろう。もちろん堅気の仕事として建設現場を手伝う日雇い労働の役割を与えられ、住む場所も新たに紹介された。
こうして父はノビとしての修行に打ち込む傍ら、不定期に入る堅気の仕事もこなしながら街の住民となった。さらには施設にいた誠も集団の子として認められ、後の戦力になるようにと様々な訓練をさせられたのである。
知らぬ間に犯罪者集団に取り込まれた形となったが、それは不幸中の幸いだった。というのも施設における教育により、誠の奇行が成長するにつれて収まったからだ。
街にはこれまでにも、色々な環境に育った不幸な子供達が大勢いた。障害を持っていようが貧困にあえいでいようが、そうした児童を死なせず救う。そうした理念が、昔から脈々と引き継いでいたのがこの街だった。
よって数々のノウハウが蓄積されていたおかげで、誠の発達障害を改善させられたのだろう。元々は放置され学ぶ機会を奪われていた為に、知恵遅れとなっていただけだったらしい。
そこで時間をかけ、じっくりと一から教えていくにつれて誠は急激に成長を遂げたのだ。高校を卒業する頃には、ごく普通の学力を持つまでになったのである。
奇抜な行動も鳴りを潜めた。昔を知る人間が見ればあの問題児だった子供だとは思えない程、ごく普通どころか立派なイケメン男子と呼ばれるまでに育つことができたのだ。
父親譲りの端正な顔立ちと、訓練と実践で鍛え上げた細マッチョの体が女達を魅了した。街の女達はもちろん、堅気の娘達からも好かれ、ホストにならないかとスカウトされたこともある。
ただ父がそうだった頃の悪い思い出が残っていた為、その道に足を踏み入れる気は無かった。それでも抱く女に困りはしなかった。それ程多くの女性と関係を持ってきたのだ。
しかし父と同じ過ちをしてはならないと肝に銘じていたので、避妊だけは気を付けていた。さらに同じく父の血を継いだのかノビの才能も開花させ、若くして有能な戦力と見なされるほど集団の中では重宝された。
そのせいか表向きの仕事は、契約社員という不安定な郵便職員を割り当てられ、多くの裏の仕事を手伝うようになったのである。
だが時代はノビの仕事をやりにくくさせた。家庭用のセキュリティサービスや防犯カメラの発達などにより、数をこなして儲けることが困難になったのだ。
その為念入りな下見がより必要だった。しかし一度成功すれば大きな収穫を得られるケースもあったけれど、日々の生活が楽になる程の稼ぎは期待できなくなっていた。
そうした背景もあって、誠は表の仕事でも一生懸命お金を稼ぐ必要に迫られていた。だから和美や良子の誘惑に乗ったのである。もちろん同様な手を使い、関係を結んでいる女達が他にもいたことは、まだ彼女達にもばれていないはずだった。
和美に呼び出され、この計画を教えられた時は驚いた。それでも実行に加担したのは、誠にとっても悪い話でないと思ったからである。
樋口家に特段恨みはないが、良子の存在はかなり厄介だと感じていた。貯金をしてくれるなど、郵便局員のノルマに貢献してくれたのは有難い。
だがそれを利用し、関係を迫って来た行為には辟易していた。しかも所詮は徹名義の金であり、彼女は誠に好意を持って近づいたとはとても思えなかったからでもある。
おそらく和美との繋がりを知り、同じような手を使ったに違いない。徹の件もあるからか、良子は彼女に対して異常なまでの嫉妬心を持っている。だから和美の寵愛を受けている誠に、ちょっかいを出したに過ぎなかった。
しかし分かっていても、業績が上がる事には違いない。また一度預かった貯金を奪われては成績に響く。その為止むなくずるすると関係を続けていたが、一彦の誘拐に一役買わされてからは、早く手を切りたくて仕方がなかった。
実際に殺すとは聞いておらず、無理やり共犯者として巻き込まれただけでも腹を立てていた。それに恐ろしくもあった。街では連続殺人事件が起こっていた為、あの手口からすると犯人は、彼女かもしれないと本気で疑った程だ。
和美とも似たような関係を持っているが、彼女の場合は貯金を餌に無理やり迫られたわけではなかった。年の割に目鼻立ちがはっきりとして若々しく、女性特有の柔らかい適度な脂肪を身に纏っている彼女に、誠は魅かれていたのである。
実際抱いてみると、傷一つない真っ白な体が徐々に赤く染まっていく様子を見て、本気で夢中になった。二人の関係は、ノルマへの協力だけの結びつきでは決してない。
十五歳も年上だが、そんな年齢の差など感じさせない和美を少しずつ愛し始めていた。年上が好みだったのは母親の顔を知らず育ったからか、マザコンの影響があったのかもしれない。
だが彼女には家まで与えられている徹という男がおり、彼への好意も失われていないと羨んできた。だからこそ良子と関係を持つ度に、後ろめたい気持ちを感じてきたのだ。
その一方で和美とは違う、彼女の薄黒い肌と首筋にある火傷のような醜い傷跡を見せられ、嫌気が差していた。しかも彼女は和美への対抗心からか、何とか綺麗な顔にしようといつもアイプチなどで奇妙な化粧を施している。
その為時々垣間見せる表情がとても不自然で、内面から浮き出る醜さの片鱗を覗かせた時など、一気に興醒めすることが多々あった。
そんな時に春香が立てた企てを聞き、和美も賛同していると知り内心では喜んだ。徹と良子という邪魔者を一度に排除できれば、これほど得することはない。
その上自殺か事故死に見せかけるという計画から考えれば、殺人犯として捕まる可能性も低いと感じた点が背中を後押しした。さらに徹さえいなくなれば、和美と一緒になれるかもしれない。彼女もそれを望んでいるのだとすれば、こんな幸せな事はなかった。
加えてあの忌々しい良子から解放されるのである。徹名義の貯金については万が一相続人が解約したとしても、理由が契約者の死亡であれば成績には響かない。
誠にとってみれば、ローリスクハイリターンなプランの提案だった。それ故彼女達の策略に乗ったのである。
無事役割を終えた誠は、帰りもしっかり合鍵を使って扉を閉め、和美達が待つ家へと急いで向かった。その道中は興奮を抑えきれず、足取りはとても軽かった。
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