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第四章~④

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「だったらあの家の下に、白骨死体があるかどうか確認しましょう。泊さん、何かいい手はないですか」
 意外な依頼だったからか、彼は戸惑っていた。
「本当に見つけるおつもりですか。それでいいのですか」
 大貴や絵美も後に続いた。
「もし発見してしまったら、少なくとも楓のお祖母ちゃんが、殺人に係わっていたと証明する事になりかねないんだぞ」
「そうよ。あなたのお祖父さんがお祖母さんや楓の為を思って、必死に隠そうとしてきたことを、全て無にしてしまうのよ」
 それでも楓は首を振った。
「それならしょうがないよ。このまま謎を放置して疑心暗鬼のままでいたら、前へ進めない。私の最終目的は、お祖父ちゃんと一緒に暮らすことなの」
「それは理解しています。ですが大貴さん達が言うように、万が一発見されればその目的も果たせなくなるかもしれません」
 泊に諫められたが、楓は聞かなかった。
「でもここで止めたら、何も変わりません。私はお祖父ちゃんに距離を置かれたまま、遠くから見つめているだけになります。目の前からいなくなって、五年も探すのを我慢してきました。それでようやく発見してからも、四年近く会うことすら耐えたのです。それでやっと対面できたというのに、向こうからは一切口を聞いてくれない。もうこんな生活はうんざりです」
 彼らの言い分も理解できた。確かにリスクはある。一緒に暮らすどころか、二人の関係が一層破綻するかもしれない。いや、その確率は極めて高いだろう。そうなるくらいなら、いっそ追いかけるのを諦めた方が良いのかもしれない。
 だがそれでいいのかと自身に問うた時、楓は納得できなかった。このままでは何も解決しない。祖父との関係をリセットするには、禁断の謎に迫るしか方法は無いのだ。
 大貴は別の視点から、楓の行動を止めようと試み始めた。
「もし家の下に、誠さんの白骨死体があるとしよう。でもそれを合法的な方法で掘り出すのは、まず不可能だ。何故ならあの家には管理人以外、立ち入ることは出来ない。ましてや床下を掘るなんて無理だ。管理人の田畑さんを買収し実行する方法もあるが、それだと彼らを犯罪者にしてしまう。もちろん依頼した人間も罪に問われる」
「でもあの家の下にある土地は、私の名義よ。自分の土地を掘り返して、何が悪いの」
 楓が反論すると、得意の知識を持って異を唱えてきた。
「いやそうじゃない。確かに民法の二〇七条で、土地の所有権は法令の制限内において、その土地の上下に及ぶとある。ただ具体的な範囲は書かれていないし、厳密な決まりが無い。だから上空も地下も、全て自分の物という訳ではないんだ」
 ただここでいう法令の制限内において、という文言が重要らしい。つまりこの条文以外にも土地所有権の範囲に関する法律が存在し、それによって制限を受ける場合があるからだという。
 例えば「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」というものによれば、公共事業に使われる「大深度地下」の定義は「地表から四十メートル以深」または「建物の支持基盤の最深部から十メートル以深」のうちより深い地下とされている。この法令によれば、一般的に土地の所有権が及ぶ範囲は、地表から四十メートルまでと考えていいそうだ。リニアを通す際、この法律を元に駅周辺の地権者達と交渉したらしい。
 しかしこの制限が適用されるのは、東京、大阪、中部圏など十一都道府県のみで、それ以外の地域では無制限となっていた。もちろんあくまで、常識的な範囲での利用が求められるとの条件が付く。
 そう説明されたが、楓は引き下がらなかった。
「今の話だと詳細には決まっていないけど、土地の下は私の所有物なんでしょ。もし遺体が埋められているとしても、そんなに深くは無理なはず。建物を建てた際に隠したとしたら、土台となる基礎だってあるしね。業者に協力して貰っていたら、コンクリートの中に埋めるような真似も出来たと思うけど。それはないでしょ」
 泊が頷いた。
「有り得ませんね。そんな事をすれば、基礎自体が脆くなり崩れてしまう可能性が高くなります。もしやるならば、基礎より下に穴を掘って埋めるやり方が、かなうと言えるでしょう。それなら宗太郎さんと由子さんの二人が協力すれば、何とかなったと思います」
「つまり死体があるとすれば、基礎のすぐ下だ。それを掘り出すには、家を壊して基礎を崩す必要がある。そんな事をお祖父さんが許すはずはないし、土地の所有者の楓でもそんな権利を持たない」
 大貴が彼の話に追随した為、楓は項垂れた。その様子を見た絵美が、肩を持ってくれた。
「でも土地は楓のものでしょ。横から家の下まで穴を掘ってトンネルを通す、なんてことはできないかな」
 そう聞いて期待が持てると顔を上げたが、大貴は首を振った。
「かなり深い場所にあるなら別だが、そんな事をしてみろ。下手をすれば家が傾くか、倒壊してしまう。第一業者がそんな危険を犯してまで、工事を請け負う真似はしないよ。それにどうやって仕事を依頼するんだ。あの家の地下に白骨死体が埋まっているかもしれないので、トンネルを掘って下さいとでもいうのか。そんな話、誰も信じてくれないし、請けて貰えるはずがないだろう」
「大貴さんのおっしゃる通りです。いくら土地が山内様のものだとしても、他人名義になっている家の地下まで横穴を掘る作業を了承する会社は、まずないと思いますよ。現実的な案では無いですね」
 男二人の反撃にあい、楓達は再び沈黙した。その姿が余りに可哀そうだと感じたのか、大貴が穏やかな声で話しかけてきた。
「出来るかどうかは別にして、白骨死体があるなら発掘したいと本気で思っているのか。他に選択肢はないかもう少し冷静になって、考えたらどうだ」
 カッとなった楓は、彼を睨め付け答えた。
「本気よ。例えお祖母ちゃんが殺人者だったとしても、多分それはやむを得なかったんだと思う。脅迫されて、何かの拍子で死なせてしまったのかもしれない。襲われて、正当防衛で殺してしまった可能性だってあるでしょ」
「もちろんそうなのかもしれないが、死体を隠す行為は許されない」
「だけど当時は磯村不動産の社長になって、まだ間もない頃だから経営も大変だったと思う。一九八六年だったら、バブルの時代で相当忙しい時期でもあったはず。それでもしお祖母ちゃんが逮捕なんてされたら、会社は大変な目に遭っていたかもしれない。従業員達やその家族の生活も、社長なら守らなければならないでしょう。だから止む無く、そうせざるを得なかったとは思わないの」
 興奮していたからか、大貴は同意しながらも諭すように言った。
「俺もそう思うよ。しかしもし白骨死体が出てきたら、警察に届け出ない訳にはいかないだろう。そうしたら楓は殺人者の孫として、世間から誹謗中傷を受けかねない。その覚悟はあるのか」
「自分のお祖母ちゃんが犯した罪を、孫が暴いたと責める人がいるのなら、言わせておけばいい。私はそんなことより、お祖父ちゃんとの関係が、このまま続く方が辛いの。これまでの推理が正しいとすれば、真実が明らかになったら隠す必要も無くなる。だったら私と距離を置く理由もない」
 なかなか引かなかったからだろう。大貴は厳しく言い返してきた。
「そうかもしれないが、何とか隠してきたお祖父さんの努力を、無駄にするとも言える。かえって距離が遠ざかる恐れもあるんだぞ」
「もちろん、そうなるリスクも理解しているわよ。でもお祖父ちゃんは何も悪くない」
「だが犯人隠避の罪にはなる」
「それだって、もう時効になっている事件でしょ。それよりもずっと秘密を抱え続けている苦しみを考えれば、それを解放してあげた方が良いと私は思う」
「それでも決別するといったらどうするつもりだ」
「その時は諦めるしかないわよ」
「それでいいのか」
「何もしないで、このまま居るよりずっとマシ。私の前からいなくなって約十年。居場所を見つけてから、もう四年も経つのよ。そろそろ決着を付けたい」
 知らぬ間に目は潤んでいたが、真剣だった。楓だって辛い。けれどもう我慢の限界だ。祖父との関係をはっきりさせたい。そうしなければ、彼だっていつまでも人の借金を返す日々が続いてしまう。例え一緒に暮らせなくなったとしても、その苦労から解放してあげたかった。
 そうした様子を見て少し怯んだらしい大貴は、一度大きく溜息をついてから、諦めるように言った。
「だったら考えがある。但し大掛かりな作業で、相当な金を支払う覚悟が必要だ。しかも法に触れる危険性もある。それでもやるか」
「何か、いい方法があるの」
 思わぬ提案に飛びついたが、彼は否定した。
「いい方法とは言えない。ただあの家の下に、白骨死体があるかどうかは確認できるだろう。もし無かった場合は、これまでの推論自体を見直す必要がある。または山全体を掘り起こすかどうか、だ」
「本気ですか、大貴さん」
 泊は何をするつもりなのか、薄々気付いたらしい。不安げな表情で、二人の顔を交互に見つめていた。そこで大貴は言った。
「楓がここまで腹を括っているのなら、やるしかないでしょう」
「一体、何をするつもりなの」
 絵美までも、眉間に皺を寄せ尋ねると、彼は言った。
「これから説明するが、楓が嫌だと思ったら辞めよう。その代わり他の方法があるかと言えば、今は思いつかない。だから諦めろ、というしかなくなる」
「もったいぶらずに、早く話して」
 楓が急かすと、彼は説明し始めた。皆でそれを静かに聞いていたが、途中で大騒ぎとなった。
「それならできるというの」
「いくらかかるか、分かって言っているの」
「まずは様々な条件を受け入れた上で、実行してくれる業者がいるかどうか、探さなければいけませんよ」
 侃々諤々かんかんがくがくとしたが、最後に楓の一言で決まった。
「それでやりましょう。相当なお金がかかるといっても、お祖母ちゃんの遺産が底をつく程ではないでしょ。それに元々私が稼いだお金ではないから。泊さんは、大貴が言った条件を飲んでくれる業者を当たって下さい。了承が得られたら、仕事の発注をお願いします。お金については心配ないと、先方に伝えて頂いて構いません」
「承知しました。早速当たって見ましょう。プルーメス社の顧客の中には、そうした会社を経営している方もいらっしゃいますから」
 そうして打ち合わせは終わり、事態は新たな展開を迎えたのだ。
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