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第四章~③
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「光二朗さんも、圭子さんを事故死に見せかけたというの。実の奥さんなのに」
「真之介さんが意図的に事故を起こすよう誘導し、圭子さんを崖に突き落としたとしたら、そうはいかなかっただろう。でも止むを得ない状況だったとすれば、真実を明らかにするより真之介さんを庇った方が得だと判断したのかもしれない」
「だったら真之介さんの時は、どうだっていうの」
「事故後に宗太郎さんだけでなく、光二朗さんは磯村家から経済的援助を受けている。そこで二年経って真之介さんが亡くなれば、自分が磯村家に入ってあわよくば由子さんと結婚できるかもしれないと考えた。または圭子さんの死に真之介さんが関わっていると光二朗さんは知らされていなくて、後で気付いたのかもしれない。それで復讐の為に落とした可能性もある」
「なるほど。兄を崖から突き落とし、圭子さんの事故で兄を庇った父親や義父の誠さんを脅したのかもしれませんね。自分のアリバイを証明させ、事件を事故死にするよう促したとも考えられます」
「ちょっと待って。それらなら光二朗さんの事故はどうなるの。あれも殺人だったというの」
大貴や泊を交互に視線を送りながら、ある仮定に気付いてしまった楓は言った。その様子を感じ取ったらしい彼は、苦し気に答えた。
「真之介さんの事故は、光二朗さんの仕業だと由子さんが知ったのかもしれない。四年間、彼らの面倒を看ていたのに裏切られた。そう考えたと仮定しよう。そこで真之介さんの時と同じく誠さんや宗太郎さんを巻き込み、事故に見せかけたと考えれば辻褄は合う」
「でもお祖母ちゃんは、子供達と一緒に居たんだよね。だったら誠さんか宗太郎さんが、光二朗さんを突き落としたというの」
「そうかもしれないし、由子さんが宗太郎さんまたは誠さんと一緒にやったのかもしれない。子供の面倒は、誠さんか宗太郎さんのどちらかに看て貰えばいいんだから。どちらにしても、女性一人で光二朗さんを突き落とし殺したとは思えない。万が一失敗した場合を考えれば、もう一人くらいはいないと難しいだろう」
「それで磯村家の呪い、または倉田家の呪いって言われ続けたのかな。由子さんが最後の件に関わっていたとしたら、死ぬ間際に楓のお祖父さんは真相を聞いたのかもしれない。それで死後離婚して磯村家との関わりを断ったとすれば、理解できるよね。それに楓を遠ざけたのは、万が一にでも殺人者の孫と呼ばれ無いようにする為だったとすれば、納得できる」
絵美の言葉を大貴は訂正した。
「大体は俺も同じ考えだ。けど一つ違う点がある」
「どこよ」
「光二朗さんの件は、最後じゃない。誠さんの失踪が残っている」
「え、もしかして、」
楓達は絶句した。その為大貴が躊躇していると、泊が発言した。
「今までの流れからいえば、誠さんの失踪は不自然です。お金を貰ってどこかに消えたとも考えられますが、それよりまず口封じされた確率の方が高いでしょう。ただでさえお金に汚い男だとの噂がありましたから、由子さんは逆に強請られていたのかもしれません」
「お祖母ちゃんが、誠さんを殺したというの」
楓は全く信じられなかった。しかし大貴が後を続けた。
「これも女性一人では難しいだろう。宗太郎さんの力を借りたんじゃないかな。それに死体の処分だって、相当な重労働だから」
「磯村家が所有する山のどこかへ埋めたとしたら、まず発見される心配もないでしょう」
泊がそう付け加えた後、皆が口を閉ざした。これまでの話は、あくまで仮定による考察に過ぎない。しかし長い間色々な調査を続けて来た四人だからこそ解けなかった謎の答えとして、これ以上のものはなさそうに思えたからだろう。
ただしばらくの沈黙の後、泊が決定的な一言を告げた。
「今の話が事実だったとしても、その証明は不可能です。何故なら、関係者が全員亡くなっています。また山内様のお祖父様も、お祖母様から話を聞いただけに過ぎないでしょう。それに殺人の時効も成立していますから、罰せられる人は誰もいません」
「真実を知るのは、お祖父ちゃんだけという事ですよね」
「はい。しかしこれまでの状況を考えれば、彼が口を割ることは無いでしょう。それは、山内様や磯村家の名誉を慮った上でのご判断だと思います」
そこで絵美が口を挟んだ。
「もし誠さんの死体が、磯村家の山から発見されたらどうなりますか。よく刑事ドラマでありますよね。豪雨なんかで山が崩れ、死体が出て来たって話。その場合、どうなりますか」
「今なら間違いなく、白骨化しているでしょう。状態によると思いますが、明らかに殺されたと分かれば警察も動くでしょう。ただ三十七年前ですからね。殺人の時効がなくなったのは、十七年前の一九九五年四月二十八日以降です。つまり罰しようがありません。もし野垂れ死んだようなら、失踪した挙句に亡くなったとみなされて終わりです。ただ今更死体が出てくるとは考え難い。私達が探したとしても、あの山から見つけ出すのはまず不可能でしょう」
「そうですよね」
だが大貴はそこで、何か引っかかりを覚えたようだ。これまで泊が作成した報告書に目を通し直した彼は、ある個所に目を留め確認した。
「泊さん、ちょっと見てください。以前調べて頂いた中で、一九八一年に建築法が改正された影響からか、楓も住んでいたN県の古くなった家は建て替えられた、とありますよね」
初期の頃の調査だったからか、彼はキョトンとした表情をした。余り良く覚えていないようだったが、それでも報告書を見て記憶が蘇ったのだろう。淡々と答えてくれた。
「そうでしたね。一九五〇年に建築法が改正された際、その後の一九五六年にもあの家は別荘地として建て替えされています。さらに一九八一年にも法改正されて、築年数が三十年近く経過していたからでしょう。一九八六年に木造から、重量鉄骨造りに改築されています。それがどうかされましたか」
「一九八六年といえば、誠さんが失踪した年じゃないですか」
そこで彼を含めた全員が、大貴の発言の意図を理解した。楓は真っ先に口を開いた。
「もしかして、家の下に死体が埋められているとでもいうの」
「木造だと耐用年数は短い。だけど重量鉄骨造りならかなり持つ。しかも長期間放置していたとしても、そう簡単には崩れない」
「確かに今後山内様のお祖父様が亡くなれば、身内がいないので遺贈しない限り国有財産になります。でもあの村のあのような立地では使い道がなく、放置されたままになる可能性は高いでしょうね」
「でも今って空き家が問題視され出して、強制撤去できるようになりましたよね。それが国の所有物なら尚更じゃないですか」
絵美の疑問に、大貴が説明し始めた。確かに全国で空き家問題が発生した為、二〇一〇年に埼玉県所沢市が「空き家等の適正管理に関する条例」を初めて制定している。それまでは担当部署が明確でなく、所有者への指導に法的根拠がない点がネックとなり、行政として今にも崩れそうな家があるという苦情を受けても、打つ手のない状況が続いていた。
しかし所沢市は危機管理課防犯対策室を担当とし、条例を制定することで勧告に従わない場合には氏名を公表、最終的には警察等に依頼、撤去も行えるという対処方法を示したという。その結果、所沢市ではそれまで年間数件程度だった自主的な空き家の撤去が十件以上に増加し、条例制定の効果を証明したのだ。
それがきっかけとなり、全国各地で空き家対策条例が制定された。しかしこれも万能ではない。例えば、撤去するにはいくつかの条件が必要となる。
第一に、倒壊等著しく保安上危険となる恐れのある状態である事。第二に、著しく衛生上有害となる恐れのある状態である事。第三に、適切な管理が行われないことにより、著しく景観を損なっている状態である事、第四に、その他周辺の生活環境の保全を図るために、放置することが不適切である状態である事。
そうした条件をクリアしたものが、撤去の対象となる。就職の為に学んだのだろう不動産の知識を披露した上で、彼は続けた。
「あの村の家が第一の条件をクリアしたとしても、第二の条件を満たすとは思えない。何故ならあの場所は、最も近い家の管理を任されている田畑家まで、歩いて五分程かかる距離がある。朽ち果てたとしても人里離れた場所だから、衛生上有害になるとは思えない。また著しく景観を損ねると言い出す人もいないだろう。その他周辺の生活環境の保全を図る為に、放置が不適切だとも考え難い」
これに泊は賛同した。
「そうですね。しかも国の所有となれば余計な予算をかけてまで、あのような場所にある家をわざわざ壊そうとはしないでしょう。全国でも戦前から放置されたままになっている廃墟が、いくらだってありますからね」
「それに土地は個人の私有地、つまり楓の物だから敢えて壊すメリットもない。もしあの一体全てが国有地だったら、何かの開発計画を立ち上げ取り壊す可能性もあるだろう。そうならないよう、楓のお祖母さんは意図的に土地と建物の所有者を分けたのかもしれない」
「ちょっと待って。今の話だとお祖母ちゃんが人を殺したのは間違いないってことでしょ。私はそんな想像をしたくない」
楓は頭を強く振って否定したが、大貴は声を落として言った。
「もちろんあくまで仮定の一つにしか過ぎない。ただもしそうなら、お祖父さんが磯村家と縁を切るだけでなく、楓を敬遠してあの家に近づけさせないようにした意味が、全て繋がる。ただこれも今更白骨死体を発見したからと言って、誰一人罪には問えない。それに磯村家の血を引く楓は殺人者の孫と後ろ指を差され、事実を隠蔽しようとしたお祖父さんも非難されるだろう。得をする者がいないのなら、これ以上の調査は止めてもいいんだ」
四年と言う長い歳月をかけてきた結果が、こういう形で終わるなんて楓も本意ではなかった。それに事故死や失踪が殺人だというのは、あくまで推論だ。裏付ける証拠は、何一つ見つかっていない。
けれど今の段階では、最も真実に近い推論と考えざるを得ないのも事実だった。つまりこれまで楓達は、禁断の謎を追いかけ続けてきたことになる。
真実を明らかにした結果が楓や祖父を不幸にするのなら、このまま蓋をする選択をしたとしても、間違いではないだろう。それも止むを得ない。世の中には、知らない方が幸せなものもあると聞く。そう身を持って体験し、痛感したと思うしかないのかもしれない。この場にいる楓以外は皆、そう考えたのだろう。その為、長い沈黙が続いた。
知りたくもない真実に辿り着き、苦しむのはお前自身だと言った父の言葉を思い出す。あれは意外にも的を射ていたようだ。しかし調査料についてはどうでもいいが、これまで長い時間をかけ、泊だけでなく絵美や大貴にまで迷惑をかけてきた。この調査自体を始めたのは楓だ。つまり最終的な結論を出すのも、自分しかいない。その言葉を、他の三人は待っていると感じられた。
そこで思い切って決断をし、静寂を破った。
「真之介さんが意図的に事故を起こすよう誘導し、圭子さんを崖に突き落としたとしたら、そうはいかなかっただろう。でも止むを得ない状況だったとすれば、真実を明らかにするより真之介さんを庇った方が得だと判断したのかもしれない」
「だったら真之介さんの時は、どうだっていうの」
「事故後に宗太郎さんだけでなく、光二朗さんは磯村家から経済的援助を受けている。そこで二年経って真之介さんが亡くなれば、自分が磯村家に入ってあわよくば由子さんと結婚できるかもしれないと考えた。または圭子さんの死に真之介さんが関わっていると光二朗さんは知らされていなくて、後で気付いたのかもしれない。それで復讐の為に落とした可能性もある」
「なるほど。兄を崖から突き落とし、圭子さんの事故で兄を庇った父親や義父の誠さんを脅したのかもしれませんね。自分のアリバイを証明させ、事件を事故死にするよう促したとも考えられます」
「ちょっと待って。それらなら光二朗さんの事故はどうなるの。あれも殺人だったというの」
大貴や泊を交互に視線を送りながら、ある仮定に気付いてしまった楓は言った。その様子を感じ取ったらしい彼は、苦し気に答えた。
「真之介さんの事故は、光二朗さんの仕業だと由子さんが知ったのかもしれない。四年間、彼らの面倒を看ていたのに裏切られた。そう考えたと仮定しよう。そこで真之介さんの時と同じく誠さんや宗太郎さんを巻き込み、事故に見せかけたと考えれば辻褄は合う」
「でもお祖母ちゃんは、子供達と一緒に居たんだよね。だったら誠さんか宗太郎さんが、光二朗さんを突き落としたというの」
「そうかもしれないし、由子さんが宗太郎さんまたは誠さんと一緒にやったのかもしれない。子供の面倒は、誠さんか宗太郎さんのどちらかに看て貰えばいいんだから。どちらにしても、女性一人で光二朗さんを突き落とし殺したとは思えない。万が一失敗した場合を考えれば、もう一人くらいはいないと難しいだろう」
「それで磯村家の呪い、または倉田家の呪いって言われ続けたのかな。由子さんが最後の件に関わっていたとしたら、死ぬ間際に楓のお祖父さんは真相を聞いたのかもしれない。それで死後離婚して磯村家との関わりを断ったとすれば、理解できるよね。それに楓を遠ざけたのは、万が一にでも殺人者の孫と呼ばれ無いようにする為だったとすれば、納得できる」
絵美の言葉を大貴は訂正した。
「大体は俺も同じ考えだ。けど一つ違う点がある」
「どこよ」
「光二朗さんの件は、最後じゃない。誠さんの失踪が残っている」
「え、もしかして、」
楓達は絶句した。その為大貴が躊躇していると、泊が発言した。
「今までの流れからいえば、誠さんの失踪は不自然です。お金を貰ってどこかに消えたとも考えられますが、それよりまず口封じされた確率の方が高いでしょう。ただでさえお金に汚い男だとの噂がありましたから、由子さんは逆に強請られていたのかもしれません」
「お祖母ちゃんが、誠さんを殺したというの」
楓は全く信じられなかった。しかし大貴が後を続けた。
「これも女性一人では難しいだろう。宗太郎さんの力を借りたんじゃないかな。それに死体の処分だって、相当な重労働だから」
「磯村家が所有する山のどこかへ埋めたとしたら、まず発見される心配もないでしょう」
泊がそう付け加えた後、皆が口を閉ざした。これまでの話は、あくまで仮定による考察に過ぎない。しかし長い間色々な調査を続けて来た四人だからこそ解けなかった謎の答えとして、これ以上のものはなさそうに思えたからだろう。
ただしばらくの沈黙の後、泊が決定的な一言を告げた。
「今の話が事実だったとしても、その証明は不可能です。何故なら、関係者が全員亡くなっています。また山内様のお祖父様も、お祖母様から話を聞いただけに過ぎないでしょう。それに殺人の時効も成立していますから、罰せられる人は誰もいません」
「真実を知るのは、お祖父ちゃんだけという事ですよね」
「はい。しかしこれまでの状況を考えれば、彼が口を割ることは無いでしょう。それは、山内様や磯村家の名誉を慮った上でのご判断だと思います」
そこで絵美が口を挟んだ。
「もし誠さんの死体が、磯村家の山から発見されたらどうなりますか。よく刑事ドラマでありますよね。豪雨なんかで山が崩れ、死体が出て来たって話。その場合、どうなりますか」
「今なら間違いなく、白骨化しているでしょう。状態によると思いますが、明らかに殺されたと分かれば警察も動くでしょう。ただ三十七年前ですからね。殺人の時効がなくなったのは、十七年前の一九九五年四月二十八日以降です。つまり罰しようがありません。もし野垂れ死んだようなら、失踪した挙句に亡くなったとみなされて終わりです。ただ今更死体が出てくるとは考え難い。私達が探したとしても、あの山から見つけ出すのはまず不可能でしょう」
「そうですよね」
だが大貴はそこで、何か引っかかりを覚えたようだ。これまで泊が作成した報告書に目を通し直した彼は、ある個所に目を留め確認した。
「泊さん、ちょっと見てください。以前調べて頂いた中で、一九八一年に建築法が改正された影響からか、楓も住んでいたN県の古くなった家は建て替えられた、とありますよね」
初期の頃の調査だったからか、彼はキョトンとした表情をした。余り良く覚えていないようだったが、それでも報告書を見て記憶が蘇ったのだろう。淡々と答えてくれた。
「そうでしたね。一九五〇年に建築法が改正された際、その後の一九五六年にもあの家は別荘地として建て替えされています。さらに一九八一年にも法改正されて、築年数が三十年近く経過していたからでしょう。一九八六年に木造から、重量鉄骨造りに改築されています。それがどうかされましたか」
「一九八六年といえば、誠さんが失踪した年じゃないですか」
そこで彼を含めた全員が、大貴の発言の意図を理解した。楓は真っ先に口を開いた。
「もしかして、家の下に死体が埋められているとでもいうの」
「木造だと耐用年数は短い。だけど重量鉄骨造りならかなり持つ。しかも長期間放置していたとしても、そう簡単には崩れない」
「確かに今後山内様のお祖父様が亡くなれば、身内がいないので遺贈しない限り国有財産になります。でもあの村のあのような立地では使い道がなく、放置されたままになる可能性は高いでしょうね」
「でも今って空き家が問題視され出して、強制撤去できるようになりましたよね。それが国の所有物なら尚更じゃないですか」
絵美の疑問に、大貴が説明し始めた。確かに全国で空き家問題が発生した為、二〇一〇年に埼玉県所沢市が「空き家等の適正管理に関する条例」を初めて制定している。それまでは担当部署が明確でなく、所有者への指導に法的根拠がない点がネックとなり、行政として今にも崩れそうな家があるという苦情を受けても、打つ手のない状況が続いていた。
しかし所沢市は危機管理課防犯対策室を担当とし、条例を制定することで勧告に従わない場合には氏名を公表、最終的には警察等に依頼、撤去も行えるという対処方法を示したという。その結果、所沢市ではそれまで年間数件程度だった自主的な空き家の撤去が十件以上に増加し、条例制定の効果を証明したのだ。
それがきっかけとなり、全国各地で空き家対策条例が制定された。しかしこれも万能ではない。例えば、撤去するにはいくつかの条件が必要となる。
第一に、倒壊等著しく保安上危険となる恐れのある状態である事。第二に、著しく衛生上有害となる恐れのある状態である事。第三に、適切な管理が行われないことにより、著しく景観を損なっている状態である事、第四に、その他周辺の生活環境の保全を図るために、放置することが不適切である状態である事。
そうした条件をクリアしたものが、撤去の対象となる。就職の為に学んだのだろう不動産の知識を披露した上で、彼は続けた。
「あの村の家が第一の条件をクリアしたとしても、第二の条件を満たすとは思えない。何故ならあの場所は、最も近い家の管理を任されている田畑家まで、歩いて五分程かかる距離がある。朽ち果てたとしても人里離れた場所だから、衛生上有害になるとは思えない。また著しく景観を損ねると言い出す人もいないだろう。その他周辺の生活環境の保全を図る為に、放置が不適切だとも考え難い」
これに泊は賛同した。
「そうですね。しかも国の所有となれば余計な予算をかけてまで、あのような場所にある家をわざわざ壊そうとはしないでしょう。全国でも戦前から放置されたままになっている廃墟が、いくらだってありますからね」
「それに土地は個人の私有地、つまり楓の物だから敢えて壊すメリットもない。もしあの一体全てが国有地だったら、何かの開発計画を立ち上げ取り壊す可能性もあるだろう。そうならないよう、楓のお祖母さんは意図的に土地と建物の所有者を分けたのかもしれない」
「ちょっと待って。今の話だとお祖母ちゃんが人を殺したのは間違いないってことでしょ。私はそんな想像をしたくない」
楓は頭を強く振って否定したが、大貴は声を落として言った。
「もちろんあくまで仮定の一つにしか過ぎない。ただもしそうなら、お祖父さんが磯村家と縁を切るだけでなく、楓を敬遠してあの家に近づけさせないようにした意味が、全て繋がる。ただこれも今更白骨死体を発見したからと言って、誰一人罪には問えない。それに磯村家の血を引く楓は殺人者の孫と後ろ指を差され、事実を隠蔽しようとしたお祖父さんも非難されるだろう。得をする者がいないのなら、これ以上の調査は止めてもいいんだ」
四年と言う長い歳月をかけてきた結果が、こういう形で終わるなんて楓も本意ではなかった。それに事故死や失踪が殺人だというのは、あくまで推論だ。裏付ける証拠は、何一つ見つかっていない。
けれど今の段階では、最も真実に近い推論と考えざるを得ないのも事実だった。つまりこれまで楓達は、禁断の謎を追いかけ続けてきたことになる。
真実を明らかにした結果が楓や祖父を不幸にするのなら、このまま蓋をする選択をしたとしても、間違いではないだろう。それも止むを得ない。世の中には、知らない方が幸せなものもあると聞く。そう身を持って体験し、痛感したと思うしかないのかもしれない。この場にいる楓以外は皆、そう考えたのだろう。その為、長い沈黙が続いた。
知りたくもない真実に辿り着き、苦しむのはお前自身だと言った父の言葉を思い出す。あれは意外にも的を射ていたようだ。しかし調査料についてはどうでもいいが、これまで長い時間をかけ、泊だけでなく絵美や大貴にまで迷惑をかけてきた。この調査自体を始めたのは楓だ。つまり最終的な結論を出すのも、自分しかいない。その言葉を、他の三人は待っていると感じられた。
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