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第六章~④
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前代未聞の会見となった為、マスコミ各社はこぞって大々的に取り上げた。
その為警察は、雄太の死をあくまで事故だと言い張るしかなくなった。作品内で書かれていたように雄太の死を殺人として再捜査すれば、事実と認めてしまうからだ。おかげで田北が藤子を脅したような展開にはならずに済んだのである。
こうしておけば、今後も公安や警察は下手な動きができない。藤子が言うように、あくまでフィクションであるとの姿勢を貫いていた。そうやって外部からの余計な詮索を回避し、放って置くのが得策と思わせたのだ。
ちなみに矢代は彼の本当の名で、別件の罪により逮捕され服役した。外にいればいつかマスコミに探し当てられ餌食になるかもしれない。そう考えた公安は、本名で刑務所に送り身を守ろうとしたのだろう。と同時に、彼が起こした罪を償わせようとしたに違いない。
というのも、彼は雄太以外に人を殺した過去が実際あったからだという。相手は情報収集先の協力者だったようだ。驚いたことに、伊豆半島沖で発見された白骨死体というのがその人物だった。身元がばれた為に殺し、公安に隠れエスの仲間内で隠蔽すると決めて海に沈めたらしい。
雄太の件を機に、他でも同じような犯罪をしていないかと疑い彼の過去を洗い直したところ、そうした事実が発覚したという。そこで相手が一般人だったことから事実を公にしても良いと判断した公安は、彼を本当に殺人罪で逮捕し起訴に踏み切ったのだ。
表向きは一人しか殺していない為死刑にはできないだろうが、恐らく彼が外へ出てくるのは相当先になると思われた。
また彼女の母である綿貫は痴呆症にかかったことにされ、本名で老人養護施設へと入所させられたと聞く。こうして彼らは完全に外の世界から隔離されてしまった。
藤子がインパクトのある場を作ったことで、世間からの注目を前回以上に浴びるよう仕向けた効果は絶大だった。おかげでデビュー二作目の本は、一作目をしのぐ空前の大ヒットを記録した。
藤子の狙いは他にもあった。騒ぎを起こした芥山賞作家という知名度を生かして当選を勝ち取り、自治体の長となって理想郷をつくることだ。これは有名な某賞を受賞し、その経歴を生かして自治体の議員になった先駆者を真似た。
小さな自治体を選んだのも、知名度がありまともな政策を持ってさえいれば、当選も難しくないと判断したからである。その上財政規模が小さい分、国による補助金を含めテコ入れをすれば効果も出やすい。
またその地はかつて保曽井家が住んでいた地区から近い場所にあり、多少縁があったことも選んだ理由の一つだった。過疎化を食い止め街の活性化に成功し周辺地域への波及効果が起これば、一種の恩返しにもなると思ったからだ。
最初はこれまで得た両親の遺産や自らが得た給与や印税、また弟の死によって残された遺産のほとんどを、彼の意志に即した団体に寄付しようと考えていた。しかしそれでいいのかと悩んだ時、雄太や竜崎は寄付だけでなく自ら動きボランティアをしていた話を思い出したのだ。
そこで考え付いたのが、過疎化した自治体における政策を変えて一人でも多くの人を外部から招き、この生き辛い世の中から脱したコミュニティを形成する方法だった。そうすればもっと有意義な活動を自らの手で継続させられるのでは、と閃いたのである。
好都合だったのは、日本でもようやく夫婦別姓選択制度を採用すべきで、同性婚も認めていいのではないかとの議論が本格化しつつあった点だ。
と同時に「マイノリティ等差別禁止法」も制定され、教育現場や職場、医療や公的サービス、社会保障について大きく見直される方針が取られるようになっていた。
しかし現実は新型感染症拡大化で経験した時と同じく、各自治体により制度がバラバラで追い付いていなかった。そこで藤子は、過疎化に頭を悩ましている地域に目を付けたのである。
藤子が選挙で掲げた公約の一つは、自分が長となれば現在過疎化で困っている町を活性化させるものだ。その一環として、世の中から生産性が無いと誹謗中傷を受けている人々を支援する施設を作ると訴えた。そうすれば外部からより多くの人を呼び集められる。
まずは同性婚が法的に認められるまでの間、自治体においてマイノリティ同士の結婚を認めるパートナーシップ制度を取り入れ、結婚証明書の発行を約束した。
さらに様々な要因で親と離れざるを得なくなった子供や、都会の生活に疲れ病んでしまったニート達や登校拒否になってしまった子供達が住む、居住空間の確保も掲げた。
経済的に困窮して生活保護の需給が必要な人達の為にも、廃校した建物や空き家等を修繕し、家賃は無料から月三千円程度までの幅で設定。さらに山水を使用し、水道代を大幅に割り引きすると提案。
また里親制度や特別養子縁組制度を利用した家庭には、自治体から手厚い援助する等、子供の育成環境を第一に考えた体制を整えると意気込みを示した。
子供を産めないマイノリティのカップルが子供を育てたいと願えば、親にだってなれる。その上子供を産めない夫婦の移住を促進し、彼らにも親になる権利を優先的に与えると働き掛けたのだ。
もちろん中には性転換し、戸籍上夫婦となる人や子供を産む家庭もある。そういう人々にも自治体から出産費用の全額負担や、子供手当の充実等目配りの利いた保護を行うと主張した。
ニート達も移り住めば生活費を賄う為、共同生活をして互いに助け合ったり、必要最低限の労働等が必要となったりする。例えば農業の手伝いや、高齢者や子供達の相手をして稼ぐのだ。つまり厳密にいえばニートではなくなる。
よってこうした政策が実現すれば、若い世代と将来を担う子供により高齢者ばかりとなった地域を若返らせ、過疎化を防ぐと共に労働力も得られると考えた。人が集まれば出来る仕事も増える。例えそれがニートであろうとも、生活保護を受ける者であっても同じだ。
生活保護の実質的な財政は七十五%を国で、残り二十五%が自治体の負担となる。ただ自前の財源で足りない場合は、総務省から出る地方交付税で概ねカバーされる仕組みだった。
その為利用者が増えても、財政負担にはほとんど影響しない。それどころかむしろ国のお金で消費を回せる為、地域経済にはプラスになる。加えて住宅扶助費を低く抑える事で支出も減らせた。
また新型感染症の拡大化を経験した世界ではリモートワークが進んだ為、都市に集中していた人々が地方に移住するケースは増えた。よってそうした環境さえ整っていれば、過疎化した地域でも人を集められる状況に変わりつつあった点も、政策の追い風となった。
その後押しとしてより魅力的なアピールポイントに選んだのが、これまで阻害されてきた人々でもより人間らしく自分らしく生きる場所を提供するという枠組み作りだったのである。
他にも過疎の町を縦断する無人バスの導入により、高齢者がどこへでも出かけやすくするとアピールした。懸念される医療不足については、手厚い保護で医師や看護師を募って体制も整えると訴えた。
各政策の実現にかかる費用は、まず藤子が持つ五億円以上の資産を基金とした財団で賄う公約も掲げた。
これは藤子が立候補した自治体の財政支出のおよそ一割分に相当する。財源の内訳は雄太の遺産から約二億八千万、藤子の資産から二億円余りを拠出していた。
芥山賞を取った“伝えたい”が増刷を重ねたことで印税が約二億円近く入った上、二冊目の本も騒動の反響によりミリオンを記録。そこからも約二億円以上の収入を得られた為、そこから引かれる税金を計算し、作家になるまで貯蓄してきた個人資産とのバランスを考えた結果、それだけの財団ができたのだ。
その後は外部から人が集まり労働人口が増えて活気付けば、自治体の税収だけでも十分持続可能な態勢が整えられると計算した。
また藤子が得られるだろう首長の給与を月三十万円に削減し政策実現の財源に充て、今後得られるだろう作家としての副収入の七割は、財団に寄付すると公言した。
二〇一八年時点の、全国一七八八ある自治体の首長の平均月額給与は約八十万だ。最も低いのが財政再建中の夕張市で月約二十六万弱である点を考慮すれば、異例の低年収といえる。その上私財を投げ打って設立する財団は、例え藤子が選挙に敗れたとしても解散しないと断言した。
「財団の理念に沿う政策が別の自治体の元で行われるならば、必ず支援致します。この財団は首長選に勝つ為だけの活動ではなく、あくまでマイノリティの権利を守り、生きる道を閉ざされ公平な社会制度を受けられない人達を支えます。選択肢を奪うのではなく多く与える社会を実現する為に、私は戦い続けます」
そう高らかに宣言したのだ。これが雄太の意志を生かし、かつ本当に自分がしたいと心のどこかで思い描いていた夢であり、実現できる手段だと藤子は確信していた。
決して自分は生産性のない人間ではないと証明したい。同じくそう責められていると悩む人々達が新たに生き直せる場所づくりを、今の自分ならできるのではないかと気付いたのである。
そこで作家としての知名度に加え、二十年余りの会社生活で培った営業職としての経験やFP知識等を活用し、様々な立場にある人達に対しできるだけ一人一人にあったライフプランニングを練り、理想郷の実現に取り組むと決めたのだ。
しかしそうした運動に、差別的偏見を持つ集団は必ず存在する。当然対抗馬に立った候補者は、田舎特有の閉鎖的な人脈に働きかけるだけでなく、そうした外部のヘイト集団から支持を取り付けた。
彼らは声高に訴えた。
「同性愛者やニート、または引き籠りなど異常な人間ばかりを集めれば、ただでさえ過疎に苦しむこの地域は崩壊するだろう。しかも親から捨てられたりした子供を集めるような施設をこのような田舎に建設すれば、平穏な生活など出来なくなる。彼らは大きくなれば、問題行動を起こす危険性が高いからだ。もし大人しく育ったとしても、いずれ成長すれば土地を離れていくに違いない。定住が期待できない者達に、ただでさえ少ない財源を充てるなんて全く無駄であり、ドブにお金を捨てるようなものだ」
攻撃の矛先は藤子個人だけでなく、雄太や財団にまで及んだ。
「立候補を表明している人物の祖父はかつて特高に在籍し、戦前はこの近くの地域に住む人々を監視していた奴だ。拷問等で人を苦しませ時には殺し、恐怖のどん底へと落としめていた人物の孫が、異常者となって再びこの地域に現れおかしな集団を創ろうとしている。しかもその血筋を引く彼の弟は、スパイの手先となって違法に別名義を取得していた犯罪者だ。そんな奴らが手にした汚いお金で作った財団など、信用できる訳がない」
彼らは街宣車を集め、毎日のように叫び始めたのである。
この騒ぎにマスコミも飛びついた。その為同じような差別思想を持った議員だけでなく、胡散臭い学者または知識人と名乗る人達が、テレビのワイドショーやSNS等で聞くに堪えない、見るに忍びない罵詈雑言の数々を垂れ流し始めたのである。よって普段は静かなその土地が、これまで経験したこともない騒動に巻き込まれたのだ。
しかしその一方で、ヘイト集団に対抗するマイノリティ達や分別をわきまえた人々も立ち上がった。これは一自治体の問題ではなく、日本や世界全体における差別の縮図と捉えたのだろう。そこで看過できないと声を上げた同志が一斉に決起した。
反ヘイトの動きはやがて世界中を巻き込む、一大紛争まで発展した。そのおかげで藤子の運動は想像以上の反響を呼び、また功を奏した。自治体に住む人々の賛同を多く得ただけでなく、全国または世界各地から応援されたのである。
下馬評では一時苦戦を強いられた時期もあったが、その後盛り返しまず選挙に勝てる目算が立つまで形勢は逆転した。さらには世界中の支持者から藤子が作った財団への寄付が殺到し、その規模はどんどんと膨らんでいったのである。
ちなみに美奈代はこうした騒動に巻き込まれないよう、慎一郎のいるシンガポールへと旅立った。当然綾や百花も一緒だ。
幸いだったのは、兄は新型感染症拡大化の中でも業績をアップさせた成果が会社に認められたらしい。部長待遇から部長へと帰り咲き、給与もアップしたとの噂を耳にした。
住む場所は兄が会社から与えられる社宅があるし、まだ幼い百花の面倒を美奈代が見ていれば、教育費はかからない。綾の就職先も兄の伝手で良い条件の職場が見つかったと聞く。その中で彼女達が兄の元へ行き最も良かった点は、贅沢品が好きな美奈代の浪費癖がなくなった事だろう。
もちろん海外で暮らす苦労は、これから色々あるに違いない。しかし秀人夫婦を除く家族が全員揃ったのだ。これまでになかった結束が、彼らの新たな生活の中で産まれるのではないだろうか。少なくともばらばらだった心が、繋がりを持つきっかけにはなったと思われる。後は兄達の個々の努力に期待するしかない。
藤子は選挙活動をしながら自分を取り戻し、公約を実現させる為に走り回り四苦八苦する毎日を過ごしていた。
そんな所に、再び予期せぬ人物が現れた。それは井尻兄妹だった。彼らはエスを辞めた後、自分達と同じ境遇の子供達を救いたいと考えたらしい。そこで藤子の活動を応援するべく移住して来たという。さらに選挙活動の手伝いを買って出たのだ。
こうして三人は新たな一歩を踏み出したのである。
その為警察は、雄太の死をあくまで事故だと言い張るしかなくなった。作品内で書かれていたように雄太の死を殺人として再捜査すれば、事実と認めてしまうからだ。おかげで田北が藤子を脅したような展開にはならずに済んだのである。
こうしておけば、今後も公安や警察は下手な動きができない。藤子が言うように、あくまでフィクションであるとの姿勢を貫いていた。そうやって外部からの余計な詮索を回避し、放って置くのが得策と思わせたのだ。
ちなみに矢代は彼の本当の名で、別件の罪により逮捕され服役した。外にいればいつかマスコミに探し当てられ餌食になるかもしれない。そう考えた公安は、本名で刑務所に送り身を守ろうとしたのだろう。と同時に、彼が起こした罪を償わせようとしたに違いない。
というのも、彼は雄太以外に人を殺した過去が実際あったからだという。相手は情報収集先の協力者だったようだ。驚いたことに、伊豆半島沖で発見された白骨死体というのがその人物だった。身元がばれた為に殺し、公安に隠れエスの仲間内で隠蔽すると決めて海に沈めたらしい。
雄太の件を機に、他でも同じような犯罪をしていないかと疑い彼の過去を洗い直したところ、そうした事実が発覚したという。そこで相手が一般人だったことから事実を公にしても良いと判断した公安は、彼を本当に殺人罪で逮捕し起訴に踏み切ったのだ。
表向きは一人しか殺していない為死刑にはできないだろうが、恐らく彼が外へ出てくるのは相当先になると思われた。
また彼女の母である綿貫は痴呆症にかかったことにされ、本名で老人養護施設へと入所させられたと聞く。こうして彼らは完全に外の世界から隔離されてしまった。
藤子がインパクトのある場を作ったことで、世間からの注目を前回以上に浴びるよう仕向けた効果は絶大だった。おかげでデビュー二作目の本は、一作目をしのぐ空前の大ヒットを記録した。
藤子の狙いは他にもあった。騒ぎを起こした芥山賞作家という知名度を生かして当選を勝ち取り、自治体の長となって理想郷をつくることだ。これは有名な某賞を受賞し、その経歴を生かして自治体の議員になった先駆者を真似た。
小さな自治体を選んだのも、知名度がありまともな政策を持ってさえいれば、当選も難しくないと判断したからである。その上財政規模が小さい分、国による補助金を含めテコ入れをすれば効果も出やすい。
またその地はかつて保曽井家が住んでいた地区から近い場所にあり、多少縁があったことも選んだ理由の一つだった。過疎化を食い止め街の活性化に成功し周辺地域への波及効果が起これば、一種の恩返しにもなると思ったからだ。
最初はこれまで得た両親の遺産や自らが得た給与や印税、また弟の死によって残された遺産のほとんどを、彼の意志に即した団体に寄付しようと考えていた。しかしそれでいいのかと悩んだ時、雄太や竜崎は寄付だけでなく自ら動きボランティアをしていた話を思い出したのだ。
そこで考え付いたのが、過疎化した自治体における政策を変えて一人でも多くの人を外部から招き、この生き辛い世の中から脱したコミュニティを形成する方法だった。そうすればもっと有意義な活動を自らの手で継続させられるのでは、と閃いたのである。
好都合だったのは、日本でもようやく夫婦別姓選択制度を採用すべきで、同性婚も認めていいのではないかとの議論が本格化しつつあった点だ。
と同時に「マイノリティ等差別禁止法」も制定され、教育現場や職場、医療や公的サービス、社会保障について大きく見直される方針が取られるようになっていた。
しかし現実は新型感染症拡大化で経験した時と同じく、各自治体により制度がバラバラで追い付いていなかった。そこで藤子は、過疎化に頭を悩ましている地域に目を付けたのである。
藤子が選挙で掲げた公約の一つは、自分が長となれば現在過疎化で困っている町を活性化させるものだ。その一環として、世の中から生産性が無いと誹謗中傷を受けている人々を支援する施設を作ると訴えた。そうすれば外部からより多くの人を呼び集められる。
まずは同性婚が法的に認められるまでの間、自治体においてマイノリティ同士の結婚を認めるパートナーシップ制度を取り入れ、結婚証明書の発行を約束した。
さらに様々な要因で親と離れざるを得なくなった子供や、都会の生活に疲れ病んでしまったニート達や登校拒否になってしまった子供達が住む、居住空間の確保も掲げた。
経済的に困窮して生活保護の需給が必要な人達の為にも、廃校した建物や空き家等を修繕し、家賃は無料から月三千円程度までの幅で設定。さらに山水を使用し、水道代を大幅に割り引きすると提案。
また里親制度や特別養子縁組制度を利用した家庭には、自治体から手厚い援助する等、子供の育成環境を第一に考えた体制を整えると意気込みを示した。
子供を産めないマイノリティのカップルが子供を育てたいと願えば、親にだってなれる。その上子供を産めない夫婦の移住を促進し、彼らにも親になる権利を優先的に与えると働き掛けたのだ。
もちろん中には性転換し、戸籍上夫婦となる人や子供を産む家庭もある。そういう人々にも自治体から出産費用の全額負担や、子供手当の充実等目配りの利いた保護を行うと主張した。
ニート達も移り住めば生活費を賄う為、共同生活をして互いに助け合ったり、必要最低限の労働等が必要となったりする。例えば農業の手伝いや、高齢者や子供達の相手をして稼ぐのだ。つまり厳密にいえばニートではなくなる。
よってこうした政策が実現すれば、若い世代と将来を担う子供により高齢者ばかりとなった地域を若返らせ、過疎化を防ぐと共に労働力も得られると考えた。人が集まれば出来る仕事も増える。例えそれがニートであろうとも、生活保護を受ける者であっても同じだ。
生活保護の実質的な財政は七十五%を国で、残り二十五%が自治体の負担となる。ただ自前の財源で足りない場合は、総務省から出る地方交付税で概ねカバーされる仕組みだった。
その為利用者が増えても、財政負担にはほとんど影響しない。それどころかむしろ国のお金で消費を回せる為、地域経済にはプラスになる。加えて住宅扶助費を低く抑える事で支出も減らせた。
また新型感染症の拡大化を経験した世界ではリモートワークが進んだ為、都市に集中していた人々が地方に移住するケースは増えた。よってそうした環境さえ整っていれば、過疎化した地域でも人を集められる状況に変わりつつあった点も、政策の追い風となった。
その後押しとしてより魅力的なアピールポイントに選んだのが、これまで阻害されてきた人々でもより人間らしく自分らしく生きる場所を提供するという枠組み作りだったのである。
他にも過疎の町を縦断する無人バスの導入により、高齢者がどこへでも出かけやすくするとアピールした。懸念される医療不足については、手厚い保護で医師や看護師を募って体制も整えると訴えた。
各政策の実現にかかる費用は、まず藤子が持つ五億円以上の資産を基金とした財団で賄う公約も掲げた。
これは藤子が立候補した自治体の財政支出のおよそ一割分に相当する。財源の内訳は雄太の遺産から約二億八千万、藤子の資産から二億円余りを拠出していた。
芥山賞を取った“伝えたい”が増刷を重ねたことで印税が約二億円近く入った上、二冊目の本も騒動の反響によりミリオンを記録。そこからも約二億円以上の収入を得られた為、そこから引かれる税金を計算し、作家になるまで貯蓄してきた個人資産とのバランスを考えた結果、それだけの財団ができたのだ。
その後は外部から人が集まり労働人口が増えて活気付けば、自治体の税収だけでも十分持続可能な態勢が整えられると計算した。
また藤子が得られるだろう首長の給与を月三十万円に削減し政策実現の財源に充て、今後得られるだろう作家としての副収入の七割は、財団に寄付すると公言した。
二〇一八年時点の、全国一七八八ある自治体の首長の平均月額給与は約八十万だ。最も低いのが財政再建中の夕張市で月約二十六万弱である点を考慮すれば、異例の低年収といえる。その上私財を投げ打って設立する財団は、例え藤子が選挙に敗れたとしても解散しないと断言した。
「財団の理念に沿う政策が別の自治体の元で行われるならば、必ず支援致します。この財団は首長選に勝つ為だけの活動ではなく、あくまでマイノリティの権利を守り、生きる道を閉ざされ公平な社会制度を受けられない人達を支えます。選択肢を奪うのではなく多く与える社会を実現する為に、私は戦い続けます」
そう高らかに宣言したのだ。これが雄太の意志を生かし、かつ本当に自分がしたいと心のどこかで思い描いていた夢であり、実現できる手段だと藤子は確信していた。
決して自分は生産性のない人間ではないと証明したい。同じくそう責められていると悩む人々達が新たに生き直せる場所づくりを、今の自分ならできるのではないかと気付いたのである。
そこで作家としての知名度に加え、二十年余りの会社生活で培った営業職としての経験やFP知識等を活用し、様々な立場にある人達に対しできるだけ一人一人にあったライフプランニングを練り、理想郷の実現に取り組むと決めたのだ。
しかしそうした運動に、差別的偏見を持つ集団は必ず存在する。当然対抗馬に立った候補者は、田舎特有の閉鎖的な人脈に働きかけるだけでなく、そうした外部のヘイト集団から支持を取り付けた。
彼らは声高に訴えた。
「同性愛者やニート、または引き籠りなど異常な人間ばかりを集めれば、ただでさえ過疎に苦しむこの地域は崩壊するだろう。しかも親から捨てられたりした子供を集めるような施設をこのような田舎に建設すれば、平穏な生活など出来なくなる。彼らは大きくなれば、問題行動を起こす危険性が高いからだ。もし大人しく育ったとしても、いずれ成長すれば土地を離れていくに違いない。定住が期待できない者達に、ただでさえ少ない財源を充てるなんて全く無駄であり、ドブにお金を捨てるようなものだ」
攻撃の矛先は藤子個人だけでなく、雄太や財団にまで及んだ。
「立候補を表明している人物の祖父はかつて特高に在籍し、戦前はこの近くの地域に住む人々を監視していた奴だ。拷問等で人を苦しませ時には殺し、恐怖のどん底へと落としめていた人物の孫が、異常者となって再びこの地域に現れおかしな集団を創ろうとしている。しかもその血筋を引く彼の弟は、スパイの手先となって違法に別名義を取得していた犯罪者だ。そんな奴らが手にした汚いお金で作った財団など、信用できる訳がない」
彼らは街宣車を集め、毎日のように叫び始めたのである。
この騒ぎにマスコミも飛びついた。その為同じような差別思想を持った議員だけでなく、胡散臭い学者または知識人と名乗る人達が、テレビのワイドショーやSNS等で聞くに堪えない、見るに忍びない罵詈雑言の数々を垂れ流し始めたのである。よって普段は静かなその土地が、これまで経験したこともない騒動に巻き込まれたのだ。
しかしその一方で、ヘイト集団に対抗するマイノリティ達や分別をわきまえた人々も立ち上がった。これは一自治体の問題ではなく、日本や世界全体における差別の縮図と捉えたのだろう。そこで看過できないと声を上げた同志が一斉に決起した。
反ヘイトの動きはやがて世界中を巻き込む、一大紛争まで発展した。そのおかげで藤子の運動は想像以上の反響を呼び、また功を奏した。自治体に住む人々の賛同を多く得ただけでなく、全国または世界各地から応援されたのである。
下馬評では一時苦戦を強いられた時期もあったが、その後盛り返しまず選挙に勝てる目算が立つまで形勢は逆転した。さらには世界中の支持者から藤子が作った財団への寄付が殺到し、その規模はどんどんと膨らんでいったのである。
ちなみに美奈代はこうした騒動に巻き込まれないよう、慎一郎のいるシンガポールへと旅立った。当然綾や百花も一緒だ。
幸いだったのは、兄は新型感染症拡大化の中でも業績をアップさせた成果が会社に認められたらしい。部長待遇から部長へと帰り咲き、給与もアップしたとの噂を耳にした。
住む場所は兄が会社から与えられる社宅があるし、まだ幼い百花の面倒を美奈代が見ていれば、教育費はかからない。綾の就職先も兄の伝手で良い条件の職場が見つかったと聞く。その中で彼女達が兄の元へ行き最も良かった点は、贅沢品が好きな美奈代の浪費癖がなくなった事だろう。
もちろん海外で暮らす苦労は、これから色々あるに違いない。しかし秀人夫婦を除く家族が全員揃ったのだ。これまでになかった結束が、彼らの新たな生活の中で産まれるのではないだろうか。少なくともばらばらだった心が、繋がりを持つきっかけにはなったと思われる。後は兄達の個々の努力に期待するしかない。
藤子は選挙活動をしながら自分を取り戻し、公約を実現させる為に走り回り四苦八苦する毎日を過ごしていた。
そんな所に、再び予期せぬ人物が現れた。それは井尻兄妹だった。彼らはエスを辞めた後、自分達と同じ境遇の子供達を救いたいと考えたらしい。そこで藤子の活動を応援するべく移住して来たという。さらに選挙活動の手伝いを買って出たのだ。
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