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【番外編】全てを失った愛人の奮闘 ~悪事は全部かえって来て、愛しの侯爵に捨てられる~ 5-1 

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 ※愛人エリカ視点で話が展開し、所々に侯爵家が登場します。
  奮闘するも、廃れていく様を、力を抜いてお楽しみください。

【先代ヘイワード侯爵が亡くなった翌日】
 自分のことを「邸の当主」と名乗った、ケビン様に似た男。そいつが、あたしの部屋の扉のノブに手をかけたまま、こっちを見た。
 まだ何か言うつもり(キィィーッ! 追い出してやるぅっ)って扉まで近か寄った、その時。
「あー伝えるのを忘れてました。……くれぐれも、赤い花の球根にはご注意ください」って、胸糞悪い男が言った。
 そして、その男の足がこの部屋から出た瞬間、風のような速さで消えてった。その一言と、あたしをこの部屋に置いて、重い扉が閉まった。
 ――――…………。
 今の今まで、勢いよく扉へ向かいかけていたあたしの体は、一瞬で氷のように冷え始めた。それと同時に、体中からぶぅわぁーっと一気に、汗が噴き出している。
 それまで、あたしの頭の中で沸きあがっていた血液が一気に下がって、体の力が急に抜けてしまった。
 気付いた時には、ぺたりと床に座り込んじゃってる。
 もっもっもっもしかして、あっあっあたしって危機的状況に追い込まれてる⁉
「きっ、聞き間違いじゃ、ないよね……。今、あああ赤い花の球根って、言ったよね」
 あの当主が知ってるはずない。ただの当てずっぽうよ。 
 だって、赤い花の球根は、あの気持ち悪い料理長しか知らないもん。
 それに、あたしが渡した赤い花の球根を入れたスープは、あの女は「残して食べなかった」って。
 確か、あの料理長は『もっと、奥さんの好きなものに入れれば良かったのに、ごめん』って言ってた。だから、あたしにお詫びのチョコクッキーを焼いて、持ってきたんだから。 
 あたしが赤い花の球根を渡したって、あの男が言わなきゃ、あの女に毒を仕掛けたなんて、誰も知らないんだから、全然問題ないもん。
 何よ、あの新しい当主。あんな調子に乗ったこと言っちゃって。
 ちょっと賢そうだからって、(ふんっ)偉そうに。頭の悪い料理長だったら、すぐにあたしの言いなりだったのに。
 …………って、あの料理長が、あんな賢そうな当主に鎌を掛けられでもしたら、あたしがあの女に毒を仕掛けたって、すぐに洩らしちゃうんじゃない。
 でっでもでも、ケビン様の事は、勝手にあの料理長が仕組んだんだから。それは大丈夫よね……。
 ぅん? ケビン様へ毒を盛ったことを『奥さんが戻って来ることに嫉妬した、あたしが犯人だ』って、言い出したらどうしよう。
 でも、このあたしが、あの気持ち悪い男に嵌められる、何てことあるわけない。
 なんなの、このざわざわしてくる感じ。心臓の鼓動がどんどん早くなってる?
 さっきから、体がぶるぶると震えるほどに寒い。
 こぽりっと音がした感覚。冷たいのに、なんか足の間が生ぬるいんだけど。
 ギャー気持ち悪い、何この白い液体。あの男に、はめられて、もらされた。
 キィィー、あの頭のおかしい料理長、絶対許さないから。もう、こんな危ない所にいられる訳ないでしょう。

 こうしちゃいられない! バンッ――。
 あたしは両手で部屋の扉を開けた。今すぐ、急いでここを出なきゃ。
 大丈夫、この時間ならジョンは酒場で寝ているはずだもの。
 あたしのものは、誰にもあげない。この邸に帰って来たあの女になんか、ハンカチの1枚だって残してやらないから。

 カランカランーー。酒場のドアの錆びついたベルが、響きの悪い音を鳴らして、相変わらず汚い店ね。
「ジョン! いるんでしょう。侯爵の邸から荷物を運び出すのを手伝って」
 昼間、ジョンが寝ているソファーは、いつも決まって、奥の右側にある3人掛け。
「ぅんぁあ~~、なんだ、人が寝てるって時にヨォ! そんなめんどくせー事、誰が手伝うかってぇーの」
 こんな金になる話を持ってきてるのに、ソファーから起きてくれないなんて、何考えてんのよ。今は、悠長な事なんてしてらんないのよ! ジョンに駆け寄って体をゆさゆさと揺らす。
「ねぇ、起きてよ。分け前はちゃんとあげるから。それと、しばらくこの店の2階に住まわせてくれる? おねがぁ~い」
「お前、誰に甘えた声出してんだ。俺とお前の関係で、通じる訳ないだろう。ってか、久しぶりに会ってなんだけど、お前太った?」
「何言ってるの、違うわよ! そんな事いいから、急いでるの。ジョンの荷台を使って、侯爵邸から荷物を運び出すよ」
「お前、盗みまで始めたのか? そんなことに俺を巻き込むな、馬鹿」
「侯爵の当主があたしに全部くれるって言ったから、問題ないの。ねぇ行くよ」
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