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第46話 キングバイ王国での休憩

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 二時間ほど待つと、渦潮は消えた。
 イングリドと並んでオルカを走らせる。

 すると、向こうからレッドオルカ号がやって来た。
 渦潮が消えたことで、前に進めるようになったのだ。
 
「やあ諸君! これでキングバイ王国の航行を邪魔していた魔法の渦潮は消えた! これにて一件落着というわけだ」

「さすがはオーギュスト師……!! 見事にあの魔族を倒してしまいましたか!」

 船の上や、それと並走するオルカの上で、騎士団がどよめく。

「マジかよ……」

「すぐにオルカを乗りこなしただけじゃなく、一瞬で魔族を!?」

 魔族を論破してきたぞ。

「何者だ、あの道化師!?」

「見ろよ、涼しい顔してるぜ……」

 たっぷり休憩してきたからな。
 周囲から降り注ぐ、驚嘆と尊敬の眼差しと声が実に心地良い。
 ああ、あのハッタリ劇を彼らに見せられなかったことが、本当に惜しい……。

 観客さえいてくれれば、俺はネレウスを一騎打ちで打ち倒すことだってしてみせるだろう。
 
「私はこう、何もしなかったが、その割に達成感があるな。なー」

 イングリドの呼びかけに、オルカがキュイっと答えた。
 船から、青い顔をしたギスカが顔を出す。

「ずっと帰ってこないから、死んだと思ってたよぉ……うう、気持ち悪い」

 ギスカは船酔いか。
 これは、このままUターンしてミーゾイに戻らない方がいいかもしれない。
 まっすぐキングバイ王国へ向かおう。

 ブリガンティン式の帆船が、風を受けて走る。
 オルカたちは楽しげに、その横を泳いでいく。

「イングリド、ふやけちゃうからもうオルカから降りなさい」

「えーっ! 私はオルカに乗りたい! こんな可愛いもの他にいないぞ!」

「ダメです。オルカもずっと人を乗せていると疲れてしまうんだ。降りるんだ」

「そ、そうなのか……!」

 オルカが疲れる話をしたら、しょんぼりした。
 人が困ったりするのは嫌いなのだよな、彼女は。

 オルカがイングリドを鼻先で押し上げて、彼女は船の中へ。

「ちょっと着替えてくる。鎧を貸してくれてありがとう!」

 イングリドに礼を言われて、オルカ騎士団の男たちは少しデレッとする。
 これは何というのだろう……。
 敬意の混じったデレである。

 オルカと出会ってすぐ、自分たちと同じレベルで乗りこなせるようになった天才。
 そして水に濡れた彼女の美貌。
 魔族討伐に向かい、無事に戻ってきたというその実力。

 もしかすると、彼らからは、イングリドが戦いの女神のように見えているのかもしれないな。

「オーギュスト師。国王陛下があなたに会いたがるでしょう。私は、あなたを本国へ迎えられることを光栄に思います」

 キルステンがやたらと持ち上げてくる。

「ありがとう。だが、一つだけ俺の成果について訂正をさせてもらおう。魔族は倒していない。ネレウスは撤退した。また戻って来るかもしれない」

「なん……ですって……!?」

「ただ、渦潮の半径についてはこちらで計算をしたよ。それだけの飛距離がある武器……そうだな。船にバリスタでも搭載すれば、圏外から一方的に攻撃できるだろうね」

「なるほど! 二度目はない。そういうことですね。それならば、我々でも戦える」

 キルステンが頷き、オルカ騎士団の面々も同意した。
 キングバイ王国の兵器は、どれも船に載せることを前提に作られているという。

 国が攻められた際、船で迎撃に打って出て、圧倒的な火力でねじ伏せるのだそうだ。
 マールイ王国からしてみれば、海から攻城兵器が山ほどやってくるのは悪夢以外の何物でもないな。
 さて、ガルフス大臣はどう対処するのかな。お手並みを拝見だ。

「何をニヤニヤしているんだオーギュスト」

 着替え終わったイングリドがいて、俺の顔を覗き込んでいる。

「ちょっとな。やはり君はその姿の方が落ち着くな。初めて会った時も、その鎧下と魔剣に魔槍の出で立ちだった」

「ああ。動きやすいからな! オルカ騎士団から借りた鎧は、軽いのはいいが胸と尻がきつくてな……」

 女性としては、かなりの身の丈があるイングリド。
 男性の鎧も着られたが、体型の違いからくる装着感のアンマッチはいかんともし難いだろう。

 やがてキングバイ王国が見えてきた。
 大きな島が丸ごとひとつ、かの王国なのである。

 産業は海運。
 そして牧畜。

 この島はバイカウン島と言い、もとは海に出現した火山だった。
 そこから流れ出したマグマが広がり、塊り、巨大な島になった。

 今は、緑に覆われた肥沃な大地が広がっている。
 キングバイ王国が育てるのは、羊だ。

 海運と牧畜の二本柱を得て、この国は海賊行為をする必要がなくなったのである。
 海賊は、敵を作るばかりだからな。
 無論、この国に対して過去のわだかまりを持っている国々は多い。

 だが、海運によってキングバイ王国から受ける恩恵が大きいゆえ、表立ってこの国に戦争を仕掛けようなどとは考えないのである。
 どこかのバカ王国を除いて、だが。

 王国の港湾部には、多くの兵士たちと民衆が詰めかけていた。

「船だ! 船が戻ってきた!」

「オルカ騎士団が渦潮を消したんだ!」

「オルカ騎士団バンザイ!」

 大変な賑わいである。
 渦潮はまさに、キングバイ王国の生命線を握るクリティカルな戦術だった。
 あれが続いていれば、王国は干上がっていただろう。

 そういう意味では、マールイ王国がネレウスを雇ったのは正解だったと言える。
 問題は、恐らく今のマールイ王国に、ネレウスを御するだけの力がないことであろう。

「キルステン!!」

 桟橋に立って、大声を上げる男がいた。
 なかなかの巨漢であり、立派なあごひげを生やしている。

「殿下! ただいま戻りました! そして、我が王国を救って下さった立役者をお連れしています!」

「なんだと!」

 この巨漢を俺はよく知っている。
 なんなら、彼がキルステンと同じ、子どもだった時分からだ。

「お久しぶりです、エミル殿下」

「お、お前は……オーギュスト! あの道化師か!!」

 エミル王子が驚きに目を見開き、すぐに相好を崩した。

「なるほど、お前がやってくれたのか。ならば、何もかも得心がいく! さあ、上陸してくれ! 父上にもお前を会わせねばならん! 今日は宴だぞ!」

 なんだかよく分からないなりに、宴という言葉に反応した民衆。
 わーっと盛り上がるのだった。

 背後でイングリドが、しみじみと呟く。

「君は本当に顔が広いなあ……」
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