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【最終章】ダイヤモンドの消失。

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 それから大きな異変も起こらず、けれど未解決のままの本来の『消失事件』が胸に燻っている頃。
 ステラと恒例のお茶会をしていると、フレイア様がわたしの元を訪ねて来た。
 また城を脱け出してきたのだろう、彼女は護衛も連れず一人だった。

「フレイア様!?」
「お二人に、お話がありますの」
「どうされたんですか? 突然……」
「……、各地で起きていた異変……すべて、わたくしが引き起こしたことなのです」
「え!?」

 フレイア様の分のお茶を用意して、三人でのお茶会を楽しもうとした途端、爆弾発言に思わずカップを落としそうになった。
 リヒトが瞬時にキャッチしソーサーに戻してくれたので、大事には至らなかったけれど。

「それは、どういう……」
「そのままの意味ですわ。すべて、わたくしの闇魔法で引き起こしていたのです」
「……一体、何のために?」
「本来光の魔法は願いや祈り、希望を原動力とし、闇の魔法はそれとは逆に、負の感情を原動力にするものですわ」
「そ、そうなの?」
「ミア様の場合は、ステラ様の光に寄り添う形でパワーを発揮する特殊な例ですけれど」
「ミアは優しい子だものね」

 正直、わたしは魔法についての勉強はまだほとんど出来ていない。
 わがまま放題だった頃の勉強の遅れを取り戻すのに必死だったこともあるし、魔法については属性確定の十歳になるまで余裕があると高を括っていたのが仇となった。
 けれど逆に、固定観念がなかったからこそ出来た事だと今は前向きに捉えよう。

「わたくしの母は、プラチナ王国の王女です。表向きはどうであれ、わたくし達がこの国に来てからの扱いは、想像に難くないでしょう」
「……それが、事件を起こした理由ですか?」
「母のため、わたくしのため、母の祖国のため、戦争で失われた命のため……大義名分ならいくらでも」
「……。本当にすべての異変を、皇女殿下が?」

 ステラの表情は固い。元々二人の雰囲気はあまり宜しくなかったものの、今は一触即発だ。
 けれどフレイア様はそんな様子を気にも止めず、紅茶を片手に歌うように語る。

「そうですわね……ルビーの愛は、失くしたそれを取り戻すまで炎の如く燃え盛り周囲を焼き尽くし。サファイアの海は、食うに困った彼等の絶望を映し出す」
「それって……」

 ルビー侯爵令嬢の豹変と、サファイア侯爵領での魚の巨大化。
 そして次がれた言葉にも、覚えがあった。

「エメラルドの森では、戦火に燃えた数多の愛し子を忘れんと葉は赤く染まり……ダイヤモンドの国境は、もう会えない透明な誰かとの記憶を……消してしまう」
「記憶を、消すって……?」
「だって、会えないのは苦しいでしょう? 悲しいでしょう? だったら、忘れてしまった方がいいですわ」
「そんなこと……!」
「記憶の操作は高度な魔法よ、複数の人間の記憶を、永続的になんて……」
「ええ、無理ですわ。ですから、代償もあるのです」
「代償……?」

 ステラ達と協力して解決してきた異変すべて、本当にフレイア様が仕組んだことだったのかと、過去の事件を思い返す。
 現実味がなく、話を聞いていても疑問しか浮かばない。何故、そんなことを。

「そもそも、大切な誰かを失った先は、二つに分かれますわ。亡くした者にまた会いたいという『希望』と、この痛みを忘れてしまいたいという……愛したものを忌むことになる、これ以上ない『絶望』」
「希望と、絶望……」

 その言葉に、わたしはステラに会う前の、お母さんに会いたいと泣き暮らした日々を思い出す。

「だからわたくしは、大義名分の元どちらも叶えたのです。わたくしの闇魔法の力を得た『未練ある魂の残骸』は、生前縁があった場所で存在感を得て、何事もなかったかのように溶け込めるように」
「……魂が、存在感を得る?」

 未練のある魂。幽霊のようなものだろうか。それが、違和感なく生きている人間のように生活に溶け込む。
 その不思議な状況を想像しながら、わたしはフレイア様の言葉を静かに聞くしか出来ない。

「けれど、一定期間を過ぎると、顔も、名前も、残骸としてそこに居た記憶すべてを忘れられてしまうのですわ」
「え……」
「所詮は、本体をなくした影のような残骸ですもの。それすら失えば、死後共に過ごした記憶だけじゃなく、時には生きていた頃の記憶すら、残された者の中で断片的になるのですわ」
「そんな……! ……じゃあ、わたしの『五人目のメイド』も……」

 つまり、今まで消えていた人達は、すでに亡くなっていて、魂だけの存在だったのだ。
 そんな存在が、まるで死んだ事実なんてなかったかのように生活を送る。
 けれど消え去ったあと、残された人は彼らが生きていた頃のことさえ忘れてしまう。

「生者は『会いたい』と『忘れたい』のどちらの願いも叶えられて、死者もただ彷徨うだけの魂のモラトリアムを生者と変わらず過ごせる。素敵なことでしょう?」
「……っ」

 感情の整理が追い付かない。怒れば良いのか、悲しめば良いのか、ぐるぐるとして涙が滲む。
 わたしの動揺に気付いたのか、リヒトとステラが寄り添ってくれた。
 大丈夫。二人は確かに、ここに居てくれている。

「それじゃあ、ダイヤモンド侯爵領関連で『消失』現象が多発したのは……」
「……プラチナ王国との国境があるあの地が、一番未練ある魂が多かったからですわ」

 未練ある魂。未だに名前すら思い出せない五人目のメイドも、何か未練を残していたのだろうか。果たしてそれは、わたしのメイドをしていて晴らせたのだろうか。
 忘れてしまっては、何もわからないのに。

「……ですが、『消失』を人身売買の隠れ蓑にされたり、ミア様のように、忘れたことに気付いて悲しむ人が大勢居たのは、予想外でしたわ。恐らく魔力の保有量によって、わたくしの魔法の痕跡から消失の際の違和感を察知出来たのでしょうね」
「……! だから、魔法を使えないお父様やリヒトは気付けなかったんだ……」
「それが、あれから異変を起こさなくなった理由ですか?」
「ええ……信じて貰えないかもしれませんけど、わたくし、誰かを悲しませたい訳ではありませんの」
「……」
「ただ、この闇属性の魔法を使って、誰かの負の感情を昇華したかっただけ……母を傍で見ていたからこそ、戦争から続く悲しみの連鎖を、断ち切りたかっただけなのですわ」
「フレイア様……」

 同じ闇属性で、母に想いを重ねて、答えのない暗闇の中光を目指して足掻いてきた彼女の気持ちが、分かる気がした。
 方法はもっと他にもあったのではと思うけれど、今は彼女がこうして真実を語ってくれたことが嬉しかった。

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