上 下
27 / 39
第二話  聖魔導師ディアナを巡る恋の予感

9  ディアナとレヴァン

しおりを挟む


「――――こんな所を1人で歩いているなんて危険だろうっ、少しは危機意識を持った方がいい!!」
「えっ? あ、貴方……」

 今日も無事聖魔導師としての務めを終え、心地の良い疲労感と多幸感に包まれたアレクサは、レオンとネオラに惜しまれつつも15時過ぎには医療所を後にした。
 今日は土曜日。
 休日前ともなると半日で終わる仕事も多いらしく、街の中は家族連れや恋人同士、または仕事帰りなのだろうか、仕事道具を担いだ職人たちがよく目につく。
 親に連れられて買い物へ来たのだろう子供達も、お菓子を買って貰おうと可愛らしい瞳をキラキラと輝かせている。
 そんな人々をアレクサ……ディアナの瞳には眩しく映る。
 貴族ではないごく普通の平民の家族。
 何処にでもある家族の風景。
 それは貴族や平民なんて関係なく、誰にでも手に入れられるだろう幸せ。
 だがディアナは違う。
 ディアナ……アレクサがこのブランカフォルトに嫁いできたのは、あくまでも末妹まつまいアルシアの代打。
 最初からアレクサが望まれての婚姻ではない。
 それは勿論アルシアも含まれるのだろう。
 何故ならブランカフォルト国王、つまりは現在正式なアレクサの夫であるクリスが望んだのは彼女達個人ではなく――――!!

 すなわちクリスにとって必要なのは、自身の正妃に迎えられる血統の良い娘。

 クリスよりも若く美しいアルシアならば、クリスとは本物の夫婦となれたのかもしれない。
 9歳も年上な自身は女性としての幸せは最初から得る事はないのだと、この国へ嫁ぐ前に十分理解していたと言うのに、目の前で当たり前の幸せを見てしまうと、何故か孤独感に苛まれてしまう。
 クリスは今も愛妾と仲睦まじくしているらしい。
 異性と全くの未経験なアレクサでさえ、侍女達や、最近では医療所の女性患者達より色々異性に関しての話を耳にしている。
 ただ耳にするだけで実の所ニュアンスは何となくわかる様ではっきりとわからないのだが、全く知らないと言えない状況なのだ。
 王宮ではそれがまかり通っても、下町の小さな医療所へくる患者達には通らないらしい。
 だから最近のアレクサ……ディアナは無難に頷いて難を逃れている。
 そう、そんな考え事をしていたのだからかもしれない。
 後1mで公園の噴水へぶち当たるその寸前で、ディアナは背後より右腕を掴まれ、また腰に腕を回されたのだ。
 そしてディアナを捕まえた人物は彼女が知る者でもあった。

 焦げ茶色ダークブラウンの髪に青灰色せいかいしょくの瞳をし、黒と白を基調にした魔導騎士の装束を身に着けた30代後半の男は、騎士らしく程良い筋肉の付いた逞しい美丈夫だ。
 そして黒の衣装を身に纏っているという事は、彼がでもある。

 彼の名はレヴァン・エルナンデス。
 3年半前初めて街へやってきたアレクサが、治療を終えて帰城しようとするべく何処か人気のない所を……と探していた?
 いやいや正確には何処を通っていいのか分からなく……そう簡単に言えばになっていたところへアレクサはレヴァンによって保護されたのである。
 そしてそれ以来何故かアレクサが街へ赴く時には必ずと言っていい程レヴァンと遭遇し、何度も会う内に何時しかそんな彼へ彼女も心を開き、限られた僅かな時間、たまにお茶をしながら他愛のないお喋りをしていた。
 でも殆どは医療所から転移する場所までの間を一緒に歩くものなのだが……。

 レヴァンを見た瞬間アレクサは華が咲いた様に笑みを浮かべてみせる。
 そんなアレクサの姿にレヴァンは何も言葉を発する事が出来ず、ただその姿に見惚れるばかり。

「お久しぶりですねレヴァン、お元気そうで何よりです」
「あ、あぁだがもう少しで貴女は噴水の中に入る所だったぞ」

 やや不機嫌そうにレヴァンは答える。
 そんな彼の機嫌等関係なくディアナ(アレクサ)は、思い立った様に彼の胸元の衣服を掴みぐいっと自身の方へ引き寄せるのと同時に、自らも背伸びして彼の顔を覗き込む。

「っうわっっ!?」

 当然そんな彼女の行動に吃驚したのはレヴァンだっっ。
 一瞬お互いの鼻先がこつん――――と当たるのかと思う程近づいたのだから……。

 そう、鼻先だけでなくディアナの桜桃サクランボの様な唇も、それにほんの一時だけ彼女の甘やかな吐息が、レヴァンの鼻腔を麻痺させるのには十分過ぎるもの。
 ディアナの甘い吐息と芳しい花の様な体臭は、次第にレヴァンの脳内と心を犯していく。
 甘い痺れにも似た感覚を身体中に走らせているレヴァンは、ここが街の往来である事だと必死で認識させ、残りカスの様な理性を精一杯掻き集めて何とか理性を保っているのだが、そんな彼の内情を知らないディアナはクスクスと無邪気に笑って言う。

「そうね、前よりもうんと顔色がいいわ。それにレヴァンってば本当に背が高いのですもの、ちゃんと近づかないとしっかり顔色だってわからないのよね。でも良かった、何時も出会う時は疲れている表情かおをしていたから、ちゃんと眠れているのかって心配だったの。もしね、眠れないのなら言ってね。眠れる様にする方法はあるのだから……」
「い、いやいいっ、休憩は十分にとれている。ただ少し眠れないのは……あぁいやなんでもない」
「あら、そう?」

 残念だわ……とぷくっと頬を膨らませてディアナは言う。

「ねぇレヴァン、如何どうして今日はこんなに物々しいのかしら? 何かあったのかしらね」

 ディアナは先程思った疑問をレヴァンに問い掛ける。
 彼は何と言っても魔導騎士。
 わかる範囲の事ならばきっとレヴァンは教えてくれると、何の確証もないのだがディアナは不思議とそう思った。
 そして――――。

「もう直ぐカッパレッラの王太子がこの国へ来訪するそうだ」
「王太子様が?」

 そう言えば来週だったかしら。
 その様な事を聞いたわね。

「あぁ上も急な事だったらしい、元々今日は出歩く予定等なかったというのに、全く掴みどころのない方だから仕方がないと言えばそうなのだがそれにしても……」

 レヴァンは眉間に皺を寄せてぼやいている。
 そんな姿を見て何となくディアナは、ふとそれが姿様な気もしたのだが……。

「ね、レヴァンは王太子様の事を御存じなの?」

 不意にディアナより投げ掛けられた質問に、レヴァンははっと顔を上げて言葉を濁らせる。

「すまない、これ以上は仕事上話せない」
「そう、わかったわ、じゃあ私はもう行くわね」

 それ以上は聞く必要がないと思ったディアナは気分を害する事なく別れの言葉を口にするが……。
 レヴァンはそんなディアナの手首を掴み――――。

「どうしたのレヴァン?」
「これからは何が起こるかわからない、出来ればし……家で大人しくしていた方がいい」
「し、家で大人しくってそれはちょっと横暴よっ、私にもする事はあるのよ」
「それでもだっ、少なくともここではディアナを十分に護れないっっ!!」
「れ、レヴァン――――っっ!?」

 何時になく感情的に言うレヴァンにディアナは正直吃驚した。
 そしてどうして彼は自分を護ると言うのだろうと……。

「ふぅ……何も貴方に護衛をして何て言った覚えはないわよ、レヴァン。大丈夫、家や医療所には私1人じゃないわ、それに医療所にはレオンもいるのだしね」

 ディアナは単に安心して貰おうと言った心算つもりだったのだが……。

「それの何処を安心しろというのだっ、全く安心どころか返って心配になる要素だらけだっっ!!」

 ディアナは知らず知らずに火の中に油を注いだのかと疑ってしまう。
 そして訝しげに見つめるディアナに気付いたレヴァンは、ゆっくりと何度もかぶりを横へ振り……。

「違う、怖がらせたくて言っているのではないのだ、もしディアナに何かあればと思うだけで俺は……」
「レヴァン、貴方そんなに……」

 ディアナは俯くレヴァンの頬へそっと手を伸ばし……。

「ディアナ……」

 街の往来にも係わらずレヴァンは伸ばされた手の温もりを感じ、そして熱を孕んだ声で目の前の女性の名を呼ぶ。
 そんな彼の心の中を知ってか知らずなのか、彼女は一瞬優しげな眼差しを彼に向けて――――。

「レヴァン、私知らなかったわ、貴方がそんなに、そう、こーんなにも大きな身体をしていると言うのに、実は蚤の様な心臓を持っていると言う事を……」

 絡みつこうとする熱を問答無用でばっさりと遮断するかの様な、ディアナのきつい一言であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

処理中です...