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第二話 聖魔導師ディアナを巡る恋の予感
9 ディアナとレヴァン
しおりを挟む「――――こんな所を1人で歩いているなんて危険だろうっ、少しは危機意識を持った方がいい!!」
「えっ? あ、貴方……」
今日も無事聖魔導師としての務めを終え、心地の良い疲労感と多幸感に包まれたアレクサは、レオンとネオラに惜しまれつつも15時過ぎには医療所を後にした。
今日は土曜日。
休日前ともなると半日で終わる仕事も多いらしく、街の中は家族連れや恋人同士、または仕事帰りなのだろうか、仕事道具を担いだ職人たちがよく目につく。
親に連れられて買い物へ来たのだろう子供達も、お菓子を買って貰おうと可愛らしい瞳をキラキラと輝かせている。
そんな人々をアレクサ……ディアナの瞳には眩しく映る。
貴族ではないごく普通の平民の家族。
何処にでもある家族の風景。
それは貴族や平民なんて関係なく、誰にでも手に入れられるだろう幸せ。
だがディアナは違う。
ディアナ……アレクサがこのブランカフォルトに嫁いできたのは、あくまでも末妹アルシアの代打。
最初からアレクサが望まれての婚姻ではない。
それは勿論アルシアも含まれるのだろう。
何故ならブランカフォルト国王、つまりは現在正式なアレクサの夫であるクリスが望んだのは彼女達個人ではなく――――ノースウッド皇国の皇女!!
即ちクリスにとって必要なのは、自身の正妃に迎えられる血統の良い娘。
クリスよりも若く美しいアルシアならば、クリスとは本物の夫婦となれたのかもしれない。
9歳も年上な自身は女性としての幸せは最初から得る事はないのだと、この国へ嫁ぐ前に十分理解していたと言うのに、目の前で当たり前の幸せを見てしまうと、何故か孤独感に苛まれてしまう。
クリスは今も愛妾と仲睦まじくしているらしい。
異性と全くの未経験なアレクサでさえ、侍女達や、最近では医療所の女性患者達より色々異性に関しての話を耳にしている。
ただ耳にするだけで実の所ニュアンスは何となくわかる様ではっきりとわからないのだが、全く知らないと言えない状況なのだ。
王宮ではそれが罷り通っても、下町の小さな医療所へくる患者達には通らないらしい。
だから最近のアレクサ……ディアナは無難に頷いて難を逃れている。
そう、そんな考え事をしていたのだからかもしれない。
後1mで公園の噴水へぶち当たるその寸前で、ディアナは背後より右腕を掴まれ、また腰に腕を回されたのだ。
そしてディアナを捕まえた人物は彼女が知る者でもあった。
焦げ茶色の髪に青灰色の瞳をし、黒と白を基調にした魔導騎士の装束を身に着けた30代後半の男は、騎士らしく程良い筋肉の付いた逞しい美丈夫だ。
そして黒の衣装を身に纏っているという事は、彼が黒魔導を得意とする騎士である証拠でもある。
彼の名はレヴァン・エルナンデス。
3年半前初めて街へやってきたアレクサが、治療を終えて帰城しようとするべく何処か人気のない所を……と探していた?
いやいや正確には何処を通っていいのか分からなく……そう簡単に言えば迷子になっていたところへアレクサはレヴァンによって保護されたのである。
そしてそれ以来何故かアレクサが街へ赴く時には必ずと言っていい程レヴァンと遭遇し、何度も会う内に何時しかそんな彼へ彼女も心を開き、限られた僅かな時間、偶にお茶をしながら他愛のないお喋りをしていた。
でも殆どは医療所から転移する場所までの間を一緒に歩くものなのだが……。
レヴァンを見た瞬間アレクサは華が咲いた様に笑みを浮かべてみせる。
そんなアレクサの姿にレヴァンは何も言葉を発する事が出来ず、ただその姿に見惚れるばかり。
「お久しぶりですねレヴァン、お元気そうで何よりです」
「あ、あぁだがもう少しで貴女は噴水の中に入る所だったぞ」
やや不機嫌そうにレヴァンは答える。
そんな彼の機嫌等関係なくディアナ(アレクサ)は、思い立った様に彼の胸元の衣服を掴みぐいっと自身の方へ引き寄せるのと同時に、自らも背伸びして彼の顔を覗き込む。
「っうわっっ!?」
当然そんな彼女の行動に吃驚したのはレヴァンだっっ。
一瞬お互いの鼻先がこつん――――と当たるのかと思う程近づいたのだから……。
そう、鼻先だけでなくディアナの桜桃の様な唇も、それにほんの一時だけ彼女の甘やかな吐息が、レヴァンの鼻腔を麻痺させるのには十分過ぎるもの。
ディアナの甘い吐息と芳しい花の様な体臭は、次第にレヴァンの脳内と心を犯していく。
甘い痺れにも似た感覚を身体中に走らせているレヴァンは、ここが街の往来である事だと必死で認識させ、残りカスの様な理性を精一杯掻き集めて何とか理性を保っているのだが、そんな彼の内情を知らないディアナはクスクスと無邪気に笑って言う。
「そうね、前よりもうんと顔色がいいわ。それにレヴァンってば本当に背が高いのですもの、ちゃんと近づかないとしっかり顔色だってわからないのよね。でも良かった、何時も出会う時は疲れている表情をしていたから、ちゃんと眠れているのかって心配だったの。もしね、眠れないのなら言ってね。眠れる様にする方法はあるのだから……」
「い、いやいいっ、休憩は十分にとれている。ただ少し眠れないのは……あぁいやなんでもない」
「あら、そう?」
残念だわ……とぷくっと頬を膨らませてディアナは言う。
「ねぇレヴァン、如何して今日はこんなに物々しいのかしら? 何かあったのかしらね」
ディアナは先程思った疑問をレヴァンに問い掛ける。
彼は何と言っても魔導騎士。
わかる範囲の事ならばきっとレヴァンは教えてくれると、何の確証もないのだがディアナは不思議とそう思った。
そして――――。
「もう直ぐカッパレッラの王太子がこの国へ来訪するそうだ」
「王太子様が?」
そう言えば来週だったかしら。
その様な事を聞いたわね。
「あぁ上も急な事だったらしい、元々今日は出歩く予定等なかったというのに、全く掴みどころのない方だから仕方がないと言えばそうなのだがそれにしても……」
レヴァンは眉間に皺を寄せてぼやいている。
そんな姿を見て何となくディアナは、ふとそれが彼女の知る誰かの姿と重なる様な気もしたのだが……。
「ね、レヴァンは王太子様の事を御存じなの?」
不意にディアナより投げ掛けられた質問に、レヴァンははっと顔を上げて言葉を濁らせる。
「すまない、これ以上は仕事上話せない」
「そう、わかったわ、じゃあ私はもう行くわね」
それ以上は聞く必要がないと思ったディアナは気分を害する事なく別れの言葉を口にするが……。
レヴァンはそんなディアナの手首を掴み――――。
「どうしたのレヴァン?」
「これからは何が起こるかわからない、出来ればし……家で大人しくしていた方がいい」
「し、家で大人しくってそれはちょっと横暴よっ、私にもする事はあるのよ」
「それでもだっ、少なくとも街ではディアナを十分に護れないっっ!!」
「れ、レヴァン――――っっ!?」
何時になく感情的に言うレヴァンにディアナは正直吃驚した。
そしてどうして彼は自分を護ると言うのだろうと……。
「ふぅ……何も貴方に護衛をして何て言った覚えはないわよ、レヴァン。大丈夫、家や医療所には私1人じゃないわ、それに医療所にはレオンもいるのだしね」
ディアナは単に安心して貰おうと言った心算だったのだが……。
「それの何処を安心しろというのだっ、全く安心どころか返って心配になる要素だらけだっっ!!」
ディアナは知らず知らずに火の中に油を注いだのかと疑ってしまう。
そして訝しげに見つめるディアナに気付いたレヴァンは、ゆっくりと何度も頭を横へ振り……。
「違う、怖がらせたくて言っているのではないのだ、もしディアナに何かあればと思うだけで俺は……」
「レヴァン、貴方そんなに……」
ディアナは俯くレヴァンの頬へそっと手を伸ばし……。
「ディアナ……」
街の往来にも係わらずレヴァンは伸ばされた手の温もりを感じ、そして熱を孕んだ声で目の前の女性の名を呼ぶ。
そんな彼の心の中を知ってか知らずなのか、彼女は一瞬優しげな眼差しを彼に向けて――――。
「レヴァン、私知らなかったわ、貴方がそんなに、そう、こーんなにも大きな身体をしていると言うのに、実は蚤の様な心臓を持っていると言う事を……」
絡みつこうとする熱を問答無用でばっさりと遮断するかの様な、ディアナのきつい一言であった。
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