フェロ紋なんてクソくらえ

水戸けい

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第二章 紋の疼きと心の揺れと

「んっ、足りねぇのかも……っ、奥で直接、飲みてぇ」

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 * * *

「これから毎朝、私のところへ来い」

 本から顔を上げたリアノに、ベッドから下りたカヒトが近づく。

「いいことでも思いついたのか?」

 本をのぞいたカヒトが、文面を音読する。

「結界についての魔術? なんだよ。誰も俺に触れねぇように、結界を張っておくってのか」

「そこまで大規模なものを長時間維持するのは無理だ。だが、一か所なら」

 言いながら、リアノはカヒトの下肢に視線を流した。

「ケツに結界を張るってか?」

「正確には、呪文をかけた布で下半身を包む」

「どういうこった」

「物体に魔術を施すほうが、長時間、強力なものを維持できる。準備時間がそれだけ取れるからな。夜のうちに術を施し、朝までじっくりなじませる。それを身に着けていればいい」

「朝飯を食ったら、ここに来いってことか」

「そうだ」

「ふぅん」

「なんだ。不満か」

「不満はねぇけど、外すのもここに来なきゃならねぇんだよな」

「当然だ」

 うーんとうなったカヒトが、まあいいやと言ってリアノを持ち上げる。

「なっ、なんだ」

「明日からの対策はわかったけどよ、まだ調べ終わってねぇことがあるだろう」

 肩にリアノを担いで、カヒトはベッドに戻った。

「なにをする気だ」

「紋が精を吸うかどうかってやつだよ」

 リアノを下ろして正面に座ったカヒトが、むんずとリアノの陰茎を掴んだ。驚いたリアノに、楽し気に笑いかける。

「まだ、でっかいままだしよ。俺もまだイキ足りねぇんだ。紋にかけようぜ」

 屈託のない物言いは、淫らな行為の誘いには聞こえない。あっけにとられるリアノを後目に、カヒトは脚の間にリアノを引き寄せ、自分の陰茎と彼の陰茎を手の中に握りこんだ。

「ほら。これなら、紋にかけられるだろ?」

 頬をわずかに上気させたカヒトに、リアノはムラムラした。

「いいだろう。試してみればいい」

「他人事だな。ま、いいや……んっ、ぅ」

 濡れた陰茎は滑りよく、強く握っても痛みを感じなかった。張り出しが擦れて先端が潰れると、腰の奥を貫かれたような心地よさが走った。

「はっ、ぁ……んっ、リアノ」

 すぐに息を乱したカヒトの唇が、リアノを求める。吸い寄せられたリアノの口が、カヒトの息を受け止めた。

「んっ、ん……ふ……ぅんっ、ん」

 両手でカヒトの頭を引き寄せ、リアノは深く彼の口腔を愛撫した。うっとりと目じりをゆるめたカヒトは、扱く手を早くする。

「ふっ、んっ、んぅ、う……っ、うんっ、う……ふ、ぅ」

 尻が疼いて、カヒトは体を揺らした。腰を浮かせて手の中にあるリアノを呑みたい。

(もっと俺に欲情してくれりゃあ、いいのによぉ)

 紋の力を自在に操れるようになれば、リアノにだけ甘い香りを発して誘える。刻まれたものなら、コントロールできるのではないか。

(フェロモンを自由に出し入れできて、濃さも思い通りにできたら)

 たっぷりと溜め込んだ甘い香りでリアノを誘惑し、理性を潰せればいいのにと、互いの肉欲を昂らせ、頂点に導きながら考えた。

「は、ふ……んっ、んぅ、う」

(こんなふうに、キスしてくれんのに)

 治療の一環、調査のためであっても、股間をたぎらせているのだから可能性はゼロではない。紋のせいにしておけば、関係が気まずくなることもないはずだ。

(ずりぃなぁ、俺は)

 正面切って告白できない弱さを笑ったカヒトの胸中を知ることなく、リアノも似た考えを抱えていた。

(私を相手にしているのは、ほかに頼れる相手がいないからだ。わかっていながら、私は紋を利用してカヒトを味わっている……カヒトがキスを求めるのも、私の好きにさせるのも、紋が性欲を引き起こしているからだ。でなければ、こんな関係になるわけがない)

 紋を取り去る方法、あるいは自在に操る方法を、カヒトは模索している。兵団長として任務に支障をきたさないよう、あるいは任務に使えるかもしれないと考えているのだとリアノは推測する。

(私ならば、冷静に問題に対処できると考えている)

 こんなに甘美なキスを交わして、欲を滾らせているというのに、心はなんて遠い場所にあるのだろう。

(私がおまえに懸想をしていると知れば、別の相手に頼むのか?)

 ふっと兆した考えに嫉妬の炎を滾らせたリアノは、互いを握るカヒトの手の上に手をかぶせて、蜜嚢を押しつぶすほどに強く腰を密着させた。

「ふはっ、ぁ、リアノ……んっ、んぅうっ、う」

 呼気をかき乱されて、息苦しくなったカヒトの目じりに涙が浮かぶ。それを見ながら、リアノは腰をすり合わせた。くぐもったカヒトの嬌声を呑み込んで、彼の手と共に根元から精液を絞り出す。

「ぐっ、ぅうっ」

 うなったカヒトの腰が弾けて、リアノも精を吹き出した。絶頂を迎えても唇を離さずに、リアノは舌先でカヒトの嬌声の余韻を味わう。

「ふ、ぅう……うっ、ん」

 細かくまつ毛を痙攣させたカヒトの目が、悦楽にとろりと濁る。やっと顔を離したリアノは、紋を見た。飛び散った精液が、ゆっくりと紋に吸収される。濡れた指でなぞりながら、上下する胸筋にある色づきに舌を伸ばした。

「んっ、ぁ、なん……リアノ」

「どんな心地だ」

「どんなって……あっ、ぁ、ふ……っ、下腹が、すげぇ熱い」

「精液を吸収している。それで満足をするのなら、愛撫への反応は薄れているんじゃないのか?」

「それで、乳首……っ、んぁ、あっ」

「どうなんだ」

「ふっ、ぁ……わ、かんねぇよ……前に、乳首なんて舐めてねぇだろ……っ、から、比較できねぇ」

「疼きの度合いくらいは、わかるだろう」

 強く乳首を吸いながら、熱を放ってやわらかくなった陰茎をゆるゆると扱くリアノの背中に、カヒトの手が乗った。

「は、ぁ……んっ、リアノ……っ、ぁ、あ」

「なんだ」

「もっと……ぁ、気持ちいい……もう片っぽも、いじってくれ」

「疼くのか」

「んっ、ムズムズする、から」

 うなずいて、リアノは濡れた指でもう片方の乳首をもてあそんだ。

「はぅ、あっ、ああ……いいっ、んっ、すげぇ、あ、興奮するっつうか、落ち着くっつうか」

「どっちだ」

「わかんねぇ……っ、けど、ぬるま湯に入っているみてぇな感じだ」

 ゆるゆるとした愛撫の波にたゆたって、心地はいいが決定的な刺激ではないということか、と頭の中で整理したリアノは、陰茎から手を離した。

「あっ、なんでやめるんだよ」

「こちらだけの反応を確かめる」

「ぁ、んっ……はぁ、あ、リアノ……っ、もっと、吸っ……ああっ」

 要求通りに乳首を吸われたカヒトは、いじられる箇所から波のようにゆらゆらと広がる快楽に意識をゆだねた。恋しい気持ちがあふれ出て、尻奥から湧き出る液へと変化する。

「は、ぁ……リアノぉ」

「なんだ」

「ケツ、すげぇ濡れてる」

「知っている。さんざんに弄ったからな」

「そうじゃなくて、また、出てきた」

「紋が精を吸ったのに、満足していないのか」

「んっ、足りねぇのかも……っ、奥で直接、飲みてぇ」

「だからそれは」

「わかってる。わかってるけどよぉ……っ、は、そんなふうにされたら、また……あっ、あ」

 乳首を指の腹で潰されたカヒトは、喉をそらして声を放った。艶めいた声に、リアノの欲が加速した。舌で乳首を転がして、軽く歯を立て強く吸う。指をかけているほうは、つまんで潰して転がして、軽くひねった。

「ひぁううっ、あっ、ああ……リアノ、それ、あっ、ヤベェ、あっ、あ」

「どうヤバイのか説明しろ」

「せっ、説明って……ぁううんっ、ひっ、ぁ……すげ、ぇ、ああっ、いいっ、あっ、もっと、あ、リアノ」

 求められたリアノは欲望の赴くままに愛撫を続けた。ビクンビクンと痙攣しながら身をくねらせるカヒトの肌が、甘く香る。彼本来の匂いが、うっすらとかいた汗の匂いと合わさって強くなり、リアノの理性を揺らがせた。

「カヒト」

「ぅうっ、ぁ、もっと……っ、は、いいっ、あ、んぅ……い、イクっ、俺、イッちま、ぁあ」

「紋が精を吸っても、変わらないのか」

「だからっ、ぁあ、わかんねぇって……っ、次、あ、紋にぶっかけてねぇときにっ、してみねぇと……っ、く、ぁあ」

「なら、落ち着いてから、あらためて試してみるか」

「やっ、ぁ、やめるなよぉ……リアノ、なぁ、もっと、もっとしてくれよ……んっ、あと少しで、イキそうだからよぉ」

(私は、本当に卑怯者だ)

 腰を揺らすカヒトの状態をわかっていながら、欲する言葉を免罪符として聞きたいために、意地の悪いことを言った。

(真に求められているわけではない)

 理解していながらも望むのは、カヒトを愛しているからだ。彼に求められたいと渇望している。

(ここまで浅ましいとはな)

 自嘲しながら、リアノはカヒトを愛撫した。

「はひっ、は、ぁううっ、ん、いいっ、あっ、イクッ、あっ、あっ、あ……ああっ!」

 乳首だけの刺激で精を漏らしたカヒトは、ギュウッとリアノを抱きしめた。腕の中にいる彼が、自分を愛撫し高めてくれた。実験でもいい。彼に性的な刺激を与えられ、求める言葉を放てたことに心が震えた。

(リアノは、応えてくれた)

 もっともっと、彼に愛撫をされたい。紋のことなどなくとも、愛されたかった。

(けど、無理だよなぁ)

 きっとリアノは自分になど興味はない。幼馴染であり、気安い相手であるとは思ってくれている。しかし友人を超えた関係となると、どうだろうか。もともと人付き合いの少ないリアノに、友と呼べる相手は自分くらいしかいない。だから特別だと思っていた。いつか彼に恋人ができて、結婚をして子どもが生まれて――そうなったとしても、笑顔で傍に居ようと決めていた。

(でも、もう無理そうだなぁ)

 彼とのキスを、淫らな行為を忘れて元の関係に戻れる気がしない。このまま紋が体に定着し、いつまでもリアノとキスやそれ以上ができる関係でいられたらとカヒトは願う。

(けど、そうなったらリアノにとっちゃ、迷惑でしかないよなぁ)

 彼の今後の人生を奪う結果になるのではと、顔を曇らせたカヒトはリアノを抱く腕に、さらに力を込めた。

「苦しい」

「あ、悪ぃ」

 ゆるんだ腕から抜け出たリアノは、妖艶な気配と健全な爽やかさを同居させているカヒトを見下ろし、複雑な気持ちを持て余していた。

(紋が消えなければ、私はこうしてカヒトを愛撫していられる)

 だが、彼を常に危険な状態に置くことになる。快活なカヒトはいずれ、良家の娘を妻にして、平和な家庭を築くだろう。彼の人柄を好む貴族は少なくない。兵団長となった彼に、さりげなく娘を引き合わせたがっている、あるいは娘が彼と知り合うことを望んでいると、縁談めいたウワサを幾度も耳にしていた。

 さりげない誘いに、色恋に鈍感なカヒトが気づくはずはない。けれど彼が興味を示す女性が現れたらと、リアノは暗澹とした気持ちになった。

(紋が邪魔をして、カヒトは誰とも結ばれなくなるのではないか)

 あるいは彼ならば、紋を受け入れて子を宿す体に理解を示す男と結ばれることもありうる。この国の中枢を担う誰か――尊崇する相手に身を捧げる可能性も考えられた。

(または、紋の力を使って、工作をおこなうとか、な)

 剥がせないとわかれば、割り切って自分の体を使うと言いだしかねないカヒトの心の気高さに、リアノは顔をゆがめた。

(この男は、自分をどのような使い方をしてでも、他人を助けようとする)

 歯がゆいほどに、自分を投げ出すことにためらいがない。

「リアノ?」

「かならず、紋を消す方法を見つけてやる」

 両手でカヒトの頬を包んだリアノは、彼の瞳を覗き込んだ。カヒトも、リアノの頬に手を添える。

「つき合わせて、すまねぇな」

(こんなに苦しそうな顔をさせてんのに、消えなきゃいいとか……身勝手だなぁ、俺は)

 きっとリアノは己の無力を痛感しているのだと読んだカヒトは、わかりづらい彼の優しさに心を痛めた。

「けど、無理はすんなよ」

「無理など……おまえこそ、無鉄砲なことはするな」

「無鉄砲、しそうに見えるか?」

「部下への訓練に使うなど、危険すぎる」

「へへっ」

「笑いごとじゃない」

「リアノが助けてくれるって、わかっていたからよぉ」

「なに?」

「いままでだって、そうだ。リアノがいるってわかってっから、危険な任務だって平気で行けたんだ。リアノがいりゃあ、大怪我したって、大丈夫だってな」

 絶大な信頼を告白されて、リアノは目頭を熱くした。

「甘えるな」

「いいじゃねぇか。リアノだって、俺に甘えてもいいんだぜ?」

「おまえに甘えなければならないことなど、ひとつもない」

「ま、そうだろうな」

 顔どころか、体ごとそむけたリアノはテーブルの上のガラス瓶に入れている、魔物の核をにらみつけた。憎しみと感謝が腹の底でふつふつと湧いている。

「もっと、自分を大切にしろ」

「してねぇように見えるのか?」

「見えるから、言っている」

「ふうん?」

 起き上がったカヒトは、リアノを背後から抱きしめた。

「大事にしてんだけどな」

「そうは見えん」

「気持ちをってことだよ。俺の気持ちを大事にしてんだ」

 だから、紋はこのままでもいい。リアノに求められるのなら、多少の危険があってもかまわない。言葉にできない気持ちを込めて、リアノのうなじに吐息をかけるカヒトの心に、自分の想いと認識にとらわれているリアノは気づけない。

「体が壊れれば、気持ちにも影響が出る。自分の状況を、もっと冷静に認識しろ」

 肩に回った腕に手を乗せたリアノの想いもまた、カヒトには通じなかった。

「いっそ、ガキができるかどうか確かめてみてもいいんだけどな」

「バカなことを」

「本気だって」

「危険だ」

「なんとかしてくれんだろう」

「私は万能じゃない」

「俺にとっちゃ、そう見えるんだけどなぁ」

 背中に額を乗せられて、リアノは目を閉じた。恋しい人のぬくもりを肌で味わい、心をいさめる。

 いつまでも相手を己にとどめておきたいと願いながら、相手のためにはならないと耐えるふたりは、しばらく無言のままで己の想いと対峙した。

(紋が、このままであればいいのに)

 同じ場所に到達した思考は、相手のためにはならないという結論しか導き出さなかった。
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