上 下
16 / 17
第五章 好きなものを、素直に大切にできるしあわせ

「そういうことは、誓いが終わってからにしてちょうだい!」

しおりを挟む
 * * *

 湖畔にツタを這わせたアーチが設置され、そこにベルが下げられる。あちらこちらに丸テーブルが用意され、それぞれにバラの花が飾られた。にぎやかな声で作業をしている人々に、ヒギンズ夫妻がキビキビと指示を出している。

「さあさあ、もうあとすこしで完成ですよ。気を抜かず、しっかりと整えてくださいね。なにせ、今日はお嬢様の大切な日なのですからね」

 張り切っているミセス・ヒギンズの姿を、別荘の窓からながめるティファナの傍にはレティシアがいた。

「もうすぐね」

 感慨深げなレティシアの吐息に、音になるかならないかの声で「ええ」と答える。心臓が口から飛び出しそうなほど緊張していた。

「いい天気になって、よかったわ。きっと、神様もあなたたちを祝福しているのね」

「そうだといいのだけれど」

「なにを弱気になっているの? おじけづいてしまったなんて、言わないわよね」

「実を言うと、そのとおりなのよ。レティシア、見て」

 震える指先を見せれば、しっかりと握られた。

「なにを怖がっているのよ」

「私、ちゃんとサイラスを支えていけるかしら」

「彼がティファナを選んだのよ」

「もしも幼ないときに知り合っていたのが、私じゃなくてあなただったら、サイラスはあなたと結婚をしていたかもしれないわ」

「ああ、ティファナ」

 ぐるりと目を回したレティシアが、わざとらしく天を仰いで額を抑えた。

「なんてことなの。あなたは彼の愛を信じられないのね」

「そんなことないわ!」

「だったら、そんな心配をする必要はないんじゃない? 彼はあなたを愛していて、あなたも彼を愛している。それをふたりはきちんと理解しているのだから。こんなにステキなことはないわ」

 腕を広げたレティシアの左手の薬指には、婚約指輪が光っている。彼女は恋する相手ではなく、貴族院に父親がより深く入り込むために、有力な貴族の息子と結婚をすることが決まったのだ。そんな彼女を相手に、愛し愛される人と結ばれる直前に不安になっていると言った自分を恥じる。

「ごめんなさい、レティシア。私、あなたの気持ちを考えられていなかったわ」

「あら? 私が無理やり、婚約をさせられたとでも思っているのね。あわれみなら、いらないわよ。彼、ハンサムだし私に夢中なんだから」

 フフンと豊かな胸を反らしたレティシアに手を取られて、立ち上がる。

「外の準備は、整ったみたいね。ほら、招待客も続々と集まってきているわ」

 ミセス・ヒギンズが到着した貴族たちに頭を下げて、野天の会場へ案内している。ワクスヒル家の使用人だけでなく、サイラスの城の使用人たちも総出で式に参列する人々の相手をしていた。

「でも、よかったの? 王城の教会で結婚式を上げることもできたのに」

「王城で結婚式なんて、できないわ。だって、サイラスは王族だけれど王位は継がないんだもの」

「だけど」

「政治には直に関与をしない。だけど、民と王家の架け橋になる。それがサイラスの任務なの。だから、ここで式を挙げるのが一番なのよ」

 貴族たちから離れた場所にも、テーブルが並べられている。そこには領地の民が集まっていた。彼等は領主サイラスの結婚を心から祝いに来ている。必要ないと言っていたのに、式の日取りを伝えれば、飼っている羊や牛、畑で採れた野菜や、湖で捕らえた魚など、彼等なりの精一杯の祝いの品を贈ってくれた。それらすべてを満面の笑みで受け取ったサイラスの、分け隔てない態度を誇らしく思い出す。

「あの人の気持ちを尊重したいの。私も、ヴィエホの領主の妻として、民に受け入れてもらいたい。民の声を聞ける人になりたいの」

「彼の仕事の手伝いをしたいってわけね」

「そうよ。それで、ご褒美にステキなドレスを買ってもらうんだわ」

 いたずらっぽく目を光らせて、秘密の悪だくみをしている顔をすると、ニヤリとしたレティシアに「立派な妻の務めだわ」と褒められた。

 簡単な料理と飲み物がテーブルに運ばれる。司祭が到着し、ツタで飾られたアーチの前に立った。いよいよ式のはじまりだと背筋を伸ばすと、扉がノックされた。

「お嬢様、皆様、お揃いになられました」

 さっきまで来客の案内をしていたはずの、ミセス・ヒギンズが立っている。

「国王陛下も、ルベル王子もお着きです。ただ、旦那様はやはり間に合いそうにないとのことで」

 目元を曇らせたミセス・ヒギンズをなぐさめるために、そっと肩に手を乗せた。

「わかっていたことだわ。鉱山の事後処理が、思ったよりも手間取っているのでしょう? それでもいいと、式の日取りを早めたのは私だから」

「お嬢様。ですが、家族がひとりも出席していないというのは、やはり、いかがなものかと」

「私をずっと、守り育ててくれたのは、ミセス・ヒギンズ、あなたや屋敷の使用人たちだわ。それを家族と言っては、いけないのかしら」

「っ、お嬢様」

「泣くのは、ちょっと早いわよ? ミセス・ヒギンズ」

 レティシアにからかわれ、「そうですわね」と言いながら涙を抑えたミセス・ヒギンズに導かれ、別荘の外に出る。目の前には招待客と領民たちの祝福の笑顔があった。身なりはまったく違っているが、結婚式を心からよろこんでくれている人々だ。

 明るい日差しの下、身分の別なく祝いのために、これだけの人が集まってくれている。その事実だけで、胸が詰まってしまった。

「っ、私……しあわせになるわ」

「当然よ」

「当たり前です」

 ミセス・ヒギンズとレティシアの声が重なる。

「いってらっしゃいませ、お嬢様」

「ええ。ありがとう、ミセス・ヒギンズ」

「さあ、ティファナ」

 レティシアに先導されて、ゆっくりとドレスの裾をさばきながら司祭の前へ進むティファナの目に、颯爽としたサイラスの姿が映った。太陽よりもまばゆい笑顔で、ティファナが来るのを待っている。ふいに駆けだしたくなった瞬間、サイラスが駆け寄って来た。気持ちの呼応がうれしくて、ティファナも駆ける。

「ティファナ」

「サイラス」

 腕を伸ばして彼を求め、胸深くに抱きしめられる。

「やっとだ……やっと、堂々と君を愛せる」

 ほがらかな声に答えようと口を開けば、大きすぎる咳払いが聞こえた。ハッとして顔を向ければ、決まり悪げに頬をひくつかせた司祭がいた。やんちゃな笑みでウインクをしたサイラスに、茶目っ気たっぷりに舌を出す。周囲からあたたかな苦笑が漏れて、レティシアの声が響いた。

「そういうことは、誓いが終わってからにしてちょうだい!」

 ドッと笑いが湧きおこった。なごやかなムードの中、ふたりは神に永久の愛を約束し、いささか長すぎる誓いのキスを披露して、ふたたび司祭に注意の咳払いをされてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

屋敷でゴミのように扱われた私ですが、今日報われます

小烏 暁
恋愛
婚約を破棄されてしまった令嬢、ニーニャ。 屋敷では豚や家畜、ゴミと姉に言われ続けている毎日を送る。 来る日も来る日も姉に人生をめちゃくちゃにされる中、彼女は気を紛らわせる為、とある湖へ向かう。 地獄のようなこの世界に一つだけ彼女の心を休ませるオアシス。 そんな時、突然私の前に純白の髪色をした男性が現れた。 そこからだった、彼に会ってから、私の人生は大きく変わった。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...