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2章

2人の時間

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「じゃーん!ここで食べるのは、ばーば特製のサンドイッチでーす!!」
みーちゃんの楽しそうな声と共に、カラフルな包みが出て来た。
にこにこした表情と弾んだ声に、私もパチパチと拍手する。
「すごい、綺麗」

大きな敷地に、緑がたくさんあってすごく自然を感じられる公園。
入り口から近いベンチに座って、2人の間にタッパーが置かれた。
「家に帰るまでに、おなかが空かないようにするから少しだけね?」
ウィンクするみーちゃんだけど、私には充分な量に感じた。
「これ、1個1個は小さいんだけどさ、何せばーばが朝から張り切っちゃってさ?」

ツナ・タマゴ・ハム・チーズ、あとは艶々した野菜、色とりどりのサンドイッチが小さなタッパーに綺麗に詰められている。
「ほらのんちゃん!好きなのを選んで?」
「おいしそう」
「ほらほら」
急かされても、どれもおいしそうで選べない。

「選べない?」
「うーん」
おばあちゃんが作ったサンドイッチはとてもおいしそうだから。
食べるのが勿体ないくらい、作品のように並んでいる。

「ならさ?一口ずつ食べても良いんだよ?」
残りはぼくが食べるし、なんて何でもない風に言う優しいお兄ちゃん。
一口ずつ食べて残すなんて、すごく贅沢な食べ方なのに。

でも、小さい時の私はそうやって優しいお兄ちゃん達に甘えていた。
すぐにおなかがいっぱいになる私に、ママが良く言っていた。
『いっしょに』『はんぶんこ』って。

「もう…」
でも、それは保育園の時の話で、私がまだ小さかった時のこと。
みーちゃんの中では、私はまだまだ子どもに見えるのかな。
どこまでも甘いみーちゃんに、ふふっと笑ってしまう。

綺麗に並んだサンドイッチを眺める。
赤い色に誘われて、トマトとレタスが見えるサンドイッチを手にした。
端にあったことも関係して、すぐに手が伸びる。
噛むとジュワっとトマトの酸味が広がる。

「…おいしい」
口の中で、シャキシャキと音を立てるお野菜達。
瑞々しくておいしい。
「良かった!ゆっくり食べるんだよ?」

噛んだ時にシャキシャキしていたのは、キュウリだった。
レタスに隠れて、ちょうど良い硬さのキュウリが何枚かあったみたい。
断面に赤と緑が重なって見えて、とても鮮やかに感じる。
柔らかいパンにぴったり挟まっている。
おばあちゃんが作ってくれたんだ、そう思うと余計においしく感じる。

「野菜サンド、味はある?」
お兄ちゃんの言葉を聞きながら、コクリと頷く。
「お塩の味がするよ。あと、何か良い匂い」
「良い匂い?マジックソルトかな?それともハーブ系かな?」

みーちゃんも自分に近いお野菜のサンドイッチを手にし、口に入れる。
私には2回か3回に分けて食べる物なのに、みーちゃんは一口だった。
「うん、おいしいね。流石ばーば、塩味だけじゃないのが拘りを感じる」
飲み込んだみーちゃんは、にこりと笑った。

同じ物を食べて、おいしいって言えること。
一緒に食べるって、すごく嬉しいことだ。
「外でこうやって食べるのも、また違う気分になるよね?」
にこにこのみーちゃんに、胸がいっぱいになる。

楽しそうな顔を見ていると、私もそれだけで嬉しくなる。
「…おいしいね」
「もう、おいしいのは分かったよー。ばーばにちゃんと伝えるから、家に帰るまでおなかが空かないようにしてよね?この後、電車に乗ってまだ歩くんだよ?」

心配性なお兄ちゃんの言葉にしっかり頷く。
「うん、大丈夫。…みーちゃんこそ、心配しすぎだよ?」
笑う私を見て、みーちゃんも苦笑する。
「…のんちゃんはさ」
ポツリとみーちゃんの言葉が響く。
「うん」
「あのオトモダチと一緒で楽しい?」

お友達?
乃田さんと布之さんと高杉くん。
さっき別れた3人を思い出す。
思い出すだけで、心がじわりと温かくなる。
「うん、楽しいよ」

手に持ったままだった、残りのサンドイッチを私も食べる。
「…そっか」
ゆっくり食べたこともあり、おなかがいっぱいになってしまった。
「ね?みーちゃん」
「ん?」

「少し、歩いて来ても良い?」
懐かしい公園の中を思い出すためにも、少しだけ歩きたい気分だった。
「うん、おなかがいっぱいになったらね?」
みーちゃんの言葉に、こくこくと頷く。
「もう、おなかいっぱいになったよ?」

「たった1個なのに?」
みーちゃんの驚いた顔に、私もびっくりする。
「お野菜がいっぱい入っていたから…」
「もう少し食べないと、薄いハムは?タマゴもあるよ?」
みーちゃんが、両手にサンドイッチを持って勧めてくれる。

躊躇う私にみーちゃんは片方を口にいれ、残ったサンドイッチを手で割る。
「ほら、タマゴだよ。はんぶんこしよ?」
「…ありがとう」

食べやすいように、小さくしてくれたんだろう。
それをもらって、もぐもぐと食べる。
みーちゃんがほっとした顔をする。

食べないと、心配をかけてしまうのかな。
何回も噛んでゆっくりと食べる。
「みーちゃんこそ、ゆっくり食べて?見える所にしか行かないから」
「そんなこと言っていると、リード付けちゃうぞ?」

リード?
わんちゃんとかに付ける、あのリード?
「みーちゃんの意地悪」
「…だって、誰かに連れて行かれたらって心配なんだもん」

いくつか並んでいるベンチを眺める。
今は他の人はいない。
時間帯なのか、入り口周辺の場所には私達2人しかいなかった。

ここから中央に向かうと、大きな噴水がある広場があったはず。
そこにはもっとたくさんの人がいるんだろう。
甲高い声や、笑い声が微かに聞こえているから。
でも、ここには私達しかいない。
連れて行かれる心配なんてないのに。
「そこまでしか行かないよ?大丈夫、もう子どもじゃないんだから」

みーちゃんもキョロキョロと周りを見て、ため息をつくと困ったように頷いてくれた。
やったぁ。
ベンチから立ち、すぐ目の前の花壇に近付く。
釣鐘層や雪ノ下が奇麗に並んで植えられている。
しゃがんで、目の前に並ぶ植物を観察する。
お世話をする人がいるんだろう。

お世話をされているのか不明な、花壇の後ろにも大きな紫陽花が見える。
もうすぐ色とりどりの紫陽花が咲くんだろう。
緑の大きな葉っぱが、花壇の後ろにずっと広がっている。
紫陽花の咲く季節、学校では宿泊学習がある。

去年のしおりに描かれていた、紫陽花を思い出す。
私は小学校の時から、学校の外出行事には参加していない。
去年の校外学習も不参加だった。
今年も休むつもりだった。

だけど、今は少し。
ほんの少しだけ、勿体ないという気持ちがある。
行きたいという気持ちが芽生えてしまった。

折角、乃田さんと布之さんと高杉くんと仲良くなったのに。
学校以外の場所で過ごすなんて、とても楽しそうなのに。
だけど、すぐにそういう気持ちを持ってしまったことを反省する。

だって、私はみんなと一緒じゃないから。
この目は、きっとお外でも変わらない。
いつもと違うから、なんて都合の良いことは起こらない。

急に見えなくなったら?
外に出ている時に、サインが来たら?
毎日繰り返し訪れる変わらない症状。
勿体ないという気持ちが、一気に萎んでいくのが分かった。

目のことを考えたら、怖くなる。

じわじわとせりあがって来るのは不安だ。
先生や3人に迷惑をかけてしまうことは嫌だ。
自分でも行かなければ良かった、なんて思ってしまいそうで怖い。
林先生に言われた言葉が思い出される。

“進路”
進学は難しいだろう。
今のままでは…。

きっと高校に行っても、私の目は治らない。
もっと遠くなる学校での生活なんて考えられない。
お母さんにも迷惑になってしまう。

花壇ではない、足元のシロツメクサをそっと触る。
白くてまあるいお花。
ママがよく冠を作ってくれたのを思い出す。
頭に乗せて、お姫様ごっこをたくさんした。
楽しかった、懐かしい記憶。

今は編んでもらっても、喜ぶ年じゃなくなった、と思う。
自分でも編めるかな?
でも、摘んじゃったらかわいそうかな…。
あの頃は摘むことをかわいそうなんて、考えることもなかったのに。

「進路…かぁ」
言葉にして、智ちゃんやみーちゃんはどうやって進路を決めたのか気になった。
後で聞いてみようかな。
シロツメクサのふわふわした頭を、何度か指先で撫でるだけにした。

「…懐かしいね?」
後ろから聞こえた声に振り返る。
みーちゃんが覗き込むように後ろに立っていた。
「ぼくのお姫様?」
「もう、みーちゃんは私のこといくつだと思っているの?」

もう、ごっこ遊びで喜ぶ年じゃないもん。
ぷいと顔を背けた私に、みーちゃんが声を出して笑った。
「本当に可愛いなぁ、のんちゃんは」

ふと、ベンチの上にあったサンドイッチが気になった。
決して多くはないけれど、もうサンドイッチを食べ終わったのかな?
「みーちゃん食べ終わったの?」
「うん、綺麗に完食したよ?」

空になったタッパーを思い出し、びっくりする。
私が食べられなかった分もみーちゃんが食べたってことだから。
「ちゃんと噛んで食べた?しっかり噛まないと消化に悪いんだって…」

心配する私にみーちゃんが苦笑する。
「ちゃんと噛んだよ。のんちゃんまで、智くんみたいなこと言わないでよ。それより、こんな所でじっとしてお花なんか摘んでたら悪いオオカミさんがやって来るよ?」

オオカミさん?
赤ずきんちゃんみたいな?
それは童話のお話で、何だかこの前もお話のことを…。
みーちゃんの言葉に、この間の保健室での話を思い出して思わず笑ってしまう。

「どうしたの?」
思い出し笑いをした私に、みーちゃんが『何々?』って聞いてくる。
「この間、乃田さんと布之さんと高杉くんと、日本昔話?みたいなことをお喋りしていてね」
「…うん?」

「今のみーちゃんみたいに、オオカミさんじゃないけど、鬼が私のことを攫いに来るぞ、って…。あ、その前にもっと、色んなお話をしていたんだけどね?」
「うん、分かるよ?のんちゃんが鬼に攫われるって話になったんでしょ?」

話の途中を大分削ってしまったのに、みーちゃんは『分かる』って言ってくれた。
何でも話を聞いてくれる優しいお兄ちゃん。

「そうしたら、布之さんがお供を連れて助けに行くって。桃太郎みたいなことを言ってくれて、私のことを助けてくれるって嬉しいなって。だけど、私だってただ助けを待つだけなのは嫌だなぁって…」
「うん、それで?」
「助けを待つだけじゃなくて、1人でも逃げられるかなって思っていたんだけれど…」

「無理無理。のんちゃんじゃすぐに見つかって、ふかふかのお部屋にご招待されちゃうよ?」
「ふかふか?牢屋とか、地下室じゃなくて?」
「とんでもない!のんちゃんが過ごすのに、黴臭そうな地下室とか不衛生な牢屋なんて、とてもじゃないけど入れられないよ!お姫様みたいな豪華で、あったかくて過ごしやすい場所にご招待しなきゃね。…で?」

あったかくて、過ごしやすい?
それは攫われた人のお話なのかな?
考える私に、みーちゃんが先を促す。

「あ、えぇっと…高杉くんが、鬼と仲良く暮らせる方法もあるんじゃないかって、言ってくれて…」
「うん?」
「鬼って、確かに怖いイメージが多いと思うけれど、豆まきの時のお話の優しい鬼さんとか、泣いた赤鬼みたいな、お友達想いの優しい鬼さんとか確かにいるかもしれないなぁって思って…」

「で、のんちゃんはのんちゃんのことを攫った悪いはずの鬼と仲良く暮らすのも悪くないって?」
みーちゃんの少しとげとげした言い方に首を傾げる。
「みーちゃん怒っているの?」

「べっつにー?のんちゃんのことを心の底から心配している家族のことはほったらかして、のんちゃんは見ず知らずの鬼と一生仲良く暮らすんだって思ったら面白くないだけだから」
みーちゃんの早口になった口調に思わず笑ってしまう。
たとえばの話なのに、こんなに真面目に付き合ってくれる優しいお兄ちゃん。

「何笑ってるの?心配するぼくのこと、面白がってるの?」
「みーちゃんが、私達のお喋りのお話を嫌がらないで聞いてくれたのが嬉しくて」
「…これだもんね。攫った鬼だって、毒気なんて抜かれちゃうに決まってるよ」
みーちゃんのポツポツした言葉は聞き取れなかった。
まだ怒っているのかな?
「なぁに?みーちゃん」

「のんちゃんは、ぼくよりも鬼の方が良いってことなんでしょ?」
「そうは言ってないでしょ?もう、みーちゃんの意地悪」
「じゃあ、鬼よりもぼくの方が良いよね?ぼくが好きだよね?」
「うん」
みーちゃんの勢いにこくりと頷く。

「じゃあ良いよ。のんちゃんは鬼よりぼくの方が大好きだけど、もし攫われたら鬼とも仲良く暮らせるってことで」
「…?うん?」
答える私の頭を撫でると、みーちゃんが『ん-』と言いながら背伸びした。

「じゃあ、そろそろ行こっか?」
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