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2章

遠出

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3人と別れ、バスに乗る。
お別れするのを嫌だって思っていたのに。
寂しいと思っていたはずなのに。
しんみりしなかったのは、乃田さんが見えなくなるまで笑顔だったから。

勢いよく手を振る乃田さんの嬉しそうな顔。
私も窓越しにちゃんと手を振った。
私も、笑えていたかな?
笑えていたら良いな。

お別れよりも、次に会う時のことを楽しみにしていた乃田さん。
乃田さんだけじゃなくて、布之さんと高杉君もそうだと思える表情。
勿論、私もそうだった。
それを思い出した。
3人と一緒に過ごせることを、楽しいと思っている私がいる。

そうだよね、次に会える楽しみが出来た。
そのことに気付いただけで、もう寂しくない。
本当に、現金な私がいた。

「のんちゃん?」
みーちゃんの声にハッとする。
繋がれた手が温かい。
「…うん」

「足元、気を付けてね?」
優しいみーちゃんの声に小さく頷く。
乗る時も歩く時も、みーちゃんが手を繋いでくれる。

そのことに安心して私も続く。
「転ばないように、ゆっくりね?」
いつでも心配そうな声に、しっかりと頷く。
入り口の階段をゆっくりと登っていく。

バスの中は数人しかいなかった。
その数人も、寝ていたり携帯電話を操作していた。
歩くみーちゃんと、手を引かれている私のことを見ている人はいなかった。

視線が来ないことに、少しだけホッとする。
「奥に行こ」
「…うん」

みーちゃんが先に進み、私の手を引きながらバスの中を歩いて行く。
その後ろをついていく私。
少し進んで、先に座るように促される。

2人掛けの椅子に並んで座る。
私達の後ろには、誰もいなかった。
『発車します』
運転手さんの声が聞こえ、バスのエンジンが静かに動き出した。

窓側は私で、隣に座ったみーちゃんがニコニコしている。
「楽しいね」
「うん」
見ている私もそれだけで嬉しくなる。

一緒に行動しているだけなのに。

そのことに、ただ嬉しいと思う私がいる。
さっきは、みーちゃんと3人が一緒になることを不安に思っていたはずなのに。
今では、嬉しかったという気持ちが残っていた。
今までにはない光景だったこともあって、不思議な時間だった。

「のんちゃん?」
隣から声をかけられ、ハッとする。
「…うん?なぁに?」
「それは、こっちのセリフ。なぁに?ニコニコして」

みーちゃんの言葉に、どう答えたら良いのか少し考える。
「う、嬉しい?」
私の言葉にみーちゃんは眉根を寄せてふふっと笑った。
優しい、とっても優しい笑顔。
私の大切なお兄ちゃん。
「何で疑問形?」

「…だって、みーちゃんと一緒に帰れたのも、みんなと帰れたのも、…楽しく、て?」
言うと、みーちゃんが少しの間の後、さっきとは違う、ははっという笑い声をあげた。
「うん!僕ものんちゃんと一緒で嬉しい、すっごく楽しい、もう大好きだよね」
嬉しそうな、本当に私のことを好きだっていう言葉と行動に胸の中がぎゅーっとする。

「僕のお姫様」
まるで宝物のように大事にされているような言い方。
されているような、じゃなくてちゃんと大事にされている。
私にとって、大切な、大切なお兄ちゃん。

みーちゃんが、しっかりと抱き締めてくれた。
お日様みたいな匂いがするみーちゃん。
恥ずかしいけれど、私達が一番後ろに座っていたこともあって見られる心配はなかった。

ちらりと前にいる人たちのことを気にするけれど、それは一瞬だった。
私もみーちゃんにそろそろと手を伸ばす。
私が手を伸ばしても、嫌がらないことがこんなに安心する。
「みーちゃん」

私が甘えても、全部受け止めてくれる優しいお兄ちゃん。
狭い座席で、2人でくっついて座るやっぱり不思議な時間。
心がぽかぽかするような、時々晴れる日差しのように温かい気持ち。

少し振動する車内で、ひっそりとくっつく私達。
「あったかいね」
みーちゃんの言葉にこくりと頷く。
「うん」

ゆっくりと抱き締める腕が緩んで、見覚えのある景色を眺める余裕が出て来た。
懐かしい風景。
いつでも窓側に座って、飽きることもなく流れていく景色を眺めていた。
「懐かしいね」
弾むみーちゃんの声にこくりと頷く。

聞き覚えのあるバス停をいくつか通り過ぎ、みーちゃんが急に降車ボタンを押した。
私が覚えているバス停より、少しだけ早い下車。
もうすぐで駅なのに。
降りるのかな?

何でだろう?
久しぶりで、みーちゃん間違えちゃったのかな?
心配になって、みーちゃんを見上げる。
横にいるみーちゃんは、ニコニコしていた。

「大丈夫、合ってるから」
みーちゃんは私の言いたいことを分かっているように、にこりと笑った。
「…うん」
返事をすることしか出来ない私。

みーちゃんは、乗車した時と同じように手を引いてくれた。
細い通路だけど、みーちゃんの後ろをゆっくりと着いて行く。
懐かしい景色、匂いや空間まで蘇るような気持ち。
3人でおじいちゃんの家に行くまで、ワクワクしていた気持ちを思い出す。

チャリン、チャリンチャリン。
小銭が流れていくのを眺めていくのをじっと見つめる。
理由はないけれど、何か昔から眺めてしまう。
先にいるみーちゃんが、慣れたように降りていく。
「はい、次はのんちゃんの番ね」

バスに乗る度、自分でバス代を払うのを楽しみにしていた。
あの頃、降りる前にちゃんと準備していたことを思い出す。
自分の手で握りしめて、降りる頃には温かくなったお金。
駅に着く前に準備してずっと握っていた小さかった頃の私。
そんなことを思い出す。

「ありがとうございます」
言いながら、運賃を入れる箱にバス代を入れる。
自分で払うって言ったのに、私がお財布を出す時間もなかった。
気が付いたら、私の手にお金が渡されていた。

「だって、自分で払いたいんでしょ?」
降りる前に言われたみーちゃんの言葉。
決して馬鹿にしているわけではない、お兄ちゃんの言葉。

「…うん」
みーちゃんが、私の分もバス代を準備してくれていた。
当たり前のように。
私のお兄ちゃんの顔をして、『はい、どうぞ』って渡された。

私だって、お財布を持ってきたのに。
そう思いながら、握っていたバス代を箱の中に入れる。
みーちゃんの時と一緒で流れていくお金。

流れていく小銭がなくなるまで眺めていた私。
『ありがとうございます』
マイクを通じて、運転手さんの声がバスの中に届いて行く。
そのことにハッとする。

「のんちゃん?」
先に降りたみーちゃんが、私に向かって手を伸ばしてくれた。
「ほら、ゆっくりね?落ちないようにね?」
心配性なお兄ちゃんの声掛けに、そろそろと歩いて行く。

少し狭くて、カーブした乗降場の階段。
出口まで続いている細くて冷たい手すりを握る。
みーちゃんがいることに安心して、ゆっくりと歩いて降りる。

前を見ていた運転手さんが、私の動きに合わせてこっちを見る。
目が合うと、優しそうな眼の運転手さんが笑ってくれた。
降りるのが遅いって怒られても仕方がないのに。

決して焦るような仕草が見られない。
だから、ゆっくりと動き始める。
「…ありがとう、ございます」
頭を下げてお辞儀をしてから、1歩を踏み出す。

小さな声でお礼を伝える。
私が降りるのを見届けて、運転手さんが『発車します』と言っていた。
静かに動き出したバスを見送る。

降りた時に温かい手の感覚が戻って来た。
さっきまで繋いでいたはずの手。
その、繋いだままの手を揺らされる。

「バス…」
ぽつりと呟くみーちゃんに首を傾げる。
「なぁに?」
「何かさ、あの頃に乗っていたバスと同じ型だったな、って…」

「同じ、型…?」
「そ。今はさ、降りるのも真ん中からのバスが多いのに、ね?」
みーちゃんは、私の手を引きながらゆっくりと歩き出す。

「さっきのバスは前から降りたでしょ?」
私の手を引きながら、ゆっくりと歩いて行くみーちゃん。
「うん」
ゆっくりと歩くみーちゃんと同じように私も歩き出す。

「今乗ってたバスはさ?」
「うん」
「僕たちが乗ってた頃のバスと同じ型でさ、車体自体は新しいのにね?」

バスだなぁ、としか思っていなかった私。
あの頃の乗っていたバスと、今のバスの違いなんて私には分からなかった。
みーちゃんは、私よりもいろんな記憶があるんだろうなぁ。

「…そうなんだ」
通り過ぎたバスはもう見えなくなっていたけれど、後ろを振り返る。
みーちゃんも同じように後ろを振り返った。

2人でしばらく道路を眺める。
不思議な時間。
だけど、全然嫌じゃない時間。
だから余計、懐かしい気持ちだったのかな。

「行こっか」
みーちゃんの明るい声に、頷いて私も歩き出す。
しばらく歩いた先は、広い空間だった。

「さ、着いた着いたー」
みーちゃんが繋いでない方の手を伸ばす。
体の向きを前に戻す。
やっぱり、降りたことのないバス停だったなぁ。

歩いた風景に見覚えがなかったから。
小さい頃の私の記憶。
おじいちゃんの家に行く前に寄り道した時は数える位だった。

おじいちゃんが運転する車で寄り道した時のことを思い出した。
私のことを家まで迎えに来てくれて、そのまま公園に寄る時間。
または、おばあちゃんと一緒にお買い物をした大きなお店。
そのままドライブって、少しだけ遠くにお出かけする時間。

懐かしい、一緒の記憶。
そこにはいつでもみーちゃんと智ちゃんがいた。
3人で一緒に遊んだり、過ごした時間。

公園では、お散歩をした記憶がある。
疲れても、おじいちゃんの車で帰れるから、暗くなってもおばあちゃんやみーちゃんたちとお散歩をしていた。
広い空間で、智ちゃんとみーちゃんがサッカーとかキャッチボールをしていた気がする。
それを『がんばれー』って応援していた私。

「ほら、もうすぐだよ」
「…うん」
「疲れてない?」
「大丈夫だよ」

みーちゃんは間違えてないって言っていたけれど、ここが目的地なのかな?
「のんちゃん、こっちこっち」
みーちゃんに手を引かれながら、日差しが透ける遊歩道を歩いて来た。

しばらく緑の中を歩いていた気持ちの良いお散歩の時間。
そっか。
見たことがなかったのは、通ったことがない道だったから。
「駅からも来れるけどね?」
バス停には見覚えがなかっただけで、私はここを知っていた。

「こっちから来ることってなかったもんね?公園には何回も一緒に来たでしょ?」
「…うん」
みーちゃんの言葉通り、公園自体には来たことがあった。
ピクニックのような、お散歩のような。
懐かしい記憶。

真っ青な空の日に、噴水を見ながら休憩したこと。
暑い日に、日陰でアイスを食べたこと。
風が涼しくなった日に、レジャーシートの上でお昼寝したこと。
うん、いくつも思い出せる公園だった。
夏が来る前の、新緑が濃い公園。

私達が一緒に過ごした、たくさんの思い出がある公園だった。
いつもは、駅から歩いて来たからその風景しか知らなかった。
だけど、この広い空間にはしっかりと馴染んだ記憶がある。
さっき思い出したばかりの懐かしい記憶達。

「さ、じゃあ少しだけ休憩しよっか?」
みーちゃんがそう言いながら背中に背負っていたリュックからレジャーシートを取り出した。
「ほら、のんちゃん座ろ」
「うん!」

靴を脱いで、レジャーシートに座る。
横にみーちゃんも座ってくれた。
「ほらほら、のんちゃん!お楽しみはこれからだよ」

みーちゃんがそう言いながら、背負っていたリュックを降ろす。
どこに入っていたのか、不思議に思うくらいの荷物。
何個かの箱、ウェットティッシュ、水筒、ビニール袋に入った物は何だろう?

「み、みーちゃん重くなかった?」
みーちゃんが、リュックを重たがっている様子は全然見られなかった。
私のことを抱っこしていたことを思い出して、みーちゃんが疲れていないか気になった。
「さっき、私のこと抱っこしてたのに、こんなにいっぱい荷物があったの?」

驚く私に、みーちゃんはニコニコと笑顔で笑っていた。
「ぜーんぜん!のんちゃんに、重さなんてないよ」
「…そんなこと」
絶対ない。

「ぼく、こう見えてすっごい力持ちだからね?のんちゃんくらい、軽々だよ?」
みーちゃんは疲れなんて感じないように、自分の腕を自分でつつく。
「見えない?ぼくのこの筋肉」

ふざけているようにも思えるのに、私が気にしないように言っているようにも感じる。
どっちなんだろう?
私が気になっていることは、みーちゃんにとってはどうでも良いこと?

「…みーちゃん」
私のことをいつでも考えてくれる私のお兄ちゃん。
いつだって味方でいてくれる、私の自慢のお兄ちゃん。

「ありがとう」
私がポツリと言った言葉に、ポンポンと頭を撫でてくれる。
何で、泣きそうになっているんだろう?
こんなに、私のことを大事にしてくれているのがしっかりと伝わってくる。

大切な、私のお兄ちゃん。
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