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2章

再会

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後ろから聞こえてきた声は、確かに知っている。
昇降口から左に行くと、先生用の玄関になり裏門がある。
来賓用の駐車場もある方向だ。

だから、後ろに誰かがいても不思議はない。
一緒にいた乃田さんと布之さんと高杉君が、どんな表情をしていたか見えていないので分からなかったけれど。
聞き覚えのある声、自分を呼ぶその声に『どうして?』と思う前に急に目の前に気配が増えた。
不思議さを感じていると、急に訪れる浮遊感。

「きゃ」
足が浮く感覚に、とても驚く。
手にしていた通学用カバンを落としてしまった。
でも、それにも構っていられない程、驚きの方が大きかった。

「ずっと会いたかった!去年から1年も空いちゃったね?元気だった?少し背が伸びたね!軽いのは変わらないけど。ちゃんとご飯食べてる?また可愛くなって。綺麗にもなった。会えて嬉しいよ!良く顔を見せて、のんちゃん」

賑やかに、矢継ぎ早に言われ、頭で考えられなくなる。
でも、この賑やかさは知っている。
楽しい。
嬉しい。

だから、笑ってしまった。
「ほんと可愛い!」
足が地に着いていない状態なのに、全身をくるまれ時々温かい感覚が触れる。
おでこや耳、顔のあらゆる場所。
くすぐったくて、少し首を竦める。

前に傾いていた重心が少しずつ戻り、地面に足が着く。
私が何か言う前に、今度はぎゅうぎゅうと体が締め付けられる。
といっても、苦しい程の力ではない。
首元で固まっていた両手を伸ばし、目の前の存在を確かめる。

「あの、みーちゃ…。湊君?久しぶりだね?」
言いながら、存在を確かめるように手を動かす。
動かした手にクスクス笑う感覚。

懐かしい。
うん、知っている。
安心する。

今度は温かい手で、顔を包まれる。
大きな掌に、安心する。
さっきも触れた感覚で、瞼や頬に温かいものが触れる。

「うん。今日は、もう見えないのか。残念…」
きっと顔を覗き込まれているのだろう。
さやかのように。
明るく聞かれ、私は苦笑する。

「でも、帰るのには何も困らないよね?」
「帰る?」
「そ。帰る。足は平気?痛くない?まぁ、痛かったら、ぼくがおんぶすれば良っか」
ポンポンと投げかけられる言葉に、追いつかなくて困る。

「…あの、すいません!」
聞こえて来た声に、私もハタと止まる。
そうだ。
一緒にいたことを思い出した、乃田さんの声がした。

きっと、近くにいたけれど声をかけられなかったのだろう。
乃田さんの声は、困っているようだった。
包まれていた感覚が少しだけ緩む。
「なあに?」

「春川が困ってませんか?」
「…そうかもね?でも、嫌がっているわけじゃないし、君達が心配することでもないかな?ところで、君達は今、時間ある?」

目の前の人物に問われ、あかりとかすみ、顕檎は顔を見合わせる。
顕檎が「何でですか?」と聞き返す。
問いかけに、軽く首を傾げる背の高い風貌。

「もう少ししたら、ここにこの子を迎えに車が来るでしょ?運転手さんに、伝言をお願い」
言われた言葉を考え、顕檎が少し眉を顰める。
「伝言?」
「『湊君が来ました。家で待っててください』ってね。じゃ、よろしく」
「え?みーちゃ…。湊君!」

3人の返答を待たず、下に落ちたのぞみの荷物を肩に担ぐ。
湊君と呼ばれた人物が、とても軽やかにのぞみの手を引いて歩き出した。
のぞみは、引きずられるようにつられて歩き出す。
「あの、湊君!ちょっと、待って?」

のぞみが、残された3人を気遣うように後ろを振り返る。
肩を支えられ、でも嬉しそうな表情ののぞみがいた。
「あの、お母さんにごめんなさいって、足は…痛くないのでって、伝えてもらえますか?」

時々、のぞみは3人に敬語を使う。
無意識なのだろうが、それが今の距離感だと言われているように感じることがある。
まだ、安心して関われる存在ではない。
そう思われているようで、あかりもかすみも顕檎も戸惑う。

当ののぞみが嬉しそうなこと、はにかんだように言われてしまえば顕檎は『分かった』以外の返答がなかった。
顕檎の了承に、のぞみはホッとしたように『ありがとう』と喜んだ。
焦点があっていないが、『さようなら』と帰るのぞみを、3人は各々返事をしながら見送った。

あっという間の出来事だった。
「不覚」
かすみのポツリとした呟きに、あかりが反応する。
「は?お前、何言って」
「だって、私が何も言えないなんて…」

かすみの反省に、あかりも顕檎も触れなかった。
「今の人は?」
顕檎のみが知らないことは、まだ多くあった。
顕檎の中で、何となくの想像はあるが確信が欲しい。
そういう思いで、あかりとかすみに問いかける。

「2番目のお兄さんよ」
顕檎の問いに、かすみが答える。
想像通りだったが、顕檎の思う“兄”とは少し、いや大分かけ離れていた。
「さやかちゃんも結構パンチきいてるけど、あのお兄さんも結構手強い」

遠い記憶になるけれど、あかりが溜め息をついた。
「手強い?」
顕檎は理解できないように、あかりに聞き返す。
「うちらの5個上なんだけど、噂で聞いた話だとまだ赤ちゃんだった頃から春川のことを猫可愛がりしていたって…」

あかりの言葉に、顕檎は頷く。
「それに、あのルックスでしょ?」
かすみの言葉にも頷く。

「朝から玄関付近にいたのって、湊さんだったんだな」
あかりの言葉に、かすみも同意の意味で頷いた。
「なら、納得だわ。こんな田舎に、どこのモデルさんかと思ったものね?」
「そりゃ、先輩達もキャーキャー言うわけだ」

顕檎の脳裏に、さっきの兄ー湊の様子が思い出される。
優しそうな表情で、のぞみに触れていた。
のぞみのことを『可愛い』と、『会えて嬉しい』と素直に喜んでいた。
背が高く、のぞみより頭2つ以上差が出ていたがそれを気にせず顔を寄せる仕草。

言われなければ、付き合っている恋人同士のような距離感だった。
それも、成人手前の男が恥ずかしげもなく、だ。
顕檎の中で、先日のやり取りが思い出された。
「おばさんが言っていた、春川を『好き過ぎる』ってこういうことか?」

顕檎の言葉に、今度は2人が頷いた。
見た目は、大の大人だが中学生の女の子を抱き上げ、顔中にキスをするのは『好き過ぎる』の一言で片付けて良いものなのか。
顕檎の中に、違う疑問が生まれる。

だが、度を越したスキンシップも、春川は嬉しそうだった。
さっき、乃田が春川にしたデコピンの話をした時のことを思い出す。
あの時の春川は、驚きながらもとても嬉しそうだった。

赤い額を押さえながら、それでもニコニコしていた。
あれは懐かしい、いつかを思い出していたようだった。
きっと昔、春川にそういう触れ方をしていたのが湊なのだろう。
顕檎は、それ以上は考えるのをやめた。
湊とのぞみは、裏門側に歩いて行った。

もうすぐ、正門側からのぞみのお迎えに咲が来る。
そのことを思い出し、顕檎は歩き出した。
「おい、高杉どこに行くんだよ?」
あかりの言葉に、顕檎は振り返る。

「おばさんが来るなら、早く知らせた方が良くないか?」
自転車を動かし、正門側に進もうとする。
顕檎の行動に、あかりとかすみも顔を見合わせる。
「明日も試験だし、乃田と布之も早く帰れた方が良いだろ?」

顕檎の言葉に、2人も動き出す。
「お母様には、私が伝えるわ」
「何だお前?気持ち悪いな」

あかりとかすみのやり取りには触れず、顕檎は自転車に跨る。
それに続くあかりとかすみ。
明日、のぞみに会ったら何て声をかけようか、3人とも考えることは同じだった。


歩く速度はゆっくりで、繋いだ手はとても温かい。
「ほら、ここからもうすぐ聞き覚えのある通りになるよ?」
さっきまで、背中におんぶされていた。
動く速度は速く、見えていないけれどお兄ちゃんの負担になっているのではないか心配になった。
だけど、『平気平気』とズンズン歩く背中に安心したのも本当のことだった。

繋がれた手に、思わず力を入れる。
「湊君の手、大きいね?智ちゃんやお父さんみたい」
言う私に返事がない。
どうしたんだろう?
「…どうしたの?」

繋がった手を揺らされる。
「ぼくが来て、びっくりした?」
「うん。ビックリした。でも、会えて嬉しい」
恥ずかしいけれど、素直に口に出せた。

「のんちゃん、去年ぼくが言ったこと、気にしてるでしょ?」
「え?」
「去年、受験でピリピリしていたんだよね?ぼく。心配してくれたのんちゃんに、八つ当たりして悪いお兄ちゃんだよね?ごめんね?」

そんなことはない。
「悪くないよ?いつもと同じ、優しいお兄ちゃんだよ」
「じゃ、いつも通りちゃんと、みーちゃんって呼んで?」
「えと…」

言うのに困ると、湊君が「ダメ?」って聞いて来た。
去年、最後に会った時お兄ちゃんの湊君は、丁度受験だった。
予備校や塾に行くことが増え、とても忙しくなること、しばらく会えなくなることを言いに来た。

夏前の暑い日、嫌がって『受験しない』と言い出した。
困った私が『みーちゃん』と言うしか出来ずにいると、『みーちゃんて言っちゃ嫌だ』と強く抱き着かれた。
何でそう言ったのは分からないけれど、呼ばれることを嫌がっているように聞こえたから、今度会った時は言わないように気を付けようと思ったんだっけ?

1番上のお兄ちゃん、智ちゃんがみーちゃんのことを宥めて渋々帰った。
去年の記憶。
でも、それはきっかけに過ぎない。
「えぇと、でも…ね?」
「うん」

「もう、大人になるのに、みーちゃんって言われるの恥ずかしいでしょ?」
私が躊躇いながら口にする。
「そんなことない!」
大きく否定された。

「のんちゃんが呼んでくれるのが、すごく嬉しい。去年は、違う。あの時のぼくはおかしかったんだ。だからごめん。のんちゃんに呼ばれたい。今までと同じように」
本当かな?
私に合わせて無理をしているんじゃないかな?

そんなことを考えてしまう。
「それに、智君のことは智ちゃんって呼んでる」
恨みがましい言い方に、苦笑する。
「だって」
「何?」
「智ちゃんには、呼んでも良い?って聞いて良いよって言ってもらったから…」

「ずるい」
湊君の言葉に、今度は普通に笑ってしまった。
「智君だけ特別扱いしないで?ぼくのことも、ちゃんとみーちゃんって言ってくれないと怒るよ?」
「…うん。みーちゃん」

私が口にすると、みーちゃんはホッとしたように笑ってくれた。
「嬉しい」
ポツリと出る言葉。
「もう、のんちゃんしかそう呼んでくれないから…。すごく、嬉しい」
「…うん」

お兄ちゃんのことを、みーちゃんと呼ぶのは、私とママだけだった。
ママが亡くなってしまったから、もうその呼び方をする人がいない。
そう言われてしまえば、私も無理に背伸びをして湊君と呼ぶことはしない。
懐かしい記憶。

「良かった、これでのんちゃんのことを怒らずに済む」
誇張するような言い方に、やっぱり笑ってしまった。
みーちゃんが私に怒ったことなんて、1度もない。
私が小さい時から、ケンカをすることもなくいつでも私のことを大事にしてくれた。

「ぼくのお姫様」
いつでも、そう言ってくれた。
私のことを、何よりも優先してくれた。

「それより、ぼくがのんちゃんに名前を呼ばれて恥ずかしいなんて思うわけがないでしょ?誰にそんなこと吹き込まれたの?また妹ちゃん?」
みーちゃんは、何故かさやかのことを名前で呼ばない。
あまり、関りがないから呼ぶことが不思議とも言っていた。

「何で?さやかは、関係ないよ?」
「だって、のんちゃんが気を遣う時は、妹ちゃんとははさんに何か言われた時だけだから」
「そんなことないよ?お母さんにも、さやかにも気を遣ってなんてないよ。みーちゃん?」
「本当かなー?あの家で、楽しく暮らしてる?心配だよ。ぼくの大事な大事なのんちゃんが、悲しい思いをしていたらって…」

「ありがとう。心配してくれて…。でも、平気だよみーちゃんが心配することなんて、本当に何もないよ?お母さんもさやかもすごく優しいよ?みーちゃんと一緒。私のことを、とても大事にしてくれる」
「そんなの当たり前じゃん。のんちゃんにしか優しくしたくないもん」

また、極端なことを言うんだから。
みーちゃんは、いつでも私のことを優先してくれる。
昔から。
まだ小さい私が、右も左も分かっていない頃から。

みーちゃんも智ちゃんも、本当に私のことをたくさん可愛がってくれた。
私が幼稚園に通う時も、心配だから一緒に行くと言ったみーちゃん。
私がお友達の家に遊びに行くと言った時に、心配だからと言って付いてきてくれたみーちゃん。
いつでも、どこでも私のことを大事にしてくれるみーちゃん。

でも、私が小学生に上がるタイミングで、家を出てしまった。
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