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そっか
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3人に話をして、ほっとしたこと。
まだ見えている内に帰宅できたこと。
私には、嬉しい時間だったことを思い出す。
すごくドキドキしたし、言うのが怖いと心の底から感じた。
でも、自分の思い込みで、この先も3人と一緒にいることはすごく申し訳ない。
そう思ったから、3人と話をしようと思った。
乃田さんも布之さんも高杉君も、きちんと私の話を聞いてくれた。
そして、変わらずに“これから”をきちんと私に伝えてくれた。
乃田さんと布之さんは、私が怪我をすることが嫌だと言っていた。
だから、私は『私』をきちんと守らないといけない。
怪我をしても、大したことじゃない、そう思っていた自分を変えないといけない。
私が大丈夫と伝えても、信じてもらえるように。
そうしないといけないと、強く思う。
お母さんがお迎えに来て、私は早退した。
また明日からも、この関係は変わらないと思っていた。
そう、私だけが思い込んでいた。
そうなのだろう。
次の日、いつも通りにお母さんに送られて登校した私。
教室の中は、昨日見た光景とあまり変わらない。
2人の会話は聞こえる程の音量ではなかったけれど、何か話し込んでいるように見えた。
「おはよう、乃田さん。おはよう、布之さん」
私が声をかけるまで、2人は真剣に話していたようだった。
驚いたような表情の2人に、私もつい黙ってしまった。
「…おはよ、春川。いつもより、早いな」
乃田さんの少しぎこちない表情。
その、少しの違和感。
なぜか不安が湧いて来る。
だけど、私は気付いていないふりをしてどうにか笑う。
「…おはよう。うん、いつもより5分だけど、早く家を出られたんだ」
「…じゃあ、その分長くいられるってことね?嬉しいじゃない。おはよう、春川」
布之さんはいつも通りに見えた。
そう、落ち着いた話し声と、穏やかな表情。
布之さんの言葉に、不安は薄くなる。
…気がしたけれど、逆にいつも通り過ぎて、私はやっぱり不安になった。
いつも通りでも、いつも通りじゃなくても、私は不安なのだろう。
私が自分に自信がないことで、こんなにも揺らいでいく。
いつまでも弱いままの自分。
だけど、布之さんが言ってくれた言葉が嬉しいから、やっぱり気付かないふりをしてしまった。
「うん、私も嬉しい」
私が頷くと、布之さんは席を立った。
「春川のために、席を温めておいて良かったわ」
「何か、ごめんなさい」
昨日も今日も、私が登校しない限りは布之さんはこうやって私の席で乃田さんとお喋りをしていたのだろうか。
「謝らないで?謝らせるために、席を立ったわけじゃないのに」
「う、うん。…ありがとう」
その状況にも、心がざわざわする。
私がいてもいなくても、この2人の世界は、きっと変わらない。
“私がいても、いなくても”
ふいによぎった嫌な考えに、思わず顔が強張る。
「どうかしたの?春川」
私の席の横に立った布之さんに問いかけられ、咄嗟に首を振る。
「ううん、怪我を…その、しないようにって…考えていたら…あの」
私の口からは、不思議と昨日考えていたことが、少しずつ流れて行く。
ぎこちないのは、いつものことだから。
どうか、気付かないで。
私が寂しいなんて感じていることを。
一緒にいるのに、惨めな気持ちになっているなんて。
どうか、2人とも気付かないでほしい。
私の、拙い口調でも2人は顔を見合わせ困ったように笑っていた。
「本当に、真面目なんだから春川は」
布之さんの落ち着いた口調。
「怪我は、確かに…うん。気を付けてくれないとな」
乃田さんのしっかりとした口調と、私を気遣う視線。
その表情は、席替えをしてすぐに見た表情と何も変わっていない。
優しいままの乃田さんの顔だった。
その顔を見てしまったら、私は納得するしかなくなった。
私はきっと勘違いをしてしまったんだろう。
そう、自分に言い聞かせる。
さっきの違和感は、多分私の勘違いなんだろう、と。
何か、2人で決めないといけないこととか、話さないといけないこととかがあったのだろう。
そこに私が来たから、途中になってしまった…。
必死に自分に言い訳をする。
2年生に進学してから、変わらない優しさも嬉しさも、全部信じていたかったから。
私が気にしているだけで、2人は変わらない。
そう何度も繰り返し、どうにか落ち着く。
「おはよう」
ふいに聞こえた声に、思わずびくりとする。
「…?どうした?春川」
高杉君の声に、ふるふると首を振る。
「おはよう、高杉君」
高杉君は、乃田さんと布之さんと一緒にいることが多いと思う。
私よりも、ずっと長い時間を2人といるんだ。
…良いなぁ。
熱に浮かされながら見た、あの仲良しの光景。
私の願望が夢に反映されただけのこと。
だけど、自分で見たはずの夢が遠い未来のように感じる。
「春川は、怪我しないように注意してるんですって」
布之さんの言葉に、高杉君は「そうか」と答え席に着いた。
私のぎこちない動きも、高杉君は気にしていないように見えた。
「…」
すとんと、落ち着く自分がいた。
高杉君が来てくれたことで、急に鼓動が安定していく。
「どうした?春川?」
私の視線に気付いて、高杉君が動きを止める。
ノートを取り出していた手が止まっていた。
「ううん、ノートだけなんだなって…」
私は毎日教科書を持ち帰っている。
でも、高杉君はノートのみ持ち帰っているみたいだった。
「あぁ、まあ?重いからな」
「そうなんだ」
確かに、私は自分で荷物を持ったり運ぶ時間が、みんなに比べるとすごく短い。
クラスの子は、毎日登下校で通学カバンを持っている。
移動するのに重いままでは大変そうだ。
高杉君は部活もあるし、身軽に登校したいんだろう。
「春川より腕力あるくせに、何面倒がってんだよ?」
乃田さんの言葉に、高杉君は少し気まずそうに「確かにな」と同意した。
「あら、高杉のくせに照れているのかしら?」
布之さんの言葉は、私には分からず首を傾げる。
照れる?
何でだろう?
「乃田にも、布之にも関係ないだろ?」
高杉君はノートを机にしまった。
「今日は、日直だけどできそう?」
高杉君の言葉にハッとする。
「あ、黒板を」
「…そうだな」
苦笑する高杉君に、また首を傾げる私。
「また、春川がお楽しみのクリーン時間が始まるな」
高杉君の言葉に、顔が熱くなった。
お楽しみ?
私、そんなに喜んで日直のお仕事をしていたっけ?
でも、見えているのならきちんとしたい。
余計なことは考えないように、日直のお仕事をしようと意識をそこに向ける。
この間日直をした時と同じように、黒板消しを綺麗にしに席を立つ。
やることがあれば、この違和感も不安も気にしないでいられるだろう。
私はやらないといけないことに、無理やり意識を向けた。
その成果もあって、3時間目が終わる頃には自分でも力が入らずに過ごせるようになった。
4時間目は、移動教室だ。
そのためか、教室の中に残っている生徒はもういない。
この間と同じだ。
それでも、黒板と向き合う時間は私を冷静にしてくれた。
「あのさ、春川?」
黒板を消している私に、乃田さんが声をかけた。
「うん?」
黒板に向き合っているのも、悪い気がして手を止める。
向き直った先には、真剣な表情の乃田さんがいた。
「あのさ、今日の昼休みに少し時間をくれないか?」
「…うん、良いけれど?」
言われた言葉を考えて、少し反応が遅れてしまった。
慌てて頷いたけれど。
乃田さんが私に?
「勿論、私もいるわ。そんなに時間はかけないから、お願い」
布之さんの言葉にも、こくこくと頷く。
「ありがとう」
布之さんは、にこりと笑った。
乃田さんの表情は、少し強張っていた。
朝に感じた、不安がじわじわと戻って来る。
乃田さんと布之さんが、私に用事?
何だろう?
気にしないようにしても、それは無理だった。
私は、乃田さんと布之さんにちらちらと視線を送ってしまう。
黒板を綺麗にしないといけないのに。
「悪い!手を止めさせて」
乃田さんの言葉に、首を振り黒板に向き直る。
動かそうと思っても、手にはあまり力が入らず消す力が弱くなってしまった。
それを少し繰り返した所で、横に気配が増えた。
「手伝う、4時間目に間に合わなくなるから」
高杉君だった。
「ご、ごめんなさい!」
ぼーっとしている場合じゃなかった。
上は高杉君が綺麗にしてくれている。
私も急いで手を動かす。
「いや、春川は分かりやすいな」
高杉君の声に、また私の手が止まる。
「え?」
「昼休みにしか、意識が向いていない」
言われて、図星だったことを自分でも確認する。
乃田さんと布之さんの用事?
何か、お話があるのかな?
昼休みに何があるのか、すでにドキドキしている自分。
「でも、それとこれとは、別…だから」
高杉君にのみ、日直のお仕事をさせてしまうのは違う。
だから、急いで黒板を綺麗にしないと。
「間に合うから、焦らなくても…」
高杉君の言葉に、こくりと頷く。
確かに、高杉君が手伝ってくれたおかげで、もう黒板は綺麗だ。
あとは、クリーナーをかけて黒板消しを綺麗にしないと。
「ありがとう、高杉君」
「どういたしまして」
クリーナーで、黒板消しを綺麗にしながらそれでも意識は昼休みになっていた。
4時間目も、ほとんど上の空で過ごしていたと思う。
あっという間に、給食の時間になった。
保健室に行こうと席を立つ。
「悪い、春川」
乃田さんが急に両手を合わせて来た?
「どうしたの?乃田さん」
「あのさ、今日も保健室で一緒に給食を食べたかったんだけど…」
「あかりだけ、楽しいことをさせるわけがないでしょ?」
布之さんの言葉に、私は首を傾げる。
「少し先生のお手伝いをしにいくのよ。だから、ごめんなさいね?」
「ううん、私1人でも行けるよ?」
今日の私は、多分情緒不安定だ。
だから、1人の方が良い。
そう言い聞かせて、どうにか笑う。
「また、昼休みにお迎えに行きましょうか?」
布之さんの言葉に、思わず首を振る。
「ううん!そんな悪いから、大丈夫だよ。えと、教室に戻って来たら良いの?」
私の言葉に、乃田さんも布之さんも「資料室」と小さな声で呟いた。
「え?」
「少し前に、4人で話した資料室があるでしょ?」
「うん」
「そこで、待っているわ」
「今日は、高杉はなしで3人でな!」
乃田さんの言葉に、思わず高杉君を見てしまった。
「や、特に気にしていないから、平気だ」
「そうよ、女子の会話に混ざれると思わないでほしいわ」
布之さんの言葉にも、高杉君は「そうか」と言った。
「春川、時間がなくなるから移動した方が良い」
高杉君の声に、こくりと頷き保健室を目指す。
「じゃ、またお昼休みに」
逃げるように、教室から出て行く。
「3人で?お話?何を?」
ドキドキする自分。
高杉君はいない。
そっか。
乃田さんと布之さんとの時間が嫌なわけじゃない。
でも、少し怖いと思う自分。
何でだろう。
朝に見た、乃田さんと布之さんの表情。
少しの違和感。
生じる不安。
お昼休みに、何があるんだろう?
まだ見えている内に帰宅できたこと。
私には、嬉しい時間だったことを思い出す。
すごくドキドキしたし、言うのが怖いと心の底から感じた。
でも、自分の思い込みで、この先も3人と一緒にいることはすごく申し訳ない。
そう思ったから、3人と話をしようと思った。
乃田さんも布之さんも高杉君も、きちんと私の話を聞いてくれた。
そして、変わらずに“これから”をきちんと私に伝えてくれた。
乃田さんと布之さんは、私が怪我をすることが嫌だと言っていた。
だから、私は『私』をきちんと守らないといけない。
怪我をしても、大したことじゃない、そう思っていた自分を変えないといけない。
私が大丈夫と伝えても、信じてもらえるように。
そうしないといけないと、強く思う。
お母さんがお迎えに来て、私は早退した。
また明日からも、この関係は変わらないと思っていた。
そう、私だけが思い込んでいた。
そうなのだろう。
次の日、いつも通りにお母さんに送られて登校した私。
教室の中は、昨日見た光景とあまり変わらない。
2人の会話は聞こえる程の音量ではなかったけれど、何か話し込んでいるように見えた。
「おはよう、乃田さん。おはよう、布之さん」
私が声をかけるまで、2人は真剣に話していたようだった。
驚いたような表情の2人に、私もつい黙ってしまった。
「…おはよ、春川。いつもより、早いな」
乃田さんの少しぎこちない表情。
その、少しの違和感。
なぜか不安が湧いて来る。
だけど、私は気付いていないふりをしてどうにか笑う。
「…おはよう。うん、いつもより5分だけど、早く家を出られたんだ」
「…じゃあ、その分長くいられるってことね?嬉しいじゃない。おはよう、春川」
布之さんはいつも通りに見えた。
そう、落ち着いた話し声と、穏やかな表情。
布之さんの言葉に、不安は薄くなる。
…気がしたけれど、逆にいつも通り過ぎて、私はやっぱり不安になった。
いつも通りでも、いつも通りじゃなくても、私は不安なのだろう。
私が自分に自信がないことで、こんなにも揺らいでいく。
いつまでも弱いままの自分。
だけど、布之さんが言ってくれた言葉が嬉しいから、やっぱり気付かないふりをしてしまった。
「うん、私も嬉しい」
私が頷くと、布之さんは席を立った。
「春川のために、席を温めておいて良かったわ」
「何か、ごめんなさい」
昨日も今日も、私が登校しない限りは布之さんはこうやって私の席で乃田さんとお喋りをしていたのだろうか。
「謝らないで?謝らせるために、席を立ったわけじゃないのに」
「う、うん。…ありがとう」
その状況にも、心がざわざわする。
私がいてもいなくても、この2人の世界は、きっと変わらない。
“私がいても、いなくても”
ふいによぎった嫌な考えに、思わず顔が強張る。
「どうかしたの?春川」
私の席の横に立った布之さんに問いかけられ、咄嗟に首を振る。
「ううん、怪我を…その、しないようにって…考えていたら…あの」
私の口からは、不思議と昨日考えていたことが、少しずつ流れて行く。
ぎこちないのは、いつものことだから。
どうか、気付かないで。
私が寂しいなんて感じていることを。
一緒にいるのに、惨めな気持ちになっているなんて。
どうか、2人とも気付かないでほしい。
私の、拙い口調でも2人は顔を見合わせ困ったように笑っていた。
「本当に、真面目なんだから春川は」
布之さんの落ち着いた口調。
「怪我は、確かに…うん。気を付けてくれないとな」
乃田さんのしっかりとした口調と、私を気遣う視線。
その表情は、席替えをしてすぐに見た表情と何も変わっていない。
優しいままの乃田さんの顔だった。
その顔を見てしまったら、私は納得するしかなくなった。
私はきっと勘違いをしてしまったんだろう。
そう、自分に言い聞かせる。
さっきの違和感は、多分私の勘違いなんだろう、と。
何か、2人で決めないといけないこととか、話さないといけないこととかがあったのだろう。
そこに私が来たから、途中になってしまった…。
必死に自分に言い訳をする。
2年生に進学してから、変わらない優しさも嬉しさも、全部信じていたかったから。
私が気にしているだけで、2人は変わらない。
そう何度も繰り返し、どうにか落ち着く。
「おはよう」
ふいに聞こえた声に、思わずびくりとする。
「…?どうした?春川」
高杉君の声に、ふるふると首を振る。
「おはよう、高杉君」
高杉君は、乃田さんと布之さんと一緒にいることが多いと思う。
私よりも、ずっと長い時間を2人といるんだ。
…良いなぁ。
熱に浮かされながら見た、あの仲良しの光景。
私の願望が夢に反映されただけのこと。
だけど、自分で見たはずの夢が遠い未来のように感じる。
「春川は、怪我しないように注意してるんですって」
布之さんの言葉に、高杉君は「そうか」と答え席に着いた。
私のぎこちない動きも、高杉君は気にしていないように見えた。
「…」
すとんと、落ち着く自分がいた。
高杉君が来てくれたことで、急に鼓動が安定していく。
「どうした?春川?」
私の視線に気付いて、高杉君が動きを止める。
ノートを取り出していた手が止まっていた。
「ううん、ノートだけなんだなって…」
私は毎日教科書を持ち帰っている。
でも、高杉君はノートのみ持ち帰っているみたいだった。
「あぁ、まあ?重いからな」
「そうなんだ」
確かに、私は自分で荷物を持ったり運ぶ時間が、みんなに比べるとすごく短い。
クラスの子は、毎日登下校で通学カバンを持っている。
移動するのに重いままでは大変そうだ。
高杉君は部活もあるし、身軽に登校したいんだろう。
「春川より腕力あるくせに、何面倒がってんだよ?」
乃田さんの言葉に、高杉君は少し気まずそうに「確かにな」と同意した。
「あら、高杉のくせに照れているのかしら?」
布之さんの言葉は、私には分からず首を傾げる。
照れる?
何でだろう?
「乃田にも、布之にも関係ないだろ?」
高杉君はノートを机にしまった。
「今日は、日直だけどできそう?」
高杉君の言葉にハッとする。
「あ、黒板を」
「…そうだな」
苦笑する高杉君に、また首を傾げる私。
「また、春川がお楽しみのクリーン時間が始まるな」
高杉君の言葉に、顔が熱くなった。
お楽しみ?
私、そんなに喜んで日直のお仕事をしていたっけ?
でも、見えているのならきちんとしたい。
余計なことは考えないように、日直のお仕事をしようと意識をそこに向ける。
この間日直をした時と同じように、黒板消しを綺麗にしに席を立つ。
やることがあれば、この違和感も不安も気にしないでいられるだろう。
私はやらないといけないことに、無理やり意識を向けた。
その成果もあって、3時間目が終わる頃には自分でも力が入らずに過ごせるようになった。
4時間目は、移動教室だ。
そのためか、教室の中に残っている生徒はもういない。
この間と同じだ。
それでも、黒板と向き合う時間は私を冷静にしてくれた。
「あのさ、春川?」
黒板を消している私に、乃田さんが声をかけた。
「うん?」
黒板に向き合っているのも、悪い気がして手を止める。
向き直った先には、真剣な表情の乃田さんがいた。
「あのさ、今日の昼休みに少し時間をくれないか?」
「…うん、良いけれど?」
言われた言葉を考えて、少し反応が遅れてしまった。
慌てて頷いたけれど。
乃田さんが私に?
「勿論、私もいるわ。そんなに時間はかけないから、お願い」
布之さんの言葉にも、こくこくと頷く。
「ありがとう」
布之さんは、にこりと笑った。
乃田さんの表情は、少し強張っていた。
朝に感じた、不安がじわじわと戻って来る。
乃田さんと布之さんが、私に用事?
何だろう?
気にしないようにしても、それは無理だった。
私は、乃田さんと布之さんにちらちらと視線を送ってしまう。
黒板を綺麗にしないといけないのに。
「悪い!手を止めさせて」
乃田さんの言葉に、首を振り黒板に向き直る。
動かそうと思っても、手にはあまり力が入らず消す力が弱くなってしまった。
それを少し繰り返した所で、横に気配が増えた。
「手伝う、4時間目に間に合わなくなるから」
高杉君だった。
「ご、ごめんなさい!」
ぼーっとしている場合じゃなかった。
上は高杉君が綺麗にしてくれている。
私も急いで手を動かす。
「いや、春川は分かりやすいな」
高杉君の声に、また私の手が止まる。
「え?」
「昼休みにしか、意識が向いていない」
言われて、図星だったことを自分でも確認する。
乃田さんと布之さんの用事?
何か、お話があるのかな?
昼休みに何があるのか、すでにドキドキしている自分。
「でも、それとこれとは、別…だから」
高杉君にのみ、日直のお仕事をさせてしまうのは違う。
だから、急いで黒板を綺麗にしないと。
「間に合うから、焦らなくても…」
高杉君の言葉に、こくりと頷く。
確かに、高杉君が手伝ってくれたおかげで、もう黒板は綺麗だ。
あとは、クリーナーをかけて黒板消しを綺麗にしないと。
「ありがとう、高杉君」
「どういたしまして」
クリーナーで、黒板消しを綺麗にしながらそれでも意識は昼休みになっていた。
4時間目も、ほとんど上の空で過ごしていたと思う。
あっという間に、給食の時間になった。
保健室に行こうと席を立つ。
「悪い、春川」
乃田さんが急に両手を合わせて来た?
「どうしたの?乃田さん」
「あのさ、今日も保健室で一緒に給食を食べたかったんだけど…」
「あかりだけ、楽しいことをさせるわけがないでしょ?」
布之さんの言葉に、私は首を傾げる。
「少し先生のお手伝いをしにいくのよ。だから、ごめんなさいね?」
「ううん、私1人でも行けるよ?」
今日の私は、多分情緒不安定だ。
だから、1人の方が良い。
そう言い聞かせて、どうにか笑う。
「また、昼休みにお迎えに行きましょうか?」
布之さんの言葉に、思わず首を振る。
「ううん!そんな悪いから、大丈夫だよ。えと、教室に戻って来たら良いの?」
私の言葉に、乃田さんも布之さんも「資料室」と小さな声で呟いた。
「え?」
「少し前に、4人で話した資料室があるでしょ?」
「うん」
「そこで、待っているわ」
「今日は、高杉はなしで3人でな!」
乃田さんの言葉に、思わず高杉君を見てしまった。
「や、特に気にしていないから、平気だ」
「そうよ、女子の会話に混ざれると思わないでほしいわ」
布之さんの言葉にも、高杉君は「そうか」と言った。
「春川、時間がなくなるから移動した方が良い」
高杉君の声に、こくりと頷き保健室を目指す。
「じゃ、またお昼休みに」
逃げるように、教室から出て行く。
「3人で?お話?何を?」
ドキドキする自分。
高杉君はいない。
そっか。
乃田さんと布之さんとの時間が嫌なわけじゃない。
でも、少し怖いと思う自分。
何でだろう。
朝に見た、乃田さんと布之さんの表情。
少しの違和感。
生じる不安。
お昼休みに、何があるんだろう?
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