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終章 電子仕掛けの約束

126 対価

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「ククラ。俺の超越現象PBPで【エクソスケルトン】の装甲を復元し続けた場合、あのスライムの腐食にどれぐらい耐えることができる?」
「……改良の断片フラグメントのせいで一万分の一秒も持たない」

 マグの問いかけに、ククラは心底申し訳なさそうに告げた。
 人間と機械の処理能力。至極当然の話だ。

「なら、【アクセラレーター】の超加速状態だったらどうだ?」
「…………多分、それでもママのあれの百分の一程。装甲を維持できる時間は」

 次の質問には余り答えたくなさそうに答えるククラ。
 彼女もまたマグの意図を一から十まで理解しているのだろう。
 何にせよ、アテラのタングステンプレートが通常時間で数秒。
 ククラの見立てでは、マグの場合はその一割の目算。
 通常時間でそれだけ腐食に耐えることができれば、マグとしては十分だ。
 しかし――。

「旦那様の脳に強い負荷がかかってしまいます」

 青く暗いディスプレイと共にアテラが続けたように、人間の身ではコンマ数秒の時間【アクセラレーター】を起動させ続けることもできないに違いない。
 それこそ百分の一秒とか、それぐらいのスケールが関の山だ。
 それでも心身への負荷は計り知れないものがあるはずだ。
 元々は介護用ガイノイドであるアテラとしては避けたい方法だろう。
 しかし、彼女の言葉は抑止ではない。
 滲んでいる感情の大半はそれだろうが、内容自体は事実の通告だ。
 最後にはマグの意思を優先するのが彼女たちなのだから。
 何より。空間の振動が始まり、既に時間の猶予がない状況。
 選択肢は限られていることを、アテラも皆も重々承知している。

「ほんの一瞬だけなら大丈夫さ」

 だからマグは彼女達を安心させるように告げた。
 そこについてはククラも異論がないようで、口を挟まない。
 しかし、アテラのディスプレイの色は変わらなかった。

「ですが、旦那様の……」

 彼女はマグの右手を心配そうに見詰める。

「いいから。ここは遥か未来の世界だし、俺はいずれアテラと同じ機械の体になると決めてるんだ。こんなのは大した対価になりはしないさ」

 マグはそんな彼女に笑って応じた。
 それから表情を引き締め、真剣な口調で更に言葉を続ける。

「宇宙が崩壊してしまったら、叶う望みも叶わなくなるじゃないか」
「…………はい」

 やむを得ないといった様子で俯き気味に承諾したアテラは、それから覚悟を決めたように勢いよく顔を上げてディスプレイの色を黄色く変化させた。
 そしてフィア達に順番に顔を向けた後、再び音声を発する。

「旦那様のサポートを全力で行います」

 皆一様に頷き、マグに集まる視線。
 それを受けてマグもまた改めて覚悟を決めた。

「よし。じゃあ、右腕痛覚遮断」

【エクソスケルトン】に指示し、実行への躊躇いを小さくする機能を起動させる。
 軍事、消防、救命など様々な場面で使用される強化外骨格。
 着用者に対する一定の救命機能も備えられており、その中には部分麻酔のような形で痛みを抑え込むことができるものもある。
 これがなければ、策を実行に移せても、完遂することは不可能だっただろう。
 元の時代ではマグなど単なる底辺労働者に過ぎなかったのだから。
 今も尚、僅かながら逡巡があるぐらいだ。それでも――。

「アテラ!」

 自分達の明日のために、自分自身に覚悟を促すように叫ぶ。
 それを合図に【アクセラレーター】の超加速時間に入る。

「くっ……」

 認識の急激な変化に一瞬気を失いそうになるが、強く意識を保つ。
 その間に事前に【エクソスケルトン】と接続していたオネットの操作で、感覚が乏しくなったマグの右手が強制的に突き出された。
 アテラとフィア、二人のシールドと同期されたそれは光の膜を通り抜け、機獣スライムのゲル状の体に入り込む。
 結果は想像通り、速やかに【エクソスケルトン】の装甲が溶かされていった。
 主観時間で一秒もかからず生身の右手に至る。
 マグの超越現象PBPは己を対象にできない。
 状態の復元を付与できない以上、刹那の内に溶けてしまうだろう。痛みもなく。
 しかし、幸いにしてか腐食対象が金属装甲からタンパク質に切り替わったことによって極々僅かながらタイムラグが生じたようだった。
 その隙に――。

「全て、元に戻れ!」

 マグは機獣スライム全体を対象に、己の超越現象PBPを発動させた。
 ほぼ同時に【アクセラレーター】の超加速が停止し、通常の時間が戻ってくる。
 その時にはマグの右手は肘から先が完全に失われていた。
 とは言え、復元された【エクソスケルトン】によって処置が開始されており、それが致命傷になることはないだろう。
 また、運動による負荷は最小限の動作だった上に【エクソスケルトン】のサポートが効いているおかげで特に問題ない。
 精神的な消耗も【アクセラレーター】の起動時間が短く、どうやら許容範囲内で済んだようだった。
 それでも半分以上意識に霞がかかっているような感覚があるが……。

「…………コアユニットは、どうなった?」

 マグは体をふらつかせながら尋ねた。
 対してアテラが素早く傍に寄り、支えながら答える。

「機獣スライムの肉体は単なる中和された水溶液となって完全に分離された上で消滅。コアユニットは完全な形で復元されました」
「ククラ。操作できるか?」
「大丈夫」

 彼女の簡潔な返答にホッと胸を撫で下ろす。
 これで宇宙崩壊の危機を回避することができる。
 そう思ったのも束の間。

「後は、僕がコアユニットを使って本体のとこに転移して機能を停止させるだけ」

 ククラはそんなことを言い出した。

「……ちょっと待て。そんなことをすれば戻ってこられなくなるんじゃないか?」

 そしてマグの疑問に対し、彼女は「そう」と当たり前のことのように肯定した。
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