126 / 128
終章 電子仕掛けの約束
126 対価
しおりを挟む
「ククラ。俺の超越現象で【エクソスケルトン】の装甲を復元し続けた場合、あのスライムの腐食にどれぐらい耐えることができる?」
「……改良の断片のせいで一万分の一秒も持たない」
マグの問いかけに、ククラは心底申し訳なさそうに告げた。
人間と機械の処理能力。至極当然の話だ。
「なら、【アクセラレーター】の超加速状態だったらどうだ?」
「…………多分、それでもママのあれの百分の一程。装甲を維持できる時間は」
次の質問には余り答えたくなさそうに答えるククラ。
彼女もまたマグの意図を一から十まで理解しているのだろう。
何にせよ、アテラのタングステンプレートが通常時間で数秒。
ククラの見立てでは、マグの場合はその一割の目算。
通常時間でそれだけ腐食に耐えることができれば、マグとしては十分だ。
しかし――。
「旦那様の脳に強い負荷がかかってしまいます」
青く暗いディスプレイと共にアテラが続けたように、人間の身ではコンマ数秒の時間【アクセラレーター】を起動させ続けることもできないに違いない。
それこそ百分の一秒とか、それぐらいのスケールが関の山だ。
それでも心身への負荷は計り知れないものがあるはずだ。
元々は介護用ガイノイドであるアテラとしては避けたい方法だろう。
しかし、彼女の言葉は抑止ではない。
滲んでいる感情の大半はそれだろうが、内容自体は事実の通告だ。
最後にはマグの意思を優先するのが彼女たちなのだから。
何より。空間の振動が始まり、既に時間の猶予がない状況。
選択肢は限られていることを、アテラも皆も重々承知している。
「ほんの一瞬だけなら大丈夫さ」
だからマグは彼女達を安心させるように告げた。
そこについてはククラも異論がないようで、口を挟まない。
しかし、アテラのディスプレイの色は変わらなかった。
「ですが、旦那様の……」
彼女はマグの右手を心配そうに見詰める。
「いいから。ここは遥か未来の世界だし、俺はいずれアテラと同じ機械の体になると決めてるんだ。こんなのは大した対価になりはしないさ」
マグはそんな彼女に笑って応じた。
それから表情を引き締め、真剣な口調で更に言葉を続ける。
「宇宙が崩壊してしまったら、叶う望みも叶わなくなるじゃないか」
「…………はい」
やむを得ないといった様子で俯き気味に承諾したアテラは、それから覚悟を決めたように勢いよく顔を上げてディスプレイの色を黄色く変化させた。
そしてフィア達に順番に顔を向けた後、再び音声を発する。
「旦那様のサポートを全力で行います」
皆一様に頷き、マグに集まる視線。
それを受けてマグもまた改めて覚悟を決めた。
「よし。じゃあ、右腕痛覚遮断」
【エクソスケルトン】に指示し、実行への躊躇いを小さくする機能を起動させる。
軍事、消防、救命など様々な場面で使用される強化外骨格。
着用者に対する一定の救命機能も備えられており、その中には部分麻酔のような形で痛みを抑え込むことができるものもある。
これがなければ、策を実行に移せても、完遂することは不可能だっただろう。
元の時代ではマグなど単なる底辺労働者に過ぎなかったのだから。
今も尚、僅かながら逡巡があるぐらいだ。それでも――。
「アテラ!」
自分達の明日のために、自分自身に覚悟を促すように叫ぶ。
それを合図に【アクセラレーター】の超加速時間に入る。
「くっ……」
認識の急激な変化に一瞬気を失いそうになるが、強く意識を保つ。
その間に事前に【エクソスケルトン】と接続していたオネットの操作で、感覚が乏しくなったマグの右手が強制的に突き出された。
アテラとフィア、二人のシールドと同期されたそれは光の膜を通り抜け、機獣スライムのゲル状の体に入り込む。
結果は想像通り、速やかに【エクソスケルトン】の装甲が溶かされていった。
主観時間で一秒もかからず生身の右手に至る。
マグの超越現象は己を対象にできない。
状態の復元を付与できない以上、刹那の内に溶けてしまうだろう。痛みもなく。
しかし、幸いにしてか腐食対象が金属装甲からタンパク質に切り替わったことによって極々僅かながらタイムラグが生じたようだった。
その隙に――。
「全て、元に戻れ!」
マグは機獣スライム全体を対象に、己の超越現象を発動させた。
ほぼ同時に【アクセラレーター】の超加速が停止し、通常の時間が戻ってくる。
その時にはマグの右手は肘から先が完全に失われていた。
とは言え、復元された【エクソスケルトン】によって処置が開始されており、それが致命傷になることはないだろう。
また、運動による負荷は最小限の動作だった上に【エクソスケルトン】のサポートが効いているおかげで特に問題ない。
精神的な消耗も【アクセラレーター】の起動時間が短く、どうやら許容範囲内で済んだようだった。
それでも半分以上意識に霞がかかっているような感覚があるが……。
「…………コアユニットは、どうなった?」
マグは体をふらつかせながら尋ねた。
対してアテラが素早く傍に寄り、支えながら答える。
「機獣スライムの肉体は単なる中和された水溶液となって完全に分離された上で消滅。コアユニットは完全な形で復元されました」
「ククラ。操作できるか?」
「大丈夫」
彼女の簡潔な返答にホッと胸を撫で下ろす。
これで宇宙崩壊の危機を回避することができる。
そう思ったのも束の間。
「後は、僕がコアユニットを使って本体のとこに転移して機能を停止させるだけ」
ククラはそんなことを言い出した。
「……ちょっと待て。そんなことをすれば戻ってこられなくなるんじゃないか?」
そしてマグの疑問に対し、彼女は「そう」と当たり前のことのように肯定した。
「……改良の断片のせいで一万分の一秒も持たない」
マグの問いかけに、ククラは心底申し訳なさそうに告げた。
人間と機械の処理能力。至極当然の話だ。
「なら、【アクセラレーター】の超加速状態だったらどうだ?」
「…………多分、それでもママのあれの百分の一程。装甲を維持できる時間は」
次の質問には余り答えたくなさそうに答えるククラ。
彼女もまたマグの意図を一から十まで理解しているのだろう。
何にせよ、アテラのタングステンプレートが通常時間で数秒。
ククラの見立てでは、マグの場合はその一割の目算。
通常時間でそれだけ腐食に耐えることができれば、マグとしては十分だ。
しかし――。
「旦那様の脳に強い負荷がかかってしまいます」
青く暗いディスプレイと共にアテラが続けたように、人間の身ではコンマ数秒の時間【アクセラレーター】を起動させ続けることもできないに違いない。
それこそ百分の一秒とか、それぐらいのスケールが関の山だ。
それでも心身への負荷は計り知れないものがあるはずだ。
元々は介護用ガイノイドであるアテラとしては避けたい方法だろう。
しかし、彼女の言葉は抑止ではない。
滲んでいる感情の大半はそれだろうが、内容自体は事実の通告だ。
最後にはマグの意思を優先するのが彼女たちなのだから。
何より。空間の振動が始まり、既に時間の猶予がない状況。
選択肢は限られていることを、アテラも皆も重々承知している。
「ほんの一瞬だけなら大丈夫さ」
だからマグは彼女達を安心させるように告げた。
そこについてはククラも異論がないようで、口を挟まない。
しかし、アテラのディスプレイの色は変わらなかった。
「ですが、旦那様の……」
彼女はマグの右手を心配そうに見詰める。
「いいから。ここは遥か未来の世界だし、俺はいずれアテラと同じ機械の体になると決めてるんだ。こんなのは大した対価になりはしないさ」
マグはそんな彼女に笑って応じた。
それから表情を引き締め、真剣な口調で更に言葉を続ける。
「宇宙が崩壊してしまったら、叶う望みも叶わなくなるじゃないか」
「…………はい」
やむを得ないといった様子で俯き気味に承諾したアテラは、それから覚悟を決めたように勢いよく顔を上げてディスプレイの色を黄色く変化させた。
そしてフィア達に順番に顔を向けた後、再び音声を発する。
「旦那様のサポートを全力で行います」
皆一様に頷き、マグに集まる視線。
それを受けてマグもまた改めて覚悟を決めた。
「よし。じゃあ、右腕痛覚遮断」
【エクソスケルトン】に指示し、実行への躊躇いを小さくする機能を起動させる。
軍事、消防、救命など様々な場面で使用される強化外骨格。
着用者に対する一定の救命機能も備えられており、その中には部分麻酔のような形で痛みを抑え込むことができるものもある。
これがなければ、策を実行に移せても、完遂することは不可能だっただろう。
元の時代ではマグなど単なる底辺労働者に過ぎなかったのだから。
今も尚、僅かながら逡巡があるぐらいだ。それでも――。
「アテラ!」
自分達の明日のために、自分自身に覚悟を促すように叫ぶ。
それを合図に【アクセラレーター】の超加速時間に入る。
「くっ……」
認識の急激な変化に一瞬気を失いそうになるが、強く意識を保つ。
その間に事前に【エクソスケルトン】と接続していたオネットの操作で、感覚が乏しくなったマグの右手が強制的に突き出された。
アテラとフィア、二人のシールドと同期されたそれは光の膜を通り抜け、機獣スライムのゲル状の体に入り込む。
結果は想像通り、速やかに【エクソスケルトン】の装甲が溶かされていった。
主観時間で一秒もかからず生身の右手に至る。
マグの超越現象は己を対象にできない。
状態の復元を付与できない以上、刹那の内に溶けてしまうだろう。痛みもなく。
しかし、幸いにしてか腐食対象が金属装甲からタンパク質に切り替わったことによって極々僅かながらタイムラグが生じたようだった。
その隙に――。
「全て、元に戻れ!」
マグは機獣スライム全体を対象に、己の超越現象を発動させた。
ほぼ同時に【アクセラレーター】の超加速が停止し、通常の時間が戻ってくる。
その時にはマグの右手は肘から先が完全に失われていた。
とは言え、復元された【エクソスケルトン】によって処置が開始されており、それが致命傷になることはないだろう。
また、運動による負荷は最小限の動作だった上に【エクソスケルトン】のサポートが効いているおかげで特に問題ない。
精神的な消耗も【アクセラレーター】の起動時間が短く、どうやら許容範囲内で済んだようだった。
それでも半分以上意識に霞がかかっているような感覚があるが……。
「…………コアユニットは、どうなった?」
マグは体をふらつかせながら尋ねた。
対してアテラが素早く傍に寄り、支えながら答える。
「機獣スライムの肉体は単なる中和された水溶液となって完全に分離された上で消滅。コアユニットは完全な形で復元されました」
「ククラ。操作できるか?」
「大丈夫」
彼女の簡潔な返答にホッと胸を撫で下ろす。
これで宇宙崩壊の危機を回避することができる。
そう思ったのも束の間。
「後は、僕がコアユニットを使って本体のとこに転移して機能を停止させるだけ」
ククラはそんなことを言い出した。
「……ちょっと待て。そんなことをすれば戻ってこられなくなるんじゃないか?」
そしてマグの疑問に対し、彼女は「そう」と当たり前のことのように肯定した。
0
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる