上 下
89 / 128
第二章 ガイノイドが管理する街々

089 稀人へのお願い

しおりを挟む
「よく来てくれたな。稀人達」

 笑顔で歓迎の意を示す街の管理者ロット。
 しかし、マグは彼が喜ぶ理由がよく分からず、一先ず愛想笑いをするに留めた。
 その誤魔化しをフォローするように。

「私達が知る地球の文化を知りたいとか」

 アテラがディスプレイを淡く緑に点灯させながら音声を発する。
 オネットからカムフラージュのための依頼内容を聞いたのだろう。

「今の状態は不十分ってこと?」

 それを受けて率直に問いかけるドリィ。

「さて。十分かもしれないし、不十分かもしれない。時空間転移システムの暴走に伴い、様々な情報が失われてしまったのでね」

 対して、ロットは特に気を悪くした様子もなく答えた。
 失った記憶を失ってしまったと自覚することが困難なように、なくなってしまった情報をなくなったと認識することもまた難しい。
 不自然な空白のようなもので浮き彫りにでもできない限りは。

「そうである以上、不十分であることを想定して動く必要がある。文化の継承こそ人間の心に安寧を生むもの。この街の機人は皆、そう信じて活動しているのだ」

 だからこそ、より完璧に近づける努力は怠らない。
 そういうことなのだろう。

 それぞれの街をそれぞれの存在意義に即した形で管理する。
 共生の街・自然都市ティフィカに続き、この標本の街・機械都市ジアムという事例を目にしたことで、オネットの言っていたことが段々と理解できてきた。

「ともあれ、そういう訳で君達には今日の夏祭りに参加して欲しい。その中で何かおかしなところがないか、足りないところがないか確認してくれ」
「…………分かりました」

 カムフラージュのためにも街を素通りすることはできない。
 であれば、丁度いい用件だろう。そう考えて頷く。

「では、早速行くとしよう。車は公民館の駐車場にでもとめてくれ」

 ロットはそう言うと、黒塗りの角ばった昔の高級車に戻った。
 そして緩やかに発進するそれの後に、マグ達もまた装甲車を走らせて続く。
 やがて公民館……と言うよりも村の集会所という感じの建物が見えてきた。
 その前に無駄に広く作られた駐車場に入り、車から降りる。

「こっちだ」

 そこからロットの先導で歩いていくと、祭囃子の音が耳に届いてくる。
 しばらくすると、神社へと続く参道に無数の屋台が立ち並ぶ光景が目に映った。
 楽しげに駆けていく浴衣を着た子供達の姿も見える。
 仲睦まじく歩く男女。微笑ましい家族連れ。威勢のいいテキ屋もまた。
 正に縁日の様相だ。
 言われなければ、この全員が機人だと気づくことはないだろう。

「何だか懐かしく感じるな……」

 アテラのようなガイノイドが世に出始めた時代とは言え、それでも国を見渡せば古きよき文化を守っていた場所はいくらでもあった。
 そういったものに触れたことも幼い頃には何度もあった。
 しかし、過酷な労働の中では遠い世界の出来事。病に倒れてからは尚のことだ。
 それだけにマグは郷愁を感じ、何とも切ない気持ちを抱いた。
 と同時に、そうした感情をポストアポカリプスの更に先の世界とでも言うべきこの未来、この異星で感じることができる事実はありがたいことだと思った。
 秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアが作りものめいた街だったこともあり、お客様感覚が抜けていなかったが、地続きの世界として見られるようになった気もする。

「射的、くじ引き、輪投げ、金魚すくい、水風船すくい、お面屋、型抜き、焼きそば、お好み焼き、綿あめ、チョコバナナ。屋台がたくさんです!」

 目を輝かせるフィアが微笑ましい。
 自然と顔が綻び、折角だから自分も楽しもうと辺りを見回す。

「……さすがにどんどん焼きはないか」

 そうしている内に何となく記憶の中にあるものを探し、無意識に呟きが漏れた。

「どんどん焼き、とは?」

 それを聞き逃さず、真剣な表情で問うロットに少し気圧される。
 マグとしては軽い気持ちでの発言だっただけに、己の存在意義に関わる重大な問題と言わんばかりの彼の様子に少々申し訳なくなった。

「主に山形県の屋台などで見られる食べものです。お好み焼きを丸めて割りばしに巻きつけたような形をしていました。触感や味が割と特徴的だったと思います」
「成程」
「あ、いや、その、子供の頃に何度か食べたことがあるだけで……全国的にメジャーものじゃなく、ご当地グルメみたいなものでしたけど」
「バリエーションはあるに越したことがない。何より、ローカルな伝統だとしても蔑ろにしていいものではない。注釈は必要だが、確実に受け継ぐべきものだ」

 優雅な老紳士の雰囲気はどこへやら。凄い勢いで迫ってくるロット。
 根掘り葉掘りと聞かれた挙句、有無を言わさず神社の社務所に連れていかれ、そのまま端の方にあった台所へと通される。

「ここで、それを作ってみて欲しい」

 材料を用意し、出口を封じる位置に立って告げるロット。
 流れでどんどん焼きを再現する羽目になってしまった。
 完成するまで帰れない雰囲気をひしひしと感じる。とは言え――。

「レシピはおおよそ予測できます。ただ、旦那様一人では食べられる量が限られる上、私は味覚センサーを持たないので味見はフィアとドリィに任せます」

 機人のスペックはやはり凄まじく、二時間かそこらで思い出の味に至ることができた。それはよかったのだが……。

「俺の記憶の中のこの味が、過去の世界の文化として後世に残ってしまうのか」

 妙なところで大それたことをしてしまった気がしたマグだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...