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第二章 ガイノイドが管理する街々

090 祭りの後

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「つい夢中になってしまった。申し訳ない」
「いえ。元々そういう依頼でしたから」

 恐縮して頭を深々と下げるロットに、マグは苦笑い気味に応じた。
 半ば流される形だったとは言え、懐かしの味を口にできたので問題はない。

「しかい、危うくメインイベントを逃すところだった」
「まあ、それもこうして間に合ったので問題ありませんよ」

 他意なく返しながら、マグは夜空を見上げた。
 丁度そのタイミングで腹に響くような音が鳴り、視線の先に大輪の花が咲く。
 夏祭りの華。締めの花火大会が始まったようだ。
 環境コントロールシステムのおかげで空に雲はなく、絶好の花火日和と言える。
 煙もいい感じに風で流れていっているようだ。

「アーカイブ以外で見るのは初めてですね」
「フィアもです!」
「な、生だと体の奥の精密パーツまで振動するような凄い音ね」

 傍に立つアテラ達もまた、同じように空を見上げて各々の反応を見せる。
 弾んだ声からして、彼女達も夜空に描かれた光の芸術を楽しんでいるようだ。
 マグ自身、こうして直にリアルタイムで観賞するのは幼い頃以来の体験で、何とも感慨深くジンと来るものがあった。

「そう言えば、文化の継承って言うなら、かけ声はしないの?」

 そんな中、ふと思い出したようにドリィがロットに問いかける。
 恐らく玉屋とか鍵屋とかのかけ声のことだろう。

「来訪客は自由にしていいが、街の機人はしないことになっている」
「何故?」
「あの花火には特定の屋号がないからな。下手に名前をつけて、後から過去にあった老舗と被っていたと判明するような状況は避けたい」
「…………成程?」

 若干疑問気味ながらも一定の納得を示すドリィ。
 機人である自分達が伝統ある職人達と同じ屋号を名乗るのはおこがましいと考えて、敢えて無名としているのだろう。

 花火の時のかけ声は歌舞伎の時のそれと近いもので、本来は製作元の店の名前である屋号を口にするのだと聞く。
 だから、場合によっては玉屋鍵屋と言うのは間違いになるのだとか。
 その辺り、機人としてキッチリと守っているのだろう。
 とは言え、それを来訪者にまで求めたりはしないようだ。
 由来通りにするのは粋という奴なのだろうが、楽しんでいる人に横槍を入れるのは下手をすると無粋になりかねない。
 タイミングを見極め、波風立たない形で伝えるのがいい。

「ともあれ、君達は自由に楽しんでくれ。そうしてくれることが我々の喜びだ」

 そうとだけ言うと、マグ達から少し離れて口を噤むロット。
 彼らにとっては、人間が訪れた今日はそれこそハレの日。
 繋いできた文化の記録を見て欲しいのだろう。

「……この世界も悪くありませんね」

 ポツリと呟くアテラに頷く。
 だからこそ、自分達のためというだけでなく、こういった場所を守るためにも時空間転移システムの暴走をとめねばならない。
 そう思える程度にはいいものを見ることができた。

「あ、終わっちゃいました」

 やがて最後の花火の光が消え、祭りの後の静けさが場を包む。
 名残惜しげなフィアの声も寂しさを抱かせる。
 だが、それも含めて悪くない。
 皆でここに来られてよかったとマグは思った。

「他の区域では、他の国の文化も再現している。これからまた次の依頼に行くのだろうが、気が向いたら遊びに来てくれ」
「ええ。是非とも」

 社交辞令ではなく本心から言う。
 この街全体を巡るだけで、かつての時代の世界旅行気分を味わえるだろう。
 そう思いながら、ロットと共に公民館に戻る。

「では、またの来訪を楽しみにしている」
「はい。失礼します」

 そして彼に挨拶をしてから、マグ達は装甲車に乗り込んだ。
 既に夜も深くなっているが、自動運転なので中で眠っていても問題ない。
 暗闇の中。標本の街・機械都市ジアムを出て、新たな街へと出発する。

「交響の街・奏楽都市ロディアも多分似たような感じデス。あそこは音楽を人間さんの幸福において最上の要素と位置づけ、過去の音楽を収集してるデスからね」

 閉鎖空間で多弁になるオネット。
 今度は観光案内をしているかのように、こと細かに説明をしてくれる。
 それを耳にしながら、マグ達は次の目的地を目指したのだった。
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