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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員
098 一体いつから
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「シニッドさん、先に謝ります!!」
話は終わりと、今正に俺達をガイオさん達のように無力化せんと動き出したライム。
それを前にして、俺はシニッドさんへと短く素早く叫んだ。
未だ必勝の策は思いつかない。
ガラテアへの対抗策として人間至上主義者から奪った新型狂化隷属の矢を用い、暴走した少女化魔物を多くの人間に与えてきたライムだ。
当然、彼自身もまた認識の書き換えを活用して常識では考えられない数の少女化魔物と強制的に契約を結び、同じ数だけの複合発露を有しているはず。
全貌が掴めない状態で必勝の策など立てることなど、そもそも不可能だ。
それでも、今動かなければ俺達は記憶を操作されてしまう。
たとえシニッドさん達でも意識を失って複合発露を解除させられてしまえば、認識の書き換えに対抗する術はないのだから。
そうなれば事件解決は決定的に遠退いてしまう。
何が何でも防がなければならない。
だから――。
「空間を潰す!!」
俺は真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を発動させ、大広間全体を氷で満たした。
巻き添えを食う形でシニッドさんも、ウルさんもルーさんも立ったまま凍りつき、ガイオさんとタイルさんも意識を失った状態で凍結する。
ほとんど無差別と言っていい攻撃。
それによって、この大広間において何もない空間が残っているのは、俺の体表僅か一ミリ程度の隙間のみとなった。
これでライムを閉じ込めることができればよし。
たとえ閉じ込めることができずに転移で逃げられてしまっていたとしても、第六位階の力によって生成された氷が満ちた空間には出現できないはずだ。
「まあ、まず間違いなく閉じ込められはしないだろうけど……」
不意打ちの一撃すら避けて見せたライムだ。
これだけで捕らえられるなら、最初からこんな荒技を使う必要などない。
念のため、ライムの姿がないことだけ確認したら、即座に撤退するとしよう。
今の俺達では彼を捕縛することは不可能と判断せざるを得ない。
もっとも、逃げ切るのも困難だろうが……。
街が大混乱に陥ることに目を瞑り、我流・氷鎧装の要領で超巨大なアイスゴーレム(透明度ゼロ・完全防音)的なものを作って移動すれば、干渉は防げるはず。
認識の書き換えの起点は五感。触れられず、見ず、聞かずが回避の基本だ。
一度撤退すると同じ手段で潜伏先を探し出すことは不可能になるかもしれないが、犯人の正体、その多彩にして強大な力だけでも情報を持ち帰らなければならない。
そうした方針転換の切っかけを得るため、大広間を満たす氷に目を凝らすと――。
「は?」
そこには予想外の光景があった。
ライムが佇んでいる。
しかし、氷漬けになって身動きができなくなっている訳ではない。
〈万有凍結・封緘〉は内部の存在の状態までも凍結させる強大な複合発露だ。
シニッドさんやウルさん、ルーさんは〈魔狼王転身〉の力で人狼の如き姿となった状態のまま凍りついている。
俺が氷を解かない限り、変化が生じるはずがない。
だが、ライムは、俺に対する視線を変化させていた。
憐れみと申し訳なさといった感情が入り混じった瞳へと。
挙句の果てに、彼はその場から一歩踏み出して俺にゆったりと近づいてくる。
空間を満たす氷など存在しないかのように、当たり前の顔をして。
「な、何で」
ゴースト系統の少女化魔物が持つことがあると聞く幽体化のような複合発露か?
そう一瞬考えて即座に否定する。
繰り返すが、この氷は第六位階の力で生成されたもの。
たとえ幽体化の複合発露を使用したとしても、俺の力を上回らなければ、この氷を通過することはできない。
だが、現実にライムは氷など無視して近づいてきている。
それは俺の力を超えている証左だが……。
「あり得ない」
俺は、ライムが人知を超えた存在とまで評した救世の転生者だ。
いくら複合発露のバリエーションが少なく、能力的にはまだまだ未完成とは言え、こと一つ一つの複合発露の威力、制御力においては世界最強のはず。
同位階の複合発露同士が干渉し合った場合に、ここまで何の影響も及ぼすことができないはずがない。何かカラクリがあるとしか考えられないが……。
「どうして、動ける」
絞り出すように問いかける。動揺を隠せない。
「難しく考える必要はない。極めて単純な話だ」
俺の問いに迂遠に答えながら静かに近づくライム。
ここに至っては、氷はむしろ俺の動きを阻害する障害物でしかない。
咄嗟に複合発露を解除しようとする。
しかし、何故かそれは叶わず、更には僅かな身動きすらできなくなってしまった。
「一体いくつの複合発露を持っているのか、と聞いたな」
そして彼は俺の前で立ち止まり、重大な秘密を明かすように告げる。
「俺の複合発露は三つだけだ。母から受け継いだ〈擬視模造〉。第六位階の認識操作〈千年五色錯誤〉。そして第六位階の空間転移〈隠光潜深影〉」
人差し指、中指、薬指と三本指を立てるライム。
複製。認識操作。転移。その三つのみだと強調するように。
だが、あり得ない。
「そんな馬鹿な! それだけでどうやって第六位階の身体強化状態にあったガイオさん達を倒し、俺の攻撃を察知して回避できる!?」
「言っただろう。極めて単純な話だと。俺はこの部屋に転移してきてから、一歩たりとも動いていない。床に転がる二人に触れてもいないし、お前の攻撃を回避してもいない」
「…………まさかっ!?」
「そう。全て、俺の〈千年五色錯誤〉による幻だった訳だ」
頷いて発せられたライムの言葉に愕然とする。
「い、一体、いつから」
俺は、俺達は正常な認識だと錯覚していたのか。
「最初から。俺がこの部屋に現れた時からだ」
「それはおかしい! この屋敷に突入する前からずっと、シニッドさん達はあの状態だったんだぞ!? 精神干渉は防げるはずだ!!」
「……通常の少女化魔物が暴走すると第五位階の力が第六位階に強化される。なら、真性少女契約を結んだ少女化魔物が暴走するとどうなると思う?」
俺の主張に対し、問いの形で静かに告げたライムの言葉に目を見開く。
それは、まさか……。
「ルシネとパレット。俺が契約した少女化魔物は、ガラテアの脅威を知り、俺の考えに賛同してくれた。真性少女契約を結んだ上で、自ら進んで暴走することを受け入れた」
「第七、位階?」
「いや、位階はあくまで第六だ。だが、その最上位にはなっているだろう。真・暴走・複合発露、とでも言うべきか。まあ、それでもガラテアには届かないだろうけどな」
眉間にしわを寄せ、奥歯を噛み締めながら虚空を睨むライム。
ガラテア。俺が倒さなければならない相手。
この彼をしてここまで言わせるとは、一体どれ程の存在なのか。
「イサク君。お前は順当に強くなれ。いずれガラテアの脅威を前に、望むと望まざるとに関わらず、手を取って戦う時が来るだろう」
「くっ、貴方はそれで――」
俺の言葉を遮るように、今度こそ話は終わりと迫り来るライム。
それを前に何とか体を動かそうとするが、動かない。
まるで金縛りに遭ったかのようだ。
「心配するな。干渉は最小限にする。俺は、相手の人格を作り変えて楽しむような外道ではないからな」
そして、そんな自己正当化染みたことを言いながらライムはその手を伸ばす。
身じろぎすらできない俺はなす術もなく……。
「くそ。間に合わなかったか」
認識の書き換えを逆手に取り、何とか辿り着いた屋敷。
しかし、そこはもぬけの殻だった。
どうやら直前で察知されてしまったらしい。
「すみません。無駄足を踏ませてしまって」
玄関へと至る廊下の途中。
歯噛みしながら、同行してくれたシニッドさん達に頭を下げる。
「まあ、そう気を落とすな。遺留品から手がかりは得られた」
「これで捜査が進むさ。そうすれば、俺の不名誉も晴れる。それでいい」
慰めてくれる二人に、一層悔しさが募る。
確かに家探しをした結果、犯人のものと思しき手記を得ることができた。
恐らく俺達の動きに完璧には対応し切れず、この拠点を放棄する際に証拠隠滅することに失敗したのだろう。首の皮一枚繋がったという感じか。
しかし、可能ならここで犯人を確保し、事件を解決したかった。
「ま、一先ず学園長に報告だな」
「早ければ早い方がいい。早速戻ろう」
「………………ですね」
結果を悔いていても仕方がない。失敗は次に活かさなければ意味がない。
何より、ガイオさんの言う通り、素早い情報の伝達が今後の捜査の鍵となるだろう。
「行きましょう」
だから俺達は、速やかに玄関へと歩みを進めたのだった。
この状況に対する疑問など欠片も抱かないまま。
話は終わりと、今正に俺達をガイオさん達のように無力化せんと動き出したライム。
それを前にして、俺はシニッドさんへと短く素早く叫んだ。
未だ必勝の策は思いつかない。
ガラテアへの対抗策として人間至上主義者から奪った新型狂化隷属の矢を用い、暴走した少女化魔物を多くの人間に与えてきたライムだ。
当然、彼自身もまた認識の書き換えを活用して常識では考えられない数の少女化魔物と強制的に契約を結び、同じ数だけの複合発露を有しているはず。
全貌が掴めない状態で必勝の策など立てることなど、そもそも不可能だ。
それでも、今動かなければ俺達は記憶を操作されてしまう。
たとえシニッドさん達でも意識を失って複合発露を解除させられてしまえば、認識の書き換えに対抗する術はないのだから。
そうなれば事件解決は決定的に遠退いてしまう。
何が何でも防がなければならない。
だから――。
「空間を潰す!!」
俺は真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を発動させ、大広間全体を氷で満たした。
巻き添えを食う形でシニッドさんも、ウルさんもルーさんも立ったまま凍りつき、ガイオさんとタイルさんも意識を失った状態で凍結する。
ほとんど無差別と言っていい攻撃。
それによって、この大広間において何もない空間が残っているのは、俺の体表僅か一ミリ程度の隙間のみとなった。
これでライムを閉じ込めることができればよし。
たとえ閉じ込めることができずに転移で逃げられてしまっていたとしても、第六位階の力によって生成された氷が満ちた空間には出現できないはずだ。
「まあ、まず間違いなく閉じ込められはしないだろうけど……」
不意打ちの一撃すら避けて見せたライムだ。
これだけで捕らえられるなら、最初からこんな荒技を使う必要などない。
念のため、ライムの姿がないことだけ確認したら、即座に撤退するとしよう。
今の俺達では彼を捕縛することは不可能と判断せざるを得ない。
もっとも、逃げ切るのも困難だろうが……。
街が大混乱に陥ることに目を瞑り、我流・氷鎧装の要領で超巨大なアイスゴーレム(透明度ゼロ・完全防音)的なものを作って移動すれば、干渉は防げるはず。
認識の書き換えの起点は五感。触れられず、見ず、聞かずが回避の基本だ。
一度撤退すると同じ手段で潜伏先を探し出すことは不可能になるかもしれないが、犯人の正体、その多彩にして強大な力だけでも情報を持ち帰らなければならない。
そうした方針転換の切っかけを得るため、大広間を満たす氷に目を凝らすと――。
「は?」
そこには予想外の光景があった。
ライムが佇んでいる。
しかし、氷漬けになって身動きができなくなっている訳ではない。
〈万有凍結・封緘〉は内部の存在の状態までも凍結させる強大な複合発露だ。
シニッドさんやウルさん、ルーさんは〈魔狼王転身〉の力で人狼の如き姿となった状態のまま凍りついている。
俺が氷を解かない限り、変化が生じるはずがない。
だが、ライムは、俺に対する視線を変化させていた。
憐れみと申し訳なさといった感情が入り混じった瞳へと。
挙句の果てに、彼はその場から一歩踏み出して俺にゆったりと近づいてくる。
空間を満たす氷など存在しないかのように、当たり前の顔をして。
「な、何で」
ゴースト系統の少女化魔物が持つことがあると聞く幽体化のような複合発露か?
そう一瞬考えて即座に否定する。
繰り返すが、この氷は第六位階の力で生成されたもの。
たとえ幽体化の複合発露を使用したとしても、俺の力を上回らなければ、この氷を通過することはできない。
だが、現実にライムは氷など無視して近づいてきている。
それは俺の力を超えている証左だが……。
「あり得ない」
俺は、ライムが人知を超えた存在とまで評した救世の転生者だ。
いくら複合発露のバリエーションが少なく、能力的にはまだまだ未完成とは言え、こと一つ一つの複合発露の威力、制御力においては世界最強のはず。
同位階の複合発露同士が干渉し合った場合に、ここまで何の影響も及ぼすことができないはずがない。何かカラクリがあるとしか考えられないが……。
「どうして、動ける」
絞り出すように問いかける。動揺を隠せない。
「難しく考える必要はない。極めて単純な話だ」
俺の問いに迂遠に答えながら静かに近づくライム。
ここに至っては、氷はむしろ俺の動きを阻害する障害物でしかない。
咄嗟に複合発露を解除しようとする。
しかし、何故かそれは叶わず、更には僅かな身動きすらできなくなってしまった。
「一体いくつの複合発露を持っているのか、と聞いたな」
そして彼は俺の前で立ち止まり、重大な秘密を明かすように告げる。
「俺の複合発露は三つだけだ。母から受け継いだ〈擬視模造〉。第六位階の認識操作〈千年五色錯誤〉。そして第六位階の空間転移〈隠光潜深影〉」
人差し指、中指、薬指と三本指を立てるライム。
複製。認識操作。転移。その三つのみだと強調するように。
だが、あり得ない。
「そんな馬鹿な! それだけでどうやって第六位階の身体強化状態にあったガイオさん達を倒し、俺の攻撃を察知して回避できる!?」
「言っただろう。極めて単純な話だと。俺はこの部屋に転移してきてから、一歩たりとも動いていない。床に転がる二人に触れてもいないし、お前の攻撃を回避してもいない」
「…………まさかっ!?」
「そう。全て、俺の〈千年五色錯誤〉による幻だった訳だ」
頷いて発せられたライムの言葉に愕然とする。
「い、一体、いつから」
俺は、俺達は正常な認識だと錯覚していたのか。
「最初から。俺がこの部屋に現れた時からだ」
「それはおかしい! この屋敷に突入する前からずっと、シニッドさん達はあの状態だったんだぞ!? 精神干渉は防げるはずだ!!」
「……通常の少女化魔物が暴走すると第五位階の力が第六位階に強化される。なら、真性少女契約を結んだ少女化魔物が暴走するとどうなると思う?」
俺の主張に対し、問いの形で静かに告げたライムの言葉に目を見開く。
それは、まさか……。
「ルシネとパレット。俺が契約した少女化魔物は、ガラテアの脅威を知り、俺の考えに賛同してくれた。真性少女契約を結んだ上で、自ら進んで暴走することを受け入れた」
「第七、位階?」
「いや、位階はあくまで第六だ。だが、その最上位にはなっているだろう。真・暴走・複合発露、とでも言うべきか。まあ、それでもガラテアには届かないだろうけどな」
眉間にしわを寄せ、奥歯を噛み締めながら虚空を睨むライム。
ガラテア。俺が倒さなければならない相手。
この彼をしてここまで言わせるとは、一体どれ程の存在なのか。
「イサク君。お前は順当に強くなれ。いずれガラテアの脅威を前に、望むと望まざるとに関わらず、手を取って戦う時が来るだろう」
「くっ、貴方はそれで――」
俺の言葉を遮るように、今度こそ話は終わりと迫り来るライム。
それを前に何とか体を動かそうとするが、動かない。
まるで金縛りに遭ったかのようだ。
「心配するな。干渉は最小限にする。俺は、相手の人格を作り変えて楽しむような外道ではないからな」
そして、そんな自己正当化染みたことを言いながらライムはその手を伸ばす。
身じろぎすらできない俺はなす術もなく……。
「くそ。間に合わなかったか」
認識の書き換えを逆手に取り、何とか辿り着いた屋敷。
しかし、そこはもぬけの殻だった。
どうやら直前で察知されてしまったらしい。
「すみません。無駄足を踏ませてしまって」
玄関へと至る廊下の途中。
歯噛みしながら、同行してくれたシニッドさん達に頭を下げる。
「まあ、そう気を落とすな。遺留品から手がかりは得られた」
「これで捜査が進むさ。そうすれば、俺の不名誉も晴れる。それでいい」
慰めてくれる二人に、一層悔しさが募る。
確かに家探しをした結果、犯人のものと思しき手記を得ることができた。
恐らく俺達の動きに完璧には対応し切れず、この拠点を放棄する際に証拠隠滅することに失敗したのだろう。首の皮一枚繋がったという感じか。
しかし、可能ならここで犯人を確保し、事件を解決したかった。
「ま、一先ず学園長に報告だな」
「早ければ早い方がいい。早速戻ろう」
「………………ですね」
結果を悔いていても仕方がない。失敗は次に活かさなければ意味がない。
何より、ガイオさんの言う通り、素早い情報の伝達が今後の捜査の鍵となるだろう。
「行きましょう」
だから俺達は、速やかに玄関へと歩みを進めたのだった。
この状況に対する疑問など欠片も抱かないまま。
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