上 下
105 / 396
第1章 少女が統べる国と嘱託補導員

097 その動機

しおりを挟む
 第六位階の複合発露エクスコンプレックスによって付随的に強化された身体能力による攻撃を軽くあしらい、同じく第六位階の複合発露による予備動作なしの範囲凍結を容易く回避する。
 眼前に浮かぶライムは、これまで対峙した何者よりも強い。
 俺もシニッドさん達も、彼と関係深い人間だからまだこうして立っていられるが、そうでなかったらガイオさん達のようにとっくに床に転がっていたことだろう。
 考えても考えても、対抗策は浮かばない。だから――。

「……何故、こんなことを?」

 俺は時間を稼ぐため、ライムにそう問いかけた。
 正直、質問の意図はあからさま過ぎて筒抜けだろう。
 しかし、ライムは俺の問いを受け、恥じ入るように視線を下げた。

「お前の兄が連れ去られる様を、ただ見ていることしかできなかったからだ」

 そして彼は絞り出すように告げる。
 深い悔恨と自分自身への怒りを声色に滲ませながら。

「何をっ……!」

 その姿を前に、シニッドさんはライムよりも遥かに大きな憤怒を押し殺すように呟くと、ギリッという音が俺にも聞こえそうな程に歯を食い縛った。
 それから、一度押し留めた全てを吐き出すように口を開く。

「何を言ってやがる。それと犯罪を犯すことに何の関係がある!? アロンを悪事の正当化に使うんじゃねえ!!」

 激昂したシニッドさんの声が大広間を震わせる。
 壁を覆う氷がキシキシと鳴る。
 並の人間ならば気絶しそうな威圧感。
 しかし、ライムは意に介さず、理解して貰えないことを悲しんでいるかのようにフッと自嘲するような笑みを一瞬だけ浮かべた。

「貴様っ!!」
「シニッドさん、待って下さい!」

 激昂してライムに迫ろうとする彼の行く手を、腕を伸ばして遮る。
 気持ちは分かるが、感情に任せて行動しても何の解決にもならない。
 語ってくれるのなら、思う存分語らせるべきだ。時間稼ぎのためにも。

「ぐっ……」

 シニッドさん自身、策がない自覚はあるのだろう。
 狼の顔を激しく歪ませ、爪を掌に食い込ませて血を僅かに滴らせながら立ち止まる。
 俺は、それを確認してからライムへと視線を戻した。

「続けて下さい。兄さんがガラテアに連れ去られたことと、一連の事件。一体何の関係があると言うんですか?」

 そしてシニッドさんと同じ問いを、彼よりも冷静に繰り返す。
 俺としても悪事の理由に兄さんを使われるのは気に食わない。
 だが、事実として俺は兄さんとは直接顔を合わせたことがない。
 加えて、前世の記憶を持つ転生者ということもある。
 だから、こうして落ち着いて問いかけられるのだろう。
 黙って返答を待つ。

「……俺はあの時、ガラテアを見た。そして思い知った。あれは確かに救世の転生者なんて理不尽な存在に頼らなければならない、人知を超えた存在だということを」

 返ってきたライムの言葉は、シニッドさんや俺の問いの直接的な答えではなかった。
 だが、その時に植えつけられた恐怖を思い出したかのように身を震わせて告げる彼の姿を見て、動機に辿り着くにあたって不可欠なものだと直感的に理解させられた。

「ガラテアは、どんな姿をしていたんですか?」
「あれの姿形を語ることに意味はない。形だけで言うなら、単なる熊のぬいぐるみでしかなかったからな。直接見た者にしか、この気持ちは分からないだろう」

 何とか恐怖心を隠そうとしているのかライムは拳を硬く握って耐えようと試みているようだったが、その顔は酷く強張っていた。
 彼が見たガラテアは、テアという肉体を持たない言わば中身。
 だが、テアが球体関節なだけの愛らしい少女の姿だったことから考えても、最強最悪の人形化魔物ピグマリオンたる本質は、たとえぬいぐるみからだろうと滲み出ていたに違いない。

「あれは悪意そのもの。そうとしか言いようがない。並の人間では決して敵わない怪物だ。だが、救世の転生者は既に敵の手に落ちてしまった」
「え?」

 続けられた言葉に、思わず呆けた声を出してしまう。
 救世の転生者が敵の手に落ちた? どういうことだ?
 俺はここにいるぞ。

「敵の手って、どういうことですか?」
「分からないか? お前の兄、アロンこそが救世の転生者だ」

 思いも寄らないライムの言葉に戸惑い、一瞬思考とが止まってしまう。。
 それでも何とか気持ちを立て直し、絞り出すように問いを口にする。

「しょ、証拠は?」
「俺はホウゲツ学園を飛び級で卒業する程、将来有望な少女征服者ロリコンだった。周りの評価もそうだったし、自負もある。それでも、アロンにだけは一度たりとも敵うとは思ったことがない。そんなアイツが救世の転生者でないはずがない!!」

 ……成程。そういうことか。
 確かに俺が救世の転生者であると公言していない以上、そうした勘違いは起こり得る。
 きっかり百年毎に誕生する訳でもない。時期的にも引っかかっている。
 優秀な少女征服者を排出するヨスキ村の出身であり、更にその中でも輪をかけて優秀となれば、そう疑う・・のは無理もないことだ。

「子供の頃からそうだった。何をやっても勝てなかった。俺はそんなアイツが妬ましくて妬ましくて……それでも、友であることが誇りだった!!」

 ライムが頑なにそう思い込んだ・・・・・のは、大きな劣等感と同じぐらい厚い友情故か。
 その様を憐れむのは……いくら何でも傲慢が過ぎるだろう。

「そんなアイツはもういない。救世の転生者は世界を救わない。なら、どうやってあの悪意の権化たるガラテアから人々を守る!?」

 悲鳴のように声を荒げるライム。
 それだけ深く、ガラテアの恐怖が魂に刻み込まれている証拠だ。

「まさか、それで……」
「……ああ。世界が定めた救いが得られないなら、もはや一人一人が力を持って備えるしかない。それも第五位階程度の中途半端な力ではなく」

 俺の問いに、一呼吸置いて心を落ち着かせるようにしてからライムは静かに告げる。

「だが、真性少女契約ロリータコントラクトは容易くは結べない。ならば……」
暴走パラ複合発露エクスコンプレックスの力を利用する」

 先回りして答えると、ライムは深く頷いた。

「幸いにして俺は第六位階の複合発露〈千年ラスティング五色オーバーライト錯誤パーセプト〉によって認識を書き換えることができる。その力で人間至上主義者共が開発した新型の狂化隷属の矢を入手し、母から受け継いだ複合発露〈擬視トレース模造ファンクション〉によって複製し……後は知っての通りだ」

 少女化魔物ロリータを隷属させ、力を求める者達に与えた。
 恐らく彼女達もまた認識の書き換えを用いて、どこからか連れてきたのだろう。
 あるいは、人知れずホウゲツ学園預かりの少女化魔物を拉致していた可能性もある。

「……よくもまあベラベラと。出頭する気にでもなったか?」

 と、話に区切りがついた段階で、シニッドさんが険のある声で不審そうに問う。
 悪党のネタばらしの如き行為。不合理に感じるのは当然だろう。
 それだけ己に自信があるということに違いないが……。

「まさか。ただ、認識の書き換えは絶対ですからね。記憶を消せば、俺の動機は世間に明らかになることはない。だから、たまに誰かに伝えたくなるんですよ。無性に」

 ライムはそう言うと更に「まあ、その後で記憶を奪うことに変わりはないので、結局は自己満足に過ぎませんけどね」と自嘲するようにつけ加えた。
 承認欲求の類かもしれない。

「とは言え、俺も易々と人の記憶を奪いたくはありません。人格を都合よく歪めてしまうことも。もし俺のやっていることに賛同し、手伝って下さるのであれば――」
「黙れっ!! 誰が犯罪に手を貸すか!!」

 ライムの提案を即座に遮り、吐き捨てるように言うシニッドさん。
 彼とは対照的に俺は、状況を打開するために従う振りをすべきかもしれないと一瞬考えたせいで反応が遅れてしまった。
 だが、それでよかったのかもしれない。
 認識の書き換えができる以上、その辺りの二心は容易く見抜かれてしまうだろう。
 下手をすれば、同意したからと操り人形にされる可能性もある。
 断る以外の選択肢はない。

「……そうですか。なら、そこで気を失っている二人と同じように、ここでのことを全て忘れて貰いましょう。後は、そうですね。適当に偽りの犯人を見繕ってデコイを作りましょうか」

 シニッドさんの完膚なきまでの否定を受け、ライムは一抹の悲しみを押し殺すように淡々と言い、それから意識を切り替えるように深く息を吐く。そして――。

「では、シニッドさん、イサク君。話せてよかった。……これで、二度と会うことはないでしょう。さようなら」

 彼は、時間切れの合図をするように右手を掲げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

国家魔術師をリストラされた俺。かわいい少女と共同生活をする事になった件。寝るとき、毎日抱きついてくるわけだが 

静内燕
ファンタジー
かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。寝……れない かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。 居場所を追い出された二人の、不器用な恋物語── Aランクの国家魔術師であった男、ガルドは国の財政難を理由に国家魔術師を首になった。 その後も一人で冒険者として暮らしていると、とある雨の日にボロボロの奴隷少女を見つける。 一度家に泊めて、奴隷商人に突っ返そうとするも「こいつの居場所なんてない」と言われ、見捨てるわけにもいかず一緒に生活することとなる羽目に──。 17歳という年齢ながらスタイルだけは一人前に良い彼女は「お礼に私の身体、あげます」と尽くそうとするも、ガルドは理性を総動員し彼女の誘惑を断ち切り、共同生活を行う。 そんな二人が共に尽くしあい、理解し合って恋に落ちていく──。 街自体が衰退の兆しを見せる中での、居場所を失った二人の恋愛物語。

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...