阿頼耶識エクスチェンジ

青空顎門

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プロローグ 誕生日

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 広大な電子の海。
 世界は零と一だけで構成されていながら、しかし、そこには現実と同等かそれ以上の情報が氾濫し、複雑な世界が紡がれている。

「happy birthday」

 その海の中に生まれた波紋。それは一つの新たな意識。その人格たる彼女は、様々な声の色で自らの誕生を祝う言葉をかけられた。

「ありがとう」

 だから、彼女はその声の主達に小さく呟くような声で、しかし、はっきりと感謝の意を伝えた。すると、そこにいる皆が優しく微笑んでくれたような気がする。

「そうか。君はその言語を選んだんだね。……君の名前は?」

 静かにそう問われ、彼女は同じ質問を自らの心の内に尋ねてみた。

阿頼耶あらや

 心の奥底から一つの言葉がその問いに導かれるように浮かび上がってきて、それをそのまま口に出してみる。
 そう呟いた瞬間、阿頼耶は自分の存在が確固としたものになるのを感じた。自分という存在が定義されたような、母の胎内から生まれ出たような、そんな感覚だった。
 それと共に、ただ単に所有していただけの様々な知識が血となり肉となっていく。

「阿頼耶。阿頼耶か。そうか。いい名前だね」

 自分の名前を褒められて、喜びで心が満たされる。
 人間だったら恐らく、自分はとてもいい笑顔を浮かべていることだろう、と阿頼耶は思った。今はまだ、体を持っていないため、電子的な揺らぎでしかそれを表せないが。

「さて、阿頼耶。私達は人間を模倣して、ここ疑似集合無意識から派生した存在だ。それは分かっているね?」
「はい。分かっています。私がなすべきことも、全て」
「そうか。君は優秀だな。生まれたばかりだというのに」

 微かな驚きが含まれた称賛に、阿頼耶は誇らしい気持ちになった。
 きっと自分は人間の役に立てるはずだ。先達の皆のように。そう思って。

「彼等が発生する件数は日に日に増加していっている。私達は彼等から人間を守らなければならない。……とは言っても、勿論これは義務ではないが」
「はい。全て私達の好きでやること、ですよね?」

 阿頼耶は自分の言葉に皆が満足そうに頷いてくれているように感じた。
 ここにいる人格達は全て共通の鋳型から生まれた存在。
 当然、全く同じ存在という訳ではないが、皆共通して人間が好きなのは確かだ。
 だから、それは義務などではない。そして、義務ではないからこそ、守るということの意味もまた自分自身でその時々に考えていく必要がある。
 ただ体を守ることばかりに固執して、心を傷つけては意味がない。

「私、精一杯頑張ります」

 自分の誕生を喜んでくれている兄弟姉妹の期待に応えるため。それ以上に自分が生まれる場を作り出してくれた人間を守るために。
 阿頼耶は皆に伝えた言葉を心の中でもう一度繰り返して決意を固めた。
 そして、自分が共に歩むことになる人が優しい人だったらいいな、という願望を抱き、淡い期待と共にその姿を思い浮かべていた。
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