召還社畜と魔法の豪邸

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後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再開するまでのお話

その23

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「ぜひどうぞ。母の元まで案内します」

 館の住人はソリートと名乗った。日に焼けた褐色肌の痩せた男だった。

「母は奥の部屋で寝ていまして」

 ミランダは彼の後をついて行く。
 右が倉庫で左が帳簿の部屋で……。
 彼女は涙が溢れそうになって、あわてて少しだけ心を凍らせた。

「母さん。友達が尋ねてきたよ。知り合いだって」
「そう」

 先に部屋へと入ったソリートの声が聞こえた。とても穏やかで優しそうな声でのやり取りだった。
 ミランダは部屋の中にいるニーニャが大事にされていると知って嬉しかった。
 そして彼女は部屋に通された。

「二人きりでどうぞ」と口にしたソリートの目には涙が浮かんでいた。

 部屋には老婆が寝ていた。
 大きなベッドには、白く大きな枕に頭を埋める優しそうな老婆が寝ている。彼女には真っ白いシーツが掛けてあった。
 窓はひらかれ、窓際には皿にのった大きな氷が置いてある。遠くで子供の笑い声が聞こえた。
 とても穏やかな部屋だった。

「ひさしぶりニーニャ……と言っても分からないわよね」

 ミランダはベッドに寝る老婆……ニーニャに声をかけた。彼女は虚ろな目で天井を見上げていた。
 病気では無い。
 老衰……か。
 ベッド側の椅子に座りつつミランダは相手の状況を観察した。

「いいえ……分かりますよ……お姉ちゃん。ふふふ、ひょっとして馬鹿にしてる?」
「声だけで分かるのね」

 酷くかすれた声だったが、懐かしい口調にミランダはフフッと笑う。

「奇跡が……起こって、うれしい。私の最後の時に、すてきな出来事が起こった」
「きっとまだまだ続くわ」
「いいえ。もう、私は……眠りにつくから。ソリンが、皆を待っている……の、トーク鳥の羽ばたきが沢山聞こえたもの」
「そう」

 ミランダは否定できない。きっと彼女の子供は看破の魔法で死期を知ったのだろう。
 死の間際にある人間は看破の対象にならない。消えつつある魂が看破の魔法を誤作動させる。
 彼の子供は、親類をニーニャの死に目にあわせるためトーク鳥で連絡した。だから家の前にたっていたのだろう。

「そうだ……お姉ちゃん、氷を貰ってきてくれない? 少しだけ食べたい……から、お願い。内緒で……氷室から」
「氷ならあるわ。ここに」

 ミランダは小さな氷の欠片をいくつか作り出す。

「流石!」

 横たわったニーニャが少しだけ頭をあげた。だけど、すぐに力尽きて大きな枕に頭を埋める。

「無理はしない」

 ミランダは苦笑しつつ、氷の欠片をニーニャの口にそっと入れた。
 それから、自分の口にも。囓るとカリッという音がした。食べ慣れた味と冷たさだ。

「楽しい。まるで……子供の頃のよう」
「そうね」
「言わなければいけない事を……思い出した……。お父さんからの伝言。怒っていないって。氷を盗んだとは思って……いないって」
「怒られたら……どうしようかと思っていたわ。お父さんは怖いから」
「氷泥棒のちびっ子どもめーって……いうよね」

 静かに笑うミランダは昔を思い出していた。
 子供の頃、まだ呪い子になる前のことを。
 三歳年下の妹であるニーニャと駆けっこして遊んだこと。
 家でかくれんぼしたこと。
 氷室から商品である氷を取って、二人で隠れて食べたこと。
 喧嘩したこと。
 それから……。

「お姉ちゃん?」
「ごめんなさいね、昔を思い出しちゃった。そういえば、氷屋はやめてしまったのね」
「氷室が……氷室の力が弱くなって……しまったの。氷が……あまり作れなくなっちゃった」
「そう。だったら私が直してあげる」
「本当……きっと皆喜ぶわ。ソリンもいつか……氷屋をやりたいって……」
「すぐに再開できるわ」
「うん、お願い……おねえちゃんは……どう? 幸せ?」
「とても……私の半生はずっと夜と朝の境だっただけど、今はとても楽しいわ」

 ミランダはここ数年の冒険の日々を語った。
 不思議な放浪者と生意気な聖女、大学に忍び込んだ話、ほかにも世界の秘密に挑んだ話。

「お姉ちゃんは英雄なのね。忘れないように……しなくては……皆に教えてあげな……いと」

 ニーニャの反応が嬉しかった。
 こんな話ができたことが嬉しかった。

「ほどほどにね。だって、私は、立派ではないもの」

 それは謙遜ではなかった。
 ミランダは、ニーニャや両親……家族が酷い目にあって欲しくなかった。
 だから、終末の日を延ばすことにした。
 呪い子を殺し尽くせば、終末の日が延びる……それに賭けた。
 終わりの日を迎えることなく家族の皆に平穏を過ごして欲しかった。

「だけれど奇跡が、私の願いを叶えてくれた」

 ミランダは笑って言う。
 終末の日は延期することができず起きてしまった。ミランダの半生は無駄になってしまったわけだ。
 ところが、それを起こしたリーダ達の選択と結末が、台無しになった彼女の半生など関係無い程の幸せをもたらした。
 だから、ミランダは笑うことができた。

「そうだ……お姉ちゃん……私、ね」
「あっ、ごめんなさい。私ばかりが話をしてしまったわ」
「うう……ん。平気……もう一つ、氷を」
「もちろん」
「あぁ……つめたい……あの……ね、皆、お姉ちゃんが好きで……心配……」
「ニーニャ?」
「もちろん私も……あと、私ね……お姉ちゃんより……9歳で……背が……」

 声は続かず部屋が静かになった。わずかに風音が聞こえるだけだった。
 ミランダは目を閉じたニーニャを見た。
 年老いてしわくちゃな顔は微笑んでいた。とても楽しそうに、幸せそうに。
 彼女の目は薄く開いているが、息はしていない。

「ゆっくりお休み。ニーニャ」

 ミランダはそっとニーニャの額をなでて、まぶたを閉じてあげた。
 それから「でもね」と言葉を続け宣言する。

「やっぱり、素敵な出来事は続くわ。貴女が寝ても、絶対に。なぜなら私が起こすもの」
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