召還社畜と魔法の豪邸

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後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再開するまでのお話

その12

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 港町サミンホウトの側に飛空船は止まっていた。
 平原すれすれの高度で浮いた船から、ミランダとシェラは飛び降りる。

「お土産買ってくるね!」

 地上に降りるなりシェラは頭上の甲板を見上げて叫んだ。
 彼女の視線の先にいたジムニは手を上げて応じた。
 まぶしい物を見るような表情のジムニを見て、ミランダは昨夜の事を思い出す。
 夜になり船が静かになったときのことだ。
 簡単な稽古が終わり、一息つくなりジムニは言った。

「俺は、サミンホウトには入らない」

 宣言した彼の顔は真剣だった。

「どうしたの?」
「俺はあの街から逃げてきたんだ。見つかりたく無い」
「お前はすでに奴隷では無いのだけれど……他に何か理由があるのかしら?」

 ミランダには奴隷だった者の気持ちは理解できない。
 自身もその事を理解している。だから、彼女は意識して軽い調子で質問をなげた。

「思い出すんだ。俺が呪い子だってわかったとき……あたりは落ちかけた日で赤く染まっていたんだ。いつまでも本当に」
「それで?」
「父も母も泣いた。旦那様に向かって申し訳無いって……。それで二人が俺を見た。涙で濡れた顔が不気味に光っていて。責任をもって俺を始末するって、それをもって忠誠の証しにって……。俺を、すでに、障害として見ていた。旦那様の歩く先に落ちているゴミのように」

 両親は婚姻を許されるほど、主人に信頼されているのだろう。
 そうミランダは判断した。
 そして、両親は信頼に応えた。子供より忠誠を取った。
 即座に彼を殺すと申し出た両親。
 ジムニは焼き付けるように状況を記憶している。

「そう」

 ミランダには力なく頷くしかなかった。
 心の中で「もっと早く話してくれれば、別のルートをたどったのに」という言葉を飲み込んだ。
 面白く無い考え事をしながら歩いていると、何の変哲も無い街の門も少しだけ禍々しく見えた。
 もっとも門はやや崩れてはいるがよくある石造りの門で、大きく開かれた様子は平和そのものだ。

「飛空船でベアルドまで運んでもらえるのは、わずかだけど幸運だったようね」

 シェラに袖を引っ張られ、街に入る途中、ミランダは思わず呟いた。

「どうしたの師匠?」
「なんでもないわ。ジムニのお土産をどうしようかしら……ってね」
「えっへっへ。ドンマのお爺ちゃんからお勧め聞いてるから大丈夫」
「ドンマ?」
「ドワーフのお爺ちゃんだよ」
「そういえば、そんな名前だったわね」
「海カエル亭の……半魚カエルのフライ!」
「あぁ、海カエル亭は老舗よねぇ。それはとってもいいわね」

 はしゃぐシェラとの会話にミランダは慰められた気がした。

「あっちこっちで家を作っているよ!」

 街は賑わっていた。釘を打つ音があちこちで鳴り響き、あらゆる場所で職人達が働いていた。
 それは破損した家や屋敷を修繕するためであり、終末の時といわれた魔神復活があったのだと知らしめていた。

「そうね。忙しそうね」
「前は静かだったのに、変なの」
「魔神との戦いがあったから、沢山のお家が壊れたのよ」
「そっかぁ」

 何気ない雑談をしながら進んでいく。
 シェラは「前は夜だった」とか「お馬さんが寝てたよ」とか、路地を指さし解説した。
 とにかく楽しそうな彼女に、ミランダは笑顔で聞いていた。

「あっ! あっちでお兄ちゃんにあったよ!」

 そんな雑談中、シェラが街の片隅を指さして言った。

「お兄ちゃん……あぁ、ジムニね」
「お爺ちゃんが足が痛いってなってね。私が呪いだからって教えてもらったよ。それで箱に入ってちょっとだけ遠くにいって、お薬をとってくれば治るっていったの」

 続くシェラの説明は要領を得ていなかった。
 それでも、シェラの侍従が、彼女の祖父を何らかの方法で病気にしたことは分かった。そして、薬を取りにいくという名目で、シェラを連れ出し、荷物に紛れることでサミンホウトまで進んだのだと。
 酷い迫害にさらされなかったのは幸運だった。
 ミランダはシェラの説明を聞いて、わずかばかりホッとした。

「それで、ジムニと出会ったのね」
「お腹が空いたっていったら、すぐにパンをくれたよ。それで……あっ!」
「どうしたの?」
「師匠。ここは悪い人がいっぱいいるから、見つかったら怖いことになるよ」

 急にシェラが青ざめてミランダのスカートに顔をうずめた。

「もう大丈夫よ。悪い人はいないわ」
「ほんとう?」
「お兄ちゃんが怪我したんだよ」
「大丈夫。私がいるから……悪い人は倒してあげる」

 ミランダがしゃがんで、目を見つめて言うと、シェラは再び元気になった。
 それからは何事もなく港街を進み、買い物を進めていく。
 もっとも……。

「師匠! すっごく大きな魚がいる!」

 見るもの全部が珍しいようで、シェラが目をくるくるとさせ、しょっちゅう足をとめる。
 その度に、ミランダが説明するのでなかなか買い物は進まない。

「お城だ! お城があるよ!」

 シェラの疑問は、市場の品物だけに留まらない。

「それは領主の館ね」

 中腰で店の軒先にあるリンゴを見つめながら、ミランダは答えた。
 シェラの相手もほどほどに、ミランダ自身も市場での買い物を楽しんでいた。
 買い物に熱中するのは子供の頃以来……そう考えながら。
 もっともシェラには、そんなことはわからない。

「ちゃんと見て、師匠! 二つあるよ」

 ミランダが建物を見ていない事に気がついたシェラは大きな声をあげた。
 それからミランダの袖を思いっきり引っ張った。

「えぇ。手前が領主の館で……奥は南方の建物じゃないようね……」

 シェラの示した先には、巨大な建物が二つあった。
 それは街の中でも特にめだって大きな建物だった。意匠も異なる、2つの建物。

「近くにあるのがヨランの国のお屋敷で、向こう側のが領主様のお屋敷だよ。お嬢ちゃん」

 建物について応えたのは、店の主人だった。
 恰幅のいい彼女は、店の果物を布で磨きながら説明を続ける。

「ヨランの国ってのはね、大平原の、さらに、さらに北にあるお金持ちの国でね。昔の王様が魚釣りを楽しむために別荘をこしらえたのさ」
「べっそう?」
「お金持ちの人が住むおうちだね」
「王様が住んでいるの?」
「今は居ないねぇ。王様はお城にいるけれど、ちょっとだけ魚釣りしたいときには、あのお屋敷に住まうそうだよ。もっとも、あたしもヨランの王様を見たことなんてないけどね」

 ぽかんと口を開けて主人の話を聞いていたシェラは、ややあって「師匠しってた?」と言った。

「そうねぇ。昔聞いたことがあったかしら」
「だったら誰もいないの? いないなら師匠が住めば良いよ。皆で住もう!」
「あっはっは。そりゃダメさ。それにあのお屋敷には、ヨランのお貴族様がひっきりなしにご利用なさってるからね」

 楽しげに主人は笑った。シェラはどうして主人が笑っているのかわからないらしく、ミランダと主人を交互にみやる。

「シェラの考えが豪胆だから笑ったのよ。で、主人、この果物を15個もらえるかしら」

 特にトラブルは無かったが、買い物が終わったのはずいぶん時間がたってからだった。
 いろいろな品物を詰め込んだ籠を両手で抱えてミランダとシェラは路地を歩く。
 海藻を編み込んで作った黒い籠は、丈夫で軽く、ほんのりと潮の香りがしていた。
 ミランダはなんとなくその香りが気に入っていた。
 二人は籠を抱えてヨタヨタと進む。

「師匠、おもいー」
「おやおや。お前が自分も持ちたいと言ったのだけれど……」

 シェラが弱音を吐いたとき、ミランダはようやく目的地にたどり着いたと気がつく。

「では、休憩にしようか。お腹もすいたでしょう?」
「すいたー」
「では、沢山食べなさい。せっかくお前が聞きつけた海カエル亭についたのだから」

 そう言って、ミランダは大きな平屋の建物に、シェラを連れて入っていった。
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