召還社畜と魔法の豪邸

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最終章 リーダと偽りの神

タイムリミット

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 声を出せないオレは、口をパクパクと動かすことしかできなかった。

「願いを……」

 そして願いの声は反応しない。

『ヴォォン……』

 タイマーネタが放つ音と似ているが違う音が響いた。
 直後、巨大なス・スの体が「ゴゴゴッ」という低い轟音を立てて揺らぐ。
 視界に金属の破片が映った。
 それは、巨大な鎖の破片。
 奴を拘束していた鎖が切れて飛び散っているようだ。

『ガッ……ガガッ』

 体に響く鈍い金属音と共に、真っ白い地面が揺れた。
 同時に目の前にいたス・スの姿がグニャリと歪んで消えた。
 突如として支えを失ったオレは、受け身がとれないまま地面に落ちた。
 そして、さらに大きく傾いた地面をオレは転がる。

「聖剣? 斬神か」

 ス・スの声が聞こえた。
 一瞬の事だった。オレは真っ白い地面……巨大な骸骨であるス・スの頭から空中に転げ落ちていた。
 落下するオレが見たのは、背後から超巨大な輝く剣で打ち付けられた、ス・ス本体の姿だった。
 落下する間際聞いた聖剣という言葉を思い出し、剣の柄を見る。
 その側に勇者の軍が見えた。一隻の紋章を付けたボロボロの船が見えた。
 聖剣の一撃をうけて、ス・スの体は上体を反らすように動き、タイマーネタの光線は上空に放たれた。
 雲を貫き、空に消えた光線を見てホッとする。

「飛べない?」

 だけど、ホッとしたのは束の間だった。
 飛べなくなっていた。
 落下速度は増していく。逆”く”の時になっているス・スの頭から地面までは遠い。ゴォっという風音が聞きながら落下する中、手を振り魔道書を出現させる。だけれど、焦りからかうまくページをめくれない。
 このままでは地面に激突してしまう。
 そう思っていた時、ガクンとオレの落下速度は落ちた。
 全身を軽く打ち付けた感覚があり、なぜ落下速度が落ちたのかを理解する。
 真っ黒な鳥……カラスにも似た鳥がオレの背中を掴み必死に羽をばたつかせていた。
 それなりに大きな鳥だが、オレの3分の1程度の大きさだ。受け止めて飛ぶことは出来そうにない。

『ボキン』

 黒い鳥の限界はすぐに訪れた。音がして翼が折れた。
 直後、鳥はイオタイトに姿を変えた。

「限界だ。ぶん投げるぞ、あとは何とかっ」

 そう言って、空中でオレの襟を掴んだイオタイトはブンと投げた。ス・スの体に向かってオレは投げ飛ばされ、もがくようにしてなんとか鎖に包まれたス・スの体にしがみつくことができた。
 バッとあたりを見る。
 イオタイトは……無事だ。よろよろと飛びながらス・スから離れる黒い鳥が見えた。
 そして、ス・スの頭……しゃれこうべは、随分と頭上だ。しゃれこうべは、オレの手の平くらいの大きさに見えた。つまり、それだけの高さを落下したことになる。
 勇者の軍は、動いていない。
 どうする。

『ガァァン……ガン、ガァァン』

 工事現場のように金属が打ち合い鳴り響く騒音の中、エリクサーを口にしつつ、自問自答する。
 このまま放置していたらタイマーネタを再度発射される。
 あの威力だ。撃たれたらおしまいだ。ギリアの屋敷は破壊され、祭壇にいるノアはひとたまりもない。
 幸い、タイマーネタの次弾装填までは時間がある。すぐには撃つことはできない。だけど、それまでに対処しなくてはならない。

「スライフ!」

 とりあえずスライフを喚んでみたが反応が無い。
 困った。オレ一人で対処しないとならないようだ。
 どうする。
 手段だ。手段が必要だ。頭をフル回転させる。
 視界に映るしゃれこうべ、それと融合しているタイマーネタ。
 あれをなんとか、あのしゃれこうべを……。

「あっ」

 一つの思いつきがあったと同時、オレに向かって巨大な鎖が飛んでくる。正確にはオレに向かってではない。鎖は、途切れることがなく地中より打ち上がり、ス・スに巻き付き奴を拘束し続けているのだ。まるで工事現場のように、金属的な騒音を立てながら。
 当たればひとたまりも無い。体を倍はある太い鎖が降り注いでいる。
 それは、ス・スの体にしがみついているオレにとっては攻撃と同じだった。
 オレの思いつきを実現するためには、タイマーネタを手にしなくてはならない。
 そもそも、あの鎖にぶち当たるわけにいかない。

「参ったな」

 僅かばかりの弱音まじりの悪態をつき、鎖まみれの山といった様相となったス・スの体を駆け上がる。降り注ぐ鎖を避けながら、精一杯に身体強化をしてオレは駆け上がった。
 必死だからだろうか、オレは驚くほど身軽にス・スの体を駆け上がる。
 走る速さはどんどんと増していく。
 これなら、間に合うかもしれない。
 そう思った瞬間、フッと辺りが暗くなった。
 鎖かと思って見上げると、魔王がいた。
 あれは第1魔王ピピトロッラか。くそっ。スライフの力で強化された剣は手元に無い。

「願いを……」

 声だけは聞こえる。願いの力を使うか……だけど、これがいつまで続くかわからない。
 いままで放置していたら大きく鳴り続けていた声が、大きくなっていない。
 限界なのかもしれない。

『ガカッ』

 そんな時だ。鎖の音に混じって別の音が聞こえた。

『ドカカッ、ドカカッ』

 リズミカルに鳴る音。それは馬の蹄が鳴らす音。背後から馬が近づいてきていた。
 さらに背後から矢が飛んできて、魔王に突き刺さる。

「兄上!」

 続いて叫ぶような声。直後、どこからともなく大きな槍が飛んできて、ピピトロッラを貫いて燃え上がった。
 声がしたほうに振り向くとラングゲレイグがいた。
 鎧を着た馬に乗ったラングゲレイグがス・スの体を駆け上がって向かってきていた。

「ラングゲレイグ様」

 なぜラングゲレイグがいるのかが分からない。

「ここはかろうじてギリア領だ。兄上が、王剣の力を利用し私を飛ばした。乗れ! 一旦、引くぞ!」

 オレの側まで来たラングゲレイグが馬上から見下ろして言った。

「引く?」
「血まみれではないか。治癒が必要だ。そして……」

 ラングゲレイグが頭上を見上げて言葉を続ける。

「アレの対処法を考えなくてはならない。くわえて魔王だ。知らぬかもしれぬが、複数の魔王が出現している。奴だけとは思えぬ」

 確かにオレは血まみれだが、エリクサーで完治している。見た目とは違い、元気だ。
 それにたとえ大怪我をしていても、オレは進まなくてはならない。

「引くわけにいかないのです。いや、逆に、オレは……いや、私は奴の頭に行かなければならないのです。魔王はお任せします」

 オレはラングゲレイグに断りを入れ、しゃれこうべに向かって走り出す。
 申し訳ないが、魔王はラングゲレイグに任せることにした。
 時間が無いのだ。

「クソッ」

 背後でラングゲレイグの声と、ヒヒンと唸る馬の声が聞こえた。
 そしてオレに併走するように馬が走る。

「乗れ。魔王がいても私が馬で駆ける方が、其方の足より早い」

 ラングゲレイグの操る馬の速度は相当なものだ。
 オレは即座に頷き、ラングゲレイグの背後、静かに駆ける馬の背に飛び乗る。
 乗った直後、グンと後に引っ張られる感覚があった。
 いきなり馬が加速したのだ。

「其方を気遣う余裕は無い。落ちたら自分で対処せよ」

 ラングゲレイグは言いながら矢を放つ。先ほどとは別のピピトロッラか。まったく、どうして沢山いるんだ。さらに、もう一体ピピトロッラが出現する。下半身と右の翼が無い。まだらに黒く染まった魔王の様子から死に忘れになっているようだ。
 降り注ぐようにス・スの体にぶつかる巨大な鎖、魔王2体の攻撃、それらを避けながら高速で駆け上がる。
 それにしてもラングゲレイグは本当に強い。魔王の攻撃を剣で払いのけたかと思えば、弓を出現させて矢を射ったりする。それをしながら馬を的確に動かし鎖を飛び越えたり、駆け上がったりと、迷い無く進んでいく。
 加えて、どこからともなく飛んでくる大きな槍は敵に当たると爆発するらしい。威力もあって魔王を怯ませるだけの力をもっていた。

「其方が狙いのようだ。キリが無い」

 ラングゲレイグがぼやく。
 ようやく一体倒したと思った直後、新手が出現したのだ。

「ですが立ち去るわけに行かないのです」
「そうなのだろうな。それにしても、国に封印されたギリアの古代兵装を利用しても、しのぐのが精一杯とは」
「古代兵装?」
「先ほどから槍が飛んでいるだろう。我が一族はかってギリアの支配者だった。その頃……クソッ」

 戦いながらも順調に駆けていた馬が止まった。
 目の前に、面倒な敵がいたのだ。
 悪態をつくラングゲレイグが忌ま忌ましげに言葉を続ける。

「ボショブルショ、第4魔王だ。しかも、星降りを上手くしのいでいるか。ダメージをあまり負っていない。いや、他にもいるか」
「追いかけてくるピピトロッラもいるってのに」

 立ちはだかったのは巨大な半人半馬。腕が6本ある頭を黒い布でグルグル巻きにした魔王だった。他にも第4魔王の背後に、もう3体同じのがいる。
 確か、武器を無限に作れる奴だった。

「ここは……私が引き受ける。其方は先に進め」

 ラングゲレイグが剣をグッと握りしめ呟いた。
 チラリと見えた横顔が険しく、そして何かの覚悟を感じさせた。

「一人でコイツら全員を?」
「兄上の援護もある。そして、其方は時間がないのだろう? さっさと降りろ。馬に一人でいるほうが私は戦える」

 時間の無いオレには、悲壮感すら抱くラングゲレイグの言葉に反論できなかった。
 すぐに馬から下り、先に進む。第4魔王は立ちはだかっているが、併走するラングゲレイグが対処してくれるだろう。信じるしかない。
 先に進むオレ達に、6本の腕それぞれに斧や剣を手にした第4魔王が向かってくる。
 魔王が手に持った剣を振り降ろす直前、ラングゲレイグは速度を上げ、足元に飛び込む。

『ザンッ』

 ラングゲレイグが第4魔王に向かって剣を振るった。
 小気味よい音がして、斧をもった魔王の腕が吹き飛ぶ。
 それから続けて、どこからとも無く複数の巨大な槍が飛んできて第4魔王の胴体に突き刺さった。
 第4魔王の側を走り抜け、チラリと振り向いたオレは、ラングゲレイグが優勢な状況にホッとする。

「行けっ!」

 振り向いたオレに剣を手にしたラングゲレイグが言った。

「了解!」

 安心したオレが答えたときだった。
 とんでもない状況をオレは見た。
 ラングゲレイグの背後から襲いかかる第1魔王ピピトロッラ。
 それだけではない。先ほどまでいなかった複数の魔物が突如出現し、迫っている状況。
 それはオレの歩みを止めるに十分なものだった。
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