召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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最終章 リーダと偽りの神

閑話 カガミとブラウニー軍団(カガミ視点)

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 飛行島は計画通りに、遺跡の村テンホイルへとたどりついた。
 素朴で人気の無い村が私を出迎える。

「ヒンヒトルテ様」
「すまない。見届ける必要性を感じ、私は残った。準備を手伝おう」

 熊の獣人ヒンヒトルテが、私を待っていた。
 彼の言葉に頷き、私は準備したものを運ぶ。飛行島に詰め込んだ沢山の籠を運んでもらうことにした。中身は縮小化の魔法をかけた酒樽や果物。
 ブラウニーを呼び出す触媒だ。

「ここまででいいのか?」

 遺跡にある魔法のボートに、籠を置いてヒンヒトルテが言った。

「はい。ここから先は私一人で。ここは危険です。ヒンヒトルテ様もお逃げください」
「私ならば大丈夫だ。これでも軍人だ。大抵の事は一人で切り抜けられる。そして、私は見届けなくてはならない。共和国が残したゴーレムの行く末を」

 最後にヒンヒトルテは、私に透過魔法をかけたトーク鳥を渡して去って行った。
 何かあれば、飛ばして欲しいと言った。
 ボートに揺られながら、計画を反芻する。魔神とス・スを戦わせる。だけれど、上手くいかない場合……私は超巨大ゴーレムを使う事にした。
 プロレスでいうレフェリーだ。2体が戦わなければけしかける。台本の覚えが悪いレスラーを操る役目だ。
 そして、最悪、残った方をゴーレムで倒す。

『ガゴン』

 考えていると、ボートが揺れた。
 ゴーレムにたどりついたのだ。
 魔法で籠を浮かせて、ゴーレムの体内を進む。私の足音だけが静かな体内に響いた。
 緑の光が照らす心臓部を通り、そして司令室へとたどりついた。
 外はまだ朝だった。
 いつも通りの朝だった。本当に今日の昼に魔神が復活するのかと不安になる。
 いきなり夜になると言っていた。ただ、信じるしかない。
 計画通りに、事を進める。
 縮小化の魔法を解いて、辺り一面に酒と果物を準備する。
 ついでに、ゴーレムの操縦法をまとめた紙を沢山添えた。
 魔法陣を描いた布を大きく広げ、ノアちゃんから借りたパイプを取り出す。お爺さんが咥えるようなパイプをコトリと魔法陣の上に置いたら、深呼吸して詠唱する。

「ハイホー!」

 何度も聞いた陽気な声をあげて、髭を蓄えた小人……ブラウニーが煙と共に現れる。
 最初に出現したブラウニーのジラランドルは、パイプを手にとった。
 パイプを手にした彼を見ると、子供の頃に読んだ白雪姫の絵本を思い出す。

「いよいよ、決戦かのぉ」
「はい。お酒も果物も、沢山用意しました。今日はお願いします」

 私がジラランドルと話す間もブラウニーは煙の中から次々現れた。
 ここまで沢山呼び出した事は無い。
 超巨大ゴーレムを、私は大量のブラウニーと共に動かすことにした。ゴーレムの至る所にあるエアロバイクをブラウニー達に動かしてもらう。
 彼らの精密かつ統制の取れた動きであれば可能だ。
 ブラウニー達は持参したコップに酒を注ぎ、果物を持っていく。

「おらぁ。ワシらは右足いくけん。頭に続け」
「ワシんとこのシマは左足じゃ」

 勇ましい声をあげて、ブラウニー達は次々と持ち場へと進む。

『キリキリキリ』

 金属が軋む音をたてる。
 1人のブラウニーが司令室にあるハンドルを回し、伝令管を伸ばしたのだ。

「準備完了ですワイ」

 飛び跳ねるように伝令管の側まで進んでから、ジラランドルが宣言した。
 ドーム状の司令室にはジラランドルを含め7人のブラウニーが残った。
 準備が終わる頃には、日は随分と高くなった。部屋の一方を覆うガラス窓ごしから見える景色には、森が広がり、空には大量の武装した飛空船があった。
 天気は晴れ。平和だった時であれば、庭で茶釜と遊んでいただろう。
 それから程なくスッと辺りが暗くなった。

「おぉ」

 ジラランドルが驚きの声をあげる。
 司令室の窓から見える景色は夜のものに一変した。
 空に君臨する巨大魔法陣……天の蓋は赤く輝き、太陽の代わりに、ダイヤモンドリングが見えた。日蝕が起きたらしい。

「魔神じゃ! 決戦開始じゃぁ!」

 ジラランドルが森の先を見つめ声をあげた。
 彼の見る方向を私も凝視する。魔力を集中し、視力を限界まで高める。
 空からキラキラ輝く糸を引き、巨大な蜘蛛が見えた。
 普通の蜘蛛とは違って、蛇腹状の首を伸ばした蜘蛛。頭からは人間の舌に似たベロを伸ばし、その先に誰かが座っていた。
 さらにその後、魔神の足下から煙が吹き出した。まるで火山の噴火の様に、地面からの光で煙は赤くライトアップされた。煙はすぐに収まり、魔神と同サイズのローブ姿をした骸骨が出現した。金に輝き煌めく宝石で飾られた王冠を被った巨大な骸骨。リーダは問題なくス・スを復活させたらしい。
 ス・スが出現した直後、魔神が動き出す。ブンブンと長い首をしならせて魔神の頭が動きス・スの方を向いた。それから、頭から伸びた舌の先に座った人が立ち上がった。

「ス・スー!」

 その人物は、目を覆っていた布を剥ぎ取り、あたり一帯に響く大声をあげた。

『ズズズズズ……』

 声に反応するかのように、地面が大きくゆれた。
 だけど、それは地震などでは無かった。
 ゆっくりと視界が広がっていくのを見て、私達のゴーレムが立ち上がったのだと気がついた。

「勝手に動かしちゃだめじゃろが!」

 ジラランドルがラッパのように広がった伝令管の先に怒鳴った。

「大丈夫だと思います。思いません? 立ち上がったのなら、ここから決戦開始です」

 私は魔神達から視線を外さず言った。
 魔神も、ス・スも私達を見ていなかった。
 先攻は魔神だ。
 魔神は足の一本を大きく振り回し、ス・スに突き刺した。
 衝撃波で、森の木々が動いた。
 しばらくは魔神の攻撃が続いた。目から光線を飛ばし、足先を青や赤に輝かせ、ス・スに攻撃をしていた。
 ス・スは防戦一方だった。
 2体の存在が戦う衝撃からか、それとも別の理由かはわからないが、勇者の軍はバラバラに動いていた。
 その状況の中、めまぐるしく空模様が変化する。まるで打ち上げ花火のように、あちこちで青い光が空へと打ち上がり、大量の流れ星が見えた。近くにもいくつか落ちたようだ。
 この世界の流れ星は、隕石では無い。空にある極光魔法陣が落ちることによって起こる現象だ。沢山の魔法が世界から失われた……悪い影響がなければいいが、気になる。

「どうしますかい?」

 不安げにジラランドルが聞いてきた。
 空の異常に、彼も何か思うところがあるのかもしれない。

「静かに近づいて」

 私はゆっくり近づくことにした。何をするにしても、少し離れすぎている。
 もどかしくも確実にゴーレムはゆっくりと前に進む。
 私達が近づく間に、魔神とス・スの戦いに変化が起きた。
 ス・スは両手をそろえて突き出すようにして魔神の胴体を押した。それと連動するように、地面から大量のツルが伸び、魔神を縛った。
 そして、ス・スは距離を取った。

「逃げるな! 卑怯者! リングに戻れ!」

 私は直後、叫んでいた。思いもかけず、父のような事を言った。
 ス・スはそのまま逃げようとしていた。視界に魔神、その向こう逃げようとするス・スが映った。

「追いかけてください!」

 ジラランドルを見て大声をあげる。それを受けたジラランドルは「前へ、全力じゃぁ!」と伝令管に向かって叫んだ。
 鈍重だと思っていたゴーレムは凄い早さで魔神へと距離を詰めた。だが、ス・スはもっと早く逃げていた。このままでは、私達と魔神が戦い、ス・スが逃げてしまう。
 リーダは何をしているの?
 少しだけ心の中で悪態をついた。リーダも、魔神とス・スを戦わせるため、幻術の魔導具などを用意していたはずだ。なのに、リーダが動いた形跡がない。
 だけど、頭を振り、すぐに考えを切り替えた。
 なんとかしなくてはならない。人のせいには出来ない。

「何かが飛んできとる!」

 テーブルに乗って窓から外を見ていたブラウニーが言った。
 つられて見ると、遙か遠くから地表に沿って平行に飛ぶ槍が見えた。

『ヒィィ……ン』

 先端に細長く鋭い刃を備えた槍は甲高い音を立ててス・スに飛んでいく。
 近づくにつれて、それは巨大な槍だと分かった。空に届きそうなほどの巨大な槍。

「ありゃアレじゃ。神槍、クルルカンの大槍じゃ!」

 ス・スに当たるか思っていた槍だったが、外れてしまう。ス・スが避けたのだ。
 槍はそのまま飛び去るかと思っていたが、直後、槍の先端が地面に向かって傾いた。
 そして、槍の側に巨人が出現した。魔神やス・スと同サイズの巨人。

「ヒューレイストさん?」

 それは知っている人物だった。巨人族のヒューレイスト。昔、迷宮都市フェズルードで一緒に冒険した人だ。
 いつも上半身裸で過ごしていた彼は、当時そのままの格好で突如出現した。

『ズズン!』

 大きな音を響かせて、ヒューレイストはス・スの側に立った。
 それから彼は槍を手に取って、大きくぶん回し、ス・スの後頭部を強打した。

『ボゴォン』

 大きな打撃音が響く。殴られたス・スは大きくよろめき魔神の方へと吹っ飛ばされる。

「カガミ殿ォ!」

 ヒューレイストさんは大きく叫び、手に持った槍をこちらへと投げた。
 そして彼の姿は消えた。

「受け取って!」
「了解じゃワイ」

 すぐにジラランドルは伝令管に向かって声をあげる。
 ゴーレムが手を伸ばし槍を掴んだ。
 前のめりに勢いのついたゴーレムは偶然にも大きく魔神に踏み込む。
 対する魔神は、8本ある足の一本を大きく動かした。振り回された足は低い軌道を取った。まるで庭の雑草を刈り取るように森の木々を刈り取り、ゴーレムの足を狙う。
 足払い。
 ところが次の瞬間に意外な事が起きた。ゴーレムが身軽に飛び上がったのだ。
 魔神の足払いをゴーレムはピョンと跳び越え、それと同時に片手でブンブンと槍を回転させた。
 そして着地と同時、両手で槍を持つと、魔神の胴を貫いた。それだけでなく、貫通した槍の先端はス・スを捕らえていた。
 唖然としてジラランドルを見ると、彼もまた唖然としていた。
 それはゴーレムの動きというより、もっと別の……まるで武術の達人が行うような動きだった。

「リングアウトは無しだ」

 私はとっさに呟いた。思わず呟いた言葉に笑ってしまう。
 それはプロレス好きな父の言葉だったからだ。
 再婚を機にやってきた新しい父は隠れてプロレスを見ていた。親の暴力に敏感な私を気遣ってのことだ。最初に居間でテレビを見たときに、泣いた私を気遣ってのことだ。
 自分の部屋で、毛布を被って小さなテレビを見ながら呟く父が好きだった。

 ――リングアウトは無しだ。

 毛布を被った父がそういった時は、とても嬉しそうだった。
 部屋の扉を少しだけ開けて、こっそり父の姿を見ていた。我ながら勝手だと思うけれど、隠れてテレビを見る父が好きだった。
 両者リングアウトは、勝負をしなかったのと同義らしい。
 今なら、父の気持ちがわかる。
 勝負をしてもらわないと困る。

「止めおった!」

 ジラランドルが叫んだ。
 思わず笑う私とは裏腹に、現実は不味い方向へ進んだ。
 魔神を貫き、さらにもス・スを貫くと思われた槍は、貫く事無く止まった。
 ス・スが骨だらけの指で、両手で、槍を掴んで止めたのだ。

「あと一歩、踏み込んで」

 とっさに私は指示をだす。
 だけどゴーレムは反応せず、ぐらりと後によろめいた。
 ハッとして司令室の一方を見る。
 ゴーレムの魔力は切れていた。クルルカンの大槍は、所有者に達人の技を使わせる。そうクローヴィス君が言っていた。
 達人の動き、その代償に膨大な魔力を使ったのだ。

「魔力を補給しないと!」

 私は悲鳴にも似た声をあげて、さきほどまで緑に光っていた柱へと駆け寄る。

「なんとかするんじゃ!」
「前に倒れろ!」

 ブラウニー達が伝令管に群がって次々と叫んだ。
 そう、後少しなのだ。後少し。

「お願い! 私の全てをあげるから! 少しだけ力を!」

 柱に縋って私は叫んでいた。
 本当に後少しで、うまくいくのだ。
 少しだけ腕を振るえば、少しだけ前のめりになれば、前に。

「お願いだから!」

 もう一度、叫んだ。
 涙声になっていた。

『ボコリ……』

 緑色の泡が柱に見えた。
 ほんの少しだけ、魔力を補給することができた。

『ズゥン……』

 足下が揺れる。
 振り向き、外の景色を見る。ゴーレムが一歩踏み込み、魔神に向かって倒れかけているのがわかった。
 傾く地面に足を取られた私は、よろめいて窓ガラス前のテーブルに手をついた。
 視界には、凄い勢いで近づく魔神、そして胸に槍を刺したス・スが見えた。

『ゴン』

 私はテーブルに頭をぶつけた。
 滑らせた手をみる。
 体を支えているはずの手が殆ど見えなくなっていた。
 透けて手の先にあるテーブルが見えた。
 6ヶ月を前にして、私は帰還するらしい。

「カガミ様! 前に倒れちょる。両手を広げとるケン、魔神もス・スも巻き込むぞ!」
「そうじゃワイ。ワシらはやった!」

 ガラス越しに、魔神が間近にせまる様子が見えた。ゴーレムのお腹の辺りに、槍の端があって、体を支えに槍を押し込んでいる事に気がついた。

「私達はやったと思います。思いません?」
「同意を求める必要は無いワイ。カガミ様が思ったとおりじゃけん。大丈夫じゃ」

 私を見て、ジラランドルが言う。周りにブラウニー達が集まっていた。
 皆が拳を握ってやりきった表情だった。

「もうすぐお別れです。さようなら」

 足も腕もすでに見えない。

「別れはないワイ。ワシらは夢の精霊」
「いずれ、夢の中で……今日の事を話しましょうぞ」
「夢は何時だって、側にあるものじゃワイ」

 消えていく私にブラウニー達が次々に語った。
 彼らの言葉に安心し、自然と笑みが浮かぶ。

「撤収! 撤収!」

 伝声管にジラランドルが叫び、ポワンと消えた。
 景色は次第に真っ暗になる。
 闇のなかでポワンポワンと軽くて心地よい音だけが聞こえた。
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